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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第五章 旅立ちと新たな出会い、そして再会
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第八十話  二人の母

本日二話目。

 人族領最果ての村、リチウル。

 ここは中世ヨーロッパを彷彿とさせる異世界の田舎らしく、自然豊かな場所である。

 村のすぐ近くを川が流れ、少し村を外れてその川を辿っていくと、巨大な滝があった。その滝はベリリア迷宮四層のフォールリバーほど馬鹿でかいものではないが、地球でいえばナイアガラの滝ほどの壮大さはある。

 滝の名はスピリットフォール。人々から精霊の滝と呼ばれていた。

 スピリットフォールにはその名の通り多くの精霊が集まる。それが原因で、この場所ではある儀式が昔から執り行われてきたのだ。


『契約の儀』


 自分と親和性の高い精霊と契約を結ぶことにより、その精霊の力を限界まで引き出すことができるようになる。その代わりに、契約を結んだ精霊以外の精霊の力は全く使えなくなってしまう。

 メリットはあるがそれ以上に大きく致命的なデメリットがあるため、一般の者はおろか戦闘を生業にする冒険者でさえそんな儀式を行おうとはしない。

 儀式に臨むのは、自分のために他者に魔法を使わせることのできる権力者、つまり貴族や、精霊魔法を使わなくとも困らない者、術式魔法の術者などである。


 契約の儀を行う者が多くはないといえ、こういった精霊の集まりやすい場所は少ないため、この辺境で何もないような村でも多くの者たちが訪れていた。

 ここを訪れる者はほとんどの者たちが契約の儀が目的なのだが、特定の精霊と親和性が高くなくてはいけないという条件があり、中には失敗する者もいる。

 ちなみに成功したか失敗したかは、実は一目でわかったりする。

 それは髪と目の色だ。

 儀式に成功すると、サラマンダーなら赤色に、ウンディーネなら水色に、シルフなら緑色に、ノームなら黄土色に、多少個人差はあるもののそれぞれ髪と目の色が変化するのである。


 話をこの村のことに戻そう。

 前述のとおり、この村はスピリットフォールのおかげで有名なのだが、もう一つ大きな特徴がある。

 スピリットフォールのさらに奥、そこには延々と広がる巨大な森があった。

 名を「迷いの森」と言い、そのいかにもな名前の通り、その森に入った者は誰一人として帰ってこなかったのだ。


 その入り口に今、二人の人族がいる。

 周りには他に誰もおらず、二人を伺うような者も当然いない。

 一人は一見すれば儀式を受けに来たものだと思うだろう。

 髪も眼も紅蓮のように赤く、サラマンダーとの契約を済ませていることが一目でわかるのだ。

 しかし彼女、イザベラ・スカーレットがここを訪れたのは何年も前のことで、今更ここに用事がないことは冒険者なら誰でも知っていた。

 もう一人は黒髪黒目の童顔、一見すれば日本人のように見えるが、この世界では行商を生業としていることで有名な種族の一人、トーマである。


 そのトーマが疲れた様子でイザベラを見上げ、深い溜息を吐いた。


「いやー、疲れましたわー。まさかイザベラはんがこんなところでも有名人とは思いませんでしたー」


「まぁ、一応は『赤の称号』を持っているからね」


 赤の称号とは、最も優秀な魔法使いに与えられる称号の一つであり、一つの国にそれぞれ四人しかいなかった。例えば『赤熱の魔女』であったり『紅の瞬殺剣』であったり、国によってさまざまだ。


「こんな注目されるなら変装でもすれば良かったですわ」


 心底うんざりしたというように溜息を吐くトーマを、イザベラは訝しむように見つめていた。

 イザベラの胸中にあったのは、この男は何者なのかという疑念だ。

 ベリリアからこんなに離れたところにある迷宮への転移魔方陣の存在を知っていることもそうだし、そもそもそれが迷いの森の中にあるというのもおかしい。果てにはその先が自らの故郷だという。

 だが同時に、腑に落ちるものもある。

 行商の一族とされる彼らだが、その故郷がどこなのか、どこから来てどこへ帰っていくのか、それを知る者は誰もいなかった。なのにもかかわらず、それを不思議に思う者が誰もいないのだ。イザベラ自身、トーマとこうして旅をしなければ、疑問を抱くことなどなかっただろう。


 しかし、とイザベラはかぶりを振る。

 この男が何者だろうと、今彼女にとって重要なのはアナベルと再会することだった。

 そのために長年住み、友と呼べるものたちさえできた街を捨てる覚悟でここまで来たのである。


「さあ、行くよ」


 イザベラは意を決して森へ入って行こうとするのだが、


「あ、ちょっと待ってください」


「何なんだい!? 燃すよ!」


「ひぃっ、ほんまかなわんわー、この人。今人と待ち合わせしてまんねん。すぐに来るさかい、待ってくれまへんか」


「ちぃっ」


 イザベラは舌打ちをし、焦る気持ちをこらえて待つことにした。一人で入っても転移魔方陣を見つけられるとは思えないし、迷いの森に何が待ち受けているかわからない。


 イザベラはそんな苛々とした様子で腕を組んで待っていたのだが、トーマはそんなイザベラの様子はどこ吹く風というように一人でぺらぺらと話し始めた。


「いやー、ここ『迷いの森』といいますやん。入った者は誰も帰ってこなかったちゅう。でもね、それやったら『不帰(かえらず)の森』の方が正しいんとちゃいます? けどね、ほんまは一度入って帰って来れなくなった人なんておらんのですわ。そもそも俺らそんな帰れなくなるようなけったいな仕掛けなんてしてまへんねん。俺らが仕掛けたのは、入ってもすぐ出てくるっちゅう懇切丁寧な仕掛けですねん。だから、ほんまは入った者が誰も出てこなかったやなくて、意味もなく入ってすぐ出てくるっちゅう、頭が『迷子の森』が正しいんですわ。アハハハハハ。どうでっか? おもろいでっしゃろ? あれ? いまいちでした?」


 イザベラの額に青筋が浮かんでいた。


「……やっぱり燃す」


「なんでやねん!」


 トーマのツッコミが森に木霊したところで、イザベラたちの頭上に一つの大きな影が差す。

 イザベラがすぐにそれに気付き、杖を取り出し警戒しながら上を見上げると、そこには地球でいうグリフォンによく似た魔獣、グリフォヴァールがゆっくりと降下してきているところだった。


「あー、あれが待ち合わせしてた俺のツレですわ。杖はしまっといてください」


 イザベラは一度トーマを見つめ、渋々といった様子で杖をしまった。

 イザベラにとって、トーマは胡散臭い人物ではあるが、信用できないほどではないという評価だったのである。

 そんなイザベラをトーマも呆れた様子で目を細めて見ていた。


「ヤッホー、待ったー?」


 無言のやり取りをしていた二人の頭上に、少女のような明るい声がかけられた。


「ほんま待ちくたびれたわ。もう少しで燃やされるところやったんやぞ」


「はぁ? なんやねん、それ」


 少女がトーマとそんな会話をしつつ、グリフォヴァールの背に乗ったまま地上に降りてくる。

 イザベラはその様子を観察していた。

 イザベラの思った通り、現れたのはトーマと同じく黒髪黒目で背が低く、日本人と同じような顔をした童顔の少女、いや、外見からはわからないため、成人の女性かもしれない行商の一族だ。

 それと予想外だったのは、グリフォヴァールの背にはもう一人女性がいたことである。

 髪は茶色で長く艶があり、顔はイザベラと同様西洋人風の成り立ちで美しい。年は自分と同じくらいだろうかと、イザベラは考えた。

 また身なりが洗練されているため、恐らくは貴族か金持ちの商人の娘かと思われるのだが、一番目が行くのが、彼女の目である。

 彼女の目は閉じられていて、イザベラたちの前に現れてからまだ一度も開かれていない。それはつまり、彼女の視力が失われていることを意味していた。


 イザベラはしばらく二人を観察していたのだが、トーマが手を打ち合わせ音を鳴らし、自分へと注目を集めさせる。そこにはいつの間にか、新しく現れた行商の少女も横に並んでおり、盲目の女性はイザベラの隣に移動させられていた。


「さぁ、さてさて、これでいつでも出発できるんですけどね、その前に自己紹介しましょうか。

 えー、おっほん。俺はトーマで、こちらは冒険者のイザベラ・スカーレットはんです」


 少女は朗らかに頷くだけだったのだが、盲目の女性はイザベラを知っていたらしく「……赤熱の魔女」と小さく呟いた。


「はいはい、じゃあ次はうちらやね。うちはエリカ。で、こちらの貴婦人はレッドリバー辺境伯夫人の……」


「いえ、私は夫人では……」


「ああ、せやった。失敬失敬。レッドリバー辺境伯のお妾はんやったね。リリー・セシルはんです」


「レッドリバー辺境伯……」


 イザベラもまた、その名に聞き覚えがあった。

 この村のすぐ北にあるクリプト王国、その国の中で戦闘において五指に入るといわれる実力者がレッドリバー辺境伯である。そして何よりも、その娘が辺境伯と同じように五指、いや、世界でも十指に入る強者なのだ。

 娘の名は『紅の瞬殺剣』、ウィズ・セシル。つまり彼女の母親がリリーということなのだろう。


「どうやったらこんな可憐な女からあんなバケモンが生まれるのか……。ん? あんた、今いくつだい?」


「やはり娘をご存知なのですね。わたくしは……」


「ああ、待ってください。あんまりのんびりもしてられへんのですわ。行くなら行くでもう行かへんと」


 トーマの言葉にイザベラは簡単に頷くのだが、リリーは不安そうに、それでも何とか頷いて見せた。


「では、その前にいくつか説明を。えー、まず、この世界はこれから大きな戦争が始まります。てか、もう始まっています」


「な!?」


 ここまであまり人と関わりなく進んできたイザベラは寝耳に水であり、すぐにその言葉を飲み込むことができなかった。

 しかしリリーは知らなかったとはいえ、それが予想できていたというように「そうですか……」と、答えるだけである。


「んで、これから先に進んでしまいますと、もう後戻りできません」


「なんだと!? つまりあたしたちは一度迷宮から出たら、ずっとアンタの故郷とやらで暮らせってのかい!?」


「まぁ、正確にはちゃいますけど、似たようなもんですわ。ただアナベルちゃんでしたっけ、ゴブリンの娘さんとは迷宮の外でも一緒に暮らせるようになりますよて。まぁ、本人、じゃなくて、本ゴブリンがそれを望めばですけど。セシルはんもウィズはんとずっと一緒にいられますよ」


 イザベラは頭を悩ませた。

 彼女にも故郷はあり、親もいる。しかしそれよりも気になるのはベリリアで別れたドーラ達である。これから先に進めば、彼女たちに二度と会うことができなくなるかもしれない。

 他にも困ることはある。

 イザベラは冒険が好きなのだ。冒険ができなくなってしまうことはイザベラにとって生き地獄に等しい。


「わ、私は行きます」


 イザベラが悩む中、リリーはその儚げな見た目からは想像できないほどはっきりとした口調でそう言った。


「確かにいくつか未練はあります。ですが、私は何よりも娘のことが大切なんです!」


 リリーのその言葉でイザベラも決心する。

 イザベラにとって一番大切なもの、それはリリーと同様、娘のアナベルだったのだ。


「そうだね。あたしも決心ができた。先に進むよ」


「うんうん、決めていただいて何よりです。さて、では行きましょか。『迷いの森』やのうて、お二人にとっては『不帰の森』へ」


 イザベラとリリーが頷き、トーマとエリカは先に立って進み始める。

 こうして四人は深くどこまでも続く森へと入っていった。

そういえば言ってませんでしたが、私は京都出身(ではないけど、そんなようなもの)です。そのため、ウィズの方言は調べながら書いてますが、トーマの方言についてはまったく調べてません。

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