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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第五章 旅立ちと新たな出会い、そして再会
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第七十七話 またいつか

本日二話目。


「さてさて、お次は勇也さんたちですよ」


 涙目で尻をほぐしている陸を捨て置き、ユヒトが勇也たちに問いかける。


「アナに会いたい!」


 さっきまで陸の様子を見て震えあがっていた勇也であるが、望みを聞かれると目を輝かせてそう答えた。


「いや、会おうと思えば会えるじゃないですか?」


 ユヒトの言う通りである。

 探索能力の高いこのパーティーが逆走していけば、アナベルたちに会える可能性は十分高いと言えるだろう。

 しかし勇也の願いは条件付きだった。


「今すぐ、喧嘩もしなかったことにして」


 勇也の中で、勇也とアナベルは喧嘩していることになっていた。

 無論事実は少し異なるし、実際にあったことではないのだから、如何に邪神ユヒトといえど、それを叶えることはできない。


「喧嘩ね……。うーん、それ以外で」


「えぇぇぇぇぇ!」


「僕にもね、出来ることと出来ないことがあるんですよ。そもそも、そんな万能だったらこんな封印さっさと解いちゃってますし。いや、まぁ確かにこの状況を楽しんでいないわけではないですけど」


 それを聞いたツヴァイが冷や汗を流す。

 封印されていて、人を魔物に変える力を与えたり、強力な武器をぽんぽん与えたりと、もし封印が解けてしまえば一体どれほど強大な存在になるのか。

 ツヴァイはユヒトの言う封印とやらが解けた時、何が起こるのか想像しようとし、そんなことを想像できもしなければしたくもないことに気付き、やはりかぶりを振って諦めるのだった。


 ツヴァイがユヒトに気を取られている間も、勇也はうんうんと唸って願い事を考えていた。

 妹たちも暴君も代わりに願いを言う気配はないし、ツヴァイも当然勇也の願いを優先しており、自分は何も言わないつもりだった。

 しかし、嫌な予感が頭を過ぎる。


 ――坊やがゴブリンになると言い出したらどうしよう?


 実のところ勇也は、アナベルがゴブリンだという認識がすっぽ抜けてしまっているのだが、ツヴァイにそれを知る由はなかった。


「こ、こういうのはどうだ? えーっと、遠足の集合場所、だっけか、そこに先に行くっていうのは?」


 遠足の集合場所、つまり勇也にとっての目的地であるが、それは五階層の終わりだということになっている。


「えぇ!? それってズルじゃない?」


 勇也が恐る恐る聞いてくる。


「そんなことはないさ」


 それが卑怯な手段かどうかなど、ツヴァイは知らない。

 だが、今はこう言っておくよりほかなかった。勇也が変なことを言い出さないうちに望みを叶えてしまうには。


「いいんじゃないですか。これはこの階に着いた一等賞の正当な報酬ですよ」


 ツヴァイが焦っていると、横からユヒトが助け舟を出してくる。

 それを聞いた勇也が「そっか、じゃあそうしよっかな」と明るい表情を見せたため、ツヴァイは胸を撫で下ろすのだが、忘れてはいけない。相手が親切心というものを持ち合わせているのか怪しいユヒトであるということを。


「えーっとですね、五階層の出口は遺跡になっています。その遺跡を抜ければ六階層への入口があるのですが、その手前にベリリア王国と繋がっている転移魔方陣があります。さて、どちらにお届けしましょうか?」


 勇也はよくわからないというように首を傾げた。

 もしまともな判断が出来たなら、勇也は前者を選んだだろう。

 遺跡には強力な魔物が存在するが、勇也たちであればそんなものは簡単に切り抜けられる。何より、その転移魔方陣にはベリリアの兵士が待機していることも考えられた。そんな場所に飛ばされていきなり鉢合わせするより、上手くいけば遺跡を抜けてから奇襲をかけることができるのだ。

 だが、残念ながら今の勇也にそんな判断はできない。

 そして詳しい事情を聞かされていなかったツヴァイ、事情は知っているはずなのに、とうにそんなことを忘れてしまっている陸にも、勇也に助言してやることはできなかった。


「じゃあ、『てんいまほうじん』っていうのにするね」


 故に、勇也は面白そうだからという理由だけでそちらを選んでしまったのである。


「ええ、わかりました。それでは明朝勇也さんたちを転移させるとしましょう」


「何で今すぐやらないの?」


「この通り自由が利かないもので、今やると陸さんたちも一緒に飛ばしてしまいますからね。陸さんたちだって、一晩くらいこちらで休みたいでしょうし」


「ダナ」


 ジェヴォは頷くが、勇也と陸はわからないというように同時に首を傾げた。


「いいか、リク。お前はこれから同族の心臓を100個食わなくちゃならなイ。だがな、ここから先にはウェアウルフなんていないんダ」


「ええ、それはこのダンジョンの管理者である僕が保証しましょう」


「ん? っていうことは?」


「ガウ」


 カトリーナが上を指差す。

 それで陸もようやく理解した。

 つまり、陸たちはウェアウルフを襲うために上へ向かわなくてはいけないのだ。これから五階層最深部へと向かう勇也たちとは、ここで別れることとなる。


「そっか、永倉とはここでさよならだな」


「え? なんで?」


「俺たちは上へ向かわなくちゃいけないんだ」


 それでもやはり勇也は理解していない。

 だが、陸たちと別れなくちゃいけないということだけはわかったらしく、「そっか、もともと陸くんたちは違う班だもんね」と、自分なりに解釈して納得する。


「陸くん、少しの間だけど楽しかったよ」


「俺も楽しかった(?)、よ」


 勇也が握手を求め、陸はそれに応えた。

 続いてカトリーナにも同様に握手を求め、カトリーナは怯みつつも何とか手を握り返す。

 最後にジェヴォにも握手を求めるのだが、彼はそれには応えない。


「次会ったら味方かわからないからナ」


「そっか、違う班だもんね」


 勇也が項垂れ、それを見たツヴァイがジェヴォに文句を言おうとするが、その前にジェヴォは勇也の頭に手を置いた。


「しかし良い経験にはなっタ。お嬢ちゃんに会えるといいナ」


「うん!」


 勇也は顔を上げて微笑む。

 それは無邪気な、子供らしい笑顔だった。

                                                                                                                                                                        


「いやぁ、なんて麗しい友情でしょうか。ここは僕が皆さんの友情を称えて、晩餐会を開きましょう」


 唐突に出したユヒトの提案に、ツヴァイとジェヴォはきな臭い、という顔をする。

 当然だ。邪神が開く晩餐会に、誰が好んで出席したいと思うだろうか。

 しかしユヒトは誰の意見も聞くつもりはないようで、ミラーボールよろしくくるくると回り出したかと思うと、再びポンという音と共に、空いていたスペースに大量の煙を発生させたのだった。

 そして煙が晴れると、そこには広い洞窟の端から端まで、暴君の背丈を超えるほどのとてつもなく長いテーブルが用意されている。

 そのテーブルには、サラダやパスタ、ピザにステーキと、豪華な料理が山のように並んでいた。


「なんだかわかんねぇんけど、すげー旨そうだぞ」


「ああ、涎が止まらン。ただ、本当に食えるのかわからないのが残念ダ」


 勇也や陸、他の面々も似たような反応だった。

 生唾を飲み込み、食い入るように料理を凝視している。

 中でも特に、フィアーなどはもう我慢できないというように、料理に向かって突進していこうとしていた。

 それをゼクスとドライが尻尾を噛んで止めている状態だ。

 二体とて、別にこの料理を怪しいと思っているわけではなく、先に勇也が手を付けてからだと考えており、自分たちもその後で食べるつもりでいる。


「さぁさぁ、どうしたんです? せっかく用意したんです。冷めないうちにお召し上がりください」


「食べていいの?」


 勇也が無邪気に聞くと、ユヒトは「もちろん」と答える。

 だが、ツヴァイは料理に飛びつこうとする勇也を何とか阻止した。

 自分を母親だと思ってくれているおかげで、勇也はツヴァイに命令しないし、素直に言うことを聞いてくれるからそこは便利だ。


「ちょっと待ちな、坊や。何が仕掛けてあるかわからん」


「食べちゃダメなの?」


 勇也が捨てられた子犬みたいな目でツヴァイを見上げるが、彼女はぐっと我慢した。


「失礼ですね。何にも仕掛けてなんていませんよ。そこにあるのは正真正銘ただの料理です。神に誓って(・・・・・)ね。あっはっはっはっはっは!」


 本当に信じさせるつもりがあるのか。ユヒトはふざけているとしか思えない笑い声を上げる。

 当然ツヴァイもジェヴォも、信じられない。

 だが、目の前に並ぶ料理の芳醇な匂いの誘惑に、いつまでも耐え続けることはできなかった。

 ツヴァイはゆっくりとステーキの乗った皿へと顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。

 毒があるようには見えないが、邪神の用意した料理だ。ツヴァイにわからないように毒を盛ることなど容易だろう。

 見てもわからない、匂いを嗅いでもわからない、しかしこのまま勇也妹たちにお預けしているわけにもいかない、何より自分が我慢できない。


――ままよ!


 ツヴァイはステーキに噛り付き、一口で平らげてしまった。


「おい、どうなんダ!?」


「……う、旨い」


 言うが早いか、ジェヴォもステーキに飛びつき、一気に口の中に放り込む。

 それを見ていた陸とカトリーナも、すぐさま料理の盛られた皿に飛びついた。


「さぁ、坊やもお食べ」


「うん! みんな食べよう」


「くいー!」

「くー!」

「くえー!」

「ぎゃお!」


 妹たちと暴君たちは待ってましたとテンション高く鳴き、テーブルに向かっていった。

 勇也も空腹であったが、彼だけはちゃんと席について、ナイフとフォークを使って上品に食事を始める。


「うわー、美味しい! でも、何でイタリア料理なんだろ?」


 勇也が気付いた疑問に答える者はいない。

 誰もがさらに乗ったステーキにそのまま噛り付き、次々と皿の上を空にしていく。

 それは陸も同じだった。

 もう人間をやめると決めたことで常識的感覚を捨ててしまったのか、このサバイバル生活でマナーなんて忘れているのか、まさか始めからそうだったわけではなかろうが、陸はジェヴォやカトリーナ同様手掴みでステーキを貪っていたのだ。


「もう、陸くんたら……」


 陸のマナーの悪さに呆れる勇也だったが、そこでふと違和感が生まれる。

 ツヴァイと陸を交互に見た時、何かを感じたはずだが、それ以上勇也にはわからなかった。

 そしてそんな違和感はすぐに胸の中に沈み込んでしまった。淀んだ泥の中に沈んでいくように。


「いやー、なんだかんだ言って喜んでいただいたようで何よりですよ。それでは僕はいったん失礼させていただいて、また明日の朝に来ます。ところで、これが最後の晩餐にならないといいですね、なんて……」


 そんな悪ふざけとも、何かの予言とも取れるような言葉を残して、ユヒトの気配は消え去った。

 ただ誰もが料理に夢中で、ユヒトの言葉は誰も聞いていないのだった。

 それが幸か不幸かはわからない。

 彼らは待ち受ける運命から逃れる術を持たないのだから。




 満腹になるまで食べ続け、その後ぐっすり寝ていた陸を揺り起こす者がいた。


「まったく、情けない奴ダ」


 一つ溜息を吐いたジェヴォが、陸を転がしてうつ伏せにさせた。

 そして下半身の方へ移動していくと、やおら陸の尻に顔を近づけ、噛み付いた。


「ギャアアアアア!!」


 陸は飛び起きると、尻を押さえながら涙目で自らの師匠を睨み付けた。


「な、何するんだ、師匠! もうケツは嫌なんだ……」


「そろそろ行くゾ。

 大したことないだロ。あんなもん、甘噛みダ」


 ジェヴォは冷めた表情のままそう言い、さっさと出口に向かって行こうとする。

 陸はその間、尻を押さえつつ「ズボンに穴が空いてるけど? 血が出てるんだけど?」とジェヴォの背中に向かって恨みがましく言うが、ジェヴォはやはり聞いていなかった。


 ジェヴォが陸を起こしていた時、その場で起きていたのはジェヴォとカトリーナ、見張りをしていたゼクスだけであった。

 しかし陸の絶叫で全員が起き、去って行こうとするウェアウルフの一行に気付く。

 ツヴァイは「特に言うことはない」というように、ただ黙って背中を見送るだけだ。

 勇也だけが立ち上がって、彼らの背中に向かって叫んだ。


「陸くーん、ばいばーい! カトリーナさんも、おじさんも! また会おうね!」


 陸は相変わらず尻を片手で押さえたままだが、振り返って勇也にもう片方の手を振った。

 そして扉から出ていく直前、ジェヴォもまた勇也を振り返るのだった。


「まぁ、またいつかナ。俺の目的は鉄仮面ダ。もしかしたら会うこともあるダロウ」


 その時、敵同士になるかはわからないが。

 ジェヴォはそう思うがあえて口には出さない。

 それは、その時が来ればわかることだ。


 陸たちが洞窟から出て行った直後、タイミングを見計らっていたかのように、テンションの無駄に高い明るい声が響き渡った。


「やーやー、皆さん。お早うございます」


「お早うございます、邪神様」


「……だから、違いますってば」


 悪気のない勇也の一言で若干意気消沈しかけるが、すぐに気を取り直したらしく、赤い球体はくるくると勢いよく回り始める。


「さてさて、ではこれより皆さんを五階層のゴール手前に飛ばしちゃいたいと思います。さぁ、準備はいいですか?」


 全員頷く。

 勇也は無邪気に。ツヴァイたちは若干緊張した面持ちで。


「では、行きますよ。えいっ」


 地面に巨大な赤い魔方陣が出現した。

 転移魔方陣を作ることが出来る者など、この世に一人とていない。

 ツヴァイにそこまでの知識はなくとも、今行われていることがどれだけ規格外のことかはよく分かった。


 魔方陣が赤く輝き始める。

 これから転移が始まろうとしているのだ。

 ツヴァイは緊張を強くした。

 いよいよ魔法が発動する、というところで突然、


「あ、そういえばこれから移転する先にちょっとヤバい奴がいるんですが、まぁ皆さんなら大丈夫でしょ」


「はぁ!?」


「それではさよーならー」


 ツヴァイが文句を言う前に魔法が発動し、辺り一面の光で視界には何も映らなくなるのだった。




 まばゆい光が消えて、辺りの光景が見え始める。

 踏みしめているのは固い岩ではなく、熱い砂だ。

 再び勇也たちは砂漠へと戻ってきたのだが、彼らの目の前には、現れた瞬間、すでに一体の巨大な魔物がいた。邪神ユヒトの言葉通りに。


 体長五メートル、砂色の逆立った鱗を持ち、それは刺々しく見える。

 目は瞳孔が縦長、爬虫類のそれだった。

 上顎から長い牙が下に向かって伸びており、口の間からは時折先端が二つに分かれた舌がチロチロと出てくる。

 その魔物は、一言で言うなら巨大な蛇だった。

 ただし、ただの蛇ではない。


 ――蛇の王。


 五階層最強の魔物、サンドバシリスクが今、勇也たちの目の前にいた。


また二時間後に投稿予定です。活動報告を7/13に投稿したので(タイトル「ハゲました」)、良かったら見てみてください。大したことは書かれていません。

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