第七十六話 やっぱり邪神
今日から連投します。
「どうです? 今回の演出、今までで一番邪神ぽくなかったですかー?」
「やっぱり邪神だったのか」
全員が呆気に取られる中、一番初めに声を出したのはツヴァイだ。
前回は勇也に邪神だと教えられ、今回は自分でそう名乗った。であるならば、彼は間違いなく邪神なのだろう。
「ちょっとタンマ! 今のナーシ! ち、違うんですよ。僕は邪神なんかじゃないですって。なんか、どうしてもやっちゃうんです。馬鹿は死んでも治んないっていいますけど、中二病は人を超えても治んないんですよー!」
周りの空気を意に介さず、邪神ユヒトが騒々しく喚き立てる。
彼の言っていることはツヴァイやジェヴォには全くわからなかった。わかるのは、目の前の存在が、自分たちを遥かに超越した何かだということだけである。
「ともかくですね、五階層到達おめでとうございます。こうしてわざわざ僕が出張ってきたからには、それはもうスペシャルなプレゼントをご用意いたしますよ」
ユヒトが無理矢理話を進める。
ほとんどの者がついていけていないのだが、プレゼントという言葉に勇也が反応した。
「え? 何かくれるの?」
勇也は幼い子供のように目を輝かせて宙に浮く赤い球を見つめている。
それに反応したように、赤い球がくるくると回り始めた。それはまるでミラーボールを彷彿とさせる動きなのだが、そのことに突っ込めるものはこの場にはいない。
「んん? あっれー? なんかイメチェンしちゃいました?」
勇也はよくわからないというように首を傾げるのだが、勇也をこのままそっとしておこうとしているツヴァイが慌てて間に入る。
「こ、これには色々とあってだな……」
「あっはっはっはっ、冗談ですよ。わかってますってー。ついにぶっ壊れちゃったんでしょう?」
さも可笑しそうに笑うユヒトに対して、ツヴァイが苦い顔をした。
「あっはっはっはっはっはっ、そんな怖い顔しないでくださいよ。綺麗なお顔が台無しですよ。それに、そう。上手くいけばお兄さんはちゃんと元に戻りますよ。上手くいけばですけどね」
「戻る、のか……」
「おやおや、あんまり嬉しそうじゃありませんね。ああ、何か勘違いされているんですね。お兄さんが戻るのは、不気味な笑顔のお兄さんじゃなくて、あなたたちと出会う前の渋いお兄さんですよ」
ツヴァイはよくわからず首を捻る。
「そうそう、彼に聞くといいでしょう」
また赤い球体がくるくると回る。
すると、気を失っていた陸が目を覚ました。それも、さっきまで気絶していたとは思えないほどしっかりと覚醒している。
「こんにちは、長身のお兄さん。ちょっとお尋ねしたいんですけど、勇也さんって前はもっと渋い表情してましたよね」
「赤い球がしゃべってる……「ねぇってば!」あ、うん、もっと人殺しみたいな顔だった」
散々な言われようであるが、その本人はといえば、宙に浮く赤い球が気になったのか、そっと手を伸ばして触ろうとし、ジェヴォに止められていた。
そんな子供のような勇也に、かつての面影はその異形と相まって、まるでない。
「じゃあ、坊やが変わっちまったのは、やっぱりゴブリンのメスが死んだから……」
「え? アナベルさんなら生きてますけど?」
「生き……おおう?!」
思ってもいなかった事実に、ツヴァイは目を剥いて驚く。
次いでデマの情報を流したジェヴォに目を向けるのだが、彼はさっと視線を逸らした。
「まぁ、お兄さんがこうなってしまったのには、それはそれは色んな事情があるんですよ。ね、お兄さん?」
「ねぇ、今アナベルって言った? 言ったよね? アナは元気にしてるかなー?」
勇也はユヒトの質問の意味を理解できなかったようで、それは完全に聞き流し、アナベルのことを思い出して少し興奮気味にしていた。
「まぁ、元気かどうかは別として、ちゃんと生きてはいますよ」
勇也はまるで気付いていないのだが、ユヒトの言い方が気になったツヴァイは首を傾げた。
「なぁ、それはどういう「ああ!」……?」
ツヴァイの質問は発する前に絶たれてしまった。
尤も、質問出来たところで、ユヒトがそれに答えるかどうかはわからないのだが。
「でも、あれだ。もし、アナベルさんと勇也さんが再会しちゃったら、ツヴァイさんたちは勇也さんを独占できなくなっちゃいますね」
「な、何を言って……」
突然のユヒトの発言に、さっきの疑問は霧散してしまっていた。
「いやー、それどころか、アナベルさんは勇也さんの恋人ですからね。逆に独占されて全く構ってもらえなくなってしまうかもしれませんよー?」
「べ、別に俺様は……」
「くいー」
「くー」
「くえー」
「ぎゃう」
ツヴァイは否定しようとするのだが、妹たちプラス暴君がそれは困るというように抗議の声を上げる。
それを赤い球がふわふわと浮かびながら見ていた。
なんとなくツヴァイには、それがにやけ顔のように見えて、噛み砕きたくなった。無論、砕いたところでユヒトには何のダメージもないし、たちまち球も元に戻るだろう。
「そんなことないよ。お母さんたちは大切な家族だもん。ずっと一緒だよ」
意外なことに、勇也は今までの勇也なら絶対に言わないようなセリフを言う。
「ぼ、坊や……」
ツヴァイが感激するのはもちろん、妹たちと暴君も嬉しそうに鳴いていた。
「ふふ、お兄さんは元々優しい人なんですよ。残念ながら、強くなるためにはその優しさを捨てなきゃいけなかったわけですが」
なぜユヒトがそんなことを知っているのか、というのは今更だろう。
和やかな空気が辺りに漂うのだが、そんな空気を切り裂いて、ジェヴォが声を上げた。
「で、結局何をくれんダ?」
「あ、忘れてた」
ツヴァイたちが赤い球体に白い目を向ける。
全く前回と同じ流れだった。
「え、ええとですね。うん、そう。今回はこうしましょう。何か願望を言ってみてください。それを僕にできる範囲で叶えてあげましょう。今回は二パーティーなので、二つ聞きますよ」
随分ざっくりした内容だが、それは破格の報酬といえるだろう。
目の前の赤い球、それを通してどこかで見ているユヒトは、自身でも言っていたように明らかに人を超越した存在なのだから。
「じゃあ、まずはウェアウルフさんたちからどうぞ」
「俺は特にないナ」
しかし、ジェヴォはそれを簡単に蹴ってしまった。
彼に願いがないわけではない。
だが、それは自分で叶えるからこそ意味のあるものだったのだ。
「ガウ!」
代わりに願いを言ったのはカトリーナだった。
「ほう、人族になりたいんですか? 難しくはありますが、出来なくはないですよ」
カトリーナの願い、それは愛する陸と人族となって結ばれることである。
「ちょっと待って」
だが、それを止める者がいた。
他ならない陸だ。
そして彼は、衝撃的なことを口にしたのである。
「だったら俺が狼人間になるよ」
カトリーナはあまりの事に驚き陸を凝視するが、彼は気負う様子もなく気軽に頷いて見せた。
「いいのカ?」
「ああ、だってその方が速く走れそうだし」
横で聞いていたツヴァイは、「なんて奴だ」という顔で陸を見ているが、当の陸はあっけらかんとしているし、ジェヴォもまた「そうカ」と言っただけで、それ以上は何も言わない。
「あっはっはっはっはっは! 良い、良いですよ。そういうのは嫌いじゃないです。わかりました。叶えて差し上げましょう」
嬉しそうにユヒトが笑い、赤い球体がくるくると回る。
「では条件を言います。まず、私の用意した注射を打ってもらいます。次に、ウェアウルフ、あなたの言うところの狼人間の心臓を100個食べてください。そうすればあなたは人からウェアウルフへと変化するでしょう。ですが、そうしたらもう元には戻れない。それでもあなたはなりますか? 自ら魔物に」
陸はやはり何でもないことのように頷いた。
彼は人をやめたいわけではない。
彼には勇也と違って親しい家族も友人もいる。
もし仮に、日本にいた頃に自分がある日突然魔物になったりすれば、いかに彼といえどひどく狼狽するだろう。
だが、彼はすでに、自分が日本にはもう戻れないかもしれない、と思っていた。
だったら、この世界で生きていかなければいけないなら、新しく出来た家族と、もう一つの意味で家族になりたかったのだ。
自分を慕い、いつの間にか自分も慕っていたカトリーナとの間に子供を作り、群れという名の家族として。
そう、彼は人をやめたいのではなく、この世界で彼を家族として認めてくれる者と同じ存在になりたかったのである。
「承知しました。それでは始めます」
ユヒトがいつになく真面目な調子で言うと、それに合わせて球体が光る。次にポンという音と共に煙が地面に現れ、それが消えるとそこには片手で持ち上げられるほどの小さな宝箱があった。
宝箱が開く。すると中からひとりでに、なにやら赤い液体の詰まった注射器がふわふわと浮かんできた。
「はい、お尻を出してください」
「え? ケツに刺すの?」
「はい、おケツです」
魔物になることには全く躊躇いのなかった陸であるが、尻に注射を刺されることには若干抵抗があるようで、彼は少し納得のいかない様子で尻を出していた。
「うへへへ、じゃあ行きますよ。えいっ!」
「いってー!!」
洞窟内に陸の悲鳴が木霊する。
その様子を見ていたジェヴォは、娘のカトリーナを振り返った。
「……良かったナ」
それは一体何についてか。
自ら魔物になるほどの覚悟を持ったパートナーに巡り合えたことを言っているのか、それともあんな目に遭わずに済んだことを言っているのか。
「……ガウ」
カトリーナは怯えた様子で頷くのだった。
次は二時間後の予定です。