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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第五章 旅立ちと新たな出会い、そして再会
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第七十五話 戦闘不能


 サンドゴーレム。

 体長三メートルほどの全身を砂で覆われた巨大な人型の魔物。

 いや、果たして彼らを魔物と呼んでいいのかわからない。

 彼らは生物が持つ生存本能を忘れてしまったように、まるで死を恐れることなく突き進むのだ。

 さらに驚異的な回復能力を併せ持ち、腕をもがれようが足をもがれようがたちまち元に戻ってしまう。

 彼らを倒すには、砂で覆われた分厚い胴体の中心にある、赤く光る丸い核を破壊するよりほかない。

 その核を破壊することの難易度、痛みも疲れも恐怖も知らない不気味さ、デンタワーム同様、どこから現れるかわからない神出鬼没、そして何より厄介なのが、その魔物の持つ圧倒的なパワー。

 それらのことから、サンドゴーレムは五階層でも特に恐れられている魔物だった。その脅威度は、デンタワームを超えている。


 そのサンドゴーレムよりもさらに巨大で、五メートルほどはある怪物がその部屋にいた。

 部屋とはそう、水底にあった扉の先にあった部屋、暴君すら余裕で入るほどの巨大な洞窟に、青く光る水晶がそこら中に生える宝箱部屋のことだ。

 そこで勇也たちは巨大なサンドゴーレムと対面し、対決することになったのである。

 ……勇也以外の者が。


 今の勇也に戦う力はなかった。

 いや、力はある。ないのは意思だ。

 精神が退行してしまった勇也は、現れたサンドゴーレムに恐怖を抱き、戦えなくなってしまったのである。


 だが、勇也が戦えないからといって怯む彼らではない。

 それに戦闘狂は勇也だけではないのだ。

 何よりも戦いを求める者、ジェヴォが退くはずがなかった。


 洞窟の中をジェヴォが走り回る。

 そのジェヴォに向かって巨大な砂の塊が降ってきた。

 それはサンドゴーレムの拳だ。

 巨大な砂の拳が、ジェヴォの体を叩き潰さんと振り下ろされたのである。

 しかしジェヴォはそれを軽々と避けてみせた。

 狙いをつけやすいようにしたのは囮。

 拳を振り下ろし、がら空きになった胴体に向けて、陸の振るった蹴りが飛ぶ斬撃となって襲い掛かる。

 命中。

 胴体が削れる。

 だがそれだけだった。

 削れた胴体はすぐに元通りになってしまっている。


「師匠、ダメだ。全然効いてない」


「やっぱり駄目カ」


 すでにジェヴォも一度攻撃を当てていた。

 陸を超える攻撃力はサンドゴーレムの首を落とした。

 それでもこの魔物はすぐに復活してしまったのだ。

 次の手として腹を狙ってみたのだが、陸の攻撃力不足のせいもあり、成果は何も得られなかった。


 だが、ジェヴォは堪えた様子もなく、むしろ嬉しそうに口の端を吊り上げる。


「よし、胴体に攻撃を集中させるゾ。真っ二つにしてヤル。それと、絶対にこいつの攻撃をもらうんじゃないゾ」


「ガウ」

「わかった」


 陸やカトリーナの速度でも、サンドゴーレムの攻撃を躱すことはできた。

 しかし、避けることに集中しなければ、避けきることの難しい攻撃速度をサンドゴーレムは持っている。

 そして、一撃でも攻撃をもらってしまえば、待っているのは死である。

 ジェヴォが一撃もらったところで死にはしないだろうが、陸とカトリーナにとっては致命となる攻撃だった。


 もしここにツヴァイたちの援護があればかなり楽であるし、そもそも暴君が戦闘に加われば余裕をもって倒すことができるだろう。

 そうしないのは、ジェヴォが手を出すなと言ったからだ。

 同じく群れで狩りをするツヴァイには何となくその気持ちはわかったし、矜持の高い暴君は人の獲物をわざわざ横からかっさらうような真似はしなかった。

 それに、彼らが負けたとしても自分たちだけでなんとでもなる、だから一切手は出さないと、最終的にツヴァイが(・・・・)判断したのである。


 そう、今彼らの行動の判断を下すのはツヴァイだった。

 これが勇也だったら、そうはいかなかっただろう。

 ジェヴォ達など無視して我先にと突っ込み、否応なくツヴァイたちも参戦する羽目になっていたはずだ。

 そうなっていないのは、今現在の勇也の状態のせいにほかならない。


 目の前に現れた魔物に対して、怯えて立ち竦んでしまった勇也に、勇也の下僕にして現在は家族でもあるツヴァイたちは、目を剥いて驚いた。

 ツヴァイやゼクスだけではない。いつもはマイペースなドライやフィアー、暴君もさすがに驚愕していた。

 無論そんな状態で戦えるわけはなく、戦いが始まった今は、全員で勇也に寄り添い慰めてあげている。


「みんな、ごめんね。でも、あんなの怖くて僕にはどうしようもできないよ」


 まるで人が変わってしまったような勇也であるが、彼は生まれながらの戦闘狂というわけではないのだ。ジェヴォと違って。

 彼が戦うようになったのは、そうしないと自分を守れなかったからに過ぎない。

 周りは全て敵。助けてくれる味方はどこにもいない。

 そう思った勇也が、自分で自分を守るために強くなり、戦ってきた。

 だが、今はそうではない。

 今勇也の周りには、彼を全力で守ろうとする味方が数多くいる。

 故に、勇也が戦う必要など、どこにもなかったのだ。


 勇也が手を出さない以上、ジェヴォ達は誰にも邪魔されずに戦うことができる。

 しかし、そう簡単に宝の守護者たるサンドゴーレムは倒れなかった。

 サンドゴーレムの砂で覆われた体は固く厚く、そう易々と切り崩すことができない。ジェヴォ達の攻撃は決定打に欠けた。

 それでも、押しているのはジェヴォ達だ。

 スピードで掻き回し、攻撃を当て続けている。


「ハっ! このギリギリ、堪らないナ!」


 巨大な拳が振るわれる度に、ジェヴォは銀の疾風となってそれを避ける。

 戦いが長引けば長引くほど、ジェヴォは加速し攻撃はより苛烈になる。

 それがジェヴォの戦い方だ。

 ジェヴォは今までこんなギリギリの戦いを繰り返し続けてきた。

 そして、陸という弟子を持ち、ますます彼の戦いは苛烈になっていった。


 まだ自分に比べれば非力で、吹けば消し飛ぶような存在。速くなりたいという願望を持っているようだが、それさえも自分に比べればまだまだだ。

 それが率直な陸に対するジェヴォの評価だった。

 だが、そんな陸の存在がジェヴォを熱くさせる。

 陸の並外れた成長速度、何より師に追い縋ろうとする気概。たとえまだまだ未熟な存在なのだとしても、いつかは追いつかれ追い抜かれるかもしれない。

 ジェヴォにそう思わせる才能と心の強さを陸は持っていた。

 そしてジェヴォは、心では自分が抜かされることを良しとも思っている。

 今までジェヴォは群れの長ではあったが、師ではなかった。つまりジェヴォにとって陸は唯一無二の弟子であり、たった一体だけ残された娘のパートナーでもある。それにもう陸は群れの一員だ。何より、ジェヴォは陸を自分の後継者、息子だとすら思っている。


 でも、だからこそ、まだまだ未熟な陸に追いつかれるわけにはいかなかった。

 もっと強くなってもらわなくてはいけない。

 もっと強く、自分ですら至れないその先へ。


 故に、ジェヴォは燃え上がる。

 後を継ぐ者に、より大きな世界を見せるために。


 ジェヴォは加速した。

 振るわれる巨大な拳を、時も空間も置き去りにして避ける。

 刹那、


「グゥルゥアアアアアア!!」


 爪が一閃。

 いや、目に映らない速度で二度振るわれていたのだ。

 サンドゴーレムの右腕と右足が切断された。

 

()った!」


 サンドゴーレムは左の膝を地につけ、完全に胴体ががら空きになっている。

 この隙に渾身の一撃、それでも足りなければ二撃、三撃、と何度でも食らわせればいい。

 ジェヴォはこの瞬間に勝利を確信していた。

 同時に、その瞬間が隙ともなっていた。


 サンドゴーレムの残った左腕は、すでに振るわれていたのだ。

 それも、ジェヴォに向かってではない。

 狙った相手はカトリーナだった。

 この中で一番遅く、か弱い存在。タイミングを合わせれば攻撃を当てることが可能。

 まるで計算されたかのような攻撃が、カトリーナを狙っていた。


「くそ!」


 ジェヴォはすでに攻撃のモーションに入っている。今からではぎりぎり間に合うかどうかわからない。

 だが、ジェヴォが飛び出すよりも早く、動く者がいた。

 陸だ。

 陸とジェヴォの視線が一瞬だけ交錯する。

 それだけで陸が何をジェヴォに言おうとしているのか、ジェヴォには理解できた。


「うおぉぉぉぉぉ!!」

「グゥルゥアアアアアア!!」


 ジェヴォと陸の雄叫びが同時に響き渡る。

 ジェヴォはサンドゴーレムの腹を、陸はその巨大な拳に向かって、己のスキルである『斬脚』を放った。


 陸の蹴りとサンドゴーレムの巨大な拳が衝突し、陸が吹き飛ばされる。

 命はあるが気を失っており、すぐに戦線に復帰することは不可能な状態だった。

 しかしそれでも、拳を弾くことには成功していた。それのみならず、サンドゴーレムの拳は粉々に砕けている。

 問題はすぐに回復してしまうことだが、それも心配することはないだろう。


 サンドゴーレムはまだ倒れていない。

 だが、ジェヴォの蹴りで大きく抉られた腹部からは、球状の直径150cmほどはある巨大な赤い宝石のようなものが露出していたのだ。


「これがこいつの『心臓』カ」


 ジェヴォの言う通り、その赤い球こそがサンドゴーレムの核だった。


 ジェヴォがそれを砕こうとする。しかし、


 ズガァァァッン!!


 突如炸裂音と共に、ジェヴォの目の前で核が粉々に砕け散った。


「むぅ」


 ジェヴォは慌ててその場から離れるのだが、さらに、


「わあぁぁぁぁぁ! 陸くんをいじめるなー!」


 ズガァァァッン!! ズガァァァッン!!


 勇也がエカレスを何度も何度もサンドゴーレムに向かって発砲する。


「オイ! 危ないからとっとと坊やを止めロ!」


「くあー」


 ツヴァイは「わかった」というように一声呑気に鳴くと、優しく勇也を宥め始めた。

 その間も勇也は二度ほど発砲し、やっと落ち着く。宥めたから止まったというよりは、弾切れになって止まったといったところだろう。


「あのアマ、意趣返しのつもりカ……」


 ジェヴォはツヴァイたちに向けていたジト目を、サンドゴーレムの方へと向けた。

 そこにはバラバラに砕け散った核の赤い残骸と、それを砕かれたことによって形を保てなくなり、ただの砂へと変わったサンドゴーレムだったものがあった。


「水を差されタ……」


 ジェヴォは憮然とした顔で呟く。

 だが、すぐにその表情は僅かであるが緩んだ。


「ま、いいカ」


 そう呟くジェヴォの視線の先には、気を失っている陸とそれを甲斐甲斐しく介抱するカトリーナがいるのだった。


 安心したのも束の間、何やらツヴァイと勇也が揃ってジェヴォの方を指差している。


「?」


 いや、違う。

 よく見ればその差す方向は少しずれていた。

 ジェヴォがゆっくりと二人が差す方向を振り向いた。


 赤い、キラキラとした何かが宙に浮いている。

 それがどんどんと一か所に集まり、球体を成そうとしていた。


「もう、さすがに疲れたゾ」


 そう、それはサンドゴーレムの核だった。

 砕いたはずの核が、再び集まって再生しようとしていたのだ。


 さすがに逃げよう、どう倒せばいいかわからない魔物をこれ以上相手にするのはご免だとジェヴォが思った時、完全な球体に戻った赤い核がまばゆく輝いた。


「今度はなんダ?」


 ジェヴォが腕で光を遮りながら呟く。

 その呟きにまるで答えるかのように、声が響き渡った。


「わしは邪神、よくぞ封印から解いてくれた。わしの味方になるなら、世界の半分をやろう」


 腹の底から響く厳かな声、を作っているようではあるが、それはまるで子供、もしくは若い女の声である。


「……なーんちゃって。本当は僕でしたー」


 その場にいる者全員が呆気に取られる中、邪神ユヒトの実に楽しそうな声が洞窟内に響いた。



7月の連休(14日~)に、連投しようと思っています。そろそろ書き始めてから一年経つので勝負をかけようかと思いまして。

ということで、次回投稿は7/14になると思います。よろしくお願いします。

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