第七十三話 風針地獄の洗礼
勇也はエカレスをしまい、背中に抱えていたサイコファンタムを構える。
相手は暴君ほどではないものの、かなりの大型種。サイコファンタムでなければ仕留めるのは難しかった。
デンタワームの脅威は、一撃目を気付きにくい地中から仕掛けてくること。さらにそれを外しても、群れで次々に襲い掛かってくること。そして、硬い表皮に覆われ、簡単には倒せないこと。主にこの三点だ。
しかし、勇也たちはすでに内二つをクリアしている。あとはその分厚い皮さえなんとかできれば、倒すことは難しくなかった。
勇也はサイコファンタムの銃口をデンタワームに向けて、何の迷いもなく引き金を引く。
炸裂音というより、それは最早爆発音となって、長大な弾丸、T-レックスライフルがデンタワームに発射された。
弾丸は弾かれることなく、デンタワームの厚い皮を貫いていく。
そして体内で魔法が炸裂。
勇也の放った弾丸はフレイムトルネードとなって、デンタワームの体を内側から焼いた。
――GIIIIII!
巨大な魔物の巨大な悲鳴が辺り響き渡った。
デンタワームが炎の渦の中で苦しみもがく。
しかし、
「まだか」
勇也がその様子を見ながら呟いた。
勇也の言う通り、デンタワームの息の根はまだ止まっていない。
苦しみもがきながらも、いまだに勇也を狙っていた。
だがすでに、デンタワームに勝ち目はまったくないといえるだろう。
勇也はデンタワームの持つ強みをすべて攻略してしまっている。その上、宙に浮かぶ勇也を攻撃する方法を、デンタワームは何も持っていないのだ。
最早、食欲という逆らえない本能に従って、決して食えない餌を食おうともがいているに過ぎない。星に向かって手を伸ばすのと何ら変わりがなかった。
無論、為す術のない魔物など勇也の敵ではない。
一撃で死なない体力を持っているというなら、続けて攻撃を加えればいいだけだ。
ドガァァァンッ!! ドガァァァンッ!!
勇也は素早くボルトアクションして、二撃目、三撃目と弾を食らわせていく。
――GIIIIIIII!!
ついに焼き尽くされたデンタワームは断末魔と共に、丸焦げにされて体を地に横たえた。
残りは四体。
ジェヴォと陸、カトリーナが一体を相手取っており、ツヴァイを始めとしたドラゴニクスの姉妹たちがもう一体、そして暴君が二体を相手取り、かなり苦戦しているようだった。
もし、以前四階層で千佳たちと共に行動していた時の勇也であれば、迷わず苦戦している暴君を助けに行っただろう。
しかし、今の勇也はかつての勇也ではない。
それに勇也は暴君を、いや、他の誰も仲間だとは思っていないのだ。
故に勇也が迷わず向かったのは一番近くにいた、ジェヴォ達が相手をしている個体だった。
どうせ皆殺しにする。ならば近いところから向かおう。勇也は単純にそう考えただけだ。ほとんど条件反射と言えるだろう。
ジェヴォ達は集団戦闘でデンタワームを圧倒していた。
一対一の戦闘を好むジェヴォであるが、彼は馬鹿ではない。自分たちよりも遥かに巨大な敵を相手に自分一体で立ち向かうような真似はしなかった。
ゆえに、ジェヴォが選んだのは自分たちの素早さを生かした機動戦闘である。
ジェヴォ、陸、カトリーナが三体で常に動き続け、デンタワームに狙いをつけさせず、デンタワームの体の一点に連続で攻撃を入れ続けるのだ。
傍から見ればデンタワームの硬さに攻めあぐねているように見えなくもないが、間違いなくジェヴォ達が圧していた。
ドガァァァンッ!!
そのため、予期していなかった援護に、ジェヴォは抗議の声を上げるのだった。
「おい、助けなんて求めてないゾ! 余所に行ケ!」
だが勇也にその声は届いていない。
ドガァァァンッ!! ドガァァァンッ!!
立て続けに弾丸を浴びせ、完全にデンタワームの息の根を止めると、再び次の獲物を求めて飛んで行く。
勇也はさらに、ブレスを使って遠距離で戦うドラゴニクスたち姉妹たちの下に現れ、同じようにデンタワームを仕留め、漸く最後に一体二で苦戦する暴君の下に現れた。
そのときすでに暴君は満身創痍である。
全身いたるところから血を流し、尻尾と左手まで奪われ、無残としか言いようのない姿に変わり果ててしまっていた。
そんな痛々しい姿の暴君を見ても、勇也は顔色一つ変えない。
やるべきことは決まっている。敵の殲滅だけだ。
狙いを定め、引き金を引く。
ボルトを引き、排莢、弾を装填、狙いを定め、引き金を引く。
ボルトを引き、排莢、弾を装填、狙いを定め、引き金を引く。
ボルトを引き、排莢、弾を装填、狙いを定め、引き金を引く。
ボルトを引き、排莢、弾を装填、狙いを定め、引き金を引く。
ボルトを引き、排莢、弾を装填、狙いを定め、引き金を引く。
勇也はそれをただ行った。
焦ることなく、ミスすることもなく、何の躊躇いもなく、何の感慨もなく、ただ行ったのだ。
後に残ったのは巨大な死骸の山と傷ついた自らの下僕だけである。
すべてのデンタワームを狩り尽した勇也の下に、他のメンツが集まってきていた。
ツヴァイたちはボロボロになった暴君を、妹の敵、されどともに勇也を守る仲間が傷ついてしまった、という複雑な表情で見つめ、ジェヴォは「あ~あ、やらちまったナ」と完全に他人事で、陸とカトリーナだけが悲痛な表情で暴君を見ている。
「さて、旦那。どうするよ?」
ツヴァイの言葉に勇也は不思議そうに首を傾げた。
ツヴァイが聞いたのはもちろん暴君の今後のことである。
これだけの酷い怪我は、魔法では治すことができない。
ある程度ダメージを回復させることができたところで、戦力としては大幅ダウンだ。
むしろ、足手まといになる可能性だってある。
ならばいっそのこと、暴君は切ってしまった方が良いのではないか、ツヴァイはそう考えていた。
しかし、勇也にはツヴァイの意図はまるで通じていなかった。
本当に、何をどうすると聞かれているかわからないのだ。
なぜなら勇也の中ではすることなどとっくに決まっている。
傷ついたなら治せばいい、ただそれだけのことだった。
勇也は左肘に右手の平を当て、魔法を唱える。
勇也の唱えた魔法は風の刃となって、勇也の左腕を肘から切り飛ばした。
「なっ!?」
思わず声を上げたのは陸だった。
勇也の行動に何の意味があるかわからないのだから、それも当然だ。
ジェヴォは若干驚いているものの、一体何をするつもりなのか、と興味深そうに成り行きを見守っている。
一方で勇也の行動がまるでいつぞやの再現のように見えたツヴァイは、頭を抱えてしまっていた。
勇也がそういう人間だということを忘れたわけではない。
しかし、こうも簡単に、自分を傷つけるのがごく自然なことだという態度には、辟易するしかなかったのだ。
全員が見守る中、勇也はやはり、自然に何の躊躇いもなく切り飛ばした自分の左腕を空中でキャッチし、暴君の口めがけて放り投げる。
暴君はそれが愛する主の体の一部であることに、僅かに抵抗するような素振りを見せるのだが、勇也の特別旨そうな肉に食欲が抗えることはなかった。
暴君は結局、旨そうに、実に旨そうに勇也の肉片を食らったのである。
そして見る間に暴君の欠損した腕も尾も、別の意思を持った生き物のように、再生していく。
暴君の傷、欠損部位だけでなく全身の傷が完全に治るころには、勇也の腕もまた、きれいさっぱり、何事もなかったように元に戻っていた。
その様子を、陸は目を大きく開いたまま凝視していた。正しく、鳩が豆鉄砲を食らった、という顔だ。
ジェヴォとカトリーナは、それが何かしらのスキル、それもかなり強力なものだと気づいており、納得した表情で勇也を見つめている。ただし、よだれを垂らしながら。
「随分と旨そ……便利な能力じゃないカ。これで俺が怪我した時も治してもらえるわけダ」
勇也はストラにも魔力を通して直しながら、にっこりと微笑んだ。
「いいですよ。僕の下僕になってくれるなら」
「ああ!?」
ジェヴォは勇也に対して凄んでみせるのだが、勇也は笑顔を崩さない。
からかわれているのか、とジェヴォは考えるが、嬉しそうに勇也の体に自分の頭を擦り付ける暴君、憮然とした表情でこちらを見ているツヴァイを見て、それがどういう意味なのか察した。
ジェヴォは項垂れてかぶりを振った。
「そうカ。そういうことならイイ。俺は誰かの下僕になるなんて、ごめん被ル」
そうは言うものの、ジェヴォはまだ諦め切れないのか、勇也をちらちらと見ている。
そんなジェヴォと勇也の様子を、陸だけは全く理解していないようで、二人を交互に見た後、首を傾げるのだった。
それから一時間後、満腹になった一行は再び砂漠を当てもなく歩いていた。
何で腹を満たしたのか。もちろんそれは勇也たちによって倒されたあの巨大ミミズに他ならない。
とても食欲の湧く見た目ではないが、鑑定すればちゃんと食用可能で、肉体の再生によって極度の空腹に陥っていた勇也に、見た目なんて気にしている余裕はなかった。
尤も、今の勇也は食べられるものなら何だって食べているのだろうが。
それは他のメンバーも同じことだ。
もともと魔物のジェヴォやツヴァイたちはもちろん、陸も何の抵抗もなくデンタワームの死骸を食べた。
陸も一番初めは魔物を食べることに抵抗を感じていたのだが、それは本当にその一回のみで、師であるジェヴォに食えと言われれば、躊躇することなく食べたのだった。
おかげで旅は快調である。
デンタワームに襲われるということはあったものの、それ以外は一つを除いて何も問題ない。
十分に休息は取れ、腹を満たすこともできた。
問題があるとすれば、そう、行き先がわからないことだけだろう。
そして、それが何よりも厄介な問題なのだ。
「なぁ、これはどこに向かってんだー?」
ツヴァイがうんざりしたように言うのだが、その問いに答えられる者は誰もいない。
結果、誰も何も答えることなく先へと進む。
ツヴァイは苛立ち再び口を開いた。
「これってまずくねぇか。“遭難”ってやつなんじゃねぇのか?」
漸くここでツヴァイの問いに答える者が現れる。
カトリーナと並んで歩く陸が、すごい勢いでツヴァイを見た。
「そうなんじゃない?」
世紀の発見をしたとばかりに、陸は顔を輝かせながらドヤ顔でツヴァイに返す。
その勢いにツヴァイはやや引き気味だ。
「面白いナ。それ」
ツヴァイの額に「ビキッ」という音と共に青筋が浮かんだ。
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ! いくら体力に余裕のある俺様達だって、この暑さじゃいつかは干からびちまうぞ!」
残念ながらツヴァイの焦り、というか苛立ちは誰にも通じなかった。
ジェヴォ達、ウェアウルフの一団(陸含む)はこんな調子だし、主である勇也はまたぶすっとした表情で陸とカトリーナを睨み続けている。妹たちと暴君も、勇也と一緒にいられればそれで満足と言うようで、全くいつもと変わらない様子だ。
ツヴァイはそんな一行に諦めて項垂れるしかなかった。
「まぁ、そう落ち込むナ。一応ちゃんとまっすぐは進んでル。それに……」
ジェヴォは言いつつ、鼻を引く付かせ、指をまっすぐ前に向けて差した。
「水と植物の匂いダ」
ジェヴォの指の先にあるもの。それは砂漠の楽園、オアシスだった。