第七十二話 風針地獄の脅威
そこは地球の砂漠と比べれば少し環境が厳しい程度で、人族にとって脅威となるようなものはまるでいないように見える。一見すれば。
そう、何もない退屈なだけの砂漠に見えるのは表面上だけなのだ。こう言い換えることもできる。『地表だけである』と。
風針地獄の真の脅威は地面の下にいた。
中でも特に冒険者たちから恐れられている魔物が三種類いる。
一つはデンタワーム。
地球上でいうところのモンゴリアンデスワームに似た魔物だ。
モンゴリアンデスワームというのは、|実在が確認されていない《UMA》のだが、体長が50cm~150cmと、かなり巨大な生物だと言われている。
だが、このデンタワームはさらに巨大で10mにも及ぶ体長を持っていた。
さらにステータスもなかなかに高く、特に耐久は40近くもある。
しかし一方で敏捷性が低く、戦わずに逃げるという選択を取れば、苦も無く逃げることが可能だ。
ただし、一撃目を避けきることができたなら。
勇也たちの前に現れた魔物がまさしくこのデンタワームだった。
いや、前に現れたという表現は正しくないかもしれない。
実際に現れたのは真下からだったのだから。
勇也たちは地中から飛び出してくるこの不意打ちに、全く気付いていなかった。
だが、彼らは運が良かったと言える。
デンタワームが飛び出したのは暴君の真下であり、巨体の、しかも横に寝ているため面積が広くなっている暴君を口の中に収めることはできなかったのだ。
ズズンッ!
突如地面が大きく揺れる。
次いで、
「ギャイイイ!」
暴君の悲鳴が辺りに木霊した。
暴君は確かに一撃で飲み込まれたりはしなかったが、デンタワームの円形の口腔内にびっしりと生えたギザギザの歯で噛みつかれていたのだ。
暴君が悲鳴を上げた時には、すでに勇也たちは暴君の傍から離れていた。
勇也は地上から離れてエカレスを構え、ゼクスたち姉妹は姿を消して四方に散っている。陸、カトリーナも、ここまでの階層を抜けてきただけはあり、すぐに距離を取って臨戦態勢になっていた。
食事にありつけなかったデンタワームが獲物を求めて地上に顔を出す。
体長の半分は土の中に埋まっているが、出ている体だけでも五メートルはあった。
「でかいな」
カトリーナを背に庇いながら陸が呟く。
もし陸とカトリーナの二人だけなら、陸は逃げるという判断をしただろう。
だが、今は敵の魔物よりもさらなる巨体を誇る暴君がいる。
問題は暴君がどう出るか、ということなのだが、当然噛みつかれたことで怒り心頭の暴君が黙っているわけはなかった。
「ギャオオオオオ!!」
暴君が尻尾を器用に使って起き上がり、怒りの咆哮を発した。
そして、一気にデンタワームに噛みつく。
デンタワームは何とか地中に逃れようとするのだが、暴君の怪力には敵わなかった。暴君はそのまま頭を振るって、デンタワームを地中から引きずり出したのだ。
暴君は引きずり出したデンタワームを砂に叩き付け、足で踏みつけ動きを封じる。そのまま噛み殺そうとするのだが、デンタワームの体はかなり固く、牙を通すことはできても致命傷には至らなかった。
焦れた暴君は大きく口を開き、魔力を集中させる。
一度の戦闘で何度も撃てる技ではないのだが、相手もかなりの巨体で耐久力に特化しているのだ。暴君は一気にけりをつけることにしたのである。
キンッ!
耳をつんざくような音と共に、竜の息吹が放たれる。
五階層屈指の耐久力を持つデンタワームもこれには耐えられず、あっという間にその肉体を失ったのだ。
ブレスが放たれた後に残ったのは、巨大なミミズの残骸だけだった。
「……怪獣映画みたい」
陸がのんきに感想を漏らす。
そんな風に目を輝かせる陸に、カトリーナは溜息を吐いたのだった。
戦闘はあっという間に終わってしまった。
そうほとんどの者が思っていた時、突如陸とカトリーナは、空から急降下してきた勇也に腕を掴まれ、投げ飛ばされていた。
陸は砂の中に顔面からダイブする。
怪我こそないものの、口の中は砂まみれだった。
「げほっ、何す……」
陸は最後まで言えず、目の前の光景に絶句した。
勇也がいるはずの場所を振り返れば、そこにいるのは勇也ではなく、またあの巨体、デンタワームだったのである。
勇也はどこに行ってしまったのか。
陸は辺りを見回すがどこにもいない。そして、視線が最後に戻ってきたのは目の前の超巨大なミミズだ。
そう、勇也は食われてしまった。自分とカトリーナを庇って。
陸にはそうとしか考えられなかった。
「ぼさっとするナ! 足元に注意シロ!」
陸が振り返れば、いつ戻ってきたのか、そこには一体のドラゴニクスを抱えたまま走るジェヴォがいた。
ズズンッ!
そしてまたもや超巨大ミミズがジェヴォの後方から姿を現す。
「くそっ」
陸は慌ててカトリーナを両腕で抱え、デンタワームから距離を空けるため走り始めた。
陸が尋常ならざる速度で走る背後で、勇也を食われたことで怒り狂った暴君が、勇也を食ったデンタワームに向かって突進していた。
だが、暴君はその個体に辿り着くことができない。
また新たにデンタワームが現れ、暴君の尾に食らいついたのである。
「ギャウウウ」
暴君が痛みに呻く。
今すぐ勇也の敵と取りたいと、勇也を食らった個体を睨み付けるがそうもいかない。
暴君は焦る気持ちを抑え、振り返って自らの尻尾に食らいついているデンタワームに向かっていった。
勇也を食われて怒り狂っているのは暴君だけではない。
姿を隠していても意味がないと察したドライとフィアーが姿を現す。
実際に彼女たちの判断は間違っていない。
デンタワームには目が存在せず、音で状況を判断しているのだ。
そのため、勇也を食らったデンタワームは姿を消していようが現していようが、自分に向かってくるドラゴニクス二体の存在にはずっと気付いていた。
デンタワームにとって二体は、自ら飛び込んでくる餌に過ぎない。
そのまま食らってやろうと大口を開いて待ち構えるのだが、ドラゴニクスたちはかなり距離の離れたところで急停止した。
次いで魔力の高まり。
危険を察知したデンタワームがすぐさま地中に潜ろうとする。
デンタワームの移動速度は大して速いものではないが、飛び出たり潜ったりすることだけに関してはそれなりの速さを発揮することができた。
だから、デンタワームは楽々その攻撃を避けられるはずだった。
だが、その必要は無くなったのである。
「火よ! 熱き炎を司りしサラマンダーよ! ここにその力の一端を具現させよ! 灼熱の星を生み落せ【プラネットフレア】!」
すべてを焼き尽くす巨大な炎の塊が、デンタワームの体内で一気に膨れ上がる。
やがてデンタワームの体は耐えきれなくなり、爆散した。
「ふぅ、酷い目に遭った」
胴体の半分を吹き飛ばされたデンタワームの中から、焼け焦げ、血だらけになったボロボロの勇也が現れる。
そんな悲惨な状況であるにもかかわらず、勇也は顔に笑顔を張り付けたままだった。
「あいつ、死んでなかったのカ……」
「ぜぇぜぇ、旦那は、殺されたって死なないよ」
やっと追いついたツヴァイが息を切らせながらジェヴォに声をかける。
ツヴァイの言葉はそのままの意味なのだが、それだけ頑丈なのだと受け取ったジェヴォは呆れるだけだった。
「んで、俺様の妹を放してやっておくれ」
ツヴァイの言う通り、先ほどからジェヴォはドラゴニクスの内の一体、ゼクスを抱えたままだった。陸のようなスマートな抱え方ではなく、荷物を運ぶように肩に担いで。
「くいー!」
ゼクスは嫌がるように手足をじたばたさせているのだが、ジェヴォはびくともせず抱えたままで、気付いてすらいない。
ツヴァイに言われて漸く気付き、やっとゼクスを解放したのだった。
地面に下されたゼクスは、「ふんっ」と言うようにそっぽを向いてしまった。
「くいー……」
「ありがとう、だとよ」
不貞腐れているようだが、一応感謝はしているらしい。
「気にするナ。今はそれよりも……」
言葉を切って辺りを見回し始めたジェヴォにつられ、ツヴァイもゆっくりと辺りを見回す。
そこには、暴君と格闘戦を広げるのが一体、先ほどゼクスがいた場所から現れたのが一体、さらに一体、また一体と次々に姿を現し、計五体ものデンタワームが勇也たちを囲んでいた。
「じょ、冗談だろ」
「さすがにこれは骨が折れるナ」
ジェヴォは言いつつも闘争心剥き出しであり、そしてツヴァイの主たる勇也は、やはりいつものように、
「あははははは! 何体だって殺してあげますよ!」
当然皆殺しにするつもりなのである。
「はぁ……。本当に……はぁ……」
この中でうんざりしているのはツヴァイただ一体なのだった。