第六十九話 明るくて暗い部屋
ほんの少しだけ閲覧注意、かな?
※出す順番間違えたので編集しました。もともと六十八話だったこの話が六十九話になってます。
船内に作られた部屋は明るく、広さこそないものの、べっどというふかふかした寝所や簡単な机までありました。
アナは明るい部屋とは対照的に、どこまでも沈んでいきそうな暗い気分で、べっどの上にただ膝を抱えて蹲っています。
アナはサイトウユキナ様に隷属化された後、このセンスイカンの中に再び連れ戻されました。
あの女は、裏切って逃げようとしたからアナを隷属化させたと、そのまま皆様に説明したのです。
もちろん驚いて意見しようとする方は何人もいました。
しかしあの女が少し話すだけで、皆簡単に納得してしまったのです。
アナはそれからずっとここに閉じ込められているのです。
今までは確かに便利な場所だと思っていました。でも、今はそんな風には思えません。どんなに明るくて快適でも、ここはアナにとって牢獄なのです。
いえ、地獄といった方が良いでしょうか。
危険がないように見えても、ここは『地獄』。アナが落ちるのに相応しい場所かもしれないのです。
アナがこんな目に遭ってしまったのは、もちろんアナだけのせいではありません。
元凶はあの女、憎んでも憎んでも、どれだけ憎んでもまだ足りない、あのタケイチハナのせいなのです。
まるで子供みたいな見た目をして、生徒たちを心配する優しい先生を装っておきながら、あの女は裏で生徒たちを操り続けていたのです。
それはアナやユーヤも例外ではありません。
そのせいでアナたちは引き裂かれてしまったのです。
ですが、それだけではないようなのです。
あの女は言いました。
「私の能力はね、強力な分、弱点があるの。死にたくない人間を自害させることはできないし、私に興味がない人間を私に夢中にさせることもできない。要するに、思ってもいないことは『同調』させられないのよ」
もちろんアナを動揺させるために言っただけの言葉かもしれませんが、恐らくは本当のことでしょう。
こうなってしまったアナを動揺させる必要はありませんし、今思えばアナにも隙があったのは間違いないのです。
アナは人族に憧れていました。
お師匠様に助けてもらって、魔法や日本語を教えていただき、本を読ませてもらってからずっとそうなのです。
もちろんお師匠様を恨んでなどいません。
お師匠様に拾っていただいていなければ、アナはとうの昔に死んでいたのです。
だから悪いのはアナなのです。
ユーヤと出会った時、人族に憧れるなんてやめてしまえば良かったのです。
ユーヤはアナが欲しかったものをすべて与えてくれたのです。
もちろんお師匠様にだっていろんなものをいただいていました。でも、ユーヤはお師匠様に負けないくらいアナに一杯くれたのです。
信頼、尊敬、慈しみ、そして愛情……。
アナはそれだけで満足するべきでした。
いいえ、それこそを必死に守り続けるべきだったのです。
なのに、アナは調子に乗ってしまいました。
ユーヤだけで十分だったはずなのに、皆さんにちやほやされて、「もっともっと」と求めてしまったのです。
だからアナは報いを受けたのでしょう。
ユーヤと引き裂かれ、今のアナは家畜と一緒なのです。
そしてユーヤは、リンカと……。
「うぐぅぅぅっ! うぅっ!」
許さない! リンカは絶対に許さない!
……いえ、もちろんリンカだけではありません。
アナとユーヤを引き裂いたタケイチハナも絶対に許さないのです。
いつか必ず報いを受けさせます。
――ガチャ。
リンカとタケイチハナへの復讐を考えながら蹲っていると、唐突にドアが開けられました。
タケイチハナか、愛人のシマムラカホか、それとも操られているサイトウユキナ様か。
アナがそちらを睨み付けると、開け放たれた扉の前にはアナの想像していた誰でもない人物がいました。
「タナカナイト様……」
タケイチハナに何か命令されたのでしょうか。
しかしタナカナイト様の目には活力が宿っており、正気を失った状態、つまり操られているのとは違う状態のようでした。
尤も、能力を使わなくとも言伝させるくらいのことはできるのでしょうが。
タケイチハナに操られている方にはいくつかの状態があるようなのです。
アナを隷属化させたときのような、目に光が宿っていない状態。この時は完全な操り人形になっているのです。
ですがそれだけではなく、今のように一見正気を保っているようには見えても、自分の意思とは関係なくタケイチハナに逆らえなかったり、言うことを聞いてしまったりすることもあるようなのです。
残念ながらタケイチハナの能力をすべて理解しているわけではありませんが、きっとタナカナイト様は何か命令されてきたのでしょう。でないと、アナに何か用事があるとは思えないのです。
ですが、アナのその考えは誤っていました。
「永倉の女……俺から奪った……凜華を……」
タナカナイト様はなにやらぶつくさと呟いており、眉間に皺を寄せてアナを睨み付けています。操られているのとはまた違った意味で、正気のようには見えないのです。
「そうだ、委員長だって永倉が盗ったんだ……」
タナカナイト様の後ろから、リョウさんも現れました。
リョウさんも異様な雰囲気なのです。
やはり操られているというわけではなさそうなのですが、目が血走っていて引きつった笑みを浮かべています。
「ア、アナに何の用なのですか?」
――ガチャ。
アナの質問には一切答える素振りを見せず、リョウさんが後ろ手でドアを閉めてしまいました。
何のつもりなのでしょう?
タケイチハナの命令なのか、自分たちの意思なのかはわかりませんが、不穏な空気なのです。
二人が一歩ずつゆっくりとアナに近づいてきます。
アナは膝を抱えたまま怯えることしかできません。
行動を制限されていて、この部屋から逃げることはできませんし、生徒の皆様には攻撃することもできないのです。
「永倉が俺の女を奪ったんだ。なら、俺だって……」
「俺も、俺も、……盗ってやる!」
怖いのです。恐ろしいのです。
いったいお二人は何をするつもりなのですか?
いや。怖い。ユーヤ、助けて。ユーヤ、ユーヤ、ユーヤ……。
お二人は目配せをすると、リョウさんがアナの後ろに回り込み、アナを後ろから羽交い絞めにしてしまいました。
「いや! やめてください!」
リョウさんはアナが叫んでも、全く力を緩めようとしません。
隷属化さえされていなければ、この程度の力、簡単に振り解けるのに……。
「ごめんね、アナベルちゃん。でも、悪いのは永倉なんだ。恨むんならあいつを恨んでね」
リョウさんの荒い息が首筋に当たって気持ち悪いのです。
アナが振り解くことも、暴れることすらできずにいると、さらにタナカナイト様が正面から近寄ってきて、膝を立てて座っているアナの足を開こうとしてきます。
「お願いなのです! それだけはやめてください! そこは、そこはユーヤだけの……!」
タナカナイト様はまるでアナの言葉を聞き入れてくれません。
鬼気迫った表情でアナの膝に手をかけ、左右に広げていきます。
「いやぁ!!」
――ガチャンッ!!
「何をしているんだ、お前たち!!」
その時突如扉が勢いよく開かれ、室内に男性の一喝が響き渡りました。
それが誰なのか見ることができません。
アナは恐怖と羞恥心で顔を上げることができないのです。
「べ、別になんだっていいだろ。今こいつは奴隷だし……それに俺から女を奪った永倉の女なんだ」
タナカナイト様はそう言い返しますが、その声は震えています。
リョウさんに至っては完全に手が震えていて、どうやら俯いてしまっているようなのです。
アナはリョウさんの力が緩んだ隙に、リョウさんの手を振り解いて、タナカナイト様に広げられた膝を閉じました。
固く、硬くといくら強く抱いてみても、きっとタナカナイト様がまたその気になれば、いとも簡単に開かれてしまうのでしょうが……。
ですが、タナカナイト様にもうその気はないようなのです。
「それが何だって言うんだ! 奴隷であってもそんな不当な扱いは許されない。それに永倉を恨むのはお前の勝手だが、アナベルちゃんには関係ない!」
タナカナイト様の手がアナから完全に外されました。
リョウさんもゆっくりとアナから離れていきます。
お二人は声の人物、オカダシュウイチ様を恐れているのでしょうか。いえ、きっとこの場に現れたのが他の誰であってもお二人は諦めてくれたでしょう。オカダシュウイチ様の言う通り、こんなのは許されないことなのですから。
「ちっ」
タナカナイト様はそれ以上何も言い返すことなく、部屋を出て行かれました。リョウさんもその後に続きます。
二人が消えていき、この部屋に残っているのはアナとオカダシュウイチ様だけになりました。
ですが、アナの手は緩められません。
怖くて、悔しくて、情けなくて、すごくすごく、寂しいのです。
「アナベルちゃん、その、何て言っていいか……ごめんね」
オカダシュウイチ様は普段の何倍も優しい口調でアナに語り掛けてきます。
そして恐る恐るというように、ベッドの脇までやってきました。
「こんな状況で、あいつらもおかしくなってるんだろう。それと、そう、これは先生が命じたことじゃない。あいつらが勝手にやったことなんだ。その、不便をかけているとは思うけど、先生はこんな酷いことを命じたりしないから」
オカダシュウイチ様が色々と言い募ってきますが、どれもアナの頭までには届きません。
今アナの頭にあるのは、さっきまでのことと、ユーヤのことだけなのです。
だからアナは、オカダシュウイチ様の声に応えることができませんでした。
「う、う、うわぁぁぁぁぁ」
アナには泣き叫ぶことしかできなかったのです。