第六十八話 人と魔物
出す順番間違えました。前話よりこっち先に出すべきでした。
「同じクラスの原田陸」
クラスメートに存在を忘れ去られていた陸であったが、何でもないことのように自己紹介する。
その表情には忘れられていたことへの悲哀は一切なかった。というよりも、何も考えていないように見えた。
「お前ら知り合いなんだロ?」
そんな二人に、銀の牙、ジェヴォが呆れたような声を出す。
陸はすぐに頷くのだが、勇也は首を捻るばかりだ。
勇也の様子に呆れているのはジェヴォだけではない。
ツヴァイもまた、勇也なら知り合いを忘れていても不思議ではないと、半分呆れている。
しかし、呆れつつも警戒は怠っていなかった。
問題は、新たに現れた二体の魔物と一人の人族が勇也の知り合いだということではなく、それを勇也がどう扱うかということだ。
知り合いだからといって味方だとは限らない。
ツヴァイにはその判断がつかず、黙って勇也の動向を見守っているしかなかった。
それはジェヴォもまた同じことである。
一昔前の彼なら、何も躊躇うことなく勇也に襲い掛かっていただろう。
しかし、今の彼はそうしない。そうしないには二つの理由があった。
一つは陸の存在だ。
陸の知り合いならなるべく襲い掛かりたくはない。以前の彼ならそんなことは決して思わなかっただろうに、陸と過ごすうちにそんな考えを持つようになったのである。
随分と甘い考えを持つようになってしまったのだが、陸と過ごすうちに変わったことはそれだけではない。それがもう一つの理由でもあった。
ジェヴォは仮面の男、イーターを標的とし、陸と共に己を鍛えることによって更なる強さを得ることに成功していた。
だからわかるのだ。
――こいつらには勝てない。
そう判断できたジェヴォの能力は目を見張るべきものだ。
なぜなら彼は、一瞬のうちに勇也が暴君を従えていること、まだ隠れているドラゴニクスが四体いることも察知していたからである。
さらには彼我の力量差までも大雑把にではあるが推し量ることができていた。
暴君一体だけ、勇也一人だけ、ドラゴニクス四体だけなら勝てたかもしれない。
しかしこの勢力が合わさった力は、ジェヴォたち二体と一人の群れには手に余るものである。
だからジェヴォは勇也たちに手を出すことを躊躇っていたのだが、同時にこうも思う。
――強者とこそ戦ってみたい!
馬鹿な弟子と接するうちに、いつしか戦うこと以外にも喜びを見出していた彼であるが、その本質は何も変わっていないのであった。
勇也は緊張した様子で自分を眺めるウェアウルフ、心配そうに成り行きを見守っているもう一体のウェアウルフ、そして何を考えているのか全く分からない表情のクラスメートを、首を傾げて見つめていた。
まず勇也が見たのは陸だった。
ただ見ただけではない。もちろん『鑑定』を発動させている。
≪名前≫原田陸
≪種族≫人族
≪年齢≫16
≪身長≫180cm
≪体重≫65kg
≪体力≫21
≪攻撃力≫19
≪耐久力≫16
≪敏捷≫24
≪知力≫6
≪魔力≫10
≪精神力≫15
≪愛≫280
≪忠誠≫100
≪精霊魔法≫火:48 水:52 風:61 土:39
≪スキル≫斬脚:足から斬撃を放つことができる。また、鋼鉄のように固くすることも可能。
韋駄天:敏捷が倍になる。
縮地:0.1秒未来方向に時間を跳躍できる。
陸のステータスは驚くべきものだった。
一体何をすればここまで変われるのかわからないが、以前の彼とは比較にならないほど成長している。
当然ここにいる他のメンツとは比べるべくもないのだが、それでもこの姿になる前の勇也と比べれば決して見劣りしない、いや、戦いになれば勇也が負けることさえ考えられるぐらい強くなっているのだ。
だが、それよりも驚愕に値するのが銀の牙、ジェヴォのステータスである。
ジェヴォ
≪名前≫なし
≪種族≫ウェアウルフ(変異種)
≪称号≫『銀の牙』
≪年齢≫21
≪身長≫168cm
≪体重≫71kg
≪体力≫30
≪攻撃力≫34
≪耐久力≫30
≪敏捷≫42
≪知力≫13
≪魔力≫14
≪精神力≫17
≪愛≫310
≪忠誠≫0
≪精霊魔法≫火:95 水:5 風:69 土:31
≪スキル≫縮地:0.1秒未来方向に時間を跳躍できる。
韋駄天:敏捷が倍になる。
電雷:全身に雷を纏うことができる。
暴君を相手にしても見劣りしないステータス。そこにスキルを加えれば、勝負は互角以上になるだろう。
勇也は念のため、もう一体のウェアウルフも鑑定した。
≪名前≫カトリーナ
≪種族≫ウェアウルフ
≪年齢≫8
≪身長≫149cm
≪体重≫45kg
≪体力≫14
≪攻撃力≫12
≪耐久力≫17
≪敏捷≫18
≪知力≫9
≪魔力≫8
≪精神力≫20
≪愛≫50
≪忠誠≫70
このウェアウルフについては特筆すべきことはない。名前が付いていて恐らくメスなのだなと察せられる以外は、他の一般的なウェアウルフに比べて少し強いくらいで、勇也たちの敵ではなかった。
しかしジェヴォと連携をするなら別だろう。
ウェアウルフは集団での狩りに長けた魔物だ。それに加えて相手はウェアウルフ最強と言っても過言ではないジェヴォである。この二体と一人が敵に回れば厄介だと、勇也は考えていた。
そう、ジェヴォが勇也たちを一つの群れと見抜いたように、勇也もまた陸がウェアウルフの群れに組み込まれていることに気付いたのだ。
それでもやはり勇也に焦りはない。
今の勇也に重要なのは敵か味方か、いや、アナベルの障害となるかどうかだ。
アナベルの障害となるなら潰す。それがどんなに強い相手であっても。
そして勇也はこの群れを敵と判断した。
アナベルがウェアウルフを憎んでいたことを思い出していたのだ。
それを思い出した以上、戦わないという選択肢はない。
勇也は満面の笑みを浮かべる。一見すれば友好的な、だがすぐにそんな良いものじゃないとわかるような狂った笑みを。
宣戦布告などはしない。その嗤いこそが宣戦布告なのだ。
次の瞬間、勇也の手にはストラから引き抜かれたエカレスが握りしめられていた。しっかりと引き金に指をかけて。
「ハッ! やっぱりこうなるカ! 坊主、ナリは変わっても中身は同じだナ!」
ジェヴォが声高に吠える。
そしてそれが合図となり、両陣営が一気に臨戦態勢となった。
ただ一人を除いて。
「他の奴らってどうなったか知ってる?」
相変わらず何を考えているのか、ぼうっとした表情のままの陸だ。
「さぁ? 生きている人は生きているでしょうし、死んだ人は死んでるんじゃないんですか?」
身も蓋もない答えなのだが、陸はそれで満足したらしく神妙に頷いて見せる。
ジェヴォはそんな勇也の反応を、目を細めて観察していた。
彼は確かに戦闘狂だが、馬鹿ではない。観察し、考察するくらいの頭は持ち合わせている。そうやって今まで何度も危機を乗り越えてきたのだから。
ジェヴォが気になったのは、以前からどこか壊れたような少年であったが、それがより顕著になっていたことである。
少なくとも前に戦った時は、問答無用で戦おうとはせず話し合いをしたのだ。
それに炎獄の魔女の申し子、アナベルがいないのも気になった。
ジェヴォは二人を番だと思っていたのである。
番であるはずの片割れがおらず、この勇也の変貌。ジェヴォがその答えに辿り着くのは自然なことだった。
「ゴブリンの嬢ちゃんは死んだカ?」
途端に勇也の表情が一変する。
怒り、憎しみ、後悔、絶望、そういった感情がないまぜになったものに。
「アナ、アナ、うぅ、アナぁ……」
勇也はこの緊迫した状況にもかかわらず、エカレスを持った手で顔を覆い、声を上げて泣き始めた。
当然この反応に一同驚くのだが、ジェヴォはこれを好機と捉え、宙に浮かぶ勇也に向かって飛び掛かる態勢を作る。
だが、勇也の発作にドラゴニクスの姉妹たちは慣れていた。
もう居場所がばれていることを承知で、姿を消したままジェヴォと娘のカトリーナ、陸を囲むように迫っていく。
ジェヴォは囲まれたことに気付き、僅かの間見えない敵と睨み合う形になった。
彼にとって幸いだったのは、暴君が主人の変調に慌てふためいておろおろして戦闘に参加できないでいることだ。
ならば、この場を陸とカトリーナに任せ、恐らくこの群れの長である勇也を討ち取ってしまおうとジェヴォは考えるのだが、ツヴァイたちと睨み合った僅かな時間がすでに戦局を変えていた。
「殺す……。アナの敵は殺す!」
ついさっきまで泣き崩れていたはずの勇也は、すでに落ち着き、いや、すぐにでも攻撃を開始できる態勢にまで変貌していた。
エカレスもすでに構えられており、あとは狙いを定めて引き金を絞るだけだ。
だが、ジェヴォにとって予想外だったのはその銃口が自分に向けられていないことだった。
ジェヴォは銃を知らない。しかし、その形状、勇也の動きと殺意で、穴の開いた先から何かが出てくる武器なのだろうと当たりを付けていた。
そしてその銃口の先、そこにいたのは彼の娘、カトリーナだったのだ。
「野郎……!」
自分を無視された怒りか、それとも娘を狙われた怒りか、ジェヴォはツヴァイたちを無理矢理に突破して勇也に飛び掛かろうとする。
恐らくはそれよりも勇也の方が引き金を引くのが早いだろうが、さすがにジェヴォもそこまでは計算できない。
このままいけば、勝負は簡単についていただろう。
もともと六対三、数が倍も違い、勇也たちにとって脅威となるのはジェヴォだけだったのだ。
実際のところ、ジェヴォは自分たちが厳しいことにも気付いていたし、終始冷静だったツヴァイは、油断こそ全くしていなかったが、自分たちが勝てるだろうとは考えていた。
だが、予想と結果は大きく異なることがある。
勇也が銃口を向けた先、そこには一体のウェアウルフがいた。
そのウェアウルフ、カトリーナはメスなのだが、勇也にウェアウルフの性別の違いは分からない。
そう、わからないはずだったのだ。その光景を見なければ。
「何のつもり?」
勇也にそう問うたのは陸だ。
陸はカトリーナと銃口の間に割って入り、彼女を自らの背に庇ったのである。
それは意味のない行動と言えるだろう。
エカレスの銃弾が放たれれば、陸の体を貫き、カトリーナの体にまで達するのだから。
しかし、勇也にとってはそれこそが何よりも意味のある行動だったのだ。
人が自らの背に異形の者を庇う。その形は勇也の脳裏にある光景を彷彿させた。
他でもない、自分とアナベルだ。
実際に起きたのは反対である。
ジェヴォに襲われていた勇也をアナベルがその背に庇った。
だが、今の勇也の見ているその光景は、かつての自分たちを思い出させるには十分だったのだ。
勇也はゆっくりと地上に降り立つ。
手に握られたエカレスは力なくぶら下がり、その銃口は最早何も捉えていなかった。
地上に降り立った勇也は、その場にいる者たちの注目が集まる中、ゆっくりと陸に、いや、正確にはその光景へと近づいて行く。
勇也にとって何よりも輝いていた、すでに失われてしまったその光景に。
そして陸のすぐ目の前まで来ると、顔をくしゃくしゃに歪め、そのまま崩れ落ちるように地面に四つん這いになった。
「あ、あぁぁぁぁぁっ!! アナぁぁぁ!!」
突如泣き崩れたかつてのクラスメートの肩に、陸は困惑しつつも優しく手を置いてやるのだった。