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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第一章 少女との出会い
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第六話 ゴブぞうがお亡くなりになりました。

 

 アナはメイジゴブリーナです。

 ゴブリーナはゴブリンの雌です。

 アナというのはアナベルの愛称で、アナベルというのはお師匠様が付けてくれたアナの名前です。


 アナは今一人の男を追っています。

 初めはゴブリンかと思ったのですが、ゴブリンなのは匂いだけで、外見はどう見ても人族でした。

 恐らく冒険者でしょう。

 きっと二階層を目指しているのだと思います。

 この階層はゴブリンばかりですし、人が食べるのに適したモンスターはラビコーンぐらいしかいません。

 二階層に行けば素材になる魔物も、美味しい魔物もいます。

 だからといって、普通の冒険者はゴブリンをやり過ごすためにわざわざゴブリンを背負って、匂いを自分に沁み込ませるなんて真似はしないと思うのですが。ゴブリンなんて倒した方が早いでしょうし。


 不思議な男なのです。

 動きは未熟ですし、こんな所で魔法を練習するぐらいの初心者なのに、荷物がベテラン冒険者のように少ないですし、防具も身につけておらず、仲間すらいないのです。

 それに、ステータスを見る限り魔力も精神力も申し分ないのに、なぜ初級魔法しか練習しなかったのでしょう。


 あ、男が角を曲がって行きました。

 アナも後を追います。

 角を曲がってみると、


「何かご用でしょうか?」


 男が笑顔で待ち構えていました。

 笑顔なのですが、目は全く笑っていないのです。

 滅茶苦茶怖いのです。


「ニギャアアアアアアアアアアアア!!」


 アナは全力で逃げ出しました。




 ************


「何だったんだ、今の」


 こうやって待ち構えていれば、何かしてくるかと思ったけれど、結局大声で鳴いて逃げて行っただけだった。

 敵意もなかったようだし、何がしたかったんだろう。

 まぁいいや。

 考えても仕方ないので、再び歩き始めることにした。


 しばらく歩いても、やはりゴブリンとしか遭遇しない。

 お互い登山家の如く挨拶を交わしてすれ違うだけだった。

 何時間か歩いていると、今日既に何度目かになる広場に辿り着いた。

 昨日ヤンキー茶たちと出くわしてからは誰とも会っていない。

 今回も誰もいなさそうだった。


 一度ゴブぞうを下ろして休憩を取ることにする。

 念のため中央に陣取って、どこから敵が現れても対処できるようにしておく。

 バックパックの中からチーズを取り出して、昼食にした。


 チーズを食べ終わって二十分ぐらい経った時だった。

 ズン、ズンという足音が、斜め前方の穴から聞こえてくる。

 またゴブリンだろうか、それにしては少し様子が違う気がする。


「風よ、音を集めよ」


 足音は一匹分。だが、明らかにゴブリンよりその足音は重く、その主は巨体のようである。さらに鼻息が荒い。ゴブリンではなさそうだ。


 僕が臨戦態勢を取り、待ち構えているところに、そいつは現れた。


≪名前≫なし

≪種族≫オーク

≪年齢≫16

≪身長≫176cm

≪体重≫95kg

≪体力≫11

≪攻撃力≫12

≪耐久力≫12

≪敏捷≫9

≪知力≫3

≪魔力≫1

≪精神力≫5

≪愛≫0

≪忠誠≫50

≪精霊魔法≫使用不可


 これはまた物語の定番のオークだ。

 太ったおっさんに見えなくもないが、鋭い牙に豚耳、知性を感じさせない黄色い目が、これは人間ではないと訴えかけてくる。


 ――BUHYIIIIIIIIIIIIIIIIII!!


 どうやら向こうもやる気のようだ。

 雄叫びを上げ、手に持った棍棒を大きく振りかぶっている。

 こっちに向かって突っ込んできた。


 オークは僕の目の前まで来ると、振りかぶった棍棒を僕の脳天目掛けて振り下ろしてきた。

 僕は頭上で腕をクロスさせ、それを正面から受け止める。

 そしてそれを弾き返し、オークの体勢が崩れた隙を逃さず、左のレバーブローを叩きこんだ。


 ――BUHYUUU……。


 オークが腹を押さえながら、後退していく。

 しかし、逃げ出す様子はなく、油断なくこちらを窺っていた。

 まだ戦うつもりのようだが、もう足は止めた。

 あとは追い込んで止めを刺すだけだ。


「火よ、我が敵を焼け【ファイアボール】」


 火球をオーク目掛けて投げつける。

 オークはそれを避けようとするが、足がもつれよろめき、躱すことに失敗し直撃した。

 あっという間に炎がオークを包んでいく。


 ――BUHYAAAAAAAAAAAAAAAA!!


 オークの断末魔が辺りに響いた。


「あはは……」


 慌てて口を噤んだ。

 こんな凄惨な光景を見て悦ぶだなんて、僕はやはり病んでいるのかもしれない。


「地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と聖霊の御名において。

 風よ、我が敵を切り裂け【エアスラッシュ】」


 風の初級魔法、エアスラッシュは任意の場所に風を纏わせ、それを振るうことによって斬撃を発生させる技だ。

 僕は右手から斬撃を放ち、炎に包まれて逃げ惑うオークの首を刈ったのだった。


「アーメン」


 胸の前で十字を切り、残虐な快楽を抑え込む。


 さて、いくつか気になることはあるが、まず、このオークの丸焼きは食べられるのだろうか。早速鑑定してみる。


≪食用≫可。脂がのっていて美味。


「よぉぉぉっし! やったよ、ゴブぞう、今日は豚の丸焼きにありつけるよ」


 つい嬉しくなって、ゴブぞうを抱き締め、振り回しながら小躍りしてしまった。

 こんな姿を人に見られたら、僕はお日様の下を歩いていけなくなるだろう。


「そのゴブリンは死んでいますよ」

「アッヒャアアアアアア!!」


 唐突に掛けられた声に驚き、奇声を上げながら抱き締めていたゴブぞうを放り投げてしまった。

 恐る恐る後ろを振り返ると、暗い穴の影から小さな人影が出てくるところだった。


「驚かせてしまって、すいません。アナはアナベルといいます。メイジゴブリーナです」

「ゴ、ゴブリンがしゃべったーーー!!」


 そう、現れたのは小柄なゴブリンだったのだ。

 よく見れば、ずっと僕をつけていた奴である。なんと、しゃべれたのか。

 まだ見られたのがクラスメイトでない分ましだが、驚天動地な上に気まずい。


「アナはゴブリンではありません。メイジゴブリーナです。話せると知ってて、そのゴブリンに話し掛けていたのではないですか? そのゴブリンは生きていたとしても、話せないと思いますが」


 いえ、知りませんでした。ただの奇行です。

 などとはとても言えず、穴が開くほど目の前のゴブリン、いや、メイジゴブリーナを見つめることしかできなかった。


「アナを『鑑定』していいですよ。アナはすでにナガクラユーヤ様を『鑑定』しました」


 恐ろしい子!

 話せるだけでなく、『鑑定』のスキルまで持っているのか。

 僕は目の前のメイジゴブリーナを見つめる。

 確かにゴブリンとは見た目が若干、というかだいぶ異なる。

 耳は尖っていて肌が緑色なのは他のゴブリンと変わらないのだけど、普通のゴブリン、例えばゴブぞうと違って、目は黄色く鋭くもなく、クリっとした赤い目である。鼻もゴブぞうが鉤鼻なのに対し、丸い可愛らしい鼻をしている。あとは体型であるが、ゴブぞうは下っ腹が異様に飛び出しているのだが、こいつはスリムな体型をしていると思う。

 いまいち体型がよくわからないのは、服を着ているからだ。白い可愛らしいワンピースである。おまけに赤い靴まで履いている。


 僕は一通り観察した後、『鑑定』を発動させた。


≪名前≫アナベル

≪種族≫メイジゴブリーナ(変異種)

≪称号≫赤熱の魔女の申し子

≪年齢≫14

≪身長≫129cm

≪体重≫26kg

≪体力≫7

≪攻撃力≫5

≪耐久力≫5

≪敏捷≫6

≪知力≫18

≪魔力≫16

≪精神力≫14

≪愛≫20

≪忠誠≫40

≪精霊魔法≫火:43 水:57 風:52 土:48

≪スキル≫炎獄魔法:術式魔法、理によって熱と炎を生む魔術の中で、最上級のクラスのものの一つ。

 鑑定:あらゆるものの情報を読み取る。


 このアナベルという子、僕が今まで見てきたゴブリンとはステータスが大きく異なる。

 そして、知力が僕より遥かに高かった。

 思わず膝をつきそうになるが、問題はそこじゃない。

 問題なのは称号とスキル、『赤熱の魔女の申し子』と『炎獄魔法』なるものだ。

 いわゆるアカンやつである。

 何でまだまだ地下に階層があるのに、一番上の階層に、よりにもよって僕の目の前にこんなヤバい力を持ったモンスターが現れたのだろう。


 これは覚悟を決めた方が良いかもしれない。

 見た目が弱そうだったため油断していたが、とんでもない強さを持っていそうだ。


「で、どういった御用ですか?」

「あ、あの、そこにいるゴブリンはお友達ですか?」


 アナベルはそう言ってゴブぞうを指差した。

 確かにゴブぞうとは苦楽を共にしてきた仲であるが、友達かと聞かれれば、


「いえ、違います。非常食です」

「そ、それでしたら、アナの持っているラビコーンと交換してくれませんか? ゴブリンは不味いと思うのです。アナのラビコーンは血抜きもちゃんとしてあるので、焼いて食べればゴブリンよりも美味しいのです。それとも、もう焼いたオークがあるから不要でしょうか? 不要なら、やはり譲っていただけませんか?」


 ぐっ、なんだろう。アナベルの首を傾げた表情には、捨てられた子犬の表情に通じるような破壊力がある。とても炎獄魔法なる、物騒なスキルを持っているようには見えなかった。


「ええ、良いですよ。それでしたらラビコーンとやらと交換してください。食料はいくらあっても困りませんし」

「困ると思いますよ? 腐ったら食べられませんし」


 ごもっともで!

 尤も、僕が困ったからといって、アナベルには関係のない話だ。

 僕は笑顔を取り繕いながら、「あはは、そうですよね~」などと言いつつ、ゴブぞうを差し出した。

 そんな僕を見て、アナベルは若干引いているように見えるのだが、気にしたら負けな気がする。


「はい、では、ラビコーンです」


 と言って、渡されたのはウサギだった。

 ただし、地球上に存在するウサギではない。

 アナベルが掴んでいる場所が、そもそも地球上のウサギには存在しない部位なのである。まぁ要するに、角の生えたウサギだった。

 僕はそれを受け取り、新しい友人のウサぞうを得たのだった。いや、違った。食料を得たのだった。


 しかし、アナベルは自分の体より大きいゴブリンなんてもらって、一体どうするつもりなのだろう。やはり同じゴブリンとして埋葬してあげるのか。いや、ゴブリンに友情は無いんだったか。


 と思っていると、彼女は小さなポシェットを取り出し、さらにその中からナイフを取り出した。


(あれ? まさか……)


 てくてくとゴブぞうのすぐ傍らまで近づいていき、


 グサッ。


 心臓にナイフを突き立てたのだった。

 いや、どうやら違うようだ。

 アナベルはゴブぞうの胸に穴を空け、そこに手を突っ込んで心臓を取り出した。


 何この子、怖い!

 心臓を取り出してすることなんて、邪神様の供物ぐらいしか思いつかない。いや、まさかそれとも、


 ばくっ。


 食った! もうやだ。さすがに僕でもここまで狂っちゃいないぞ。

 いやいや、待て待て。

 もしかしたら、ゴブリンの肉は不味くても、心臓だけは旨いのかもしれない。

『鑑定』の情報にそんなことは載っていなかったが。


「うおぇぇぇぇぇぇぇぇ。……くそ不味いのです」


 違ったらしい。

 じゃあ、なんだったんだ、今の行動は。

 僕が唖然としている間にも、アナベルはポシェットから水が入っていると思われる皮袋を取り出して、ごくごくと飲んでいった。

 飲み終わると、今度は一点をじっと見つめている。

 視線の先を追うと、そこにはオークの丸焼きがあった。


「食べないのですか?」


 慌てて振り返ると、アナベルは、今度は僕をじっと見つめている。


 確かに腹は減っている。

 昨日から食べたのは干し肉と黒パンとチーズだけだった。

 とてもではないが、腹の満たされる量ではない。

 しかし、食うにしてもあの見た目は忌諱感が半端ない。

 いや、今更か。

 同じ人型であるゴブリンの首は何度もへし折り、ゴブぞうにも噛り付いているのだ。


 僕はゆっくりとオークに近づいて行って、その腕を取った。

 そして口を開き、そこに向かって、


「あーーーーーー!!」

「ひゃあ!」


 突然発せられたアナベルの叫び声に、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。


「な、何なんですか、一体?」

「驚かせてしまいました、すいません。ですが、アナはそのままオークを食べるのはよくないと思うのです。ちゃんと皮は剥かないと、毛とか汚れが混じっていると思うのです」

「はぁ、ありがとうございます」


 確かに一理ある。

 僕はナイフを取り出し、もう一度腕を食べようかと考え、思い直して腹に向き直った。

 火球が命中したのがちょうどこの辺りで、一番よく焼けていそうなのだ。

 今度こそナイフを腹に突き立て、下に向かって引いていく。

 すると、芳ばしい香りのジューシーなお肉が現れた。

 全体を見るとグロ画像確定だが、そこだけを見ればとても旨そうだ。


 よし、食おう。

 ナイフで肉を切り取り、口に持っていく。もうあとは口に突っ込むだけだが、今度は何やら熱い視線を感じて手を止めた。


 じぃっ。


 アナベルの熱い視線が僕の持った焼きオークに注がれている。

 口の端からは涎を垂らしており、これは何か聞かなくても考えていることが分かった。


「あ、あの、良かったら一緒に食べませんか。どうせ一人じゃ食べきれませんし」

「えっ? い、良いのですか? アナのような下賤な魔物に食料を分けていただいて」


 何だこの子、何でこんな卑屈なんだ。とても『炎獄の魔女の申し子』とやらには見えない。


「ええ、どうぞ。お話でもしながら一緒に食べましょう」


 そうだ、会話が成立するのであれば、この子から色々と情報を聞き出せるかもしれない。

 我ながら良い考えだ。


「嬉しいのです。では、ご同伴させていただきます。あ、その前に……」


 彼女は腰から杖を抜き、チャキっと構えた。

 杖を向けた先にはゴブぞうがいる。

 何だろう、とてもカッコいい。しかし何をするつもりなのか。


 アナベルが杖の先を動かすと、そこに光が生まれ紋様を描いて行く。すぐにそれは一つの魔法陣となった。


「消し炭になるのです【紅蓮の柱】」


 それは僕が使ってきた精霊魔法とはまるで異質なものだ。

 アナベルが唱えた途端、魔法陣がゴブぞう目掛けて飛んでいき、ゴブぞうの上で魔法陣が停止した。そして、


 ドンッッッッッッッッ!!


 凄まじい音を立てながら、魔法陣から炎が噴出されていく。

 まるでそこに炎の柱が現れたようだ。

 辺りが洞窟内であることを忘れさせるくらい明るくなっていた。

 やがて炎は消え、そこに残っていたのは黒く焦げた岩と、アナベルの言葉通り炭化したゴブぞうだった。


「さ、食べましょう」


 口をぽっかり開け呆然とする僕に、彼女は良い笑顔でそう言ったのだった。



ということで、人外ヒロイン登場です。

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