表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第五章 旅立ちと新たな出会い、そして再会
69/114

第六十六話 穴に棲むもの


「いっそ置いて行っちまえばいいんじぁねぇか」

「ギャオ!」


 ツヴァイの投げやりな物言いに、何と言っているのか大体わかってしまったのか、暴君が抗議するように声を上げた。

 勇也としても暴君をここにおいて行くのは反対である。折角苦労して、そして何より自分の感情をまた一つ犠牲にして手に入れた仲間なのだ。


「そういうわけにはいきません。この先に何があるかわからないんです。彼女の力は必要でしょ?」

「ふん、確かにそうだがな。でも、どうするよ? 試しに飛び降りさせてみるか?」

「ギャオ!」


 暴君は怯む様子もなく胸を張って堂々と吠えた。

 どうやら暴君は「こんな穴、どうってことない」と言いたいらしい。

 暴君は四階層の覇者だ。恐れなど知らないのである。


 そのまま暴君は穴の淵まで近づいて行った。

 草木の生い茂るジャングルは途中で途切れ、半ばからはごつごつとした岩の転がる大地へと変わっていく。そして大地そのものもなくなり、文字通り何もない空間になる。

 暴君はそこまで進んで行き、その穴を覗き込むのだが、それ以上進むことは無く、むしろゆっくりと後退していった。

 ドラゴニクス達やさらには勇也の横も通り過ぎ、ついには元いた場所まで戻って来てしまっている。


「ギイイイ……」


 その目は若干涙目だった。


 いくら恐ろしい相手はいないといえど、自分の巨体よりも遥かに巨大で底すら見えない深淵には敵わないようだ。


「まぁ、いざとなったら突き落としますけど、その前に僕が少し様子を見てきますね」


 勇也の言葉に暴君がびくりと震える。

 ツヴァイたちはその様子をどこか楽しそうに見ていた。


 勇也は特に表情を変えず(にやけた笑いのまま)、ゆっくりと地面を蹴り、弧を描くように穴に向かって落ちていく。

 だが穴に消えて十秒もしないうちに、空気が震えるような炸裂音が響いた。

 それはエカレスの発砲音だ。それも一発だけではなく、二発、三発と立て続けに起きる。


 姉妹たちはきょとんとした顔でお互いの顔を見合わせた。

 暴君も何が起きたのかと不安になり、穴に近づいていき、ゆっくりと先の見えない深淵の底を覗き込む。


「ギャオオオ!」


 その瞬間だった。

 穴から翼を広げた物体が飛んできて、暴君の鼻先を掠めたのだ。

 暴君はあまりのことに驚き、叫び声をあげる。

 姉妹たちにとっては愉快な光景なのだが、先ほど勇也が落ちていった穴であり、戦闘音も聞こえていたため、それどころではなかった。

 それに、穴から飛び出してきたのはどう見ても勇也ではない。

 勇也も翼を広げると、自身の身長よりも大きくなり、その全長は二メートルを超えている。

 しかし、穴から飛び出してきたその何かは、悠に十メートル近くあった。

 さらに勇也の翼は蝙蝠の被膜のような黒色のものであるが、それは同じ皮膜のようなものでも肌色だった。そして、そのものの体色自体は赤に近い色のようである。


 その何かは暴君の鼻先を掠めて飛んでいき、そのまま穴の上空を旋回していた。

 ツヴァイはそれを見上げ、ようやく何かわかる。

 やはりというか、当然それは魔物だ。


≪名前≫なし

≪種族≫プテラゴン

≪年齢≫8

≪体長≫318cm

≪体重≫35kg

≪体力≫28

≪攻撃力≫23

≪耐久力≫19

≪敏捷≫21

≪知力≫7

≪魔力≫20

≪精神力≫10

≪愛≫10

≪忠誠≫0

≪スキル≫魔素浮遊:空気中の魔素を利用し、空中に浮くことが可能になる。


 それが穴から出てきたものの正体である。

 そしてそれは、ドラゴニクスや暴君が地竜と呼ばれるのに対し、飛竜と呼ばれるドラゴンの一種だった。


 ツヴァイたちは上空を見上げて警戒する。

 彼女たちに比べれば一回り能力が低いが、それでも同じ竜。十分脅威となり得る。

 暴君もすでに驚いている様子はなく、むしろ自分を驚かせた存在に怒り心頭で、すぐにでもブレスで吹き飛ばしてやろうという表情だった。


 しかし彼女たちが警戒する必要は一切なかった。


 ドガァァァンッ!!


 空気が震えるような炸裂音が再び炸裂する。

 そして穴からまっすぐに飛んできた弾丸が狙い違わずにプテラゴンの頭部に炸裂した。

 きっとプテラゴンは死の訪れを知ることなく逝っただろう。エカレスから放たれた弾丸はプテラゴンの頭を綺麗に消し飛ばしていた。


 頭を吹き飛ばされたプテラゴンが首から火を噴きながら墜落していく。

 しかし穴に消えていく前に、それは空中で動きを止め、再びゆっくりと浮かんできた。

 プテラゴンの巨大な肌色の翼を片手で掴む者がいる。

 もう片方の手にエカレスを握った勇也だった。


「ちょっと頭の良くない鳥がいっぱいいますね」


 勇也は笑顔でそう言い、掴んだプテラゴンと共に、地上に降り立った。


「しかしあんな風に上昇できるものなんですね。予想外の動きだったんで、つい見入っちゃいました」


 そう言って勇也は自分の掴んだ獲物を見やる。


 勇也がそう思うのも無理はない。

 プテラゴンという魔物は、その名の通り見た目が恐竜であるプテラノドンとよく似ている。

 プテラノドンはその巨体から、自ら飛び上がるのではなく高いところまで登っていき、滑空する種だと思われている、という説を勇也は聞いていた。

 もちろん諸説あるのだが、あの巨体が急上昇できるというのは少し考え辛い。勇也もそう考えていたのである。

 しかし魔物であるプテラゴンは空気中の魔素を利用し、割と自由に空を飛ぶことができる。それこそ雀などの鳥類と同じように。

 さらにプテラゴンは竜種特有のブレスを放つことすらでき、とても油断していい相手ではないのだが、今の勇也の相手ではなかった。ブレスを放つ隙すら与えず、あっという間に撃墜していったのだ。


「おいおい、そんなところ降りて行って大丈夫なのか?」

「ええ、大して強いわけでもないし、何とかなるでしょ。ただ……」


 そこまで言って勇也の視線は暴君へと移った。

 そう、結局問題は暴君をどうやって連れていくかということになるのだ。

 勇也がプテラゴンの群れに襲われながら確認したところ、穴の深さはかなりあり、とても飛び降りて何とかなる深さではなかった。

 飛び降りて大怪我をする程度なら、勇也の肉を与えればどうとでもなる。だが、即死してしまえばいかに勇也といえどもどうしようもない。暴君がそんな簡単に死ぬとは考えづらいが、絶対に大丈夫だという保証もなかった。


 どうしたものかと勇也は頭を悩ませていたのだが、ふと自分の手に持つプテラゴンに視線を移した。


「いやいやいや、さすがに無理だよね」


 勇也は何か思いついたのだが、すぐに自分でかぶりを振って否定した。

 その様子をツヴァイが不思議そうに見つめ、やがて目を見張った。


「いや、旦那。いくら旦那とはいえそれは無理だろう」

「うーん、でも、ゆっくり降りるだけなら。他に方法も思いつかないし……」


 勇也は言いつつ、暴君を振り返る。暴君は自分を見つめてくる勇也を、首を傾げて見つめ返した。


「あははははは、やってみようか。突き落とされるよりはいいでしょ?」

「ギャ、ギャオ」


 何のことはわかっていないのだが、暴君は慌てて頷く。

 それに対して勇也は満足そうに頷き返し、飛び上がって暴君の頭上まで移動するのだった。


 それから数分後、暴君は真っ逆さまに深い穴を落ちていた。


「ギイイイイイ……」


 何とも情けない声を出しつつ。

 しかし自由落下をしているわけではない。

 勇也が暴君の尾を掴み、全力で引っ張っているのだ。


「ぐぎぎぎ……!」


 いかにパワーアップし人外の存在へと近づいている勇也といえど、暴君の巨体を持ち上げて飛び回るほどの膂力はなかった。

 こうして掴んだまま一緒にゆっくりと落ちていくのが精一杯だ。

 しかも今は、暴君を掴んで落とさないようにする以外何もできなくなってしまっている。襲われればひとたまりもないだろう。

 だが、さすがに四階層一の巨体を誇る暴君を襲おうとする魔物はいなかった。

 襲ったところでどうしようもないのだ。

 運良く殺せたところで、その肉体は真っ逆さまに落ちていくだけ。掴んで巣に持ち帰って食糧にすることなど、出来得るはずもない。


 ツヴァイたち姉妹は、ゆっくり飛ぶ、というよりは落ちて行っている勇也たちを尻目にしながら、自分たちもスキルによって姿を消しながら岩棚を下へ下へと降りて行っていた。

 彼女たちが進むくらいのスペースは余裕であり、しかもこの穴に巣食う魔物たちの注意が勇也たちに向いているため、難なく進むことができている。

 となると、やはり心配なのは勇也である。

 暴君がどうなろうと知ったことではないが、暴君を運ぶうちに力尽きてしまわないか、それが心配だった。

 そうなれば、岩棚に作られた巣の上から様子を伺っているプテラゴンたちの標的にされる可能性がある。いや、貪欲そうな彼らの目を見れば、勇也が力尽きて落ちていけば、その瞬間に襲われることは明白といえるだろう。


 そうなったらすぐに勇也を援護しよう、たとえその結果自分たちが標的にされても、とツヴァイは考えていたのだが、それは杞憂に終わった。


「あ、もうダメ。地面が見えたら地面に向かってブレスを吐いてみてください。きっと何とかなりますよ」

「ギャ!?」


 勇也はそう言って、あっけなく手を放してしまったのだ。


「ギャオオオオオオオオ!!」


 あとには暴君の哀れな叫び声が木霊するだけだった。


 しかしその瞬間、やはり勇也は彼らにとって恰好の獲物と化した。どの道、と言えるのだが、力尽きて落ちていくのではなく、戦う余裕がある。勇也はいつでも迎え撃てるのだ。

 それまで様子を伺っていた魔物たちが一斉に巣を飛び立つ。

 ツヴァイたちもすぐに援護に入ろうとするのだが、


「手は出さないでください!」


 勇也がそれを止めた。


「あははははは、それじゃあ僕と一緒に踊ろうか!」


 勇也は言いつつエカレスを構える。


――KIIIII!!


 飛竜の群れと勇也、空中舞踏会の幕が上がった。


ちなみに、プテラノドンは某映画のように、人間を掴んで飛び上がったりはできないそうです。体重が15キロほどしかなく、そんな力はなかったとか。その映画は大好きですが(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ