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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第五章 旅立ちと新たな出会い、そして再会
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第六十話 考える葦

ブクマ有難うございます!


「あっはっはっは、いやぁ、どうもこんにちは。久しぶりの僕ですよ」


 青白く輝く洞窟の中で、けたたましい笑い声が響き渡った。


「な、何だこいつは!?」

「邪神、ザ・プレイヤー……」


 金縛りの解けた勇也が、呻くようにそう呟いた。


「か、神だって!?」


 ツヴァイが驚くのも無理はない。

 彼女は一度宝箱部屋に入ったことがあるが、その時は普通に骸骨地竜を倒しただけであり、倒した後にこうやって話し掛けてくることなどなかったのだ。

 アナベルと違い外の世界に詳しくない彼女が、ザ・プレイヤーと呼ばれる神の存在を知らなくても無理はなかった。


「だから違いますって……。まぁ、それはさておき、ダンディなお兄さん。ゴブリンの次は地竜ですか? いい趣味してますね」


 勇也の眉間に皺が寄る。

 勇也はアナベルのことを言われ、心臓を鷲掴みにされたかのような思いだった。

 アナベルがここにいないという事実が、勇也の心は苛む。


「あっはっはっは、冗談ですよ。わかっていますとも。僕の持つアカシックレコードには、この世界で起きたことの全てが記録されていますから」


 早鐘のように鳴っていた勇也の心臓が治まった。

 勇也が自力で抑えたのではない。邪神がそうしたのである。


 邪神の言うアカシックレコード。

 アカシックレコードとは、全宇宙の歴史が記録されたもののことを言うのであるが、邪神の言うアカシックレコードとは、それとはまた少し違ったものである。

 邪神の言う通り、そのアカシックレコードにはこの世界で起きた事象のみが記録されていた。つまり邪神は勇也が今までどんな冒険をしてきて、どんな悪夢を見てきたのかも全て知っているのである。


「それにしても、お兄さんここまで壊れちゃったんですね。あ、別に変なことをしたわけじゃないですよ。ちょっとセロトニンを分泌させておいただけです」


 邪神は、人の脳内物質を勝手に弄っているのだが、変なことはしていないと言い切った。

 これぐらいのことは、邪神にとっては些末なことなのである。


 しかしそのおかげで何とか落ち着きを取り戻した勇也は、どうしてもあることが気になり始めた。


 ――自分はどう選択すべきだったのか。


 何もかもを間違えたから今の結果がある。勇也はそう考えていた。

 そして本当はどうするべきだったのか、その答えを邪神ならば知っているのではないかと思ったのだ。


「邪神さん、あなたなら知っているんじゃないですか? 僕がどうすべきだったのか?」

「ええ、知ってますよ」


 軽い調子で邪神の答えた言葉に、勇也は息を呑んだ。


「教えてください。どうすべきだったんですか?」

「どうすればアナベルというゴブリンの少女を裏切らず、井上琴音という仲間を失わずにいられたか」

「はい」

「簡単ですよ。生まれて来なければ良かったんです」

「――っ!!」


 それは勇也の存在全てを否定する言葉のようであるが、そうではなかった。


「ゴブリンの少女もあなたのクラスメートたちも、そして当然あなたも。誰も生まれて来なければ、誰も苦しまなかった。そうでしょう? あっはっはっはっはっは」


 勇也の存在を否定したのではない。いや、否定しているのではあるが、邪神は勇也だけに限らず、命そのものを全て否定しているのだ。


 勇也は思い出す。かつて邪神に出会った時、邪神は命が無価値だと言っていた。

 それならばなぜ命は生まれて来るのか、何のために生きているというのだろうか。

 勇也がその疑問を抱いて骸骨地竜の頭蓋骨を見つめると、邪神は勇也の考えていることなどお見通しだと言うように語り出した。


「あー、命についてどうしてとか、何のために、とか考えているなら、それは無駄な考えですよ。言ったでしょう? 生まれて来るのなんて本能にしか過ぎないんです。そして生きていることに意味なんてありません」

「じゃあ、あなたはなぜそこにいるんですか?」

「あっはっはっはっはっは。なかなか良い質問です。そうですね、まぁ当然僕が生きていることにも意味なんてありません。敢えて言うなら生きているから生きているんです」


 邪神の言うことは尤もだ。

 生きているから生きている。死んでいれば当然生きてなどいないのだから。

 だけど勇也が知りたかったのはそういうことではない。

 それは邪神も理解していた。


「確かに、生きていることに意味なんてありませんし、価値なんてありません。それでも別に死にたいわけじゃないから、僕もこうして生きているんですけどね。でもそうだなぁ、言っていることが矛盾するようにも感じるかもしれませんが、僕が生きているのは、自分の価値観を守るため、と言ったところでしょうかね」


 勇也は首を傾げた。

 邪神は、さっきまで命には価値なんてないと言っていたのに、唐突に自分の価値観の話をしてきたのだ。


「人の価値に絶対的なものは存在しません。ですが、人は自分の中に価値観を持ってしまうものです。それなら、その自分の中にあるものを守るために生きていく、という生き方も悪くはないと思いませんか?」


 勇也は黙考する。

 勇也の守りたかったもの、それは言うまでもなくアナベルだ。

 だが、守ることができなかった。裏切ってしまった。勇也は少なくともそう思っていた。

 そしてそうならば、やはり勇也にとって自分は、生きている価値などないのである。


「もちろん、どう生きようがあなたの自由です。どう生きようとも、人は死のその瞬間まで生き続けるのですから。

 そういった意味では、初めのあなたの質問『どうすべきだったか』ですが、やはり絶対の正解なんて存在しなかったでしょう。生きていれば得ることも多々あるでしょうが、基本的に命とは生まれてから刻一刻と失い続けていくものなんですよ」


 勇也はわからないと言うように首を振った。


 邪神の言っている意味を理解できなかったのは勇也だけではない。


「人族っていうのは、よくわからないことを考えるんだな」


 勇也と邪神の会話を大人しく聞いていたツヴァイが声を上げた。

 ツヴァイはアナベルと違い、人間に対して憧れなんて持っていないし、もっと獣に近い思考をしている。

 そんな彼女にしてみれば、生きる意味がどうだのそんなことは考えたことが無かったし、考える必要もない事だった。

 それならば、邪神が初めに言った「生きているから生きている」という考えた方の方がよほどしっくりくる。


「地竜の御嬢さんの言う通りですね。『人間は考える葦である』という言葉がありますが、全く以てその通りだと思いますよ。人間はね、生きている限り思考することを止められないんです。命なんていうのは、生まれて死ぬだけのものだというのにね。なぜ生きているかなんて余計なことを考えてしまう、生命としてはまったくの欠陥品ですよ、人間は。そういった意味では、生きるために生きているあなたたちはとても美しい」


 わけのわからないことで褒められたツヴァイは鼻白むが、邪神はそんな彼女の様子を意に介した様子もない。


「こうやって美しいと思うのも、僕が考えるのを止められないからで、僕が考えるのを止められないなぁと思うのも、やっぱり考えるのを止められないからで……あっはっはっはっはっは。ね?」


 勇也は邪神の話を聞きつつ、頭を抱える。

 当然人間である勇也が、考えるのを止めることなんてできない。

 琴音を死なせてしまったこと、アナベルを裏切ってしまったこと、それらが勇也の思考の中で渦巻き続け、勇也を苛むのである。


「あー、また、そんな顔して。ダンディなお顔が台無しですよ。そうですね、では一つ僕が良いことを教えてあげましょう」


 そこで邪神は一つ咳払いをした。


「この迷宮に、近い内に仮面をつけた男が現れると思います」


 勇也の頭に浮かんだのは、千佳や凜華から聞いたイーターと呼ばれていたという鉄仮面のことである。

 実は仮面の男というのはもう一人いるのだが、当然勇也はそれを知らなかった。


「その彼と君は戦うことになるでしょうが、そうしたら倒すことよりも彼の被っている仮面を破壊することに注力してください」

「は?」


 意味が分からず勇也は聞き返す。


「まぁまぁ、いいからいいから。僕の言う通りにすればきっと良い事があるような、無いような……」


 冷たい視線が骸骨地竜の頭蓋骨に集中した。

 しかしやはりというか、邪神はまるで意に介した様子もなく、ケタケタと笑うだけである。


「あっはっはっはっはっは。いやぁ、しゃべったしゃべった。じゃあ、そろそろお暇しますかね。……あれ? 何か忘れているような……」

「あの、宝箱……」

「あ……」


 邪神は自分の本来来た目的を忘れているのだった。



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