第五十六話 五姉妹
ブクマ有難うございます!
「なぁ、旦那。暴君と戦う前に、俺様たちの能力も把握しといた方がいいだろ?」
暴君が塒にしているという山まであと少しというところで、ツヴァイが勇也にそう提案した。
勇也は暫し考えたのち首肯する。
一度戦っている相手とはいえ、共闘するのは初めてである。それに、罠を張る以外にどんな戦い方が出来るのか確認しておこうと、勇也は考えたのだ。
姉妹の能力を確認するため、手っ取り早く狩りをすることになったのだが、勇也が暴れ回ったせいで、なかなか獲物が見つからない。
全員が気配を断ち、暫く探していると漸く魔物に遭遇した。
魔物は例によってハイオークだ。
数は五。
少し前まではなかなかの強敵であったが、今の勇也の敵ではなかった。
だが今回はあくまで姉妹の能力を測るのが目的。勇也は手を出さず、姉妹の戦い方を観察するつもりであった。
密林の間をハイオークが、二、一、二の陣形を組んで進んでいる。
以前に勇也は、アナベルに、オークが雌であれば何でも犯すのは知能が低いからであり、多種族との間に子が成されるわけではないと聞いたことがある。尤も、勇也たちを苦しめ、琴音の命まで奪った黒の残虐に関して言えば、知能の高さゆえに残虐性を発揮し他種族を陵辱するという事を楽しんでいたとも言えるのだが。
そして今勇也の眼下を歩くハイオークたちも、どちらかと言えば知能が低いようには見えない。
勇也は念のため、さらに高度を上げてハイオークどもに気付かれないようにした。勇也の感覚は能力の上昇とともに研ぎ澄まされており、普通の人間の視力であれば豆粒程の大きさにしか見えない姿でも確認することが出来た。
五体の姉妹たちであるが、今姿を現しているのは長女のツヴァイだけである。
他の四体たちはスキルの擬態を使って姿を隠しているようであった。その姿は勇也でも捉えることが出来ない。
ツヴァイは五体のハイオークたちのあとをコソコソとつけて行っている。
ハイオークたちはすぐに自分たちがつけられていることに気付いたようで、動きを止め、ツヴァイが隠れている木のあたりを振り返った。
ハイオークたちの間に緊張が走る。いくら一体とは言え、格上の相手だ。
だがそれでも勝てると踏んだようで、ハイオークたちは逃げる様子を見せず、迎え撃つ態勢を取った。
確かに五対一ならハイオークが勝てただろう。
「クアー」
ツヴァイが声を上げる。するとすぐに木々の間から妹たちが姿を現した。
ハイオークたちはちょうど挟み撃ちにされる形になった。
ツヴァイが敵の注意を引きつけるというのは、勇也の時にも使った方法である。
ツヴァイたちの体は、この密林の中では特によく目立つ体色なのだが、一人だけ姿を現わすことによって、その一体に意識が集中し他の四体に注意が向かなくなるという効果があった。
だが琴音の能力とは違い、彼女たちは周りの景色に、カメレオンのように溶け込むだけだ。カメレオンと比べて少しばかりその性能が高いだけである。
それを補うための囮であり、また、風上にツヴァイが立ち、他の四体たちは風下に立つなど、いたるところで工夫がされていた。
そして取り囲んでさえしまえば、いや、そもそも正面からやり合ったところで、ハイオークの集団は彼女たちの敵ではなかっただろう。
今回こんな回りくどい戦い方をしてみせたのは、勇也に見せるデモンストレーションのためだ。
こういった奇襲戦法が得意であることを、ツヴァイは勇也に見せようとし、すでに彼女たちは十分見せることが出来た。ならば、あとはもう襲うだけである。
姉妹はハイオークに襲いかかり、あっという間にハイオークたちを殺害してみせた。
勇也はその戦いを見届け、地上に降りていった。
姉妹はハイオークの肉を食らうことなく、勇也が降りてくるのを見上げて待っている。
だが、その途中で勇也の様子が変わった。
胸を押さえ瞳孔を開き、苦しそうにしているのだ。
ついに勇也は地上に降り立つことが出来ず、そのまま墜落してしまった。そしてそのまま地面に蹲る。
「おい、旦那! どうしたってんだ!?」
姉妹が勇也の元に慌てて駆け寄っていく。
「あああああ!!」
勇也は蹲り胸を押さえたままで、叫んだ。
それは慟哭だった。
「琴音、琴音、琴音ぇぇぇぇぇ!!」
そう、勇也は姉妹の戦い方に、自分の為に命を散らせてしまった琴音のことを思い出していたのだ。
勇也は蹲ったまま泣き叫ぶ。
ツヴァイ以外の四体が愛する主の元に駆け寄る中、ツヴァイはその様子を少し離れたところで控えて見守っていた。
彼女は自分の主が壊れてしまった原因の一端を垣間見たのだった。
それから暫くして、勇也はまた突如として笑い出し、「アナ、大丈夫だよ。僕はちゃんと戦えるからね」と、姉妹たちには意味の分からない言葉を呟きながら立ち上がった。
「お、おい、旦那、もう大丈夫なのかよ?」
勇也はツヴァイを見て首を傾げた。
その目は「何を言っているの?」というようである。
そして実際に、勇也は彼女が何を聞いているのか理解していなかった。
ツヴァイの表情は変わっていないように見えるが、幾分疲れたように溜息を吐き、首を横に振る。
そんな彼女の様子も気にせず、彼女の妹たちは嬉しそうに勇也に甘えていた。
勇也も微笑んで四体の相手をしており、先程までの様子が嘘のようだ。
そうこうしている内に辺りが薄暗くなってきた。
「旦那、今日はもうここまでだな」
ドラゴニクスは鳥目というわけではないのだが、特別暗闇で目が利くわけでもない。
それはまた勇也も同じである。
勇也は少し悩む仕草をしていたが、結局首を縦に振った。
暴君の塒であるという山はもう目の前なのだが、特別に急いでいるというわけでもない。
今日のところは目の前に横たわるハイオークを糧にして、この場で休むことにした。
ということで、早速ハイオークを食べることにしたのであるが、五体の行動がバラバラになる。
まず勇也の側に二体がべったりくっついていた。
一体は赤い縞模様のあるフィアーであり、彼女は時折勇也の羽を甘噛みしたりして遊んでいる。
もう一体は朱色の体をしたフュンフだ。彼女は本当にただ勇也の傍にいたいようで、ただ体をくっつけているだけだった。
他の三体はというと、長女のツヴァイと左目の横に長い傷のあるゼクスが、肉を爪で器用に切り分けており、オレンジのラインが体の横に走っているドライは、辺りの警戒を行っている。
「君たちは手伝わないの?」
勇也が訊くと、
「クエー?」
「クオー?」
二体はよくわからないと言うように、勇也を左右に挟んで首を傾げて鳴いた。
「あー、旦那。そいつらは別にいつものことだから構わねぇよ」
「へぇ、大変なんですね」
「いや、むしろ、そいつ、フュンフはいつもだったら俺様の側にべったりくついて邪魔なだけだし、フィアーは獲物で遊びだすか、他の姉妹にちょっかいを掛けるかで、本当に邪魔なだけだからどちらかというと助かってるな」
「……大変なんですね」
「まぁ、今回は獲物が多いし、旦那の食べる分を切り分けてるだけだから大したことないけどよ。よし、こんなものでいいか?」
そう言ってツヴァイは、勇也に三百グラム近い肉を渡した。もちろんそれだけあれば十分である。
「じゃあ、後は俺様たちで頂くぜ?」
「ええ、どうぞ」
「おう、お前ら飯だぞ、クアー」
「クー」
待ってましたとばかりに早速ハイオークに向かって行ったのはドライだった。
勇也の傍にいたフィアーも、素早くハイオークに向かって駆けて行く。
フュンフだけは勇也の傍を離れようとしなかったが、勇也が「行っておいで」と促すと、何度か勇也を振り返ったのちに、食べに行った。
そんなフュンフの様子を、まるで末っ子みたいだと観察していた勇也であったが、事実フュンフは末っ子である。
勇也が名前を適当に付けたため、姉妹の順番と番号は微妙にずれていたのだ。
だが偶然ではあるが、三女から五女までは番号が合ってしまっていた。つまり、三女がドライ(3)、四女がフィアー(4)、五女がフュンフ(5)である。ちなみにゼクス(6)だけが合っていなくて、彼女は次女だった。
勇也はそんなことには気付かず、受け取った肉を焼いてステーキにして食べ始めた。
勇也にツヴァイが渡した肉は、一番太っているハイオークの腰から尻にかけての肉で、適度にサシが入っている。
そしてその残った肉であるが、それをドライが涎を垂らし物欲しそうな目で見つめていた。
「……好きにしな」
ツヴァイが呆れて言うと、ドライはその肉を嬉しそうに食い始める。
すると、フィアーがその様子に目を細め、ドライが食べている最中の肉を横からかっさらって行ってしまった。
「クー!」
ドライが怒ったような鳴き声を上げ、フィアーを追い掛け始めた。
ツヴァイが二体に声を掛けようとし、口を開きかけるのだが、首を横に振り自分の肉を食べ始める。
いつものことなので気にするのをやめたのだ。
それよりも自分の食事を済ませてしまおうと考えたのだが、ツヴァイの食べている横で、なぜかフュンフが横に並んで同じ肉を食べ始めた。
ツヴァイは食べるのを中断し、横に並ぶ末っ子を見る。
するとフュンフも食べるのを中断して、ツヴァイを見返した。
「……」
「……」
ツヴァイはそのハイオークをフュンフに譲って、自分は別のハイオークの肉を食べ始める。
だが、気が付くと再びフュンフがその隣に並んでいた。
二体はまた顔を見合わせた。
「……」
「……」
ツヴァイは長く長く溜息を吐く。
そして諦めてハイオークの肉を貪り始めると、その横でフュンフも食べ始めた。
他の姉妹がそんなやり取りをしている中、ゼクスだけは我関せずといった様子で黙々と食べ続けている。
勇也はそんな姉妹の微笑ましい様子を眺めていたのだが、不意に真顔に戻る。
勇也の目に彼女たちの姿が、今までの旅の光景と重なったのだ。
凜華やクロ、千佳、卓、心結に琴音、そしてアナベル。
それらの光景はもう二度と戻ってこないものだった。
勇也は胸を押さえた。
「すいません、僕は先に寝ます」
五体は一度動きを止め、勇也に注目した。
「あ、ああ、大丈夫か?」
「ええ、問題ありません」
勇也は樹上まで飛んで行き、そのまま横になった。
幸せそうに食事する彼女たちの姿に、目を向けないようにして。