第五十三話 変化
ブクマ有難うございます!
密林の中を年若い神父が歩いている。
いや、それは神父の格好をしているだけで、神父どころか聖職者ですらないし、神の存在さえ信じていない者だった。
尤も、彼はここ最近、邪神という存在を信じ始めてはいるのだが。
彼、勇也は、周囲に火の玉を浮かべて、鼻歌交じりに歩いている。
普通こんな所で鼻歌を歌ったりはしない。
なるべく気配を消して、周囲を警戒しながら進むべきなのだ。
なぜならここは、人の命を奪うことに特化した魔物の跋扈する地下迷宮なのだから。
だが今の勇也は、気配を消すことも、辺りを警戒することもまるでしていない。まるでピクニックでもしているかのように、上機嫌に鼻歌を歌っている。
「ハンプティ・ダンプティ塀の上、
ハンプティ・ダンプティ落下した。
兵隊治しにやってきた。
だけど元には戻らない♪
くふふ、あははははは!」
もしもこの場に他の冒険者がいたなら、鼻歌を歌い続ける勇也を注意してくれただろうか?
いや、きっと勇也を一目見ただけで逃げ出しただろう。
赤い瞳を爛々と輝かせる彼は、どう見ても常軌を逸している。
危険を察知し、近付かないようにする冒険者が、勇也を注意して助けようと思うことは決してなかったに違いない。
今の勇也に近づこうとするもの、それは魔物だけである。
わざわざ目立つように移動し続ける勇也は、魔物にとっては格好の標的だろう。
早速勇也の前に、四匹のホブゴブリンが現れた。
猿人の様な醜い顔を、笑みによって醜悪に歪めている。
こんなに簡単に獲物が見つかったことを喜んでいるようだ。
だが笑っているのはホブゴブリンたちだけではなかった。
「くふふふ、僕が食べたいの? いいよ、ほら。僕が食べたいなら掛かってきなよ。強かったら食べさせてあげるからさ」
勇也は武器も構えず、両手を上げてアピールした。
ホブゴブリン達は、自分たちが馬鹿にされたと思ったのか、笑みを怒りに変え、勇也を睨みつける。
そしてそれぞれ手に手に武器を持ち、一斉に勇也に向かって襲い掛かった。
「くふふ、あははははは!」
しかし勇也は流れるように攻撃を回避する。
それはまるで踊っているかのような、見事な動きだった。
「ほら、もっと頑張らないと」
ホブゴブリン達はさらに怒気を強くし、勇也を四方から取り囲む。
ホブゴブリン達には勇也の考えなどわかるわけがない。彼らにわかるのは、目の前の餌が自分たちを馬鹿にし、虚仮にしているという事だけだ。
今度こそ息の根を止めようと、また一斉に勇也に向かって跳躍した。
結果は変わらない。
勇也はホブゴブリンの攻撃を、顔色一つ変えず涼しい顔で避け、それどころか次々とカウンターで拳を放っていく。
反対に勇也に殴られたホブゴブリン達は、まるでトラックにでも轢かれたかのように、殴り飛ばされ、打ち所の悪かった者は絶命していった。
「ああ、そんなんじゃ駄目だよ。もっと強い奴じゃないと」
たった一度の攻撃で、残ったホブゴブリンは二匹だけだった。
そこで初めて彼らは恐怖する。
自分たちが格上の化け物に手を出してしまったことに気付いたのだ。
そうと分かればもう戦おうとはしない。
背中を見せ、即座に逃げようとする。
だが、勇也はそれを見逃してやるほど、甘くはなかった。
ズガァァァンっ!
先に逃げだしたホブゴブリンが頭を打ち抜かれ、そのまま燃え上って行く。
その後ろにいた、つまり勇也の近くにいたホブゴブリンは、思わずその光景を見て立ち止まってしまうが、それは悪手だった。
「くふふ、捕まえたよ」
勇也がホブゴブリンの両腕を掴んだ。
そして力を左右に加えて行き、ホブゴブリンの腕を二本とも引き千切ってしまった。
――GYIIIIIIIIIII!
「あははははは、なかなか面白い鳴き声だね。じゃあ、もっと良い声で鳴いてね」
勇也は引き千切った腕の切断面に指を掛け、ゆっくりと皮を剥がしていく。
――GYIIIGYAAAAAAAAA!!
ホブゴブリンは生きたまま皮を引き剥がされ、その痛みによってショック死したのだった。
勇也は残ったホブゴブリンの死骸に火をつけ、それを喰らった。
「ごめんね、アナ。もっと強い奴を見つけたら、僕たちの仲間にしようね。くふふ、そんなことないよ。きっと僕より強い奴はいるよ。ほら、例えばあの馬鹿でかい暴君とかさ」
たとえそこにアナベルがいなくとも、勇也には彼女の声が聞こえていた。勇也にだけは。
もし今の勇也がこのような状態でなければ、自分の異常に気付いていただろう。ホブゴブリンと勇也の間に、これほどまでの実力差はないはずなのだ。
自分の異変に気付けば、きっと己を『鑑定』していただろう。
もし『鑑定』していたら、今の勇也のステータスはこうなっていた。
≪名前≫永倉勇也
≪種族≫人族(変異種)
≪称号≫ゴブリンの友
≪年齢≫16
≪身長≫172cm
≪体重≫59kg
≪体力≫30
≪攻撃力≫28
≪耐久力≫30
≪敏捷≫27
≪知力≫12
≪魔力≫34
≪精神力≫18
≪愛≫320
≪忠誠≫0
≪精霊魔法≫火:94 水:6 風:85 土:15
≪スキル≫食用人間・上質肉:捕食者の旨いと感じる味になり、肉体の再生に捕食者の寿命を使用できる。
鑑定:あらゆるものの情報を読み取る。
自己犠牲:自分が死ぬ時、仲間と認識した者の能力にブーストがかかる。
自動照準:照準能力に補正がかかる。
嫉妬:嫉妬の感情に反応し、敵と認識したもののステータスを自分と同じにし、スキルを封じる。
そうすれば、自分の体に異常が起きていることにも気が付いたのかもしれないのだ。ステータスが急激に伸びていることや、『食用人間』のスキルが『食用人間・上質肉』に変わっていることなどに。
だがやはり、自分の肉体の変化にまでは気付かなかっただろう。目の色が変わっていることには。
食事を終えた勇也は、またふらふらと歩き始めた。
鼻歌を口ずさみ、それでも確実に前へと進んでいく。
そんな様子を、木の陰から目を細めてじっと見つめている者がいるとは気づかずに。
ステータスの上昇した勇也の歩みは早かった。
歩きにくいはずの密林の中を、平地を歩くようにすいすいと進んでいく。
それに加えて、敵の警戒も行っておらず、味方と歩みを合わせるという必要もないから、ベテランの冒険者と比べてみても、その行軍速度はやたらと早いのだ。
勇也がしばらくそうやって歩いていると、ふと密林を抜けてしまった。
オークの巣のように、木々が伐採されて切り開かれている、というわけではない。
周りに一切の木々が無くなり、代わりに勇也の背ほどもある草が辺り一面に広がる場所へと様変わりしてしまったのだ。
かといって方角を間違えたわけではない。
草地からも川が流れているのは見えるのだ。
勇也はそれだけ確認し、また警戒することなくずんずんと進み始めた。
背の高い草が辺り一帯に生い茂り、視界は非常に悪い。
もしここを普通に進むなら、敵に襲われることを考えて、かなり慎重に進まなくてはならないだろう。
有効なのは、クロのように鼻の効く魔獣を連れてきたり、聴覚の優れた魔獣を連れてきたりすることだ。
そうでなければ、風魔法によって音を集めながら進まなくてはいけない。
そうやって進んでいけば、やはりかなり時間がかかるはずなのだが、勇也はただ分け入って進んでいくだけだった。
たとえ四方を包囲されていたとしても、前へ前へと進んでいくだけだ。
傍から見れば異様な光景だ。四階層に到達するほどの冒険者であれば、普通はそんなことしない。
だから反対にこうも考えることができる。
「警戒する必要が無いほど、この黒い服を纏った男は、自分の実力に自信があるのではないか?」
無論、魔物はそんなことは考えない。
だが、変異種と呼ばれる通常の魔物と比べて、知能の発達した魔物ならどうだろうか。
それでも勇也を食べたいと思った時、それはこう考えた。
「罠を張ろう」
勇也が草地を進んでいる時、それは聞こえてきた。
「助けてぇ、助けてぇ」
弱々しいが、間違いなく女の子の声である。
勇也は鼻歌をやめ、辺りを見回す。
「助けてぇ、助けてぇ、痛いよぉ」
そして声が聞こえてくる方向に当たりをつけ、そちらに向かって歩き始めた。
「痛いよぉ、穴に落ちちゃったよぉ」
勇也は、しばらく進んでいくと、地面にぽっかりと開いた穴があるのを発見した。
直径は二メートルほどで、普通に考えれば見落とさないような穴である。
しかし勇也はそこまでは考えず、穴を覗いてみた。
穴は真っ直ぐ下に伸びているのではなく、途中で横に伸びているようで、奥がどうなっているのかは窺い知れない。
「そ、そこに誰かいらっしゃるのですか? 足を怪我してしまって……。手を貸して頂けないでしょうか?」
勇也は穴に向かって言われたとおりに手を伸ばした。エカレスを握った手を。
ズガァァァンっ!
「ギャアアアアア! 野郎、いきなり攻撃してきやがった! ちくしょうっ! 腕が!」
女の声が乱暴なものに変わる。
「くふふ、あははははは! ねぇ、大丈夫ですか? 腕、どうなりました?」
「くそがぁぁぁっ!」
何かが穴の中から高速で来る。
勇也は咄嗟にそれを避けつつ、耳をつんざくようなキンっという音を聞いた。
しかしそれの速度はかなり速く、完全に避けることができずに、エカレスを持っていた腕がそれによって切断されてしまった。
「――っ!!」
そしてそれが穴の中から飛び出してきた。
「ざまぁみろってんだ。ったく、俺様の腕を奪いやがって」
それは人ではなかった。
二メートル近い巨体に、長い尻尾、短い腕と太い脚、そしてワニのような顔。
某恐竜映画に出てくるラプトルと呼ばれるものに似ている。
それがショートパンツとサスペンダーを着て、勇也の前に現れたのだった。
ストックが死にました。
ちょっと来週はいつになるか未定です。
別作品の方に力を入れてしまいました。