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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第四章 地獄の中で辿り着いた地獄
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第五十二話 勇者VS人造勇者

ブクマ有難うございます!

 

「はぁ、……マジで嫌っス」


 そう嘆く少女の名はボニーという。

 子爵家三女に生まれた貴族家出身の彼女であるが、姉二人と比べて器量が特に良いわけでもなく(彼女の名誉のために、不細工でもないという事を明記しておく)、何より子供の頃より全く身に付かなかった作法のせいで、彼女は家族にあまりよく思われていなかった。

 彼女自身、このままではどこぞの年老いた中堅貴族の妾にされると感じていたため、思い切って冒険者の道を進んだのである。


 貴族家出身の彼女は術式魔法の素養もあり、そして何より冒険者としてのセンスがあった。

 冒険者になってわずか数年で、キマイラ級までのし上がり、その頭角を現すことになったのだ。

 しかしそれがいけなかった。


 冒険者となって五年目、十六歳の頃、彼女はついに『高速術式のボニー』の二つ名まで得るようになったのだが、そこまで名の売れるようになった彼女は、実家に呼び戻されることになった。

 彼女は嫌々ながら、こんなことになるのなら、もう少し妥協してさっさと結婚しておけば良かったと感じながらも実家に戻った。

 だが、実家の家族が彼女を呼び戻した理由は、彼女が想定していたことより、遥かに良い話だったのだ。それが彼女にとって本当に良い事とは限らないというのは置いておいて。


 彼女を待っていたのはどこぞの爺との縁談ではなく、宮廷魔術師の側仕えとして登用されるという話であった。

 これなら条件は悪くない。いや、むしろ彼女の望める中では最良といっても過言ではなかった。

 宮廷魔術師の側仕えならば、名誉ある仕事であるし、華もある。さらに言うなら、ベリリア王国宮廷魔術師のバーソロミュー・ド・クインズベリー侯爵は美丈夫として知られる男だ。もしお手つきになったとしても、妾にしてもらえるなら、彼女の立場からしてみれば願ったり叶ったりである。

 この時の彼女は知らなかった。すぐに、まだどこぞの爺の妾の方がよっぽどましだった、と思うようになるとは。




 彼女は現在作戦行動中である。

 とある森の前で百人近い集団に囲まれていた。

 兵士がその大半ではあるが、中には高名な冒険者もいる。彼らの役目は、森に着くまでのボニーたちの護衛だ。実際の所は護衛というよりも、下手に戦闘になると、暴れ出して手がつけられなくなるであろうイーターの対策だった。


 ボニーにとってこの仕事が前回の仕事よりましなのは、森に行くのであって、迷宮に潜らなくていいという事である。前回の仕事と変わらず最悪なのは、またイーターのお守りをしなくてはいけないという事だった。そして前回の仕事より最悪なのは、今回の任務が『疾風の勇者』の討伐だという事だ。


 勇者とは人外の存在である。

 異世界『日本』より召喚され、人族を救う存在として知られている。

 召喚された時に『勇者』のスキルが付与され、そのスキルの中に『ステータス四倍』という破格のスキルが内包されているのだ。

 それだけでも十分であるのに、他にもさまざまな強力なスキルを持ち、圧倒的戦力で魔族を屠っていくのが勇者という存在だった。


 問題はなぜそんなものを討伐する羽目になったか、という事だ。

 勇者召喚の儀は聖女の手によってなされるものなのだが、今回の聖女が召喚した勇者が、旅の途中で人族を裏切り、魔族についてしまったのである。

 裏切った疾風の勇者は、初めはその聖女が属する国、クリプトニアの北に位置する森に潜伏し、通りかかった人族を狩っていたのだが、最近になってベリリアの南に位置する森で発見情報が出てきたのだった。

 勇者の相手をできるのは、魔王か同じ勇者であり、通常勇者召喚の儀は数回にわたって行われる。

 だが、今回の聖女が行った勇者召喚の儀は、一度目は『裏切り勇者』、二度目は失敗、そして三度目に行った勇者召喚の儀により呼び出された『鋼の勇者』は、なんとクリプトニアを乗っ取って、自らが王となってしまったのであった。

 そのため、通称ポンコツ聖女の召喚した勇者に頼ることは出来ない。

 そこでベリリアは勇者に対抗出来うる唯一の手段として、人造勇者イーターを派遣したのである。

 尤も、イーターが勇者を喰らうことに成功すれば、さらなる力をイーターが得られると、クインズベリーが画策していることは言うまでもない。


 というわけで、再びクインズベリーの部下であるボニーに白羽の矢が立った。

 彼女は思う。今度こそ絶対に死ぬ、と。

 彼女の予想では、イーターが勇者に敵うことは無く、きっと派遣された兵団や冒険者、自分も含めて全滅する。勇者とはそれほどまでに人とは隔絶された存在なのだ。


「あれ? もしかしてボニーじゃないかい?」


 溜息を吐いているボニーに声が掛けられる。

 ボニーにはその声がイケメンの声に聞こえた。それも極上の。


「はい! ボニーっス! 未来の旦那様!」

「な、何言ってるの? 僕の結婚相手は王都にいるよ」


 ボニーの目の前にいたのは、ジズの雷のリーダー、フレデリックであった。


「えぇっ!? フレデリックさん、結婚しちゃうんスか? あーしというものがありながら!?」


 フレデリックが頬を引くつかせる。


「フレデリックさん、もう浮気してるんですか? エマさんに言いつけますよ」

「そんなわけないじゃろ。ボニーの嬢ちゃんの言うことを真に受けるんじゃないわ」

「それはいいとして、ベリリアの秘密兵器って、まさかアンタの事じゃないよな?」


 斥候兼剣士のハンナがフレデリックを責め、それを魔術師のギルバートがたしなめ、最後に戦士のジーンがボニーに訊く。

 この会話からわかるように、ボニーとジズの雷の面々は旧知の仲であった。ちなみにここにはいない「赤熱の魔女」とも、ボニーは知り合いである。


「そんなわけないじゃないスか。秘密兵器っていうのはアレの事っスよ」


 ボニーの指差した先には、兵士数名に囲まれた口以外を鉄仮面に覆われた男、イーターがいた。

 イーターは暴れるような様子もなく、静かに佇んでいる。


「ほう、あれは確かに……なんなら勇者よりも危険じゃないかのう」

「ああ、ヤバい感じがビリビリ伝わって来るね」

「いやぁ、勇者よりはましだと思うっスよ」

「なんにせよ、僕たちの仕事は『疾風の勇者』に遭遇するまでだからね。悪いけど、遭遇し次第、逃げさせてもらうよ」

「えぇっ! あーしを置いて逃げちゃうんスか? 旦那様ぁ」


 フレデリックの額に青筋が浮かぶ。

 普段フレデリックは温厚なのだ。本当に。

 上級冒険者というのは一癖も二癖もあるため、フレデリックの神経を逆撫でさせてしまったりすることもままあるのである。


「それにしてもボニーよ、お嬢ちゃんも貴族の色に染まってきておるの」


 ギルバートが言っているのは、やはりイーターの事である。

 イーターは素人目に見ても危険な存在であるが、その道のプロが見ればそれがどれだけ危険で異常なのかがわかるのだ。

 その異常さがわかるゆえ、ボニーが何かしらの陰謀に関わっていることは、ジズの雷のメンバーは容易に察しがついた。

 それがギルバートの言った“貴族の色”である。


「いやー、あーしは別に大したことはしてないっスよ。ほとんど雑用っスからね」


 果たしてそうとも言い切れない。

 ボニーはイーターの正体、つまり日本人だという事を知っているし、クインズベリーの目的も知っている。

 イーターのことは可哀想だと思わないでもないが、一介の宮廷魔術師に過ぎないボニーは、彼のことをどうすることもできないし、しようとも思っていなかった。そんな危険なことに首を突っ込むつもりは毛頭なく、長いものには巻かれることにしているのである。

 それにしても、イーターの監視役なんて、一番危険な仕事を押し付けられてはいる。

 尤も、ボニーに死ぬ気など微塵もなかったのだが。


「まぁ、ともかく今日はお願いするっス。あーしも見敵必逃サーチアンドエスケープなんで!」


 朗らかに言うボニーに対し、ジト目を向けたジズの雷の面々であった。




 それから三十分後、暗く鬱蒼とした森の中を、『疾風の勇者討伐隊』が進んでいた。

 中央にイーターとボニーを置き、その周りをかなり間隔を空け、囲むようにして兵士たちや冒険者を配置し、進んでいる。

 ジズの雷の面々は中央の先頭に立ち、索敵を行っていた。

 メンバーの中で先頭に立つのは斥候兼剣士のハンナと、身の丈より大きいハルバートを背負ったジーンである。


「ジーンさん、いいですか?」


 顔を蒼褪めさせ、歯をカチカチと鳴らし、前方を見たままハンナがジーンに声を掛けた。


「ああ、言わなくてもわかってるよ。勇者様は逃げも隠れもするつもりはないらしい」


 ハンナ程ではないにせよ、ジーンもまた顔色が青かった。

 ジーンは、相対してしまえばその者の強さはだいたいわかってしまうが、索敵能力が高いわけではない。

 しかしそのジーンですら、前方から漏れ出る高密度の魔力と威圧感の存在に気付いていた。

 そもそも潜伏しているつもりなんてない、ただここを拠点にしているだけだ。その気配はそう言っている。

 そしてそれだけではない。

 もう逃げられない、お前たちは獲物だ、と物語っているのであった。


「オレが一撃は絶対に食い止めてみせる。ハンナはフレデリックやその後ろにいるボニーたちに知らせに行きな」

「は、はい」


 ハンナは頷き、後ろに向かって走り始めた。

 ジーンを見捨てたようにも見えるが、そうではない。

 ハンナは気付いていた。一緒に自分が残ろうが、一人だけ逃げようとしようが、恐らく自分もジーンも助からないという事に。


 ハンナが去った後、ジーンの元にそれはやって来た。

 姿すら見えないほどの速さで、疾風怒濤の存在がジーンに襲来する。

 ジーンは大上段にハルバートを構え、自分の勘に従ってそれを振り下ろした。


「でぇやぁぁぁぁぁ!!」


 空振り。

 さらにジーンは、右足に強烈な衝撃を受け、その場で地面に叩きつけられる。


「ま、待ってくれ!」


 今のジーンにできることといえば、せいぜいが時間稼ぎ。

 さっきの僅かな攻防で右足をへし折られたジーンにはそれも適わない。

 しかし立てていたところで結果は同じだっただろう。

 相手は人外の存在。

 音速を超えて動くことのできる『疾風の勇者』なのだから。


「はぁ、別に構いませんが」


 無駄だと思っていたジーンであったが、意外と勇者はその動きを止めてくれた。

 仰向けに倒れているジーンの足元に、仮面を被った長身の男が姿を現す。


「い、意外と良い男じゃないか」


 それはジーンの本心だった。仮面を被っていて素顔は見えないが、服の上からでもわかるよく鍛えられた肉体と、落ち着いた声、なかなか出会うことのないジーン好みの男だったのである。尤も、彼が殺人鬼でなければの話だが。


「くふふ、それはそれは。貴女のような美しいお嬢様にお褒め頂き至極恐悦。で、いかが致しますか? 命乞いしてみますか? 私が自分を殺しに来た人間を、生かして返すとは限りませんが」

「ち、違う! オレはアンタを殺したいという奴を、アンタの所まで連れて来てやっただけだ。俺はアンタと戦う気はない」


 事実であるのだが、そんなことを言ってみたところで、助けてもらえないのは、ジーンもわかっていた。


「ほう、だから助けてくれ、と?」

「あ、ああ、頼む。殺さないでくれ」


 だがそれでも良いのだ。なぜなら彼女の役目は時間を稼ぐこと。

 そしてその役目はすでに十分果たせていたのであった。


 ――ぐぅるぅああああああああああ!!


 雄叫びと共にそれは現れた。

 疾風の勇者、チェイサーの目には、すでにジーンは写っていない。

 自分の元に高速で飛来する物を、目を細めて見つめている。

 それは一直線にチェイサーに元に飛んできた。

 同時に拳を振るうが、チェイサーには当たらず、大きく空振りした。


 ジーンはその隙に駆け付けたフレデリックの手によって立たされ、速やかに撤退する。

 これ以上化物同士の戦いに巻き込まれないようにするために。


 チェイサーは逃げて行くジーンたちには目もくれず、目の前で獣のように唸り声を上げる鉄仮面の男を注視していた。

 しかしその目には警戒心ではなく、憐れみのようなものが映っている。


「哀れな……。君は必ず私が殺してあげましょう」


 チェイサーは懐に手を突っ込み、それを取り出した。

 途端、イーターの動きが止まる。

 そして今までボニーやクインズベリーすら見たことのない反応を、イーターは示したのである。


「トカレフTT-33……」


 それは若い見た目には似合わない、老人のようなしわがれた声だった。


「ええ、さすがに詳しいですね」

「お前は……何だ?」


 イーターはしっかりとチェイサーを捉えて訊いた。その目に知性の光を宿し。


「君に、安寧をもたらす者です」

「……そうか」


 二人の会話はそこまでだった。

 二人の間には緊張した空気が流れる。

 もうどちらが先に戦端を切ってもおかしくない状況だ。

 だがその瞬間は訪れなかった。


 チェイサーは突然その身に宿す殺気を霧散させ、くるりと後ろを振り向いたのである。


「申し訳ありません。時間切れのようです。私は行かなくてはいけません。ですが、必ず君を呪縛から解きに来ると誓いましょう」

「……」


 その言葉と共にチェイサーの姿は掻き消えていた。

 後に残ったのは、すでに知性の光を瞳から失い、再び生きる人形と化したイーターだけだった。






※次回は10/28(土)20:00に第五十三話「変化」を投稿します。


※感想等お待ちしております。もし良かったら評価もお願いしますm(_ _)m

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