第五十話 自分の殺し方
ブクマ有難うございます!
勇也は焼け落ちた小屋の中で、ただ蹲り考えを巡らせていた。
それは囚われていたと言った方が良いのかもしれない。
一つは自分のせいで琴音を死なせてしまったという考えだ。
自分が一人で助けに行けば良かったのに、自分が傷つくことを恐れ、そうしなかったから琴音は死んでしまったのだ。
もちろんそれが勇也の責任であるとは言えない。
勇也はなまじ死ににくいため、そんな考えに至ったのである。
きっと勇也でなくとも、似たような判断をしていただろう。事実誰も、間違った判断だとは思っていなかったし、琴音のことが勇也のせいだと思う者もいなかった。
だが選択するという事において、後悔はつきものである。特にそれが、最悪の結果をもたらしたのであれば、なおのこと。
結局勇也は、どんな選択をしていたとしてもそこに結果が伴わなければ、自分を責めるしかなかったのだった。
もう一つの勇也を捉える考え、それは凜華に襲われたことである。
あれだってもしかしたら何とかなったかもしれない。勇也はそう考えていたのだ。
あの状況で食い殺されてしまったのはしょうがない。
勇也はそのことで凜華を責めるつもりもなかった。
だから勇也が思い煩っているのは、自分の貞操を奪われたことの方である。
もちろんそれだって、あの状況ではどうしようもなかったのだが、勇也はそう思っていなかった。
自分が反応さえしなければ、貞操を奪われることは無かった。そう考えているのだ。
だがやはり、それだって無理がある。それは生理現象であり、上手くコントロールできない事だってあるのだから。
それを勇也が理解していないわけではない。
それなのにも拘わらず、彼がそう考えてしまうのは、あの時はっきりとこう思ってしまったからなのだ。
――気持ち良い。
凜華に唇を奪われ、食われながら犯され、それでも勇也は抗えないほどの快楽を味わっていた。
命を失うその瞬間まで、何度も抗えない快楽が、勇也の脳を繰り返し貫いてていたのだ。
そして勇也にとってそんなことを思ってしまうのは、愛するアナベルに対しての裏切りだった。
自分はアナベルを裏切り、快楽を貪った。勇也はその事実に苦しんでいた。
ふとした瞬間、勇也の脳裏に、琴音の姿が蘇る。
無口だけど可愛らしく、自分に好意を寄せてくれる姿。杖を渡した時に、それを大事そうに抱えていた姿。
だけどそれはやがて、何も映すことができない光を失った瞳を、勇也にただ向けるだけの姿に変わってしまう。
彼女は横たわったまま何も言わない。
勇也を責めることもなければ、呪詛を吐くこともなかった。
「ごめんなさい……」
しかしその言葉は届かない。
勇也の謝罪は受け入れられることもなければ、拒否されることもない。それが余計に勇也を苦しめた。
場面が変わる。
勇也の目の前には凜華がいた。
凜華は美しい肢体を惜しげもなく露わにし、勇也の上に跨っている。
勇也はそれを拒絶することなく、共に快楽を貪っていた。
ふと耳元で声がする。
「嘘なのですよね?」
勇也の振り向いた先にいたのは、一匹の緑色のゴブリン、アナベルだ。
アナベルは愕然とした表情を勇也に向け、苦しむように胸を抑えている。
「……有り得ない、のです」
アナベルは涙を流し、震え、一歩ずつゆっくりと後退していく。
もしアナベルが勇也を罵倒したなら、勇也は苦しんだだろう。激怒し勇也に攻撃したとしても、勇也はそれを受け入れつつも苦しんだだろう。
「アナの、アナのせいなのですね? うぅ、ううう、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
だけどそれでも、こんな風にアナベルを悲しませ、苦しめるぐらいなら、その方がよっぽどましだったのだ。
アナベルを傷付け、苦しませることは勇也にとって、ただの苦しみではなかった。
耐え難いほどの苦痛。地獄の業火で焼かれるかのような、自分の存在を否定したくなるほどの責め苦だったのである。
勇也は頭痛と吐き気に苛まれながら考える。
何が最善だったのか。どうすれば琴音を失わず、アナベルを裏切らなくて済んだのか。
どんなに考えても答えは出てこない。そして答えが出たとしても、それはもうすでに手遅れなのだ。
それでも考えることはやめられない。
琴音の空虚な瞳。アナベルの止めどなく流れる涙。
その姿が代わる代わる勇也の脳裏に浮かんでは消えていった。
勇也は自問し続ける。
何を間違えたのか? 何がいけなかったのか? どうすべきだったのか?
自問しながら自答する。
判断を間違えた。二人を連れて行ってはいけなかった。一人で行くべきだった。
考えはさらに飛躍した。
そもそも仲間なんて作るべきではなかった、と。アナベルと出会うべきではなかった、と。ずっと一人でい続けるべきだった、と。
だがアナベルだけは、否定することができなかった。
勇也が何もかも否定し続けても、彼女の姿は最後まで彼の中で残るのだ。
そこでまた考えは戻ってしまう。
自分は何より大切なアナベルを、裏切ってしまったのだという事実に。
勇也は自らの思考に囚われ続け、苦しみ続けていた。
その思考の渦から逃げることができず、気付けばエカレスを手に握りしめている。
(もう、何も考えたくない)
勇也はエカレスを口に咥えた。
それは勇也にとって何か意味のある行動ではない。ただそうすること以外、何も思い付かないだけだった。
勇也はそのまま、エカレスの引き金を引いた。
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アナがユーヤのいた焼け落ちた小屋の前まで行くと、小屋の前でクロが必死になって後ろ足で砂を蹴っていました。
クロはどうやら、何かに向かって砂を掛けているようなのです。
その砂を掛けられている何かからは煙が上がっています。
つまりクロは何かの火を消している、のでしょうか?
意味が分からないのです。
クロは火を起こせません。
火を使った誰かがいたのだとしたら、それはユーヤ以外有り得ないのです。
ユーヤが起こした火を、クロが消している。つまりそれは、ユーヤの意思に反することをクロが行っているという事なのです。
ユーヤに対して従順なクロが、その意思に反することをするとは考えにくいのです。
とても嫌な予感がします。
アナは背中から冷たい汗を流しつつ、煙を上げる全体的に黒くなっている何かに近づきました。
「クロ、やめるのです。もう火は消えています」
さっきまでアナを、親の仇でも見るかのように睨んでいたクロが、素直に言う事を聞いて動きを止めます。
アナはそれに近づいて行き、泥のような砂を払っていきました。
アナはその作業を行いながら、涙を流します。
もう半ば程でそれが何なのか、わかってきているのです。
それは首から上のない、焼け焦げたユーヤでした。
「クロ! 何が……?」
アナの次にここに来たのはリンカなのです。
すぐにその後にチカさんと、少し遅れてスグルさんと眼鏡の少女が到着します。
リンカはすぐに何があったか気付いたようで、こちらに近づいてきました。
「ユーヤに近づくなぁぁぁぁぁ!!」
アナがリンカを睨み、叫ぶと、リンカは怯える眼差しでアナを見て動きを止めました。
チカさんと他の二人もこちらを見て、驚愕に包まれます。
「そ、そんな、アレが勇也君だっていうの? うそ、うそよ……」
「大丈夫、勇也様は生きてる。ウチとクロにはちゃんとそれが伝わってるから」
リンカはそう言って、再びユーヤに向かって近づいてきました。
アナは立ち上がり、リンカの行く手を阻みます。
これ以上アナのユーヤには触れさせません。命を奪ってでも。
「お願い、勇也様のお世話をさせて」
「うるさい! これ以上アナのユーヤに触れるな!」
『紅蓮の杖』を抜き放ち、リンカにその先端を向けます。
「でも勇也様が復活したら、きっと食料が……」
リンカはそこまで言いかけると、視線をアナの背後に移しました。
その視線の先にはユーヤがいるはずなのです。
「ぁ、が、何か、食べ物を……」
アナが振り返ると、そこには復活したユーヤが視線を彷徨わせて、苦しそうにしていました。
「ユーヤ……!」
アナの横を、クロが口に何か黒いものを咥えて駆けて行きます。
クロはそれをユーヤの目の前に突き出しました。
するとユーヤはそれを必死に貪り始めます。
そしてユーヤはそれを飲み下して暫くすると、納まったのかアナたちの様子を窺ってきました。
「アナ、何で凜華に杖を向けて……?」
「ユーヤぁ、良かったのです。安心してください。今すぐアナがこの女を殺すのです」
「やめて!」
ユーヤに怒鳴られ、アナは思わず固まってしまいました。
「あ、ご、ごめん。大きな声出しちゃって。でも凜華は悪くないんだ。悪いのは僕なんだよ。あははは」
ユーヤは笑いながら立ち上がり、ボロボロになったストラに魔力を通して、元に戻します。
焦げた跡なんてどこにも残っていなくて、砂だらけではありますが、まるで何もなかったようなのです。
「みんなもごめんね、驚かせちゃって。ちょっとエカレスを弄繰り回してたらさ、暴発させちゃったよ。もう大丈夫だから。でも、くふふ、これじゃあ自殺もできないね」
どう見ても大丈夫なんかじゃありません。
時折壊れたように笑い声を上げ、足元も覚束ついていません。
だけどなんて声を掛けていいかもわからないのです。
それこそ、少しでも扱い方を間違えたら、本当に壊れてしまいそうで。
アナ以外の方達も、ユーヤを心配そうに見つめるだけなのです。
「大丈夫。もう少し落ち着いたら行くからさ」
ユーヤはそう言いながら、小屋の残骸の中に消えていきました。
だけどアナは勘違いしていたのです。
ユーヤの言っていた「行く」という意味を。
※次回は10/21(土)20:00に第五十一話「罪を贖うために」を投稿します。
※ちょっと最近他作品書いているため、執筆が止まり気味です。
※感想等お待ちしております。もし良かったら評価もお願いしますm(_ _)m