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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第四章 地獄の中で辿り着いた地獄
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第四十八話 失ったもの

ブクマ有難うございます!

 

 アナが木々の間を低空飛行で飛んでいると、肉の焼けたような匂いがしてきました。

 そしてさらに進んでいくと、密林が全く無い空間に出たのです。

 どうやらそこでは、何者かとオークとの激しい戦闘があったようなのです。

 オークの焼けた死骸が辺り一面に転がっていて、そこかしこに燃えたような跡が残っています。

 他にも、焼け落ちた小屋みたいなものも見受けられるのです。

 これは、元は密林を切り開いて作った、集落のような場所だったのかもしれません。


 きっとここで戦ったのは、勇也たちだったのでしょう。クロの足跡がここまで続いているのです。

 勇也は無事だったのでしょうか?


 逸る気持ちを抑えることもできず、アナはクロの足跡を一直線に追っていきます。

 そして集落に入ってすぐの事なのです。

 壊れていない小屋の中から二つの人影が現れました。

 オーク!……ではありませんね。

 一人は見知った方でした。アナは情報を聞き出すため、一度停止し、近付いていきます。


「おお、アナベルたんではござらんか。クロ殿も来たので、もしかしたら、とは思っていたのでござるよ」

「ユーヤは!? ユーヤはその小屋にいるのですか!? 無事なのですか!?」


 すると、スグルさんは目を泳がせます。

 スグルさんの後ろにいる方も目を伏せ、アナに目を合わせないようにしています。

 なぜそんな反応をするのでしょう? ユーヤは無事なのですよね?


「その、命に別状はござらん。しかし、その、何というか……」


 アナは小屋に向かって飛びました。


「ああ! 待って下され! その小屋の中に勇也殿はいないでござるよ!」


 スグルさんの態度がおかしいのです。

 アナは自分の目で確かめてみることにしました。


 アナは扉すらない小屋の中に入って行きます。

 すると、中には二人の人物がいました。

 一人は立ったまま苛立たし気にしていましたが、アナが入って行くと、動きを止めて驚いたようにアナを見ました。

 もう一人は小屋の隅で膝を抱えて丸くなっています。アナが入って行っても、まるで気付いていないようでした。


「アナベルさん……?」


 委員長さんが、いえ、チカさんがアナの名前を呼ぶと、奥にいたリンカがびくっと震えます。

 なぜでしょうか。アナには、リンカがアナに怯えているように見えるのです。


「ユーヤは、ユーヤは無事なのですか?」


 チカさんがやはりスグルさんと同じように目を泳がせます。

 どういうことなのでしょう? スグルさんとチカさんは、アナに一体何を隠しているのでしょう?

 二人の反応から、ユーヤが生きているのはわかりました。

 でも、何かがあったに違いありません。


「もういいのです! 自分で確認します!」

「ま、待って。わかったわ。ちゃんと説明するから、一度外に出ましょう」


 どうして外で話す必要があるのでしょう? ここで話すわけにはいかないのでしょうか?

 ですが説明してくれると言うなら、断る理由はありません。

 アナは小屋の外に出るチカさんについて行きます。

 チカさんは外に出ると、アナと背の近い眼鏡を掛けた女性に声を掛けました。


「井上さん、沖田さんをお願いね」


 すると、イノウエさんと呼ばれた方が頷き、小屋の中に入って行きます。

 リンカに何かあったのでしょうか?

 確かに様子がおかしかったのです。

 それに、最後に見た時とは、雰囲気が少し違ったような気がしました。

 なぜでしょう? 胸がざわつきます。


「で、では、俺も中に入っていますぞ」

「門田君はここいて。私一人に説明させる気?」

「ぐっ……わかったのでござる」


 そんなに話し辛いことなのでしょうか?

 真剣な表情と、どこか暗い表情を向けるお二人に、アナは覚悟を決めて向かい合いました。




 ************


 勇也が目を開けて一番初めに感じたのは、身を焦がすような強烈な飢餓だった。

 何でもいい、何か食べられるものなら何でもいい、と彼が一番初めに目についたのは、黒い巨大なオークの死骸である。

 勇也はそこまで、泥だらけになるのも、右手と左足が痛むのも厭わず、必死に這って行った。

 最後に残った理性で、何とか精霊魔法でオークの肉を焼き、焼けた個所から喰らいついていく。

 すると、右手と左足が瞬く間に回復していった。

 そこで勇也はやっと人心地つき、自分の状況を確認できるようになる。

 だがその前に、勇也に駆け寄って来る者があった。


「ゆ、勇也様!」


 呼び方が変わっていることを除けば、いや、姿も若干変わっているが、それは紛れもなく凜華である。


「寄るな! 僕に近づくな!」


 凜華が体を震わせ、止まる。

 そして怯えた眼差しを勇也に向けた。


 勇也は自分に何が起きたかを思い出していた。

 それは凜華も同様である。

 いや、正確に言えば、凜華は自分が何をしたか覚えていない。

 だが、気付けば全身を襲う痛みと、勇也の食い散らかされ、凌辱された死体があり、そして自分は全裸で、股の間から血と白い液体が流れているのだ。

 何が起きたのか、自分が何をしてしまったのか、それは一目瞭然だった。


 それに自身を『鑑定』してみればわかる。

 痛みが治まり、勇也の肉体も回復していくのを見届けた凜華は、自分を『鑑定』した。

 そうせずにはいられなかった。


≪名前≫沖田凜華

≪種族≫人族

≪年齢≫23

≪身長≫166cm

≪体重≫58kg

≪体力≫9

≪攻撃力≫10

≪耐久力≫8

≪敏捷≫9

≪知力≫16

≪魔力≫13

≪精神力≫12

≪精霊魔法≫火:41 水:59 風:87 土:13

≪スキル≫獣化(ビースト):羆の力を得られる。筋肉が膨張し、爪が伸び、牙が生える。燃費が悪いので注意。

 鑑定:あらゆるものの情報を読み取る。

 狂戦士(ベルセルク):理性と引き換えに強力な力を得る。周りに動くものがいなくなるまで止まらない。

 憤怒:怒りの感情に反応し、能力にブーストがかかる。


 狂戦士(ベルセルク)というスキル、軒並み上がっているステータス、何より年齢を見れば、自分が何をしてしまったか明白だ。


 凜華は、わかっていたこととはいえ、頭が真っ白になる。

 勇也が目を覚ましたのは、ちょうどそんな時だった。

 そして勇也は、凜華を拒絶したのだ。

 常にない、怯えた眼差しで。


「勇也様、ごめん、ごめんなさい、申し訳ありませんでした」


 凜華が泥の中に平伏した。

 凜華はたとえこのまま自分が殺されても、仕方ないとさえ思っていた。

 自分がそれだけのことをしたという思いが、耐え切れないほどの罪悪感があったのだ。


「あ、いや、ごめん。僕は別に怒ってないから、顔を上げて。ただ、その、今は触れられたくないだけだから」


 しかし勇也は先程の勢いはすでになく、むしろ決まりが悪そうに意気消沈してそう言った。

 そして立ち上がると、ふらふらと歩いて散らばらってしまった装備類を集め始めた。

 その前に、ストラに魔力を通して元通りにしている。

 勇也は凜華の装備も集め、凜華から少し離れた位置まで戻ってきた。


「凜華、いつまでそうしているの? 本当にもういいから。マントと刀を置いとくから、マントだけでも羽織りなよ」


 勇也はそう言って、少しだけ凜華に近づき、刀を地面に刺し、外套を凜華の体目掛けて投げた。

 それだけすると、また距離を空けてぼうっと佇む。


 暫くすると、凜華が漸く立ち上がった。

 だが、外套は羽織ろうともせず、刀へと一直線に向かい、それを抜く。


「先にマントを羽織りなよ」


 しかし凜華は何も言わない。

 刀をじっと見つめているだけだ。そしておもむろにその刃を自分の首に押し当てた。

 勇也が瞠目し、凜華を見つめる。


「何してるのっ!? やめてよ!」


 凜華は俯いて涙を流した。


「だって、ウチは勇也様を傷つけて……。これぐらいでしか、詫びられないから……」

「僕は別に怒ってないって言ってるじゃないか! 琴音が死んで、僕だって……、もうこれ以上僕を苦しめないでよ!」


 凜華が腕を下ろす。


「申し訳……ありませんでした」

「ともかく、マントを羽織って」


 凜華は大人しく勇也の言葉に従い、外套を羽織った。


「とりあえず、千佳を探そう。多分奥の方だと思うから」


 勇也はそう言いつつ、集落の奥とは反対側に向かって歩き始めた。


「勇也様……?」

「ん? ああ、琴音をね、一緒に連れて行こうと思って。こんな所に置いていくわけにはいかないでしょ」


 勇也はしゃがんで、琴音のすでに何も映していない瞳を閉じさせ、その体を両腕で抱え上げた。壊れ物でも扱うように、優しく、そっと。


 二人が集落の奥に向かうと、そこにはまだオークが生き残っていた。

 と言っても、数は少なく、集落の中では一番作りがまともで大きい小屋を、たった三匹が守っているだけである。


 勇也が琴音を地面にそっと置き、エカレスを構える。凜華も刀を構えて戦闘に備えた。

 勇也の体力は心許ないが、凜華は完全に回復している。


「行くよ、凜華」

「はい」

「琴音は後衛を……」


 勇也は途中まで言って唇を噛んだ。

 凜華が心配そうな眼差しを勇也に向けるが、勇也は何も言わず、そのまま突っ込んでいった。凜華も後に続く。


 十分後、オークの死骸三匹が地面に横たわっていた。

 勇也はぐったりとしつつも、琴音を再び抱える。


「勇也様、ウチが代わります」

「いや、いいんだ。僕にやらせて。それぐらいしか、してあげられないから」


 二人が小屋の中に入って行くと、すぐの場所に千佳が寝かされていた。

 手足を縛られ、身動きが取れないようにされているが、衣服に乱れは無く、無事だったようだ。意識もあり、勇也たちが入って来ると、すぐに勇也たちを見る。


「勇也君、助けに来てくれたのね。……ごめんね、迷惑掛けちゃって」

「いいよ、気にしないで。千佳が無事で良かった」


 そう言って勇也は微笑んだ。

 そのあまりにも寂しい笑みに、勇也に何かあったのだと、千佳は気付いた。

 そう、例えば、一つは腕に抱えたままの琴音。一つは明らかに見た目が変わっている凜華。そしてもう一つは、凜華も気付かなかった勇也の瞳だった。


「勇也君、何があったの? 井上さんはどうしたの? 沖田さんは何で大人になっているの?」


 勇也は表情を変えないまま、かぶりを振った。

 千佳が強く目を閉じる。

 仲間の死はこれまでも経験してきた。中にはもっと酷い死に方をした者だっている。だが、琴音は仲間であると同時にライバルだったのだ。

 千佳は他のクラスメートより、琴音の存在を認めていたのだった。


「僕が死なせてしまった。僕が判断を間違えたせいなんだ。凜華のことも責めないで上げて。全部僕のせいだから」

「そんな! 勇也様は何も悪くありません! 琴音ちゃんのことも、ウチのことだって……」

「いや、もういいんだ。それよりも凜華、いい加減千佳の縄を解いてあげて」


 凜華は言われたとおり、千佳の縄を解いた。

 千佳は立ち上がり、勇也の前に立つ。


「凜華のことは後で聞くとして、その、井上さんは……」

「琴音は僕が弔う」


 強い口調で勇也が言う。だが、すぐに声はいつもの調子に戻った。


「二人は途中にあったまだ壊れてない小屋で待っててくれないかな?」


 二人は頷く。

 そしてその場に勇也一人を残し、二人は離れて行った。

 その後すぐに勇也のいた小屋から煙が上がった。


 千佳はその黒い煙を見て唇を強く噛んだ。

 この戦いで失った物はあまりにも多かった。

 千佳がはっきりわかっているのは、琴音の死だけであるが、凜華の変化と今の酷い様子を見ていればわかる。

 そして結局言えなかった、勇也の赤く染まった瞳を見れば……。



※次回は10/14(土)20:00に第四十九話「一発の銃声」を投稿します。


※感想等お待ちしております。もし良かったら評価もお願いしますm(_ _)m

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