第四十七話 喪失
一応閲覧注意です。
狂戦士:理性と引き換えに、強靭な力を得られる。周囲に動く者がいなくなるまで、理性は戻らない。
自動体力回復:狂戦士発動時、一秒毎に体力の十分の一が回復する。
肉体補填:狂戦士発動時、体力をダメージの回復に回せる。
凜華の体力が回復し、次いで肩の傷が治癒していく。
さらに全身から真っ黒なオーラが立ち上った。
凜華はまず黒い残虐の左手を両手で掴む。
そして万力のような力でギリギリとその腕を締め上げて行った。
「ナ、何ダコイツ、ドウナッテヤガル!?」
黒い残虐は、力を使い果たしたと思っていた獲物が、突如怪力を発揮したことに瞠目した。それも、さっき戦っていた時とは比べ物にならないほどの力なのである。
「り、凜華……?」
勇也も横たわったまま、凜華の異変を見ていた。
いや、見ていることしかできないのだ。そして彼女の名前を呼ぶことぐらいしか。
だが勇也の声に応えたのは、最早凜華のものではなかった。
――GUUURUAAAAA!
なぜならそこにいるのは、すでに凜華ではないのである。理性を失い、周りに存在する全ての生あるものを殺し尽くすまで止まらない、一体の狂戦士だった。
獣化を使った時のように、全身の筋肉が膨張し、血管が浮き出てはいるが、爪が伸びたり牙が生えたりはしていない。
それでもその力は、獣化を使った時の非ではなかった。『憤怒』の効果が発動していることも、その尋常ならざる力を発揮している要因の一つだったのだ。
凜華はその力を以ってして、ついに黒い残虐の左腕を破壊し、肘から先を引きちぎった。
――BUHYIIIII!
黒い残虐の悲鳴が響き渡る。
しかしそれで凜華の動きが止まることは無い。
黒い残虐の腹を正面から殴り、防御できない左の脇腹を蹴り飛ばした。
黒い残虐が必死になって繰り出してきた槍を掴み、只人を超えた膂力でそれを奪う。
黒い残虐に焦りの色が現れた。
呼吸が荒くなり、全身を冷たい汗が流れている。
そして目に映るのは、自分を確実に殺し尽くすことのできる“恐怖”そのものだった。
「マ、待テ!」
狂戦士に待つなんて概念も、止まるなんて概念もない。
頭にあるのは殺戮、それだけだ。
凜華は槍を逆手で構え、それを黒い残虐目掛けて突き出す。
技術など一切無視した突きであったが、純粋な力だけの一撃は黒い残虐の肩を貫き、地面に縫い付けた。
――BUYHAAAAAAAAAAAAAA!
黒い残虐は悲鳴を上げながら、何とか逃れようと試みる。
だがすでに左腕は無く、出来るのはただもがくことだけだった。
――GUUURUAAAAAAAAAAAAAA!
凜華が天に向かって吠える。
それは勝利の雄叫びだ。そして獲物を喰らうことへの喜びだった。
凜華が黒い残虐へと近づいて行く。
そして右足の付け根を自分の足で抑えつけ、黒い残虐の右足を掴み、持ち上げた。
「ヤ、ヤメ……!」
凜華はその右足を強引に引き千切った。
――BUHYIIIIIIIII!
左足も同様に引き千切る。
四度目の黒い残虐の絶叫が響き渡った。
だが五度目は無かった。
凜華は黒い残虐の足を放り捨て、顔のすぐ傍らまで行くと、足を振り上げた。
「ユ、許シテ……!」
足が黒い残虐の顔目掛けて振り下ろされる。
その一撃で黒い残虐の頭は潰れ、物言わぬ死体と成り果てたのだった。
「凜華……」
戦いは終わった。
勇也たちを苦しませ、仲間の命まで奪った敵は、凜華が新たなスキルに覚醒することによって、呆気なく撃破することができたのだ。
勇也は深い悲しみと後悔に打ちのめされながらも、今はただ凜華と仲間を失った悲しみを分かち合いたかった。自分のせいで危ない目に遭ったことも、謝りたかった。
凜華は服を引き裂かれ、もう少しで凌辱されるところだったのである。今もなお、彼女は全裸のままだ。
勇也はそれも自分のせいだと思っている。
勇也自身は不死身だ。
千佳が攫われた時、勇也は自分一人で行けば良かったと思った。
(初めから僕が死ぬつもりで戦えば、一人でも戦うことができたはずだ。殺されたふりをして隙を作るとか、やりようはいくらでもあった。それができなかったのは……)
怖かったからだった。
琴音の言う通り、勇也は自分が傷つくことを恐れていたのだ。
それでも千佳を助けたくて、凜華と琴音を危険な目に遭わせてしまい、その結果琴音を死なせてしまった。
だから勇也はこう思ってしまう。
自分には覚悟が足りなかった、と。
――ぐぎゅるるるぅぅぅ。
勇也の腹が鳴った。
ダメージを回復しようとしているのだろう。肉体が体力の回復を求めているのだ。実際に体力が回復した分だけ、腕が生えようとし、足の傷が塞がろうとしている。
勇也は、こんな時でも腹が減ってしまう自分を恥じ入った。
だが腹を空かせていたのは、勇也だけではない。
――GUUURURURU……。
凜華が勇也を振り向いた。
「り、凜華……?」
その瞳にはまだ知性の光が戻っていない。
なぜなら狂戦士は、その場に命がある限り、止まることがないのだから。
しかも今の凜華は完全に理性を失っている。
殺戮の意思と本能だけで動く凜華の瞳に、勇也は果たしてどんなふうに映るのだろう。
凜華が勇也に近付いて行く。
勇也は凜華の返り血を浴びたその裸身を、ただ見つめていることしかできない。
そして見つめている内に悟る。
ああ、自分はこれから喰われるのだ、と。
勇也はそれを受け入れた。琴音を失わせてしまった罰だと、凜華を危険に晒した罰だと。
凜華が勇也のすぐ傍らまで来ると、凜華は身をかがめ、勇也の着ているストラに手を掛けた。
「凜華、何をして……?」
そして凜華は、それを引き裂いた。
「――っ!!」
勇也は声にならない悲鳴を上げる。
凜華のやろうとしていることは、服を引き裂いてから喰らおうとか、そういう事ではなかった。
その欲望に塗れた野獣のような瞳が物語っている。これから凜華が何をしようとしているのか。
凜華はさらに下の服にも手を掛け、いとも簡単に引き裂いて行く。
「頼む、凜華! それだけはやめ……ん、むぐっ」
勇也の口が塞がれた。凜華の唇によって。
アナベル以外に許したことのない勇也の唇が、凜華に啄まれる。
口腔内にヌルヌルとしたものが侵入し、勇也の舌を絡め取った。
アナベルとの口づけでは、感じたことのないような快感が勇也を襲っていた。
さらに凜華は、勇也の口の中のいたるところを舐め回した。
頬の内側、歯茎の裏、口腔内の上部と下部、そして舌を執拗にかき回し、吸い上げ、やっと舌が引っ込められたとところで、上唇を噛まれ、そして引き千切られた。
「がぁぁぁぁぁっ!!」
勇也が絶叫する。
しかしその痛みさえも、反応してしまった下半身を落ち着かせる役には立たなかった。
凜華も止まらない。
今凜華の頭にあるのは、目の前にあるのも犯し、喰らうことだけだ。
そうして勇也はその日、何もかもを失ったのだった。
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アナたちは今、フォールリバーの上を移動しています。
いえ、上というよりは中なのです。
まさかこんな所を移動することになるとは、思わなかったのです。
それを可能にしているのは「潜水艦」というものでした。
この潜水艦、イトウソウマ様の兵器創造のスキルで作ったものなのです。
中の一部が透明になっているのですが、さっきからモンスターが噛り付こうとしたり、体当たりしたりしていますが、この艦は傷一つ付かず、衝撃すらありません。
しかも中は温度を自由に変えられるそうで、アナには関係ありませんが、他の皆様は快適そうにしています。
内部もかなり広く、一人一部屋自由に使える空間があります。もちろん洞窟内に比べたら狭いのですが、これだけの機能があれば十分なのです。
エミさんが「うわっ、チート能力だわー」と呆れた口調で仰っていました。
チート、というのは、ズルいという意味だと聞きました。
全くその通りなのです。
アナも、まさかこんなに簡単に四階層を進めるとは思っていなかったので、驚きを通り越して呆れてしまいました。
アナたちはそんな風に、「地獄」を楽々と進んでいるのですが、ある程度時間の間隔を空けて、浮上しなくてはなりません。
偶に滝があるのと、クロが外に出たがったからなのです。
最近のクロは誰とも触れ合わず、ずっと一人で機嫌悪そうにしています。
そんなクロには誰も逆らえず、クロの求めるままに艦を浮上させていました。
恐らくクロはユーヤを探しているのでしょう。
アナもユーヤが気になります。
出来ることならユーヤにも一緒に来てほしいのです。
でもユーヤは、アナを許してくれるでしょうか……?
艦が今日三度目の浮上をしました。
クロはいの一番に外に飛び出していきます。
アナもクロの後に続きます。
外に飛び出したクロは、鼻を空に向けて匂いを確認しているようでした。
クロはいつもそうやってユーヤの居場所を確認し、暫くすると中に入って行きます。
その時クロは、いつもどこかを眺めているので、もしかしたらユーヤの居場所をちゃんと把握しているのかもしれません。
今回もクロは同じようにしていたのですが、途中で体をびくっと震わせ、真っ直ぐ密林の中を眺め始めました。
そしてアナを一瞬振り返りますが、すぐに前を向いて、一足飛びで岸まで辿り着き、そのまま駆けて行ってしまいました。
ユーヤに何かあったのかもしれません!
アナは近くにいたエミさんに「クロの後を追うのです!」と声を掛け、飛んで追い掛けました。
クロの足はかなり速く、恐らく全速力なのでしょう。
あっという間に離されてしまいました。
ですがクロはまっすぐ進んでいますし、ぬかるんだ地面にはクロの足跡がくっきりとついています。
アナだって空を飛んで追うことができるので、見失うことはありません。
早くユーヤの元に辿り着かなくてはいけないのです。
『不死身』のユーヤが死ぬことは、簡単には考えられませんが、ユーヤが心配なことには変わりありません。
「ユーヤ、ユーヤ、ユーヤ……」
早く、一刻も早くユーヤの元に……。
※次回は10/11(水)20:00に第四十八話「失ったもの」を投稿します。
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