第四話 あまりにも寂しかったので、ゴブぞうと名付けました。
いちゃつくバカップルを無視して先へ進むと、またもやゴブリンと遭遇した。
ただし、今度は四匹もおらず二匹だけだった。
また闇討ちするかと思ったが考え直し、二匹まとめて相手にすることにした。
毎回一匹ずつ上手く狩れるとは思えないし、だったら二匹しかいない今のうちに多対一も経験しておこうと思ったのだ。
ゴブリンどもの前に僕が立つと、二匹はそれぞれに剣を構え、臨戦体勢に入った。
どうやら逃げるという選択肢はないらしい。
僕の方が圧倒的に強いはずなのに逃げないというのは、やはり知力が高くないせいだろうか。地球上の野生動物の方が、まだ知力が高そうだ。
二匹がてんでバラバラに襲いかかってくる。
僕は慌てることなく一匹の腕を掴んで引き寄せながら捻り上げ、後頭部を掴んで盾にした。
だが、もう一匹は止まることなく突っ込んできて、僕が盾にしたゴブリンにそのまま錆びだらけの剣を突き立てた。
僕ごと刺し殺すつもりだったんだろう。
しかし、僕はその盾にしたゴブリンを前に突き出すことによって目くらましとし、マタドールの要領でサイドに避けていた。
そして、剣で仲間を突き刺したままのゴブリンの背後に回り、片腕で首を締め上げながら、頭にもう片方の手を掛ける。
ゴブリンは必死に剣を抜こうとしながら、じたばたと暴れた。
「地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と聖霊の御名において」
ゴキャッ。
「アーメン」
ああ、これを今まで僕を苛めてきた奴らにやったらどんなに気持ち良いだろうか。泣き叫び、命乞いをするやつ相手に対し、無慈悲にそのまま首をへし折ってやるのだ。
僕は自分が危険なことを考えていると自覚し、もう一度祈り文句を唱えた。そして、最後に十字を切り、これは必要なことだったと自分に言い聞かせる。
そう、必要だから殺したのだ。必要もないのに殺しをするようになれば、僕はきっと快楽殺人鬼と化すだろう。
だが、同時にこうも思う。
もし、またクラスの連中がちょっかいを掛けてくれば、僕は間違いなく殺すだろう。ためらうこともなく。
その時、僕は自分の理性を保っていられるのか、不安であった。
その後も二回ゴブリンと遭遇した。
一回はまた四匹で、一回ははぐれなのか一匹だけであった。
二回とも何の問題もなく倒すことができた。
随分と戦闘にも慣れ、首をへし折ることにも慣れたと思う。
問題はどれだけ自分が強くなれたかだ。
それをゆっくりと確認することと、そろそろ体を休めることを考えて、僕は最適な場所を探していた。
なるべく身を隠せるような深い窪みが良い。
同じことを考えていそうなゴブリンに出くわさないよう、僕は慎重に洞窟の壁を探りながら歩いて回った。
しばらくして、ようやく適当な場所を見つけ、そこに腰を落ち着けた。
もちろん四代目ゴブぞうも一緒である。
四代目ゴブぞうと言うのは、僕が背中に背負って歩いていたゴブリンのことだ。
なぜ四代目なのかというと、ゴブリンと出くわす度に倒した新鮮なゴブリンと交換してきたからである。どうせ不味いにしても、新鮮な方がまだ良い、と思う。
とりあえずゴブぞうは置いておいて、僕は自分のステータスを確認した。
≪名前≫永倉勇也
≪種族≫人族
≪年齢≫16
≪身長≫168cm
≪体重≫58kg
≪体力≫9
≪攻撃力≫15
≪耐久力≫12
≪敏捷≫12
≪知力≫10
≪魔力≫18
≪精神力≫16
≪愛≫0
≪忠誠≫0
≪精霊魔法≫火:94 水:6 風:85 土:15
≪スキル≫食用人間:捕食者の旨いと感じる味になり、肉体の再生に捕食者の寿命を使用できる。
鑑定:あらゆるものの情報を読み取る。
あれから結構戦ったはずなのに、ステータスはあまり上がっていない。
攻撃力と敏捷がプラス一ずつ上がっただけである。
いや、何かおかしい。
体力が下がっていないか?
慌てて体力を再度確認する。
すると、今まで見えていなかった文字が浮かび上がった。
≪体力≫10/12
ちょっと目を離した隙に一回復している。
どうやら体力は僕が疲れると減るらしい。
改めて言ってみると、なんだか当然のことを言ったような気がするけど。
ぐぅ~。
≪体力≫9/12
あれっ!? また一減ってる……。
どうやらお腹が空いても体力は減るみたいだ。
……これも、当たり前なんだけど。
体力がゼロになると死んでしまうのだろうか。
僕はゴブぞうを見つめた。
正直こんなの喰えるとは思えないんだけど、食べなければ死んでしまうかもしれない。体力云々を抜きにしたって、人間は食べなきゃ餓死するのだ。
「いただきます」
意を決して、僕はゴブぞうの腕に噛り付いた。
――うおぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ。
気持ちわるっ。臭い、苦い、不味い。無理だ。とてもじゃないけど、こんなもの食べられない。
ごめんよ、ゴブぞう。
サバイバルでは、「食えない奴から死んでいく」という言葉をよく聞く。ちょっと自分が情けないとは思うけど、無理なものは無理である。
とりあえず、もう一度自分の体力を確認することにした。
≪体力≫6/12
――!!
おい、こらっ、ゴブぞう!
食おうとしただけで体力が減るというのはどういう事だろうか。
まぁそれだけ不味かったという事なんだろうけど。
しかし、生きているときは一撃もダメージを負わなかったのに……。
だけど、こうなってくると、荷物を奪われたことが痛い。食料さえあれば、体力に関しては何とかなっただろうに。
ああ、そう考えるとあの時のことを思い出してイライラしてくる。
僕を取り囲んでニヤつく奴らに、傲慢な態度のイケメン。
それに、ヤンキー茶たちだって、僕を積極的に苛めてはこないけど、確実に見下してきている。ゴブリンと知力が大して変わらないくせに。
八つ当たりにまたゴブリンを狩ってこようかと考え、やめた。
もう体力が半分しか残っていないのだ。それに、そんな都合よく出会えるとも限らない。
今できることなんて、せいぜいステータスを確認するぐらいだ。
心を落ち着けるために、再びステータスを確認する。
特に変わったところはないのだが、体力を見た時に今までなかった文字が浮かび上がってきたことを思い出し、注意深く確認し直してみる。特に気になるのはスキルだ。
≪スキル≫食用人間:捕食者の旨いと感じる味になり、肉体の再生に捕食者の寿命を使用できる。以下のスキルがアビリティとして内包されています。
『不死身』:肉体的ダメージでは死ななくなる。少しでも細胞が残っていれば再生可能。再生にはカロリーを大量に消費する。餓死することがあるので注意。
『取立て』:対価などを確実に取り立てることができる。魔力+精神力が二倍未満なら確実に成功する。
ちょっと待て。
何かあるかもしれないぐらいには思っていたけど、まさかここまでのものがあるとは思っていなかった。
どれも食われたり、攻撃されたり、何か貸したり奪われたりしないと発動しなさそうなスキルだけど、十分チートと呼べると思う。
特に『不死身』があればほとんど無敵じゃないか。
だけど、餓死はしたくない。
そして、今着々とその危機は迫っているのだ。
いや、待て。この『取立て』は使えるんじゃないか。
何かの対価ではないけど、元々僕が与えられたものだったんだ。
一か八か、やってみる価値はあると思う。
僕は意識を集中して、「取立て」と呟いてみる。頭にはあの革袋を想像して。
目の前に淡い光が集まってくる。そして、
ドサッ。
目の前に現れたのは、あのバックパックのような革袋だった。
「は、ははは……」
思わず乾いた笑いが漏れた。
ぶっちゃけ、半信半疑だったのだ。
それがこうも上手くいってしまうとは。
逸る気持ちを抑えて中身を確認する。
ナイフ、水、食料、薄い冊子、それと初め渡された時は気付かなかったが、草の束が入っていた。
早速鑑定してみる。
『薬草』怪我の治療に効果的。
RPGゲーム定番の薬草だ。
それが十二枚、紐でまとめられていた。
これだけあれば明日からもなんとかやっていけそうだ。いや、時間が分からないからいつ明日になるのかわからないのだけれど。
――そういえば……。
僕はズボンのポケットからスマホを取り出した。
時刻は二十一時だった。
もっとも、このスマホが刻んでいるのは地球、日本の時間だろう。この世界が実際に今何時なのかはわからない。
ただ、この洞窟のような迷宮は常に薄暗い。そして、誰が作ったのかはわからないけれど、壁中に松明が差してあるから、常に明るいとも言える。
こんな昼夜が分からないような場所なのだ。
腹が減った時に飯を食べて、眠くなった時に寝るしかないだろう。
とりあえず、食料や薬草も手に入った。
これでしばらくは何とかなると思うけれど、いくつか引っかかることがある。
一つはナイフだ。
あの貴族風の男は、このナイフについて「解体用のナイフ」とか言っていなかっただろうか。
それで何を解体するのか、という疑問が生まれる。
とりあえず、その疑問を一度置いておいて、次に『三日分の食糧』と『ここまでかかった時間』だ。
僕はここに来るまで五時間ないし、四時間はかかっていると思う。だけど、未だにいるのは一階層で、一階層と二階層がどう繋がっているかなんてわからないけど、二階層に辿り着く気配がまるでしなかった。
もっと時間があれば二階層に着いたのかもしれないが、少なくとも一つの階層を踏破するのに、一日かかるのではないだろうか。
そうすると、三日分の食糧である、硬い黒パンと掌大のチーズと干し肉が各三つでは足りないという事になる。
ここで初めの「解体用のナイフ」が出てくる。
もうこれはもしかしなくても、自分たちで獲物を捕まえて解体しろという事なのだろう。
僕は再びゴブぞうを見た。
さっきは確かにそのまま噛り付いたために、とても食べられたものではなかった。
では、皮を剥いだらどうだろうか。
そうだ。人間は牛にせよ、豚にせよ、食べるときは皮を剥ぐのだ。
だがしかし……。
皮を剥いだ後のことを考えてみる。
僕は皮を剥いで出てきた身を、そのまま食べるのだろうか。いや、一度はそのまま食べようとはしたのだが。
普通焼くよな……。寄生虫とか怖いし。
でも、焼くための道具が一切ない。
日本であれば、フライパンとガスコンロが必要だ。無ければ鍋と薪とか燃えやすい草とかがあれば、それに火をつければいい。最悪、鍋が無くても石を熱してその上で焼くという方法もあるだろう。
だけどなによりもまず、火が無いのだ。
やはりゴブぞうはしばらくお預けのようである。
そう思うと少しほっとした。もともとこんなもの食べたかったわけではないし、さすがに皮を剥ぐというのは抵抗があったのだ。
しかし、必要があればもちろんやるつもりだし、今まで散々首の骨をへし折るという酷いことはやってきた。皮を剥ぐという行為だって、何の違いもあるまい。むしろ、食べるためにそれは必要なことである。
何はともあれ、まずは火を起こす方法を考えよう。
こういう時、ラノベの主人公だったら、魔法を使って火を起こすのだろうが。
魔法か……。
そういえば、バックパックの中にまだ確認していないものが一つあった。
もしかしたらと思い、それを取り出してみる。
それは薄い冊子である。
材質がどう見ても紙ではない。これは羊皮紙というやつではないだろうか。異世界に羊がいるのかは知らないが。
何だろうとは思っていたのだが、食べ物に必死になっていたため、確認を後回しにしていた。
表にも裏にも題名や著者などは書かれていない。
とりあえず読めることを願って中を開けてみる。
おお、読める!
だが、それは不思議な翻訳機能が発揮されたとかではなく、ただ単純に日本語で書かれているのだ。そういえば、あの貴族風の男も日本語で話していたと思う。口の動きと声に全く違和感がなかった。
まぁそれがなぜかなんて考えてもわかりはしない。実はここは日本で、これは壮大なドッキリ、なわけもあるまい。
それに、今僕にとって大事なのはこの冊子の中身だ。
『簡単な魔法の使い方について記す。なお、ここに記す魔法については入門編、初級編のみである』
キター!
僕は静かにガッツポーズをとった。