間話 女子会(議)
本編には関係ないストーリーです。
「で、やるの? やらないの?」
「だ、ダメだよ。やめようよ」
「お、沖田さんがどうしてもって言うなら……」
「……」
千佳、凜華、心結、琴音の四人が、車座になって何やらこそこそと話し合っていた。
全員に選択を迫ったのが凜華で、すぐに拒絶したのが心結。曖昧ながらも同意したのが千佳である。琴音については言わずもがな、だ。
「だいたい見つかったらどうするの? 嫌われちゃうよ」
「「「……」」」
心結の言葉に一同黙る。
「それな。問題は勇也きゅんの勘の良さだよねぇ。門田は大丈夫だろうけど、ていうかあいつは眼中にねぇし」
「で、でも、門田君も最近は痩せてきたし、顔も引き締まってきた気がするけど……」
「藤堂さん、わかってないのね。門田君が格好良いか悪いかなんて関係ないの。大切なのは、それが勇也君か勇也君じゃないかなの」
すっかりキャラが変わってしまった千佳に、心結が目を細める。
しかし千佳はそんなことなどお構いなしに、勇也に見つからない方法を必死に考えているようだった。
「……私は行く。そもそも私なら絶対にバレない」
いつもと変わらない無表情のまま、しかし決然とした雰囲気を出して琴音が立ち上がった。
琴音はその場を離れようとするのだが、千佳が琴音の左手を、凜華が右手を、心結が両足を掴んで動きを止めさせた。
「一人で行くのはどうかと思うな」
「抜け駆けはダメっしょ?」
「琴音ちゃん、ダメだよぉ」
「放せぇ。私は男湯を覗く!」
そう、彼女たちが話していたのは、男湯を覗くかどうかという相談だったのだ。
一行は魔法を駆使して人口の温泉と巨大な衝立を作り、男女交代で入っていたのだった。
魔法を使って体を洗うのは、この世界では当たり前のことだ。
尤も、中級の土魔法で衝立を作るなど、ここまで本格的に風呂場を作るのはいささか魔法の無駄遣いではあるのだが。
その風呂場に先に入っているのが、勇也と卓である。
二人は久しぶりにゆっくりと体を癒せる手作りの温泉を堪能していた。
と言っても、勇也は警戒を怠っていない。ただしこの場合は、魔物が相手ではなく、同じ人間が相手だ。
「勇也殿、そんな警戒しなくても、女子が男子の風呂場を覗くなど聞いたことがありませんぞ」
「確かに、そう……」
言いかけて勇也は言葉を止めた。
勇也の脳裏には、今までのアナベルの行動が蘇っていた。
人が服を脱いでいく様をじっと見つめていたり、全裸のまま放置されたり、その他にも数々のセクハラを受けたような気がするのだ。
女性の大多数は男性の裸に興味が無かったりするものなのだが、衝立の向こうにいるのは、アナベル同様油断のならない相手ばかりだった。常識が通用するとは限らないのだ。
勇也は一つ思い付いたことを試してみることにした。
「卓君、だいぶ体が引き締まってきたね」
「ハハハハハ、勇也殿に言われると嫌味に聞こえるでござるな。勇也殿の体はバッキバッキではござらんか」
瞬間、しんとした空気が辺りに流れる。
勇也は確信した。魔の手はすぐそばまで近づいていると。
「そこで何してるのかな?」
勇也が衝立の向こうに向かって声を放つと、複数の走り去っていく音が聞こえた。
卓はぽかんとした表情で衝立の向こうを見ている。
まさか本当に女子たちが覗こうとしているとは、思いもしていなかったのだ。
「足音からして、琴音以外の三人だね。まったく、藤堂さんはそんなことしないと思ってたのに」
心結は琴音を抑えようとしていただけなので、冤罪である。尤も、それを勇也が知る由は無いが。
そしてその琴音の足音が聞こえなかったことに、勇也が首を傾げる。
「水よ、呼吸を奪え【ウォーターボール】」
「勇也殿……?」
突然魔法を唱えてあたりをきょろきょろ見回し始めた勇也に、卓が問い掛ける。
しかし何やら勇也は集中しているようで、答えない。
勇也はしばらくそうした後、突如動きを止め、
「そこ!」
手にしていた『ウォーターボール』を投げた。
バシャンっ。
空中で『ウォーターボール』が静止するという奇妙な現象が起きる。
場所はお湯を溜めるために掘削した穴の淵、勇也の正面だった。
やがてそこに頭部を水の玉にすっぽりと覆われ、白目を剥いた琴音が姿を現し、そのまま後ろに倒れた。
「よくそこにいるとわかりましたな……」
「単純に僕が透明になれたとして、どこから覗くか考えてみただけだよ」
「……それはそれで、どうかと思うでござる。と、ともかく、このままでは窒息死してしまいますぞ」
勇也は一つ舌打ちをし、今度は『ファイアボール』を作って琴音の頭にぶつけた。
「鬼畜でござる……」
荒っぽい方法ではあるが、『ウォーターボール』と『ファイアボール』はぶつかると消滅する。
実際に琴音は無傷だった。気は失ったままだが。
白目を剥いて気絶する琴音を見て、勇也はこの場にアナベルがいたら、絶対に考えないであろうことを考えていた。
(僕の体は、アナのものだから。ごめんね)
一言で言うなら謝罪の念だ。自分のことを好きなってくれるというのに、それに自分は答えることができないという。
アナベル一色だった勇也の心には、自分を大切にしてくれる仲間たちの色が混ざっているのだった。
ちなみに女子が風呂に入っている時、勇也は素数を10007まで数えた。