第四十二話 雨宿り
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濡れ鼠になった六人がジャングルの中を彷徨っていた。
全員体力が半分を切っており、疲れ果てているという表現が当て嵌まる様であるのだが、この雨の中では休むに休めない。
結局雨の凌げる場所を探して彷徨い、さらに体力を減らすという悪循環を繰り返すしかなかったのである。
勇也はというと、すでに自分の足で立って歩いていた。
すぐに回復できたのは。水の中級魔法に『キュアウォーター』という状態異常を回復させる魔法があったためだ。
あの空飛ぶ巨大海月から逃げることに成功してかれこれ一時間、六人はこの森を彷徨い続けていた。
雨は止むどころか、その勢いを増している。
六人の間に会話は無い。
この雨では話し声も掻き消えてしまうからだ。
ひたすら休めそうな場所を探し、大きな葉の茂った気を見つけてはその下には魔物が集まっており諦め、また違う場所を見つけてはやはり魔物に先を越されており、というのを何度も繰り返す。
だがやがて心結が、もう歩くのさえ限界だという体力に近づいてきた。
見かねた勇也が、木の下で休んでいる耳の長いゴリラ、というか猿人のような魔物の群に向かって突撃していく。
≪名前≫なし
≪種族≫ホブゴブリン
≪年齢≫32
≪身長≫157cm
≪体重≫52kg
≪体力≫14
≪攻撃力≫13
≪耐久力≫13
≪敏捷≫14
≪知力≫7
≪魔力≫5
≪精神力≫8
≪愛≫0
≪忠誠≫50
勇也が『鑑定』した結果、それは勇也の友が進化した姿であり、愛しの女の同族であった。
しかし勇也は止まらず、加速していく。
むしろこんな風にならなくて良かったと考えながら。
何の前触れもなく突っ込んでいった勇也の後に、千佳と凜華も続く。他の三人は戦えるほどの体力が、もう残っていなかった。
凜華も実のところ、ほとんど体力が残っていなかったのであるが、勇也が行けば自分が行くのも当然と言ったように、後に続いている。
滝のように落ちる雨の轟音を、勇也の放つ弾丸の爆音が切り裂く。
ホブゴブリン達は突如襲い掛かってきた勇也たちに驚き、迎撃することなくその場から慌てて逃げて行った。
存外に頭が良かったのか、もしくは勇也を上位種と勘違いしたのかはわからないが。
勇也は逃げて行ったホブゴブリンの背を苦い顔で見送った。
休む場所を得るために戦おうとしていたのか、戦いたいから戦っていたのか、その表情ではもはやどちらとも言えない。
そんな勇也を見て苦笑いをする千佳と凜華が目を合わせた。言葉は無くとも言いたいことは通じ合う。「お互い大変ね」と。
勇也は特にそんな二人を気にした風もなく、ただ頭を撫でた。
声を出してもよく聞こえないだろうから、「ありがとう」という代わりにそうしたのだ。
頭を撫でられた二人は、ただ嬉しそうに微笑んでいる。
勇也たちが休んでいると、すぐに他の三人も追いつき、今日はその場所で休むことになったのだった。
その後さらに一日経ったが、雨は止まない。
一行は再びずぶ濡れになりながら密林を彷徨っていた。その日も朝早くから歩き始めていたため、すでに体力が半分以下に削られてしまっている。
特にこの中で背の低い心結は、歩くのに他の者より体力を使うのか、一番早く体力が削られていた。
心結がもう歩くのさえ限界だという体力になり始めた頃、一行はついに休むのに最適な場所を発見した。
全員何となく休めそうな場所には心当たりがあった。
ただ、色々と不安があったのである。
この体力、この面子で大丈夫かなど。そもそも都合良く見つかるという期待はしていなかった。
六人の前にあるのは、まるでジャングルの中に突如現れた遺跡のような、岩で出来た建造物とそれを守る鉄製の扉だった。
そう、宝箱部屋である。
どうするか、と話し合う必要もなく、勇也は突っ込む気満々だった。
他の五人も頷くが、勇也は心結の頭をポンポンと叩く。
待っていろ、という意味だった。
心結は俯くが、やがて頷いた。
勇也はまず自分とエカレスを指差す。自分がエカレスで先制攻撃するという意味だろう。
次に凜華を指差した。このタイミングで凜華を指差すという事は、全力で行けという事だ。
次に卓を指差し、親指と人差し指で円を描くように、位置を入れ替えるような仕草をする。凜華が突っ込んだら前衛を代われという指示だ。
残りの二人は指示を出さなくてもわかる。後衛から気功弾と魔法で攻撃である。
全員が頷き作戦がまとまると、勇也は鉄の扉に手を掛けた。
そして、一気に押し開く。
中は見た目のような遺跡などではなく、洞窟だった。青白い光に照らされた。
そう、三階層の宝箱部屋と何の変わりもなかった。
勇也はその中を突っ込んでいく。
そして、開口一番叫んでいた。
「やっぱさっきの作戦ナシ! 『プラネットフレア』を使う!」
なぜなら、相手が相手だったからだ。
≪名前≫なし
≪種族≫骸骨地竜(宝の守護者)
≪身長≫1256cm
≪体力≫30
≪攻撃力≫30
≪耐久力≫30
≪敏捷≫25
≪知力≫0
≪魔力≫20
何日か前に遭遇した『暴君』の骨バージョンだった。いや、ステータス的にはこっちの方がまだましかもしれないが。
勇也はすぐさま弾を入れ替え、撃った。
宝箱も破壊される可能性があるが、まずは休憩できる場所の確保が優先だ。
ズガァァァンっ!
着弾。
大爆発。
咄嗟に全員扉の外に出る。
部屋を埋め尽くすほどの赤と熱が収まった頃、再び中に入って行くと、
「くふふ……」
「えぇっ!?」
「マジぃ!?」
「なんと!?」
「……」
一人笑っているのは置いておいて、宝の守護者は黒焦げになりながらもまだ生きていたのだ。
「くふふ、あははははは!」
勇也がすぐさまエカレスの弾丸を浴びせ始める。
ズガァァァンっ! ズガァァァンっ! ズガァァァンっ!
着弾、炎上するも、巨大な骸骨は倒れるそぶりを見せない。
「ぐぅるぅあああああ!」
凜華が後に続く。
「さすがにこいつの攻撃は受けれませんぞ!」
卓、千佳は距離を取りつつ、魔法で援護するしかできなかった。
宝の守護者が魔法攻撃に気を取られている隙に、凜華が爪の一撃を加えるも、致命打とはならない。
「火よ、我が血潮を燃やし力となれ【デッドヒート】」
「ちょっと勇也君!」
勇也は千佳が制止するのも聞かず、その場を飛び出していった。
『デッドヒート』を使って何をするつもりなのか、いや、出来ることは一つしかないだろう。
宝の守護者の真下まで来ると、さらに『エアジェット』を使って飛び上がる。
そして、
「っらぁぁぁっ!」
殴った。
渾身の右ストレートであるが、もちろん宝の守護者はそれで倒れるわけもなく、お返しとばかりに勇也に向かって尻尾を振るう。
「っ!!」
尻尾が勇也にクリーンヒットした。
勇也はそのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「きゃあああっ!」
「勇也きゅん!」
部屋に絶叫が響く中、宝の守護者が止めとばかりに勇也に向かって突っ込んでいった。
「水よ、集いて我が敵を砕き散らせ【ウォーターキャノン】」
ドドンッ!
特大の水の大砲が宝の守護者に炸裂した。
何もない空間から現れた琴音が、勇也から預かっていた『インジェクションワンド』を宝の守護者に向けている。
宝の守護者は命中した左半身が砕け散っており、普通であればもう動きそうにないのだが、アンデッドだからか、未だにその動きは止まっていない。
一押し足りなかった。
しかし、壁に叩きつけられたはずの勇也が立ち上がり、そのまま宝の守護者に突っ込んでいく。
そして、再びエアジェットで飛び上がり、その頭蓋に銃を突き付け、
「地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と聖霊の御名において」
ズガァァァンっ!
『エアスラッシュ』の弾が頭蓋骨を打ち砕き、止めを刺したのだった。
勇也もそのまま地面に墜落し、大の字になって倒れる。
「しんど……」
しかし、息はちゃんとあるようで、疲れ切った表情でそう呟いた。
一斉に周りの者たちが勇也に向かって駆け寄って行く。
「もう! 何で勇也君、あんな無茶するの!」
「形振り構わず、というか、無謀に過ぎますぞ」
全員集まり、千佳と卓が勇也を責める中、後ろで控えていた心結が勇也の治療を行う。
「まぁまぁ、勝てたし良いじゃん。それに、これが勇也きゅんのカッコいい所でもあるし」
「……うん、カッコいい」
「もう、二人とも適当なこと言わないで! 下手したら死んでたんだよ」
心結の掛けた『アクアヒール』で回復した勇也が起き上がった。
「それでも僕は戦い続けるよ」
それが当然のように勇也は言い、微笑む。
勇也にしてみれば、無茶なのも、無謀なのも、形振り構わないのも、別に今に始まったことではないのだ。
今まで、日本にいた頃からも、がむしゃらに前に進むしか彼に生きる道はなかったのだから。
それが出来ないのであれば、彼はとっくに自ら命を絶っていたであろう。
勇也はただ、必死に生きているだけなのである。若干戦いに酔っているというのは置いておいて。
「はぁ、わかったわ。それが勇也君だっていうなら、私は一緒に行く」
「ふふ、なるほど。これが“漢”というわけでござるな」
千佳は諦め、それでも覚悟を新たにし、卓はよくわからない納得の仕方をしたようであった。
「……私もついてく」
琴音はそう言って『インジェクションワンド』を勇也に返そうとするが、勇也は首を振った。
「それは井上さんが使って」
「……大切にする」
琴音が杖を胸に抱いた。
勇也は戦力的な意味で、杖を渡したつもりだったのだが、どうやら琴音は別の捉え方をしてしまったらしい。
「いいなぁ、ウチ、勇也きゅんから何にももらってなーい」
「そんなの私だってそうだけど。……呼び方も井上さんに変わってるし」
厳密に言えば二人が装備している外套も、琴音の手に渡った杖も、宝箱部屋を回ってアナベルが手に入れたものであるのだが、今はその事実は重要ではないようだった。
文句を垂れ流す二人を無視する勇也を、心結が見上げる。
「ごめんね。私、役に立たなくって。この間も助けてもらっちゃって」
「別に役に立たなくったって良いよ。役に立とうとしてくれれば」
勇也は深い意味もなくまた心結の頭を撫で、そう言えば助けないって言ったけど、助けちゃったな、とぼんやり考えていた。
そんな様子を、数人が嫉妬の眼差しで見つめていることにも気づいていない。
どうやらアナベルを失った勇也の心の隙は、かなり大きく広がってしまっているらしかった。
※次回は通常通り9/23(土)20:00に第四十三話を投稿します。
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