第三話 レベルアップ、はしませんでした。
≪名前≫なし
≪種族≫ゴブリン
≪年齢≫18
≪身長≫131cm
≪体重≫40kg
≪体力≫7
≪攻撃力≫6
≪耐久力≫6
≪敏捷≫7
≪知力≫5
≪魔力≫1
≪精神力≫6
≪愛≫0
≪忠誠≫80
≪精霊魔法≫使用不可
人間の男の平均ステータスが十と考えた時、一番高い体力や攻撃力などの物理的ステータスは、明らかにそれ以下であり、ステータス全体の平均に至っては女以下なのであろう。
しかし、それが錆びていたり欠けていたりはするが、各々ナイフや剣といった武器を持っており、四匹一緒に行動している。
四匹が歩く道は、日本でいえば二車線道路ほどの広さはあり、警戒しながら歩くには十分の広さだった。
カンッ。
小石がぶつかる音が響き、ゴブリン達は背後から聞こえたその音源の辺りに振り返った。
ゴブリン達は喜色を浮かべ、その音の方に向かって猛然と走っていく。
音が鳴ったのは曲がり角の先からだ。きっとその先には自分たちを見つけて、慌てて逃げ出した獲物がいる、とでも思っているようである。
曲がり角を一匹、二匹、三匹と曲がって行ったところで、僕は隠れていた岩の窪みから腕を伸ばし、最後の一匹を背後から羽交い絞めにし、覚悟を決めると一気にその首をへし折った。
よく物語だと、人型の魔物を殺すことに抵抗する描写がある。やむなく殺しても、それで吐き気を催してしまったりすることも。
だけど、どうやら僕はそういったタイプの人間ではなかったらしい。
首をへし折った瞬間に感じたのは『悦び』だった。僕の背中をびりびりとした感覚が駆け抜けていったのだ。
だが、これはこれでまずい。このままでは、僕は快楽殺人鬼になってしまうかもしれない。
僕は咄嗟に頭の中で信じてもいない神に対して祈りを捧げていた。
(地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と聖霊の御名において。アーメン)
僕はキリスト教徒ではない。
この祈り文句を思い付いたのは、僕が最近見た古い映画の影響だ。
ある兄弟が悪党に私刑を行うという映画で、その私刑を行う時に兄弟がお祈りを唱えるのである。
中二病感が半端ないけど、このお祈りを唱えたことによって、僕の心は落ち着いたのだった。
三匹のゴブリンが引き返してきた。
三匹とも落胆している。
見つかるはずもない獲物を追っていたのだから、それも当然だろう。
だが、ここで、というか、やっと異常事態に気付いたらしい。
三匹がきょろきょろと辺りを見回している。いたはずのもう一匹を探しているようだ。
一匹が先に進み、残りの二匹が洞窟の影などを探している。
――GYAGYA!
恐らく「何かを見つけた」とでも言ったのであろう。
その声に反応して、近くにいた一匹が、さっき自分たちが曲がって行った道の手前にある窪みに近づいていった。
声を出したゴブリンは窪みを発見したのだ。
ゴブリン二匹が窪みの奥へと進んでいく。
もう一匹もその窪みへと向かっていったが、彼が仲間と合流することはなかった。
なぜなら、すでに移動して別の窪みへと身を潜めていた僕が、先程と同じよう後ろから羽交い絞めにし、そのまま首をへし折ったからだ。
(地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と聖霊の御名において。アーメン)
――GYAGYA!
またゴブリンが何か言っている。
まぁ何と言っているのかはだいたいわかる。
きっと僕が初めに殺したゴブリンのナイフを見つけたのだろう。
それを見つけて、もう一匹の仲間に早く来るように言ったのかもしれない。当然もう合流することはないのだが。
辺りが静かになる。
ゴブリン達がまた異常に気付いたようだ。
ゴブリンの一匹が窪みから顔を出す。
出したところで、僕は全力でそのゴブリンのテンプル、こめかみを思いっきり殴った。
ゴブリンは放物線を描いて飛んでいき、首から着陸した。動き出す気配はない。いや、あの首の位置はどう見ても折れている。もう息をしてはいないだろう。
最後の一匹がギーギー言いながら現れた。
これで一対一だ。真っ向から勝負しよう。
ゴブリンも手にした錆びだらけの剣を構え、逃げることなく向かってきた。
「地上の命は川を流れ、主の下へ」
僕は腕をクロスさせて、その剣を手甲で受け止める。
そのまま左手で剣を弾き、踏み込んで一気に肉薄した。
「主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え」
僕のボディブローが、ゴブリンの腹に深く突き刺さった。
肋骨の折れる感覚と、何かの潰れる感触が伝わってくる。
ゴブリンは剣を取り落としその場に蹲った。
僕はゴブリンの背後に立ち、その頭を両手で掴んだ。
「父と子と聖霊の御名において」
ゴキっ。
「アーメン」
こうやってゴブリンをやり過ごさずに、わざわざ襲ったのには理由がいくつかある。
まず、これからまだまだ先に進まないといけないなら、今のうちに弱い相手で戦闘経験を得た方が良いと思ったのが一つ。
さらに、こういった異世界転移物ではレベルがあって、それを上げた方が良いと思ったのが一つ。
そして、ゴブリンが食料にならないかと思ったのが最後の理由であった。
早速レベルの上昇を確認するため、自分を鑑定してみる。
≪名前≫永倉勇也
≪種族≫人族
≪年齢≫16
≪身長≫168cm
≪体重≫58kg
≪体力≫12
≪攻撃力≫14
≪耐久力≫12
≪敏捷≫11
≪知力≫10
≪魔力≫18
≪精神力≫16
≪愛≫0
≪忠誠≫0
≪精霊魔法≫火:94 水:6 風:85 土:15
≪スキル≫食用人間:捕食者の旨いと感じる味になり、肉体の再生に捕食者の寿命を使用できる。
鑑定:あらゆるものの情報を読み取る。
首を捻った。
そもそもレベルなんて項目が見当たらない。
若干能力が上がっているようではあるが、ほとんど変わっていないように見える。
上から下に何度目を通してみても、やはりレベルは存在しない。
それなのに、ステータスが上がったというのは、僕が経験を積んだからだろうか。
どうやらこの世界で強くなるには、地道に自分を鍛えるしかなさそうであった。
僕は溜息を吐きつつ、もう一つの問題を確認する。
それは僕が殺したゴブリンだ。
問題はこれが食えるかどうかという事である。
どう見ても無理そうだった。
控えめに言っても、不味そうである。
またゴブリンに『鑑定』を発動させ、何とか食えるかどうかわからないかと見ていると、突如として新しい項目が加わった。
≪食用≫可。ただし、臭い上に筋張っていて不味い。
「やっぱりね!」
八つ当たり気味に呟いてみても、虚しいばかりである。
しかし、背に腹は代えられない。せめて食べられるだけましだと思うしかないだろう。
僕は仕方なく、一匹だけ背負い、そのまま先へと進んでいった。
僕は再び広間に出ていた。
当然元の場所に戻ってきたというわけではない。ここまでは一本道だったのだから。
だけど、ここから先はわからない。
なぜなら、僕はここで思わぬ人物たちに出会ってしまったからだ。違う道を選んだはずなのに。
「んだ、てめぇ、俺たちの後ついてきたのか?」
「いえ、違う道を選んだんですが……」
そう、僕はこの広場でヤンキー茶たちと合流してしまっていた。
僕が五人が良く見える位置まで移動すると、一様にギョッとした表情を向けてきた。
「アンタ大丈夫!?」
何のことかわからず首を傾げると、ギャル子は僕の体を指差した。
視線を下に向けてみると、そこには真っ赤に染まった元は白かったワイシャツが映った。どうやら僕が血だらけなのを見て、心配してくれているらしい。
「ああ、大丈夫です。これは返り血なので」
「あっ、モンスターのか」
「ていうかさ、その背中に背負ってんの、何?」
そう聞いてきたのは、ヤンキー茶やヤンキーコング同様、浅黒い肌をしているのだが、二人とは違って健康的というか、そもそもヤンキーというよりはスポーツマンに見える、どこかやる気のない表情をした長身の男だった。
彼の名前はまだない。もちろん僕の中での話だけど。
いちいち彼の名前を考えるのも面倒なので、僕は彼のステータスを見ることにした。
≪名前≫原田陸
≪種族≫人族
≪年齢≫15
≪身長≫179cm
≪体重≫62kg
≪体力≫12
≪攻撃力≫11
≪耐久力≫10
≪敏捷≫15
≪知力≫7
≪魔力≫8
≪精神力≫10
≪愛≫220
≪忠誠≫70
≪精霊魔法≫火:48 水:52 風:61 土:39
≪スキル≫斬脚:足から斬撃を放つことができる。また、鋼鉄のように固くすることも可能。
ほっそ! と思ったが、今度は口に出さないように気を付ける。もしかしたら、本人も気にしているかもしれない。二の轍は踏むまい。
「えっと、ゴブリンです」
「いや、うん。見ればわかる。何で背負ってんの?」
「いざとなったら食べようと思って」
その言葉を放った瞬間、その場にいた者たち全員がギョッとなった。
だが、すぐに衝撃が収まったらしく、ヤンキー茶、ヤンキーコング、茶髪ギャル子(金髪ギャル子の友達の)が爆笑を始めた。
「てめ、そんなもん食うつもりなのかよ。ギャハハハ」
「やべー、腹いてー」
「永倉って、やっぱきっもいわー」
しかし、金髪ギャル子は笑っておらず、むしろ心配するような表情で僕を見ていた。そして、原田は……正直何を考えているのかわからない、というより、多分何も考えてないんだろうな、という表情である。
「てか、永倉。アンタ荷物は?」
「……とられた」
「ハァ!?」
ヤンキー茶たちが僕の言葉を聞いてさらに爆笑する。
「だっせー」
「マジ有り得ねぇ」
「ウケる」
金髪ギャル子だけは「アイツらマジ有りねぇわ」と、僕を苛めていた奴らに対して怒っているようであった。
「で、アンタ、もしかして、一人で先に行くつもりなの?」
僕は静かに頷く。
「ちょっ、無理だって。アンタも弱くはないみたいだけどさ、いくらなんでも死んじゃうって」
「はぁ、まぁ、そうかもしれませんけど……」
「ウチらと一緒に来なよ」
僕はしかめっ面をしていたと思う。
端的に言って、彼らとは一緒に行動したくなかった。
だってそうじゃないか。
僕を受け入れてくれるのはギャル子と、せいぜい原田ぐらいのものだ。
他の三人は確実に僕を良く思わないだろうし、何かされることだって考えられる。モンスターと人間の両方に警戒しなきゃいけなくなるくらいなら、モンスターだけ警戒していればいい、現状を維持している方がまだましだった。
「何でてめぇが嫌そうな顔してんだ。
てか、おい、凜華、こんな奴仲間にするなんて無理だって。やめようぜ。それともまさか、おめぇ、まじで永倉に気があるんじゃねぇよな?」
「えぇっ、もうナイトきゅんったらやだなー。ウチの王子様はナイトきゅんだけだってー」
「そうは言うけどよ、未だに手しか繋いでねぇじゃんか」
「だってー、ウチらまだ付き合い始めたばっかじゃんよ。ここから出られたら、ね?」
アホくさ。
それよりも、ヤンキー茶の名前はナイトと言うらしい。どんな字を使うのか気になって『鑑定』を発動させた結果、騎士と書いてナイトと読むらしかった。
この見た目で、フルネームは田中騎士だ。
ダメだ、考えると笑ってしまいそうになるので、今まで通りヤンキー茶と呼ぶことにしよう。
だが、ヤンキー茶のステータスを確認したところ、一つ気になることがあった。いや、原田を鑑定した時点で気付いてはいたのだが、確信に変わったのだ。
念のため、他の二人も確認してみるが、やはりそうだ。
スキルは全員持っている。
だけど、それは一人につき一つずつで、『鑑定』を持っているのが、僕とギャル子以外はいないのだ。
少しそれが気になるが、これ以上こいつらと関わり合いになるのも嫌だったので、先に進むことにした。
今度は誰とも出会わないことを願って。