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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第三章 お別れ
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第三十六話 新たな階層、よりもフラれた悲しさ

今話から四章突入です。

今まで勇也視点の一人称だったのですが、四章から三人称神視点に変えております。

一人称と三人称が混じることは無いのですが、一元視点と混じりそうで怖いです。

何かご意見等あればお聞かせください。

 

 トンネルを抜けると、そこはジャングルであった。


 ベリリア地下迷宮「地獄」、四階層「釜茹で地獄」とは、太陽の届かぬ深い地下にあるにもかかわらず、まるで陽の光の照らされているかのような明るさなのである。

 そう言われると、まず思い付くのは太陽の如く輝く不思議鉱石であると思うのだが、ここにそんなものはなかった。

 ただただ明るいのである。それこそ、聖書に出てくる神様とやらが「光あれ」と、唱えたかのように。


 だが、ただ明るいだけでは、この階層が「釜茹で地獄」などと呼ばれることは無かっただろう。

 その不思議な光がもたらす暖かさは、暖かいなんて生ぬるい熱ではなかったのだ。

 熱、熱、熱、身を焦がすような熱がこの階層中に溢れているのである。

 その上、湿度も常に九十パーセントを超えているため非常に蒸し暑く、ただ歩くだけで体力を奪う。その環境に由来して、ここは「釜茹で地獄」と呼ばれているのだ。


 しかし、この階層まで到達できる者は、キマイラ級を超える中級冒険者以上がほとんどであった。事前準備無くしてこの階層に来ようと考える者は、熟練の冒険者である彼らの中にはまずいない。

 中でも『温度調整』の術式が組み込まれた衣服は必須となる。これがあれば体力を奪われることも、熱中症になることもほとんどないだろう。


 しかしそれでも、熟練の冒険者がここで命を落とすことは珍しくなかった。

 なぜならここはダンジョン、人の命を奪うのに特化した魔物の宝庫なのである。

 そして彼らもまた、このジャングルに住む捕食者たちの標的にされていたのであった。




 勇也たちはすでに四階層「釜茹で地獄」に進入し、巨大な木々が密集した中を分け入っていた。

 だが、あまり進まない内にその歩みは止まってしまっている。

 勇也たちの周りを巨大な蚊の魔物が三十匹近く取り囲んでいるのだ。全長はおよそ三十センチほどであろうか。

 勇也の『鑑定』したステータスが以下の通りだ。


≪名前≫なし

≪種族≫カニバモスキー

≪年齢≫32日

≪体長≫32cm

≪体重≫7g

≪体力≫10

≪攻撃力≫7

≪耐久力≫6

≪敏捷≫10

≪知力≫1

≪魔力≫5

≪精神力≫―

≪忠誠≫50


 能力は大したこと無い。

 問題はその数がやたら多いことである。

 しかしそれでも殲滅しなければ、先には進めない。

 勇也を始めたとしたメンバー全員がすでに戦闘準備を済ませており、あとはどっちが先手を切るかだった。


 ズガァァァンっ!


 先手を切ったのは勇也だ。

 込められていたのは『フレイムトルネード』の弾丸で、一匹に当たった瞬間炎の渦となり、三匹まとめて焼き払った。

 それを合図に戦闘の火蓋は切って落とされ、巨大な蚊が一斉に襲い掛かってくる。


「ムリムリムリ!」

「キモい、キモい、キモい!」

「……嫌」

「……」


 オタクグループの女子の一人、通称チビ眼鏡、凜華、オタクグループの女子のもう一人、通称無口、そして青い顔で震えている委員長、女性陣が巨大な蚊に怯えている。

 しかしここぞとばかりにピザこと卓が前に飛び出していった。


「前衛は俺に任せて下され!」


 無論取り囲まれているから、前衛などは存在しない。

 勇也は「知るか」とばかりに四方八方に向けて、エカレスをぶっ放していった。


 ズガァァァンっ! ズガァァァンっ! ズガァァァンっ!


 巨大な蚊が次々にエカレスで撃たれて、炎の塊となって落とされていく。

 さらに怯えていた女子メンバーも何とか気を取り直し、千佳は『気功弾』、他のメンツは魔法を使って迎撃した。

 しかし、まだまだ数は残っている。


「凜華、ダガーを貸して」

「え、うん」


 勇也は凜華の手からダガーひったくると、痺れを切らしてその場を飛び出して行ってしまった。


「ぬゎ! 前衛より前に出てどうするでござるか!」


 勇也は卓の言葉を無視し、襲い掛かって来る蚊の魔物を直接殴り、左に逆手で構えたダガーをその身に突き立てる。さらに高速で飛んで襲い掛かってきた蚊の魔物を右斜めにダッキングして避けながら、左のフックをカウンターで合わせる。

 ダガーと蚊の魔物が交錯し、そのまま蚊の頭部と腹部が泣き別れした。


 だが、魔物を倒しつつも勇也が想うのは、愛しい恋人のことである。


(アナ、アナ、アナ……)


 急にカニバモスキーの動きが変わった。

 先程まで大して感じられなかった力が強くなり、勇也が殴っても効かなくなってきたのだ。

 見る見るうちに周りを囲まれ始め、針状の口を突き立てようとしてくる。


「ぐぅるぅあああ!」


 勇也の危機を察知した凜華が、勇也の元に飛び込んできた。

 さっきまで巨大な蚊に怯えていたことなど忘れたように、次々と爪で引き裂いて、数を減らしていく。

 勇也も再びエカレスを構えて、撃ち殺していった。

 ついに最後の一匹も撃ち殺したのだが、勇也は収まりがついておらず、蚊の魔物の死骸に向かって、シリンダーに残っていた弾を全て撃ち尽くした。

 蚊の魔物の死骸は原形を留めておらず、そして、炎に焼かれた。

 それでもなお、勇也は引き金を引いた。

 弾の残っていないエカレスはカチャッ、カチャッ、と音を立てるだけだ。


「勇也君、落ち着いて。もう終わったから」


 委員長、いや、すでに委員長を自ら下りた千佳が、勇也を抱き締めた。

 戦闘を終え、スキルを解いた凜華も後に続く。


「大丈夫だよ、勇也きゅん。勇也きゅんは一人じゃないからね」

「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ……」


 ――ぎゅるるるるるぅ。


「やべっ、恥ずぅ」


 凜華のお腹が盛大に鳴り、密着していた勇也にもその音が聞こえた。

 すると、さっきまで我を失っている様子だったのが、冷静さを取り戻したようで、荒い息が収まり力も抜けていく。


「とりあえず、放して。べたべたするから」


 いつもの調子で勇也に言われ、二人はほっとした様子で彼から離れた。


 しかし、勇也の様子は普段通りとは程遠い。

 魂の抜けてしまったような表情で、ぼうっと魔物の死骸を見つめている。


「そ、そうだ。皆で何か歌でも歌いましょうか」

「ファっ!? 折角の密林探検ですぞ。ピクニックではござらんぞ!」

「うっせぇなぁ! 歌でも歌ってテンション上げよって、委員長……千佳ちゃんが言ってんだから、いいじゃねぇか!」

「皆、喧嘩は……」

「……」


 五人が騒いでいると、勇也が死んだ魚のような目を向けてきた。


「うるさいよ。また魔物が寄ってきたらどうするの?」

「「「……」」」


 全員黙り、同じことを思った。

 お前が言うな、と。


 実はここにカニバモスキーという魔物が寄ってきてしまったのは、勇也のせいなのである。

 アナベルと別れ、四階層に向かっていた勇也は、唐突に大声で泣き始めたのだ。

 もちろん一同ギョッとした。

 今まで暗かった洞窟を抜け、その先がジャングルになっているという驚愕の事態すら、もう誰も頭に入って来なかった。

 男子高校生が恥も外聞もなく「アナぁ! アナぁ! アナぁ!」と叫んで泣き喚いているのである。

 しかも歩みだけは止まることなく進め続けたため、結果先程のように、大量の魔物に取り囲まれてしまったというわけである。


 大声で泣き喚き、魔物に八つ当たりもしたから少しは収まったかと、一同は思っていたのだが、そんなことは無いようだ。

 勇也は死んだ魚のような目でぼうっとしており、目に涙を溜め、いや、ツツツと流れていった。


「そ、それにしても、勇也殿。ジャングルの湿度は想像以上ですな。中に来ているシャツがビッチョビッチョですぞ。ほら、あれを」


 呼び方が勇也殿に代わっていることは置いておいて、卓が指差した方に勇也が目を向けると、そこにはオタク女子二人がいる。

 問題はその恰好だ。

 二人は未だに何のアイテムも持っておらず、上は制服の夏服、つまりシャツ一枚なのである。それが卓の言うようにビッチョビッチョなのだ。

 勇也はすっと視線を逸らした。若干顔が赤い。

 お、これはイケるかもしれないぞ。千佳、凜華、卓の三人はそう思った。


「勇也君、こういう時は誰かの胸で思いっきり泣いた方が良いっていうよ」

「千佳ちゃん、マジ良いこと言うわ」

「は? 何を言って……」

「えいっ」


 勇也の顔面が二つの山に挟まれた。さらに後ろから「とりゃっ」と言って、凜華も参戦する。勇也は計四つの山に挟まれたのである。

 勇也がじたばたと暴れるが、二人はお構いなしに挟み続けていた。

 やがて、抵抗が止まり、勇也の手がぷらーんと垂れ下がった。


「あ、あの二人とも、いい加減放さないと勇也殿が窒息死するでござるよ」


 卓は、これで死ねるなら本望かもしれないとは思いつつ、本当に死なれても困るので指摘した。もしかしたら、もう手遅れかもしれない、と一瞬頭に過ぎるが。


「わぁぁぁ、勇也君ごめん、生きてる?!」

「勇也きゅん、ウチを置いて死なないで!」

「ぶはっ、く、苦しかった。……も、もう大丈夫だから」


 勇也はそう言って二人から離れ、背を向ける。

 その時、顔が真っ赤であったのだが、それは果たして息を止められていたからなのか、それとも他のことが原因なのか。


「と、ともかく、いい加減この場を離れよう。またいつ魔物が集まって来るかわからないから」


 勇也は背を向けたまま全員に提案し、他の五人は胸を撫で下ろしつつ勇也に従う。


「ところで、急にカニバモスキーの動きが良くならなかった?」


 勇也が歩きながら、さっきの出来事を思い出した。

 勇也は千佳、凜華、卓の三人に聞いたつもりであったのだが、三人は顔を見合わせていて、なかなか答えようとしない。


「そ、そういえばそんな気がしたね」


 汗をぬぐい、少し息を切らせながらそう答えたのは、オタク女子のチビ眼鏡だった。

 勇也は他の三人が答えたがらないことに、不審を抱いて眉根を寄せる。


「何か理由を知ってるの?」

「ええっと……じゃあ、どこかで一回休んでステータスを確認しよっか」


 勇也は首を傾げた。

 ステータスを確認することに、今の質問がどう関係するのかわからない。


「うん、わかった」

「えぇっ、別に歩きながらでも良くない?」


 勇也が素直に頷くも、凜華がそれを遮った。


「私たちは『温度調整』のかかった装備があるからいいけど、他の二人はきついんじゃないかな?」

「大丈夫だってー、熱帯雨林気候ってぇ、湿度は高いけど気温は日本の夏より低いし。熱中症で死ぬってことも、あんまないみたいだよ」


 勇也は凜華の知識の深さに感心しつつ、二人のオタク女子を振り返る。

 そこには汗だくで、今にも倒れそうな二人の姿があった。

 勇也は凜華を振り返った。

 バっ、と高速で凜華の頭があらぬ方を向く。


「……ちょっと休憩にしましょうか」


 千佳が提案し、全員頷いたのだった。



次回9/2(土)20:00に第三十七話「新しいスキルを取得してしまいました。」を投稿します。タイトルは後々変更するかもしれません。

感想等お待ちしております。もし良かったら評価もお願いしますm(_ _)m

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