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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第三章 お別れ
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第三十五話 馬鹿な弟子は速く走りたい

ブクマ有難うございます。

 

 彼は人生で初めての敗北を喫した。

 当たり前だ。

 彼の生きる世界では、敗北は死に直結している。

 彼が生きているという事は、今まで負けたことが無かったという事に他ならないのである。


 引き分けたことはあった。

 それは赤熱の魔女という冒険者であったり、黒帝と呼ばれる魔物だったりする。

 しかし、彼を下したそれを何と言えばいいのか、彼にはわからなかった。

 見た目は鉄の仮面をしている人族だ。

 しかし、冒険者でもなければ兵士でもない。

 さらに戦ってみれば、その異常な強さ、異常な在り方が、本当に目の前の男が人族なのかわからなくさせる。

 仮面の奥に見える理性の光を宿さない目、そして、まるで自分たちと同じように吠えていた。

 そう、彼は人族の形をした魔物なのだ。

 それも異常な強さ、異常な食欲、異常な凶暴性を持った魔物である。


 彼はその異常な魔物に負けた。

 それも完膚なきまでに。

 彼の爪は届かなかった。

 彼の鍛え上げられた肉体は、易々と切り裂かれた。

 彼の一番の武器である、『縮地』というスキルを使ってさえも、男には指一本、爪一枚届かなかったのである。


 そして、意識を手放す瞬間、女の声を聞いたのだった。


「あー! やっと見つけたっス」




 彼が目を覚ますと、辺りが薄ぼんやりと明るい。

 この景色に彼は見覚えがあった。

 青白く光る水晶で照らされた二階層、のどこかである。

 彼はそのどこかで横に寝かされていた。

 どうやら自分は、まだ死んではいないようだ、と彼が思っていると、突如目の前に見知らぬ男の顔が現れた。それも視界いっぱいに。

 彼の目が真ん丸に見開かれる。


「あ、起きた」


 彼は腕を伸ばし、男の首を掴んだ。

 男が苦しそうに呻く。


「オ前ハ何ダ? ドウシテココニイル?」

「グルルルゥゥゥ」


 彼は自分を咎める唸り声を聞き、振り返る。

 すると、そこには鉄仮面の男に殺されたと思っていた彼の娘がいた。

 いや、人族の餓鬼どもを襲った時、二手に分かれて逃げていたから、こちらも二手に分かれて追ったのか、ということを思い出した。つまり追っていた片方から鉄仮面の男が現れたため、反対側にいた彼女の娘は無事に済んだのだ。

 そして、彼女は聞いたことのない凶悪な吠え声を聞き、慌てて戻ってみると、彼女の父親が倒れていたというわけである。


「ガウっ!」


 その彼の娘が自分の父親に向かって吠えた。

 どうやら目の前の男の首を掴んでいることを怒っているらしい。

 彼女と同種族である彼は、すぐにそれを察し、わけのわからぬまま男から手を放した。

 途端に男は首を押さえて咳き込む。そしてそれを、彼の娘が心配そうに支えた。

 何これ? どうなってるの? 彼はそんな表情で瞬きしている。彼は状況についていけなくなってきていた。

 その後、娘から事情を聞き出し、ようやく彼は自分に何が起きたのか。そして、今なぜこんなことになっているのかが分かった。


 彼はやはりあの鉄仮面の男に負けたのだという。

 彼女がその場所に戻って来ると、ちょうど彼が倒れるところであり、男が止めを刺そうとしているところだったそうだ。

 しかし、その場所に一人の女が現れた。


「あー! やっと見つけたっス」


 彼女は鉄仮面の男を見て、そう叫んだ。


「もういい加減に帰るっスよ」


 すると、鉄仮面の男は女の方を見て、もう彼には興味を失ってしまったかのようにそのまま去って行ったのだと言う。

 そしてその後、なぜかその場にいた彼の娘に支えられている男が、彼に治癒魔法をかけ薬草を使い、一命を取り留めさせたのだそうだ。

 実は彼は運が良かった。

 仮面の男は彼と戦ったとことにより、落ち着きを取り戻してきていたのだ。どっちにしろあのまま彼を殺せば、そのまま帰っていただろう。


 彼は、自分が戦いに負け、そのまま捨て置かれたのはわかった。そして、この男に命を救われたというのもわかった。

 しかし、わからないことが二つある。

 一つは、この男にとっては捕食者であるはずの彼を、この男がなぜ助けたかだ。

 そしてもう一つは、


「くぅん」

「よしよし」


 なぜ彼の娘がこの男とイチャイチャしているかだった。

 完全に雌の顔をしてやがる。彼は思った。尤も、彼女はウェアウルフの雌であるのだが。

 対して男はよくわかっていないようである。懐かれているから、可愛がっている。ただそれだけのようだ。

 人族にウェアウルフの性別を見分けるのは難しいから、わかっていなくて当然ではある。わかっていても、その意味に気付けはしないだろうが。


 彼は頭を振って一度そのことは忘れ、もう一つの事を聞くことにした。


「オ前ハナゼ俺ヲ助ケタ? マサカ餌ニナルタメジャアルマイ」


 途端地面に腰を下ろしている彼に向かって、男が膝をつき、地面に手をついて頭を下げてきた。土下座である。


「師匠、俺を弟子にしてくれ!」

「ハァ?!」


 意味が分からなかった。

 彼が娘を見ると、頷かれた。そうしてやれという事なんだろうが、やはり意味は分からない。


「意味ガ分カラン」


 男がガバッと顔を上げる。


「師匠は速い。だから俺は弟子になりたい」


 やはりよく分からない。

 彼が首を傾げていると、男は語りだした。


「俺は速く走りたいんだ。風みたいに走れると気持ち良いんだ。何もかも追い越してさ、ただ速く走りたいんだよ。んで、師匠があっという間に移動したの見て思ったんだ。俺もあんな風になりたいって。だから俺を弟子にしてくれ」


 意外と男の説明は短かった。

 だが、なんとなく男が何を求めているのかは理解できた。

 彼にも死闘を繰り広げたいという強い欲望がある。恐らくそれと似た様なものなのだとは分かる。

 だがしかし、魔物である自分が人族であるこの男を、餌ではなく弟子にするのか、という疑問があった。

 そこでふとあの赤髪の冒険者と小さなゴブリンのことを思い出した。

 立場は逆であるが、あの者たちは種族を超えた師弟なのである。

 さらに、あの小さなゴブリンが、人族の男を「愛しい」と言っていたことも思い出される。

 ならば自分がこの男を弟子にし、一族に迎えるのも出来ない事ではないはずなのだ。彼はそう思うのであるが、それとこの男を自分が弟子にしたいと思うかは、また別である。とりあえず娘のことは置いておいて。

 だから、彼は一つ男に質問をした。


「速ク走レルヨウニナッテドウスル?」

「もっと速く走れるようになる」


 即答だった。

 そして彼はその答えで、男を受け入れることを決めた。

 男はどうやら自分と同じ馬鹿のようである。それを彼は気に入ったのだった。


「ツイテ来ルノハ構ワンガ、途中デクタバッテモ俺ハ知ランゾ」


 男が嬉しそうに笑った。

 娘も嬉しそうに喉を鳴らし、男に駆け寄っていて、抱き合っている。

 彼はどうしたものかとは思うものの、二人について特に何かを言うつもりもなかった。娘が誰を好きになろうが、それは自由である、と思っているのだ。


「師匠、俺は陸っていうんだ。これからよろしくな」

「ソノ師匠トイウノハヤメロ。嫌ナ奴ヲ思イ出ス」


 男、陸は首を傾げた。


「じゃあ、何て呼べばいい?」

「俺ニ名ハ無イ。オ前ガ決メロ」

「じゃあ、ジェヴォ。師匠の名前はジェヴォでいいか?」

「アア、構ワン」


 こうして「銀の牙」、ウェアウルフのジェヴォに人族の馬鹿、陸という弟子ができたのであった。

 しかし、話はこれで終わりではない。


「トコロデ、俺ノ娘ノコトダガ、チャント責任取レヨ。俺タチノ種族ト人族ガ交尾シテモ、子ハ生サンダロウガナ」

「ん?」


 陸が自分と抱き合っている彼の娘を見る。

 彼女が潤んだ目で陸を見返した。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 こうして勇也に次ぐ新たな勇者の伝説が始まったのであった。


なんか短かったので、次回8/31(木)20:00(一時間後っス)に第三十六話「ジャングルで大泣きしました。」を投稿します。タイトルは後々変更するかもしれません。

感想、質問、ダメだし、何でもいいのであれば、お願いいたします。

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