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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第三章 お別れ
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第二十九話 誘惑されましたが、元鞘に納まりました。

ブクマ有難うございます!

ツイッター始めました。

http://twitter.com/6dRfaW5LrlBQGuh

まだ宣伝にしか使っていないのですが、ツイッターって何か思い付いたことを呟くんですよね?

その内そういう事もしていきたいなと思います。

 

 僕たちが宝箱部屋を出発し、三日が経とうとしている。

 それで、今いるのも宝箱部屋だ。

 と言っても、『鑑定』を行ったあの日にいた場所ではなく、四階層に近い宝箱部屋である。

 ここで一旦他のグループが合流するのを待ち、無事を確認してから四階層『釜茹で地獄』に向かうことが決まった。

 僕はそんなのを待つ必要もないからとっとと先に進みたかったんだけど、ここでもやはりアナが僕を止めて、一日だけ待ってみることになったのだ。

 そして、僕はやはり思い通りにいかなくて苛ついていた。


 僕とアナの関係は、あの日から少し変わってしまっている。

 僕はあの日、ちゃんと宝箱部屋に戻った。


 部屋の中では、先生が起きて見張りをしていたが、他の者たちは一塊になって眠ってしまっていた。

 みんながアナを囲むようにして。


 僕の心が狭いのだろうか。

 僕以外の人間に囲まれて、幸せそうに眠るアナを見て、僕に湧き上がってきたのは猛烈な殺意だった。

それは誰かに対して、というものじゃなく、自分もアナも含めた全てだ。

 アナを殺して僕も死のう。

 一瞬だけとはいえ、本気でそう思ってしまった。

 でも、違う。こいつらさえいなければ良かったんだ。

 僕はエカレスを抜き放ち、構えた。


 先生が止めようとするが、それをクロが前足で抑えた。

 さらに叫んで皆を起こそうとした先生の口を、凜華が塞いだ。

 そうか、凜華は理性が残っているみたいだけど、僕の邪魔はしないのか。

 僕の中で凜華の評価が一段階上がる。


「主のために守らん。主の御力を得て、主の命を実行せん。川は主の下へ流れ、魂は一つにならん。父と子と聖霊の御名において」


 だけど、引き金を引く一歩手前で、アナが目を覚ました。


「ユーヤ、お帰りな……何をしているのですか?」


 僕は一つ舌打ちをし、エカレスをしまい、アナから離れて行った。

 クロと凜華が先生を解放し、何事もなかったかのように僕に付き従う。

 アナたちとはだいぶ離れた場所に腰を下ろすと、僕の後ろにクロが回ってきて、寝そべった。

 僕がクロに背を預けると、凜華が僕のすぐ隣に腰を下ろす。

 なんだか、つい二日前までの僕とアナみたいだ。

 こうやって僕たちはクロに背中を預けて眠り、幸せを分かち合っていた。


 そんなことを考えていると、当人であるアナが僕の目の前にやってきた。


「一緒に眠るかい?」


 そうだ、今アナが僕の隣に来てくれればそれでいいじゃないか。

 アナは僕のモノなんだ。


「一体何のつもりなのですか?」

「何が?」

「何もかもなのです。急に女を連れていなくなって、戻ってきたと思ったら、また皆さんを殺そうとして、アナに見つかって諦めたと思ったら、今度は女と寝ようとして、揚句にそんな状態でアナを誘うのですか? ユーヤはハーレムでも作るつもりなのですか?」


 もちろんそんなつもりはない。

 凜華と一緒に寝ているのは、クロと同じ従魔(サーヴァント)だからだ。

 それ以外なわけあるもんか。

 でも、僕の口から出たのは、僕自身思ってもみなかったことだった。


「ハーレムね。その言葉はそっくりそのまま返すよ」

「どういう意味なのです?」

「さあね」


 僕たちが険悪な雰囲気のまま押し黙っていると、それまで黙って見ていた凜華が口を開いた。


「ねぇ、アナベルちゃん、気付いてないの?」

「な、何にですか?」

「ううん、わかんないなら、別にいい」


 そんな謎の言葉を言ったかと思ったら、再び黙ってしまった。

 一体何の話だ。

 アナもわかっていないみたいだけど、僕もわかっていない。


「ねぇ、アナベルちゃん、みんなの所に戻りましょ? きっと永倉君には時間が必要なのよ。慣れるまで、ね」

「わ、わかりました」


 アナの後ろから先生がやって来て、アナはそのまま先生と一緒に他の奴らの所まで戻って行ってしまった。

 今、近くにいるのは僕と凜華とクロだけだ。

 愛しいアナは、もう僕のそばにはいない。


「ほら、ウチらも寝よ。向こうが何人か起こして、見張りをやってくれるみたいだから」

「うん、寝れたらね」


 果たしてこんな気分で眠れるのだろうか。

 凜華には悪いけど、僕は気分を紛らわすために歌を口ずさんでいた。


「ハンプティ・ダンプティ塀の上

 ハンプティ・ダンプティ落下した

 兵隊治しにやってきた

 だけど元には戻らない」


 こんな歌詞ではなかったと思うけど、まぁ別にいいだろ。


「なーに、その歌? 聞いたことない。でも、勇也きゅんの歌声って綺麗だね」

「そう……」


 凜華が僕に近づき、僕の目の下をぺろりと舐めた。

 僕は抵抗せずにそれを受け入れる。

 こんなの、ペットの犬が飼い主に甘えるようなもんだ。

 僕はその後、凜華に抱き締められて、眠りつくことができたのだった。


 その翌朝から、僕とアナはあまり言葉を交わさなくなってしまった。

 今もアナは僕の近くにはおらず、ピザや眼鏡ツインテ達と楽しそうに話している。

 アナはもしかしたら怒っているのかもしれないし、失望してしまったのかもしれない。

 僕はどうだろ?

 怒っているのだろうか? アナに失望したのだろうか?

 わからない。

 だけど、アナの楽しそうな横顔を見ると、胸が締め付けられるように痛かった。


「ねぇ、勇也君。最近、アナベルさんと上手くいっていないの?」


 宝箱部屋で魔法弾を補充していると、委員長がなんだかすごく嬉しそうに話しかけてきた。

 僕の傷口を抉りたいのかな? それとも撃ち殺されたいのかな?


「うーわ、委員長、サイテー」

「その代わり、何だか貴女と一緒にいる時間がやたら長くない?」

「だってー、ウチは勇也きゅんのモノだもん」

「まぁ、そうですね。僕は凜華のモノじゃありませんが」

「え、最後のって、言う必要あったぁ?」


 当たり前だ。

 委員長に説明するなら、正確に伝えておく必要がある。

 万が一間違ってアナに伝わってしまったら、目も当てられない。


「なんか、上手く隙を突いて勇也君に取り入ったわよね。私も勇也君を食べてたら、傍に置いてもらえたのかな?」


 僕は委員長から一歩離れた。


「違う違う、私は勇也君を食べようなんて思ったりしないわ。もしかしたら、そういう可能性もあったのかなって思っただけで。でも、勇也君。本当にその女には気を付けた方が良いわ。だって、また食べられるかもしれないでしょ?」

「ハァ!? もう食べたいなんて思ってないしぃ。今はもうこうやって寄り添っていられるだけで幸せ、みたいな?」


 どうやら凜華の言っていることは本当のようであった。

 現在、凜華の僕に対する愛情は50に到達しており、その頃からもう僕のことを食べたいとは思わなくなったのだという。

 クロの忠誠も50だ。

 どうやら50という数値がその分かれ目らしい。

 ただ、美味しそうには見えるらしいけど……。


「でも、委員長が仲間になっても、僕にはメリットがあまりないんですよね。その点、こいつは消費が激しいという弱点はありますけど、戦闘ではこの上ないほど役立ちますし」


 僕はそう言って、何となく凜華の頭を撫でた。


 凜華の獣化(ビースト)は、使用後に空腹に襲われるという事を除けば、かなり強力なスキルである。

 この階層で最も固いグラコンダを、手で引き裂いて殺してしまえるほどだ。

 貴族風の男が言っていた通り、ダガーは要らなかった。

 羆、恐るべしである。

 しかも、彼女のスキルは恐らく上級(アドバンスド)スキルだったのだろう。

 凜華は部分的に肉体を強化できる『肉体強化』というスキルも持っているらしいのだ。

 クラスの連中と出会ってしまったことは最悪だったが、こいつを手に入れたことだけは僥倖だったのかもしれない。


 それにしてもこいつ、僕と大して背が変わらないから撫で辛い。

 えっと、誰と比べてだろう……?

 その先は深く考えないようにした。


「ああ! 勇也君が優しい……。私だってそんな風にされたいのに」

「えへへへー。でもぉ、なんかー、クロと扱い変わんないんだけど。ま、いいか。犬でも。わんっ」


 僕と凜華の間に突風が起こった。

 そして、黒い何かが横切ったかと思うと、凜華が消えていて、代わりにクロが僕に向かって頭を差し出していた。


「わんっ」

「くふふ、僕の犬はクロだもんね」


 僕はクロの頭を優しく撫でてやる。

 何か委員長が僕たちの様子を、銃を眺めている時みたいな表情で見ているんだけど。

 うん、気にしたら負けだ。


「ね、ねぇ、勇也君。試しに私の頭も撫でてくれないかな。な、なんだったら、胸でもいいよ?」


 ――ピシっ。


 僕の中の何かが、いや、僕が音を立てて固まった。


 委員長が外套の前をはだけさせて、制服のシャツに包まれた二つの山を見せつけている。


 そう、委員長は今外套を羽織っている。

 アナが開けた宝箱から出てきたアイテムは、七人全員にも配られていたのだ。

 凜華、委員長の巨乳組と、糸目、水女はフード付きの外套を、ピザと眼鏡ツインテは宝の守護者が装備していたプレートアーマーと盾で全身を守っている。

 ピザと眼鏡ツインテの二人は、もちろんそれだけでは寒いので、間に『温度調整』が施されている鎖帷子を着ていた。

 そして、この二人の能力は装備品にも適用されるらしく、防具を増やした分だけ反射ダメージと防御力が伸びていたのである。

 ちなみに先生は外套、というよりは某吸血鬼が着ていそうな、襟の立ったマントを羽織っている。

 先生が「どう? 魔女っ娘ぽい?」と嬉しそうにしている姿を、何人かが微笑ましく見守っていた。


 そんな風に回想という名の現実逃避をしていたわけであるが、委員長は恥ずかしそうに微笑んで、未だに僕を見つめている。

 だけど、これは罠だ。

 もしも、ここで誘惑に負けようものなら、ただでさえ微妙になってしまった僕とアナの関係は、音を立てて崩壊するだろう。

 それに、委員長の胸なんぞ触らなくとも、僕にはアナがいる。

 僕にはアナさえいれば、それでいいんだ。

 そうでしょ、アナ?


「ユーヤ、クロ、それとリンカ。ちょっとお話があるのですが」

「あ、ああ、アナ、すぐ行くよ」


 た、助かった。

 どうやら僕の心の声が通じてくれたらしい。


 委員長が黒い顔で「ちっ」と舌打ちしたのを尻目に、僕はアナの方に向かって歩いて行った。

 後からクロと、クロの尻尾でぐるぐるに巻かれた凜華もついてきた。

 それにしても何だろう?

 やっぱりこれから、四層階層に行くから、その打ち合わせかな。

 何にせよ、こうしてアナが話し掛けてくれるのは嬉しい。


 僕たちはアナの後に従って、宝箱部屋を抜け、暗闇の中へと入って行った。


「ユーヤ、単刀直入に聞きます。リンカとは交尾したのですか?」


 ホント単刀直入だね。

 でも、僕は落ち着いて即答できる。

 やましいことだって何もない。


「してないよ」

「あとちょっとだったけどねぇ」


 あとちょっとでもないけどね!

 凜華になんか、全然ぐらっとかなんかしてないし!

 僕はアナ一筋なんだから。


「ユーヤはアナの恋人です。たとえ相手が同じ人族の女性だったとしても、奪われたくはないのです」


 僕は頷いた。

 凜華は「仲直りしちゃうんだぁ、惜しかったなぁ」などと呟いているが、無視だ。


「それで、ユーヤにお願いがあります。

 アナは先生に頼まれたのです。これから四階層に行き、五階層に向かうのにも、改めてこのまま協力してほしいと。アナはもちろんお引き受けしました。ですから、ユーヤもアナを手伝って欲しいのです」

「もしも断るって言ったらどうするの? 僕に付くの? それともアイツらに付くの? 僕がアイツらのこと殺しちゃったら、僕のこと嫌いになるの?」


 僕の質問にアナが頬を引くつかせた。


「勇也きゅんはブレないねぇ。そんな危ない所も魅力的なんだけどさ」

「あ、アナは、ユーヤを選ぶと、思います。ですが、皆さん決して悪い人たちじゃないのです。むしろ、アナにも優しくしてくれる良い人たちです。だからもう、殺そうと考えるのはやめてください」

「ねぇ、アナ。そんなことより、アナは僕が好きなの? それとも、人間が好きなの?」


 ずっと考えていたことだ。

 アナはもし初めに出会ったのが僕じゃなくても、好きになっていたんじゃないだろうか?

 特に今の美少女の姿だったら、きっと誰だって優しくしてくれると思う。

 だけど、僕は自信を持って、アナがアナだったから好きになったんだと言える。

 確かに、アナに出会わず、あのまま委員長か凜華に言い寄られていたら、どうなっていたかはわからない。

 でも、僕が好きになったのはアナだったんだ。


「そ、そんなこと……。アナはユーヤが好きなのですよ」

「ふふ、僕もアナが好きだよ」

「何これ? ウチら何でこんなもん見せられてんの?」

「くぅん」


 アナが顔を赤くする。


「わ、わかったのです。ですが、皆さんに危害を加えるのは駄目なのです。もしも何かしようとしたら、嫌いになって離れたりはしませんけど、許しませんからね」

「うん、僕とアナはずっと一緒だよ」

「はい、アナとユーヤはずっと一緒なのです」


 何やら、二対の冷たい視線が飛んでくる中、僕たちは約束を交わした。

 だけど、その約束が守られることは無かったのだった。



次回8/26(土)20:00に第三十話「委員長がほんの少しだけ可哀想になってきました。」を投稿します。タイトルは後々変更するかもしれません。

次回後半で戦闘に入ります。  

感想、質問、ダメだし、何でもいいのであれば、お願いいたします。

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