第二話 異世界転移した先は、いきなりダンジョンでした。
「「「へ?」」」
「何?」
「どこ?」
「一体、何が?」
「どうなってんの?」
パチンっ。
誰かの指を鳴らす音、だと思う。それが聞こえた途端、辺りが急にしんとなった。
僕はとりあえず周りを見回してここがどこなのか確認した。
物語の定番だと、どこかの王城だとか、神殿だとかでこういう勇者召喚のような儀式は行われるもののはずなんだけど、ここはまず、人工の建物ではないようである。
壁に松明が灯された洞窟の中の広間、それ以外に見えない。
その広間の中で、クラスメート全員が中央に集められ、その周りを槍や剣を構えた中世ヨーロッパの兵士らしき者たちが取り囲んでいる。よく見ればいかにも魔法使いといった感じのフード付きローブを纏った者たちも数名いた。
いや、違う。それは立っている者が少ないのであって、一番多いのはむしろこの魔法使いだ。
数十名ものローブを纏った者たちが床に倒れている。目深に被ったフードのせいで息をしているのかはわからないが、僕たちの肝を冷やすのには十分な光景だった。
「ようこそ、日本人の皆様。ここは皆様が住んでいた世界とは全く異なる世界、つまり、皆様からすると、ここは異世界という事になります」
突如男の声が洞窟内に響き渡り、僕を含めて全員が声の方向に注目する。
そこには、一人だけ兵士にも魔法使いにも見えない、ナポレオンが青いマントを羽織ったような恰好をした、要するに貴族にしか見えない金髪碧眼の男がいた。
「ああ、私の説明が聞こえないと困るでしょうし、今は一時的に声を封じさせていただいておりますが、ご心配なく。話が終わればすぐに術は解きましょう。
と言っても、時間は掛かりません。
皆様にはこれからここ、通称ダンジョンと呼ばれる地下迷宮の五階層を目指していただきます。申し訳ございませんが、ダンジョンの入り口は封鎖させていただきます。ご容赦ください。
さて、五階層には転移魔法陣が設置されており、そこから外に脱出することができます。脱出できた暁には、我らベリリア王国の兵士として迎え入れましょう。
とりあえずこちらで三日分の食糧と簡単な武器は用意させていただきました。他に何か欲しいものがあれば仰って下さい。簡単なものでよろしければご用意させていただきます」
男は丁寧口調ではあるが、どうにもこちらを見下しているようにしか見えない。
これは考えていた異世界転移物の中でも、最悪のパターンの一つだ。
初めから強い力を持っているわけでもないし、勇者という存在を崇めたり、大切にしたりするつもりもないらしい。どうやら僕たちは奴隷と変わらない、ただの戦力として召喚され、しかも、ここでふるいにかけられるのだろう。
それに何か言おうと思っても、声を出すことができなかった。
置いてある武器は剣ばかりで、とても僕には扱えそうにない。
仕方なく僕は手を上げた。
「はい、どうぞ、そこの君」
男は僕を指差した後、指をぱちんと鳴らした。
とりあえず「あ、あ」と、声が出ることを確認する。
言いたいことは山ほどあるが、この男は聞き入れないだろうと思う。五月蠅ければまた指先一つで黙らせるに違いない。
だから、よく考え、僕の武器になりそうなものを考えた。
「まず、バンテージ、……包帯があれば下さい。それと、拳を覆うような武器が欲しいです」
「ほう、面白いことを言いますね。どれどれ、君は……ぷっ、アハハハ」
男の目が光ったと思った途端、急にそいつは笑い始めた。
「いやいや、申し訳ない。この中ではステータスは悪くないのですが、お持ちのスキルが何と言っていいかわからないものでしてね。君も『鑑定』のスキルを持っているようです。確認してみればいいでしょう。ああ、包帯と手甲でいいですかね。それは用意しましょう」
僕はどうすればいいのかわからず、なんとなく自分の掌を見てみる。そして、「一体僕がなんだっていうんだ」と思った瞬間、視界にまるで空中に投影されたかのような文字が現れた。
≪名前≫永倉勇也
≪種族≫人族
≪年齢≫16
≪身長≫168cm
≪体重≫58kg
≪体力≫12
≪攻撃力≫13
≪耐久力≫12
≪敏捷≫10
≪知力≫10
≪魔力≫18
≪精神力≫16
≪愛≫0
≪忠誠≫0
≪精霊魔法≫火:94 水:6 風:85 土:15
≪スキル≫食用人間:捕食者の旨いと感じる味になり、肉体の再生に捕食者の寿命を使用できる。
鑑定:あらゆるものの情報を読み取る。
ステータスが高いとは言われたが、どこがどう高いかなんてわからない。だが、問題はそんなことではなく、また、愛と忠誠が全くないのも問題ではなかった。
≪スキル≫にある、食用人間、それが一番の問題だ。貴族風の男が言っていたのも、そのことで間違いないだろう。
これは……、どういうことだろう?
捕食者の旨いと感じる味になり、というのは、やっぱり僕が旨くなるという事だろうか。そして、捕食者の寿命を使って肉体を再生できるという事は、相手から寿命を奪って倒せという事なのだろうか。……わからない。
しかし、これだけは言える。どうやら僕のスキルという能力は相手に喰われることが前提であるらしい。そして、僕は誰かに喰われるなんて真っ平ご免だった。
「さぁ、他にはございませんか? はい、そこの貴女」
「ウチはナイフ、っていうか、もうちょい長いダガー? が欲しいんだけど」
とりあえず、自分のスキルに絶望するのをやめ、声の方を見ると、まぁ、見なくても誰かはわかっていたが、声の主はギャル子だった。
「ほう、貴女のステータスは女性ですし、あまり高いとは言えませんが、なかなか有用なスキルを持っていますね。解体用のナイフは皆様に与えますが、おそらく、そのスキルがあればダガーは必要ないんじゃないでしょうか。まぁ、それぐらいのものでしたら、与えますがね」
一体どんなスキルなのだろう。僕の時とまるで反応が違う。
試しにギャル子の方を見て、今度は頭の中で「鑑定」と唱えてみる。
≪名前≫沖田凜華
≪種族≫人族
≪年齢≫15
≪身長≫162cm
≪体重≫55kg
≪体力≫5
≪攻撃力≫6
≪耐久力≫4
≪敏捷≫7
≪知力≫12
≪魔力≫10
≪精神力≫10
≪愛≫120
≪忠誠≫20
≪精霊魔法≫火:41 水:59 風:87 土:13
≪スキル≫ビースト:羆の力を得られる。筋肉が膨張し、爪が伸び、牙が生える。燃費が悪いので注意。
鑑定:あらゆるものの情報を読み取る。
とりあえず、その情報から僕が感じたことは三つあった。
「重っ、怖っ、知力高っ!」
慌てて口を閉じるが遅かった。
てっきり、もうしゃべれなくなっていると思っていたのだが、まだ話せたらしい。
ギャル子はギギギっという風に、僕の方を振り向いてきた。眼の端に涙が溜まっている。
「そういうアンタはどうなのよ!」
ギャル子の目が光った。
「う、ウチが重いんじゃなくて、アンタが軽すぎんだよ! はっ、それに何、食用人間って? アンタ喰えんの? マジウケるんですけど!」
ウケるという割に、ギャル子は笑っていない。というか、もうすぐにでも泣きそうだった。
「す、すいません、つい。で、でも、頭良かったんですね。凄いじゃないですか」
「あ、あんがと」
さすがにどう考えても僕が悪かったので、素直に謝った。
ギャル子もわかってくれたようである。
しかし、他の者たちはそうでもないようだ。
僕を見て声を出さずに笑っている者が何人もいる。また、数人が僕を睨んでいた。睨んでいるのはヤンキー茶をはじめとしたギャル子と仲の良い者たちだ。ちなみに委員長だけはギャル子を指差して笑っていた。
「はいはい、余計な私語は慎んでくださいね。さぁ、他にはいませんか?」
男がまた指を鳴らすと、僕は声が出なくなった。どうやらギャル子も同じらしい。
「はい、そこの貴女」
「け、拳銃とかはないんですか?」
「無いです。確か火薬というものが必要なんでしたね。この世界に火薬は存在しません。さ、他には?
はい、貴女」
「質問してもいいかしら?」
「ダメですね。さぁ、他にはいらっしゃいませんか? いないようでしたら、早速始めましょう」
拳銃について訊いたのは委員長で、質問しようとしたのは担任である。
まぁ拳銃はないだろうな、とは思っていたけど、それを知っていたことの方がおかしい。火薬にしたって、何でこの世界にないというものの存在を知っているのだろう。聞いたところで教えてくれないだろうし、そもそも質問さえさせてくれないみたいだが。
兵士が一斉に全員にバックパックのような革袋を配り始めた。中にはパンやチーズ、干し肉などの食糧と皮袋に入った飲料水、ナイフ、あと薄い冊子のようなものが入っている。さらに、僕には包帯と手甲が渡された。
僕は早速包帯をバンテージ代わりに拳に巻きつけ、上から手甲を嵌めてみた。
サイズも問題ない。これならある程度本気で殴っても拳を痛めないで済みそうだ。
「それでは私たちはこれにて失礼します。皆様、は無理でしょうが、またお会いできるよう願っております。それではごきげんよう」
そう言って男は広間から何本か伸びている道の一つに、兵士や魔法使いを伴って消えて行く。きっとそっちが出口なのだろう。
兵士たちや魔法使いが次々と広間から消えていく中、一人魔法使いが僕の横を通り過ぎる時、ボソッと小声で呟いた。
「……六階層に向かえ」
振り返るが、魔法使いは何事もなかったようにそのまま出口に向かっていく。そして、そのままいなくなってしまった。
結局今のはなんだったのだろうか。
疑問に思っている内にすべての兵士や魔法使いがいなくなってしまった。
あとには僕たちと、壁に立てかけられた剣、床に倒れたまま動ない魔法使いたちが残った。
魔法使いが放置されているのは、そういう事なんだと思う。
僕たちは無言のままその人たちから離れて、剣の立てかけられた壁へと向かっていった。
「みんな聞いてほしい。ここから脱出するには全員が協力し合うことが大切だと思うんだ」
唐突にそんなことを言い出したのは、クラスで一番のイケメンだった。スポーツ万能で長身、女子からはもちろん、男子にも人気があった、と思う。
イケメンの言葉に委員長や担任は激しく頷いており、他の者たちも頷いていた。一部、ヤンキー茶たちは訝しむような表情でイケメンを見ているが。
「とりあえず、食料を一か所に集めて管理しないか。みんなで食べる量を管理していった方が、長く持たせられると思うんだ」
確かに一理はある。
欲望に任せて食べてしまえば、あっという間に食料は尽きてしまうだろう。
だけど、それには問題がある。
一体それを誰が管理するのだろう。
そして、その管理する人間を僕は信用できるのだろうか。
「おい、っざけんなよ。何でてめぇに仕切られなきゃなんねぇんだ。俺のもんは俺のもんだろうがっ」
ヤンキー茶の言っていることも間違いではないと思う。お前のものも俺のものとか言い出したら、意味が違ってくるが。
「ウチもさー、こういう時って信用できる奴と行動した方が良いと思うんだよねー」
「何言ってるんだ、こういう時は団体行動するのが鉄則じゃないか!」
「えー、やだー」
「なっ……」
「よし、凜華が言うなら決まりだな。おし、行こうぜ」
ヤンキー茶がそう言うと、彼をはじめとして五人の男女が広場を出て行った。
ギャル子だけ、最後になぜか僕をちらっと見て行ったが、僕がついて行くわけはない。
あのグループには絶対馴染めないと断言できる。
かと言って、ここにいるクラスの連中に馴染めるとも思えないが、さすがに一人で何が出てくるかわからない異世界のダンジョンをうろつく勇気はなかった。
イケメンと委員長が、ヤンキー茶たちが出て言った方向を憤然とした様子で見ている。
他の者たちはその様子を心配そうに見ており、担任だけは冷静に、というか、どこか冷めた表情で見ていた。怒っているようにも見えるし、呆れているようにも見えなくはない。
「おい、お前は出て行かないのか?」
いつの間にか、男子数名が僕を取り囲んでいた。
「おっと、荷物は置いてけよ」
一人が僕を背後から押さえつけ、さらにもう一人が僕の手から荷物を奪った。
「お前、そういえば『食用人間』なんだろ。だったら、最悪自分で自分を食えばいいし、食料に困らねぇじゃん」
「まぁ、俺たちは絶対にお前なんか食わねぇから安心しろよ」
「だって、臭いもんな」
そう言って、そいつらは爆笑し始めた。
僕の中でどす黒い感情が渦巻き始める。
足を広げ、腰を落とす。体から力を抜き、殴る瞬間にだけ力を込めることに意識を集中させる。
「お前ら、何やってんだ」
僕が臨戦態勢を取ると同時に、イケメンが声を掛けながら近づいてきた。
「お前ら、こんな時にまでイジメをしているのか」
「でもよ、こいつと協力し合うなんて無理じゃねぇの」
「友達要らないらしいし、臭いしな」
さらに委員長も近づいてきた。
僕は慌てて視線を逸らす。危うく揺れる胸に注目するところだった。
「もういい加減にしてよ。そんなこと言っている場合じゃないでしょ。永倉君も許してあげて」
「いえ、いいです。許せたところで、とてもではないけどここにいる全員を信用することは出来ません。その前に許しませんけど。
僕も出ていくので、荷物を返してくれませんか」
僕がそう言って、僕の荷物を奪った男に手を伸ばすと、なぜかイケメンがその間に入ってきた。イケメンは僕を睨んでいる。
「勝手なことを言うな。
田中たちが出て行ったのはまだ良い。少なくとも、あいつらは一人じゃないからな。だけど、永倉は一人じゃないか。一人で生きていくつもりか?」
僕は頷いた。
「無理に決まってる。こういう時こそ助け合いが必要なんだ。なぜわからない。
どうしても出ていくというなら、荷物は置いていけ」
僕は自分の耳を疑った。
こいつは何を言っているのだろう。一人で行動するのが危ないというのはわかるが、ここにいるよりはよっぽどましだと思うから、仕方なく出ていくのだ。それなのに、そんな僕から荷物まで奪ってしまったら、余計に生存確率は下がるというのに。
「えっ、岡田君、何言ってるの? 食料が無かったら、永倉君死んじゃうよ?」
委員長が驚き、不安そうな表情をイケメンに向けていた。
「ふんっ、同じだ。それに、どうせすぐに戻ってくる。永倉は甘えているんだ。集団生活では個人の感情よりも全体を優先させなくていけないというのに」
「そんな……」
「……もういいよ」
もうこれ以上こんな所にはいたくない。
一秒でも早くここから去るんだ。
僕は最後に彼ら全員を睨み、ヤンキー茶たちが出て行った道とは違う道に向かって走って行った。
「待って、永倉君!」
委員長の声が聞こえるが、僕は振り返らない。
聞こえるのは委員長の声だけではなく、僕を嘲る笑い声も聞こえてくるのだ。そんな場所をもう一度見るわけにも、また戻るなんてことも、僕には絶対できなかった。