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第二十一話 謎の旅商人は灼熱さえも商売にする

五話連続投稿の三話目です。

 

「いやぁ、あれから三日経ちますねぇ」


 彼は革張りの座り心地の良い高級な椅子に深々と背中を預けて、何気ない調子でそう言った。


 彼の名前はバーソロミュー・ド・クインズベリー侯爵、宮廷魔術師である。

 そして、金髪碧眼のこの男、勇也たちをダンジョン、正式名称「ベリリア地下迷宮『地獄』」に閉じ込めた張本人であった。


「えっ? それはあーしに言っているんスか?」


 部屋に一人いた橙色の髪の、まだ二十歳にもなっていない少女が眉根を寄せて尋ねる。

 すると、クインズベリーもまた訝しむような表情で彼女を見た。


「何を仰っているので? ここには私とボニーさんしかいないじゃないですか?」


 ボニーは知らずに口角を片方だけ引き上げ、その端を引くつかせた。


「まさかとは思うんですが、侯爵様はあーしに『地獄』の様子を見て来いとかって、言おうと思っちゃってます?」


 途端にクインズベリーがにっこりと微笑んだ。


「なんだ、わかっているのですね」


 ボニーは慌てた様子で、両手を胸の前で振り、首を横に振り始めた。


「ムリムリムリ、無理っスよ! 中にはスキルを持った日本人がいっぱいいるんスよね。しかも、アドバンスドどころかエクストラの可能性もあるっていうじゃないスか。あーしじゃ役不足っス」

「アハハハ、大丈夫です。ご安心ください。『イーター』を連れて行く許可を出しますから」

「えぇっ!?」


 ボニーの顔が真っ青になって行く。

 イーターとは魔物の名前ではない。

 城の中にある、特別牢獄に閉じ込められた人間の名前だ。

 犯罪を犯したから捕まっているわけではなく、あまりにも危険だから閉じ込められているのである。

 その上、『隷属』の永続術式が組み込まれた鉄仮面をつけている。

 そこまでしてようやく彼を抑えているのであった。


 そんなものを連れて『地獄』に行くなど、ボニーにとっては拷問のようなものである。いや、死刑宣告に近いと言っても過言ではなかった。

 事実、クインズベリーは別に彼女が死んでしまったとしても、一向に構わなかったのだ。


 ボニーに退路はなかった。

 行くも行かぬも地獄である。


「なに、そんなに難しいことではありませんよ。まだ一階層にいないか確認してくるだけでいいんです。もしいたら、そうですね、ちょっと見せしめでも作ればやる気を出して進んでくれるでしょう。早く進んでいただかないと、いい加減冒険者たちもうるさいですからね」


 確かにその通りなのである。

 冒険者からダンジョンに入れないと文句が上がってきている。

 特に赤熱の魔女と呼ばれる高ランクの冒険者が、ここ数日烈火の如く冒険者ギルドに文句を言いに来ていて、冒険者ギルドがそれを王城に伝えているのであった。

 それに、それだけではない。

 もしも冒険者たちが王都を離れて行ってしまうと、彼らの落とす金が国に入らなくなる。


 そう、今回の実験は国にとって損失もあったのだ。

 しかし、それでも今回の実験は決行された。

 一つは前回の実験が成功したおかげでもある。


 前回も今回同様に三十人ほどの日本人が召喚されていた。

 ただし、場所はダンジョン内ではなく、王城の中である。

 王城の中にあるクインズベリーが持つ地下実験施設で、異世界召喚の儀式が執り行われたのだ。

 しかし、その時に生き残ったのはたったの一人であった。

 まさかクインズベリーも、一人しか生き残らないとは思ってもみなかった。

 いや、そもそも、彼は召喚を行っただけで、それ以上のことは何もしていない。

 不覚にも魔力欠乏症に陥り、少しの間眠ってしまった。そして、次に目を覚ました時には、ぐちゃぐちゃの肉片と化した召喚者たちと魔道士たち、その中で虚ろな表情で佇む顔が半分以上焼け爛れた少年がいるだけだった。

 召喚したわずか数分の間で、彼はその場にいたものを皆殺しにしてしまった。

 それでもその実験は成功したのだ。

 なぜならその少年が他の召喚者たちの力の一部を奪って、最強の殺戮兵器となったからである。


 さらにその後、ダンジョン内で彼を鍛えると、さらなる力を彼は得ていった。

 そこでクインズベリーは考えたのだ。

 召喚者をダンジョン内でふるいに掛ければ、面白い力に目覚める者を数人得られるかもしれないと。

 確かに少年は強いが、たった一人なのである。

 上手くいけばもっと数を増やせるかもしれない。

 最悪失敗しても構わない。なぜならすでに少年、殺戮兵器、人喰い「イーター」がいるからだ。




 それから僅か二時間後、結局逃げ出すこともできずに、かと言って諦めきれたわけでもないボニーがダンジョンの入り口前に立っていた。

 隣には口の部分だけ存在しない鉄仮面で顔を覆われ、灰色のつなぎのような囚人服を着た少年、イーターがいる。


「い、いいっスか。あーしのことは食べちゃダメっスからね」

「……」


 イーターは彼女に視線を合わせようともしない。

 彼の視線の先には、ダンジョンの入り口があるのだが、それすらも彼の瞳は映していないようだった。


「あれ? イーターがいれば、あーしは別に行かなくてもいいんじゃないスか」


 ボニーが、ここまでイーターを連行してきたプレートアーマーで全身を固めた兵士二人に目を向けると、ただ冷たい視線が返って来るだけだった。

 彼らの視線はこう告げている。「そんなわけないだろ」と。


 この中にイーターを解き放てば、彼は恐らく中にいる召喚者たちを一人残らず殺害してしまうだろう。

 それでもイーターが強化されるから、意味が無いわけではないが、今回の実験の趣旨とは異なる。

 それに、中に入ったイーターを誰が連れて来るのか。

 彼は「隷属の仮面」の効果が薄い。

 それは彼に理性がほとんど残されていないからだ。

「隷属の仮面」の支配者に登録されているクインズベリーであれば、その場で直接命令すれば言う事を聞かせることができる。

 しかし、一度した命令もクインズベリーがいなければ、忘れてしまうのである。

 だから、こうしてお目付け役は必ず必要になるのだ。

 ボニーの役目は彼を止めて、命令を思い出させ、連れ帰ることである。

 彼女が巻き込まれて死ななければ、であるが。


 ボニーは大きく溜息を吐いて、ダンジョンの入り口を睨んだ。

 もうここまで来てしまったら行くしかない。

 仮にも彼女は魔道士である。

 最悪、もしもイーターが暴走したら、どこかに隠れてやり過ごそう、彼女はそう思った。


 こうして二人は「人造勇者計画」の実験場である、ベリリア地下迷宮「地獄」に向かって、足を踏み入れていったのであった。




 ************


 二人が地下迷宮に潜って行くのを、木の陰からこっそりと眺めている者がいた。


「くそっ、ありゃダメだ。全ステータス50越えだとっ。ドラゴンよりヤバいじゃないか。しかもスキルの数が半端じゃなかった。ベリリアめ、まさかあんなもんを隠し持っていたなんてね……」


 ギリリと歯噛みして彼女はダンジョンの入り口を睨みつける。


 もしも、この場に彼女の姿を認める者がいたら、きっとその者は回れ右をして静かに、そして速やかにその場を去るだろう。

 紅蓮の髪に緋色の目、そして燃えるように赤いマント、今にも燃え上って辺りのものを何もかも焼き尽くさんばかりの勢いである赤い女がそこにいた。

 人は彼女をこう呼ぶ。

 奇人、変人、短気、粗暴にして世紀の天才魔術師、赤熱の魔女、イザベラ・スカーレットと。


 イザベラはここ数日、冒険者ギルドに文句を言い続けていた。

 何日も冒険者の稼ぎ場であるダンジョンを封鎖するとはどういう了見かと。

 もちろん、ギルドは何も悪くないのだが、冒険者の利益を守るのもギルドの務めである。王国に異議を申し立てるぐらいのことはしなくてはいけないのだ。

 それに、あの赤熱の魔女が憤怒の形相で、「燃やされたくなかったら、ダンジョンの封鎖をさっさと解きな!」と毎日のように怒鳴り込んで来るのである。

 ギルドマスターは胃に穴の開く思いで、王国に異議申し立ての文書を提出した。

 王国の返事は簡潔なものだった。


「ベリリア地下迷宮はその名の通り、ベリリア王国の所有する物である。冒険者ギルドに文句を言われる筋合いはない」


 ギルドマスターの胃に穴が開いた。


 そんなわけで我慢の限界に達したイザベラは、真正面から乗り込んでいかんと現れたのだが、タイミングが悪かった。

 いや、実は良かったのかもしれない。

 無理に乗り込んで行っていれば、あの少年に始末されていたかもしれないのだ。

 こうなってくると、五階層側から侵入するというのも危険である。

 王国を敵に回すのも厄介だが、あの少年に命を狙われるというのは、それ以上に背筋が寒くなる。


 だが、焦りは余計に募って行った。

 あそこには彼女の弟子、いや、娘がいるのだ。

 もし娘とあの少年が出くわしたらと考えると、イザベラは心臓が握り潰されるような思いであった。


 そんな精神的余裕の一切ない彼女の元に、どこか呑気な声が聞こえてきた。


「ああ! やってもうたわぁ。アレを落としたとバレたら、どんな目に遭わされるか……。ああ、どないしよう。そもそも酔っぱらってあんなもん書いたんが失敗やった」


 少年のような声で、何か落とし物を探している風であった。


 彼は十分に焦っているのだが、機嫌の最高に悪いイザベラには人を馬鹿にしたような呑気な声に聞こえたのである。


「あっ」


 男がイザベラを見つけて立ち止まる。

 イザベラは自分より背の低い男を見下ろした。


 黒髪黒目に丸顔童顔で背が低い。

 イザベラが知るこの特徴を持った種族は二種類だ。

 一つは異世界から来る日本人である。

 尤も、こんな場所に日本人がいる可能性は低いから、却下。

 であれば、間違いなくもう一つの方である。

 だいたい、しゃべり方がその種族特有のもので、地味な茶色の外套に、背中にしょった大荷物と言う格好も、その種族であるという事を示唆しているのであった。

 旅商人の一族。

 イザベラは、いや、この世界で彼らはそう呼ばれていた。


「行き遅れの魔女はんや」


 刹那、火球が男目掛けて飛んで行った。


「どわっ!」


 男は横っ飛びでぎりぎりそれを躱す。


「し、死ぬかと思たわ! え? いきなり人に向かって魔法ぶっ放すて何考えてますのん?!」

「で、あたしがなんだって?」

「こ、高貴にして美しい女の色香漂うイザベラ・スカーレットはんです」


 男は冷や汗を掻きながらそう言った。


「で、何だいアンタは? 用がないんならとっとと消えな」

「いやー、それが、用が無いというわけでもないんですわ」


 男のはっきりとしない態度に、イザベラは額に青筋を浮かべた。


「ちょ、ちょっと待ってください。わっ、杖は向けんといて。ほら、注目されてますさかい、歩きながらお話しませんか?」


 確かに男の言う通り、町の者や、兵士の視線まで集まってきてしまっていた。

 尤も見ている者は、また赤熱の魔女が暴れている、というぐらいの認識ではあるのだが。


 イザベラは仕方なく男と連れ立って歩き出す。

 普段なら人目など気にしないのだが、場合によってはこの後侵入を考えているせいか、イザベラはいつもより注目を集めたくなかったのだ。


「で、要件は何だい? あたしはアンタみたいにガキに見える男はタイプじゃないよ」

「えぇっ、いきなりそんなこと言いますのん。せやからいつまで経っても「ああんっ!?」……いつまで経ってもお綺麗ですね!」


 男は「もうこの人嫌や」とぶつくさ言いながらも、気を取り直して本題へと入った。


「さてさて、赤熱の魔女はん。その恰好を見ますところ、すぐにこの町を出るおつもりですか?」


 場合によっては国に追われることになるかもしれないと考え、イザベラは旅装に着替えていた。

 だけど、アナベルを回収するまではこの国を出るわけにはいかない。アナベルをダンジョンから連れ出す算段は立っていないのだが。

 いや、使いたくはないが、方法が無いわけではない。

 あんなものが現れた以上、使うことも考えた方が良いと、イザベラは思っていた。


「あたしは「ああ、わかっとります」……」


 イザベラは、まだ出る気はないと言おうとして、男に止められた。


「ダンジョンに入るつもりなんでっしゃろ?」


 イザベラは目をすっと細めて彼を見た。

 この旅商人の一族は不思議な一族である。

 相手の欲しい物を必ず言い当てると言われているのだ。

 さらに、生涯ずっと旅をしていると言われていて、どこかに彼らが拠点とする場所があるという話を聞いたことが無い。


「で、アンタの目的は何だい?」

「そんな怖い顔をせんといてください。なに、商売ですわ。俺は赤熱の魔女はんにダンジョンに誰にも見つからんと入る方法をお教えします」


 イザベラは目を見開いた。

 そんな方法は聞いたことが無い。

 しかし、考えられないわけでもなかった。

 五階層にある転移魔法は龍脈を利用したものだ。

 龍脈は世界を巡っている。

 もしかしたら世界のどこかに、ダンジョンに繋がっている龍脈の入り口が無いとも言い切れないのである。

 だが、世界のどこをどう巡っているかわからない龍脈の入り口を見つけるなど、天才魔術師と呼ばれるイザベラを以ってしても不可能に近いことであった。

 それに転移魔法陣を入口と出口、両方に書かなくてはいけない。

 現代において、転移魔法陣を書ける魔術師は存在しなかった。

 やはり不可能だとしか思えないのだが。


「まあ信用してください。俺らの一族は嘘を吐かないことでも有名でっしゃろ?」


 確かにその通りである。

 彼らの一族は嘘を吐かない商売人として、とても信用されていた。

 同時に、嘘が通用しない商売人としても有名であった。


「で、赤熱の魔女はんには、そのダンジョンの入り口までの護衛と、中に入ってから俺の、その、落とし物を探すのを手伝っていただきたいんですわ。どうです?」

「よし、その話乗ったよ。で、何を落としたんだい?」


 ダンジョンが封鎖されたのは一週間以上前だ。

 物によってはもう残っていないはずである。

 しかし、イザベラとしては、そんなことはどっちでも良かった。

 中に入ることさえできればそれで良かったのだ。


「本です。皮で出来た」

「ふーん、食われたりしてないといいけどね」

「まぁ、多分大丈夫ですわ。アレは食われるようなものとちゃいますし」


 男の言っていることはわからないが、まぁ、そういう術式がかかっているのかもしれない。


「まぁ、別にいいわ。食われてても食われてなくても、あたしには関係ないし。ただし、三日探して見つからなかったら諦めるからね」

「ひどっ! そ、それでええですよ。多分見つかると思いますし。赤熱の魔女はんは、どうぞその後はご自分の用事を済ませてください」

「その赤熱の魔女ってやめてくれないかしら? イザベラでいいわ。んで、アンタは?」

「ああっ、すっかり名乗るのを忘れてましたわ。俺の名前はトーマっていいます」


 こうしてトーマとイザベラの二人旅が始まったのであった。




二時間後、23時に投稿します。

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