第十四話 地獄に落ちた僕は、魔物の食糧にされました。
一度、土曜に投稿予定と記載してしまったのですが、今日5話連続で投稿します。
まずはその一です。
※グロ注意です!
焼かれるような痛みで目を覚ました。
全身が痛い。
だけど、何より足が痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
こんな痛みは今まで味わったことが無い。
銀の牙に腹を殴られた時よりも、遥かに痛いのだ。
助けて、誰か助けて。
誰か誰か誰か!
いや、僕を助けてくれる奴なんて誰もいない。
今までずっと一人ぼっちだったんじゃないか。
ああ、違う、そうじゃない。
僕はもう一人じゃないんだ。
僕なんかを愛しいと言ってくれた奴がいる。
そうだ、アナベル。アナ、僕の最愛のゴブリン。
どこに行った? 彼女はどこに行ってしまった?
上を見上げる。
そこだけ天井が無く、ぽっかりと大きな穴が開いている。
その先にはずっと暗闇が続いていた。
そうだった。あそこから落ちてきたんだ。
彼女を助けるために僕は落ちたんだ。
彼女は無事だったろうか。
――っ!!
一時の現実逃避すら許さないように、再び足に激痛が走った。
僕の足は一体どうしてしまったのだろう。
恐る恐るその様子を見て、見てしまったことを激しく後悔した。
右膝から何かが飛び出している。
そこに何かが刺さっていると考えたかったが、間違いなく飛び出しているのだろう。これがあれか、複雑骨折ってやつか。
意識してしまうと余計に痛い。しばらくは見るのをよそう。
しかしこんなのどうやって治療すればいいのだろう。
薬草じゃ無理そうだし、『アクアヒール』だってここまで酷いと治せないと思う。
まずはあの骨を中に戻さないことには、どうにもできないだろう。
……自分でやるのか?
無理だ、無理無理。いくらなんでもそんなこと……。
そこで思い出した。
僕は不死身なんじゃなかったか。
今まで怪我なんてすぐ治ってたのに、どうして今は治らない。
それとも怪我の度合いが酷過ぎて、治すことができないのだろうか。
はぁ、もう怪我について考えるのはやめよう。
考えたっていい案は浮かんでこないし、痛いだけだ。
尤も、考えなくたって痛いものは痛いけど。
せいぜい今僕出来ることは、絶対に動かないことと、少しでも痛みを紛らわせることだ。
そうだ、ここはどこだろう。
二階層ではないと思う。
雰囲気がまるで違うのだ。
一階層、二階層は広間と広間を無数の横穴が繋ぐ、例えるなら人間サイズに作ったアリの巣といったところだった。
だけど、この場所は広間ですらないし、横穴ですらないと思う。
正直に言って、よくわからないのだ。
理由は単純で、辺りが真っ暗だったからである。
僕がいる場所だけが、水晶の青白い光でわずかに照らされている。
もしやここが三階層ではないだろうか。
二階層から落ちてきたんだ、十分有り得る。
それにこのどこまでも続く暗闇、アナから聞いていた三階層の特徴と合致する。
何もないといいんだけど……。
ああ、これはフラグだ。
そんなこと考えていると、本当に何か来て……。
――GUUURURURU!
暗闇の向こうから、獰猛な唸り声が聞こえてくる。
冗談だろ、頼む、こっちに来るな。
だけど、僕の祈りなんてまるで聞く気なんてないように、その足音はヒタッ、ヒタッ、ヒタッ、と一歩ずつだけど、確実に近づいて来ていた。
ああ、ダメだ。向こうは確実に僕の存在に気付いている。
暗闇から二対の赤く光る眼が現れた。
次いでその全貌が明らかにされていく。
映画で見たことがある。
ヘルハウンド、もしくはグリムと呼ばれる犬のモンスターだ。
アナの話では、ここにはヘルハウンドがいるらしかった。
きっとそいつに違いあるまい。
それにしてもなんてでかいんだ。
見た目は毛の長い真っ黒なド―ベルマンといったところなんだけど、サイズが牛ほどもある。
≪名前≫なし
≪種族≫ヘルハウンド(変異種)
≪称号≫『黒帝』
≪年齢≫7
≪身長≫252cm
≪体重≫227kg
≪体力≫32
≪攻撃力≫29
≪耐久力≫27
≪敏捷≫28
≪知力≫10
≪魔力≫5
≪精神力≫8
≪愛≫0
≪忠誠≫0
≪スキル≫威圧:一定のステータス以下の者の動きを封じる。
グラスシャッター:指向性の音弾を飛ばせる。
くそっ、また変異種か。
しかもステータスが尋常じゃない。
こいつもしかしたら、銀の牙より強いんじゃないか。
漆黒の闇からそのままくりぬかれたようなそいつは、赤く光る丸い瞳を真っ直ぐ僕に向けている。牙を剥き出しにし、獰猛に唸りながら。
こんな手負いで、もうこのまま死ぬしかなさそうな僕に対しても、そいつは一切油断なんてしていないようだった。
十メートルほど手前まで近づくと、一旦止まり、体を後ろにぐっとたわめた。
きっと飛び掛かる力を溜めているんだ。
次の瞬間に、僕は食い殺されるに違いない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、怖い、死にたくない。
でも、もう疲れてしまった。
戦うことにも、逃げることにも、怒ることにも、憎むことにも。
それに、こいつになら殺されてもいいかもしれない。
こいつは少なくとも僕を馬鹿にしていないし、蔑んでもいない。
僕を全力で倒す相手だと認識しているようだ。
だったら……。
でも、最後にアナに会いたかった。
さっきまで一緒にいたというのに。
せめて無事な姿を一目だけでも見たい。
そいつは僕の願いなんて無視して、跳躍して僕に迫ってきた。牙の並んだ咢を大きく開いて。
熱湯を掛けられたような、熱い痛みが喉に走る。
でも、それだけだった。
すぐに痛みはなくなり、ただ寒くなっていく。
眠いのとは違う、テレビの砂嵐のようなものが視界を埋め尽くしていく。
ブラックアウト、テレビみたい、僕は人間なのに、気持ち良……。
……………………。
…………。
……。
アナ。
************
「風よ、我に疾風の加護を【エアジェット】」
予想外に上手く着陸し、アナは辺りを見回しました。
間違いないようです。
ここは三階層、『暗闇地獄』なのです。
一、二階層とは異なり、『暗闇地獄』は広い広い空洞がずっと続いています。
光源もあまりなく、その名の通り闇がこの階層を支配しているのです。
ゴブリン種の目を持ってしても、数十メートル先までしか見渡せません。
とりあえず周りを確認してみますが、何も見当たりませんでした。
ユーヤが落ちた場所からは離れてしまったようです。
ですが、気が付かないわけにはいかなかったのです。
鼻を突く臭い。それが少し先から漂ってくるのです。
大きく分けてその臭いは二つ、いいえ、三つありました。
二つの臭いが強く、一つの匂いは薄くしかしません。
一つは血です。
鉄の臭いに似た、そして、肉の腐ったような臭い、ゴブリンが一番好む臭いです。
もう一つは獣です。
大きくて強力な獣の臭いがします。恐らくヘルハウンドだと思うのですが、その臭いがただのヘルハウンドじゃないとアナに訴えかけてくるのです。
そして最後に、ユーヤの匂いがします。
アナの愛しいユーヤ、アナがその匂いを間違えたりするわけがありません。
だけど、ユーヤの匂いは一番弱いのです。
なぜでしょう、なぜこんなにも弱々しいのでしょう。
それになぜ残りの二つの臭いが一緒にするのでしょう。
考えたくありません。わかりたくありません。
「ユーヤぁ……、ユーヤぁ……」
そこにいるんですよね?
なぜ返事をしてくれないのですか?
無事なんですよね?
ちょっと怪我をしてしまっただけなんですよね?
アナは早くユーヤの傍に行ってあげたいのに、上手く前へ進めません。
足が震えて言うことをききません。
アナは近付こうとしているのに、足が行っちゃダメと言っているようです。
それでもアナは前に進みます。
きっとユーヤは困っているのです。
今アナが助けて……。
アナの目の前に巨大な黒い化け物が姿を現しました。
ヘルハウンドです。
こんなにデカい個体は見たことが無いから、恐らく変異種でしょう。
でも、今はそんなことどうでもいいのです。
「ああ……、あああああああああああああああああああっ!!」
アナは立っていられなくなり、その場に膝をつきました。
四つん這いになり、もうそこから一歩も動けなくなってしまいました。
こんなことになるなら、助けて欲しくなんかなかったのです。
一緒に落ちて、一緒に死ねれば良かったのです。
アナだってオオカミどもに向かって叫んでないで、後を追えば良かったのです。
さっき落ちた時に、魔法なんて使わないでそのまま墜落死すれば良かったのです。
何がいけなかったのですか?
アナが悪いことをしたのですか?
同族の心臓を食べたからですか?
人族になりたいなんて思ったからですか?
ユーヤを愛してしまったからですか?
ユーヤに出会ってしまったからですか?
助けて、誰か助けて。
こんなに苦しいならもう知性なんていらない。
壊れる。アナが壊れる。アナを壊して。
誰か、今すぐ、アナを、殺して。
アナが顔を上げると、そこにはユーヤがいました。
アナの愛しい人。
アナは彼の傍まで這って行きます。
もう少しだけ、もう少しだけアナを食べるのは待ってください。
びちゃっ、びちゃっ、びちゃっ。
ユーヤの傍にようやく辿り着くことができました。
ああ、ユーヤ、待たせてしまいましたね。本当にごめんなさい。
ユーヤの開かれたままになっている目をそっと閉じます。
これで少しは苦しくなくなりましたか?
ユーヤをそっと抱き上げ、彼に微笑みかけます。
ユーヤ、アナはユーヤを愛しています。
口づけしてもいいですか?
ごめんなさい、もう答えることができないのに。
勝手にしてしまいますが、許してくださいね。
アナはユーヤの唇に、自分の唇を重ねました。
初めての口づけは鉄の味がしました。
随分軽くなってしまったユーヤを、アナは胸に抱きかかえます。
もうこれからはずっと一緒にいますからね。
ずっとずっとずっと一緒です。
ヘルハウンドはアナを食べてくれるでしょうか。
ゴブリンは不味いから、もしかしたら食べてくれないかもしれません。
でも、その時は自分で何とかするから構いません。
アナとユーヤの『楽園』を、アナが作りましょう。
お師匠様、ごめんなさい。
折角教えていただいた魔法を、自分の命を摘むためにアナは使います。
もうどうでもよくなってしまったのです。
オオカミどもに対する復讐も、人族になるという夢も、お師匠様に会うことも。
不出来な弟子をどうかお許しください。
今まで動かなかったヘルハウンドが身じろぎします。
ようやくアナを食べる気になったのでしょうか。
それともここから去るつもりなのでしょうか。
――AOOOOOONN!
ヘルハウンドが大音量で遠吠えしました。
ですが、どこか様子がおかしいのです。
苦しんでいるようにさえ感じます。
――GUUUUUUUUUUUU……。
やはりそのようです。
ヘルハウンドは何かにとても苦しんでいるようです。
ビキビキビキ、ボコッボコッボコッ。
さらにヘルハウンドの体から異音が聞こえてきます。
体が少しずつ膨張しているようです。
実際に見たことはありませんが、人狼族が変身するときのようです。
この時アナは気付きませんでした。
その異音はヘルハウンドからだけでなく、すぐ近くからも聞こえてきているという事に。
やっと気付いたのは、その声に気付いた後でした。
でも、アナはまさかそんなことが起こるとは思っていなかったのです。
ユーヤのスキルは知っていました。
だけど、何の意味があるスキルなのか、さっぱりわからなかったのです。
アナが見たユーヤのスキルはこうでした。
≪スキル≫食用人間:捕食者の旨いと感じる味になる。
敵を喜ばせるだけのスキルに何の意味があるのでしょう。
だから予測できなかったのです。
奇跡が必然的に起こるなんて。
「ア……ナ……」
その声に振り返ると、閉じたはずのユーヤの瞳が、アナを真っ直ぐ捉えていたのです。
二時間後、19時に次話(15話)を投稿します。