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第十三話 僕の最愛の女性は、ゴブリンでした。

質問、感想、ダメ出し、何でも良いのでお待ちしております。


 魔法にはランクがある。

 この世界に生きる者なら、ほとんど誰もが使える、勇也たちが入門編と呼んでいるもの。次が初級魔法、もしくは下級魔法と呼ばれるもの。その次が中級。さらに上に上級がある。


 上級魔法にはそれ相応の魔力と精神力を必要とするが、その威力は強大で、例えば火魔法の上級『プラネットフレア』であれば、小さな集落なら一撃で焼き尽くすほどの威力がある。


 だが、上級よりもさらにその上は存在する。

 それは災害級と呼ばれ、攻撃魔法であれば村、いや、町一つは破壊するほどの威力があるのだ。


 そんな正しく災害と呼べる魔法を、精霊魔法ではなく、己で開発してしまった者がいた。

稀代の天才と呼ばれる女魔術師、イザベラ・スカーレットである。

 彼女の開発したその魔法の名は『落炎』。

 奇人、変人、短気、粗暴と恐れられる彼女の開発したその魔法は、読んで字が如く上から炎を落とすという術である。

 そしてその威力は、その名の音とは全く反対のものだった。

 その魔法を見た者は口を揃えてこう言う。


「地獄が落ちてくる」




 ************


 広間の天井付近に飛んで行った魔法陣が、一気にその輪を広げていった。


「!! オ前ラ逃ゲロッ! 走レ、走レ、走レッ!」


 銀の牙が焦った様子で、喚き散らす。

 さらに、


 ――AOOOOOOONNN!


 遠吠えまでして、避難を促しているようだ。

 その上、自分も仲間たちの元へ駆けて行き、何匹か掴んで横穴に向かって走り去って行った。

 他の仲間たちも慌てて後を追う。

 何だろう、アナが使ったのはそんなにヤバい魔法なんだろうか?

 いや、うん、僕にもあれがとんでもないものだっていうのは、なんとなくわかる。


「ユーヤ! アナたちも逃げるのですよ。上級程度まで威力は抑えたとはいえ、ここの空気が焼き尽くされるのです」


 刹那、天井いっぱいに炎が広がった。


 炎の海、そうとしか呼べないものが頭上に広がっている。

 広間はオレンジ色に照らされて、洞窟内であることを忘れるぐらい明るくなっていた。


 ちょっと待て。

 アレが落ちてくるの? マジで?

 想像以上だ。

 アレはヤバい、アレはないって。


 アナが僕に駆け寄り、掴み、魔法を発動させた。


「風よ、我に疾風の加護を【エアジェット】」


 そうして一気に広間を抜けた瞬間、


 ドドンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!


 爆音が轟いた。

 さらに遅れて熱風が追いかけてくる。


「ニギャーーー! 火力の調整ミスったのです! ユーヤ、走るのです」


 どうやらあれだけの魔法を使ったアナは、初級魔法一発分しか魔力が残っていなかったらしい。

 こっちだって満身創痍だっていうのに!

 もう魔力も体力も一しか残っていない。

 しかし、まだ一分だけ残っていた『ブーストヒート』を使って、全力で横穴の道を走って行く。

 体力がゼロになったら死ぬんじゃなかろうか、という恐怖はあるが、どのみちあれに巻き込まれれば死ぬ。確実に。

 ともかく今はアナを抱えて少しでも前に進むしかない。


 走りながら、色々と思い出していた。

 アナとケンカしたこと、アナが連れ去られたこと、アナが僕を助けたこと。

 色々言いたいことがある。

 ケンカしたことは、もういい。許してやろうじゃないか。

 簡単に連れ去られてしまったこともいい。アナが間抜けなのも悪いけど、気付かなかった僕も悪いんだ。

 そして最後に、彼女が僕を助けたこと。その時彼女が言ったこと。

 僕はちゃんと覚えている。


「これ以上アナの愛しい人に手を出すことは、この『赤熱の魔女の申し子』、アナベルが許さないのです!」


 彼女はそう言っていた。


 あれかな。

 愛しい人っていうのは、やっぱり僕のことかな?

 うん、僕のことだ。僕以外誰もいないし。

 ここでアナが僕のことを好きなわけないなんて思えるほど、僕は鈍感系でもない。

 いや、これで気付かなかったら、なんかの病気だ。


 温かい、心が温かい。

 アナと出会ってからそう思うことが何度もあった。

 この感情が何なのか今ようやくわかった。

 僕は『幸せ』なんだ。

 この窮地を乗り越えたら、アナがくれたこの温かな感情に応えてあげなくてはいけない。

 だけど僕は思い知る。

 運命というのはあまりに無情なものなんだ。


 ここまで三十秒、あと少しで逃げ切れると思う。

 そう思っていると、T字路に突き当たった。

 道が二つに分かれている。

 どっちだ? と思っていると、左からウェアウルフの遠吠えが聞こえてきた。

 またアイツらか!? と思ったが、それは有り得ないだろう。

 お互い逆方向に逃げて行ったんだ。

 ということは、別の群だろう。

 だけど、どっちにしたって今モンスターと戦うのは無理だ。

 右に行くしかない。

 右に向かって曲がる。


「だ、ダメです! そっちは道が無いのです。戻ってください」

「そんなこと言ったって……」


 後ろを振り返ると、炎は追いかけてきていないが、代わりにウェアウルフが四匹も追い掛けてきていた。


 前方を見る。

 アナの言う通り、道がぽっかりと消えていて、奈落の底まで続くかのような大きな穴が下に向かって広がっていた。

 道が十メートル以上途切れている。

 とても飛び越えられるとは思えない。

 だけど、止まって戦うこともできない。

 どうする? どうすればいい?


 アナの顔を見る。

 アナは赤い瞳を不安げな様子で僕に向けていた。

 アナだって魔力が残っていない。

 ウェアウルフに対抗する術も、この穴を飛び越える術もないのだ。


 僕はもっと酷い。

 魔力に加えて体力だって残っていないんだから。

 今使っている『ブーストヒート』が切れれば、そのまま一歩も動けなくなるだろう。

 いや、待てよ。

 そうか、そういうことか。

 僕は自分の運命を悟った。


「アナ、こんな時になんだけど」

「何ですっ?」

「愛してる」

「え……?」


 僕は穴の淵を蹴り、跳んだ。


「キャアアアアアアアアアアアアア!!」


 アナの絶叫が響き渡る。

 ウェアウルフどもは穴の淵で呆気に取られるようにこっちを見ていた。


 このままでは二人とも落ちる。

 だけど、僕は気付いてしまった。

 一人だけなら助かる方法を。


 腕に力を込める。

 そして思いっきり向こう側の淵に向けてアナを投げた。

 同時に『ブーストヒート』が切れる。


 僕は向こう岸まで辿り着くことは出来ない。

 助かるのはアナだけだ。

 僕の体は深い暗闇に向かって落下していく。


「ユーヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕だって死ぬのは怖いよ、アナ。

 だけど、君を失うのはもっと怖い。

 物知りで賢いのに、どこか抜けているアナ。卑屈なくせにセクハラはしっかりするアナ。今までの人生で一番楽しい時間をくれたアナ。

 さようなら、アナ。

 僕の最愛のゴブリン。


 僕はアナに向かって微笑んだ。




 ************


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 いくら叫んでも、ユーヤは応えてくれません。

 どんなに穴の下に手を伸ばしても、ユーヤには届きません。


「イヤぁ、なんで、どうして、いやいやいやぁぁぁ」


 何でユーヤがいなくならなきゃいけないのですか?

 どうしてアナに愛してるって言ったのに、いなくなってしまうのですか?

 アナを一人にしないでください。

 アナだってユーヤを愛しているんですよ? わかっていたんですか?

 イヤです、貴方がいないなんて。イヤイヤイヤイヤイヤ……。


 ――AOOOOOOONN。


 穴の向こうでオオカミどもが遠吠えをしています。


「うるさい! うるさいうるさいうるさい!! お前らがいなければこんなことにはならなかった! 絶対に許さない! 魔力が戻ったら必ずお前らを八つ裂きにしてやる!!」


 そう、アイツらがいなければ、今頃は助かっていたはずなのに。

 こんなことにはならなかったはずなのに。


 アナは「愛しい人」なんて言ってしまったことを少し後悔していました。

 ゴブリン種如きが人を好きになるなんて、おこがましいことです。

 ユーヤに軽蔑されて嫌われてしまうかもしれません。

 ですが、ユーヤも愛してると言ってくれました。

 もし助かったら、ケンカしてたのも許してくれたかもしれません。もし助かったら、優しく抱きしめてくれたかもしれません。もし助かったら、アナが人族になった後、恋人にしてくれたかもしれません。もし助かったら、物語の中みたいに二人でいっぱい楽しいことができたかもしれません。もし助かったら、もっともっとお互い好きになることができたかもしれません。もし助かったら、もし助かったら、もし助かったら、もし助かったら、もし助かったら、……。

 ユーヤ、ユーヤぁぁぁ……。


 しばらくすると、オオカミどもが背中を向けて去って行きます。


「待て、逃げるなぁぁぁ! 戻ってこぉぉぉい! 殺してやる、絶対に殺してやるぅぅぅ!」


 アナがどんなに叫んでも、オオカミどもは振り返る素振りすら見せずに去って行ってしまいました。

 アイツらがいなくなってしまったら、アナはこの怒りを、憎しみを、誰に向ければいいのでしょうか? アイツらのせいでユーヤがいなくなってしまったというのに。オオカミどもさえいなければ……。


 いや、それを言うなら全ての元凶は銀の牙です。

 アイツがいなければ、アナもユーヤも魔力切れなんて起こさなかったのです。

 アイツさえいなければ、そもそもこんな状況にすら陥らなかったでしょう。

 ユーヤを殺そうとしたことだって許せません。

 お師匠様との約束を違えることになりますが、アイツには必ず命を持って償わせてやります。


 それとも、ユーヤがいなくなってしまったのは、アナのせいではないのでしょうか?

 アナが「愛しい人」なんて言ったせいで、ユーヤは命まで掛けてアナを救う道を選んだのではないでしょうか?

 アナがもっと早く戦っていれば、ユーヤもある程度余力がある状態で逃げられたのではないでしょうか?

 そうです。アナに戦う覚悟と勇気がなかったせいで、ユーヤはいなくなってしまったのです。

 初めにオオカミどもと戦った時だって、最初からアナが一緒に戦っていれば人質に取られるなんて愚かな失態を演じなくて済んだかもしれません。

 それに、あんなケンカになることだってなかったかもしれないのです。


 ああ、ごめんなさい。ユーヤ。

 酷いことをいっぱい言ってしまいました。

 でも、本当は少し嬉しかったんです。

 アナは生まれてからこれまで、ケンカなんて一度もしたことが無かったから。

 それでもいっぱい傷付けてしまいました。

 アナが愚かだったから、ユーヤを失ってしまったのです。

 そう、アナさえいなければ、ユーヤは……。


 穴の淵に立ち、下を見下ろします。

 深すぎて先がどうなっているのかは、さすがにわかりません。

 この穴は三階層に繋がっているかもしれないという話をお師匠様としたことがあります。

 もしそうだったら近道になると、お師匠様は笑っておられました。

 ですが、実際にそんなことを試そうとは思ったことがありませんでした。

 本当にどうなっているかなんてわからないですし、一歩間違えればただでは済まないからです。


 でも、アナはここから飛び降りてみようと思います。

 幸い、『エアジェット』一回分くらいの魔力は回復しています。

 それに、失敗したって構わないのです。

 もしかしたらユーヤが待っていてくれるかもしれません。

 もし逢えたら、またいっぱいお話ししましょうね。

 待っていてください、ユーヤ。

 アナが今、迎えに行きますから。


 アナは淵を蹴り、飛び降りました。




土曜に5話連続で投稿すると記載しましたが、金曜がお休みなのを忘れていました。

なので、予定を変更して、8/11(金)に17時から、19時、21時、23時、1時に連続で投稿いたします。

お騒がせしてしまい、誠に申し訳ありません。

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