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第十一話 アナが誘拐されました。

 

 ――BUHYIIIIIIIIIIII!

 ――BUHYIIIIIIIIIIII!


 前から二匹のオークが突っ込んでくる。

 あのパワーファイターどもを一度に複数相手にするのは、さすがに危険だな。

 尤も、それは向こうに合わせて肉弾戦で応じた場合の話だ。

 僕はすぐさま杖を抜いて並んで突っ込んでくる一匹に照準を合わせ、呪文を唱えた。


「火よ、我が敵を焼け【ファイアボール】」


 ――BUHYAAAAAAAAAAAAA!!


 火球は見事オークに命中し、当たったオークは後方に吹っ飛んでいき炎上しながら地面に転がった。


 もう一匹がすぐ近くまで迫っている。

 手に持った棍棒を横薙ぎに振るってきた。

 当たれば頭蓋骨が割れそうな一撃ではあるが、そんな大振りをもらってやる必要もない。

 僕は身をかがめてそれを避けると、体を起こす勢いを使ってそのままアッパーカットを顎に叩きこむ。


 オークの顔が上に跳ね上がりふらつくが、棍棒を持っていなかった片腕が僕に伸び胸ぐらを掴んできた。

 ああ、偶然だろうがそれは悪手だ。

 胸ぐらを掴まれた時の対処法なんていくらでも練習し実践してきたんだ。戦う苛められっ子を舐めてもらっては困る。


 片手をオークの手首に添え、もう片手を内側から回してオークの肘を掴んだ。

 そして、一気に捻り上げる。

 そのまま地面に引き倒し、人間相手には出したことのない力を入れて、全力で肘を外側に曲げた。


 べきっ。

 ――BUHYIIIIIIIIII!


 腕が曲がってはいけない方向に曲がっている。

 それにしても、くふふ、良い声で鳴くじゃないか。

 ああ、ダメだ。

 嗤ってはいけない。

 アナが見ているというのに。


「地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え」


 苦しみもがくオークの首と頭に手を回す。


「父と子と聖霊の御名において」


 ゴキャッ。


「アーメン」


 僕は立ち上がり、魔法で転がした方のオークを見た。

 もうすでに息をしていないようだ。

 胸の真ん中に穴が開いている。『ファイアボール』が胸にめり込み、体の内側から焼かれたのだろう。

 きっとそんなには苦しまずに逝けたと思う。多分。


 僕は十字を切って心を落ち着け、アナの方を見た。

 アナは遥か後方で岩陰に隠れて僕の様子を見守っていた。

 オークが前から来るのに気付いた時点で、「アナには期待しないでほしいのです」と言っていたのだが、宣言通りだったようだ。

 近づいて行き彼女の様子と見ると、何やら震えている。


「アナ、もう終わったよ。怖いのはぜーんぶやっつけから」

「お、怒らないで聞いてほしいのです」


 ちょっと馬鹿にし過ぎたか、と内心反省していたのだが、どうやらそのことは気にしていないらしい。


「ん?」


 アナが何を言おうとしているのかわからず、首を傾げる。


「アナはオークよりも、戦っている時のユーヤが怖かったのです」

「……」


 何でそんなことを言うの、アナ?

 僕は戦えない君の分まで頑張ったんじゃないか。

 それなのに、怖いだなんて……。

 あんまりじゃないか。


「ああ、ユーヤ、そんな顔をしないでください。アナが悪かったのです。今の言葉は忘れて欲しいのです。それに、とってもかっこ良かったですよ。アナが見たことのないような技も使っていて、びっくりしたのです。最後の台詞も神官様みたいで素敵だったのです」


 カッコ良い……? 素敵……?

 今までの人生で一度も言われたことのない言葉だ。


「え、えへへ、そうかなぁ」

「はい、ユーヤはカッコいいのです。……チョロいのです」

「んん? 何か言った?」

「はい、ユーヤは素敵なのです」

「そうかなぁ、そうかなぁ、アハハハ。アナみたいな可愛い子に言われると照れちゃうな」


 何やらアナは「カワ……」と呟くと、両手で顔を押さえてぷるぷるとし出した。

 やっぱりアナはチョロいな。

 しかし、ふと顔を上げると何やら真剣な表情で僕を見つめてくる。


「アナは思うのです。ユーヤは戦いに呑まれているのです。だから、できればユーヤにはあまり戦って欲しくないのです」


 いや、そうは言われても戦わないとこのダンジョンの中では生きていけないと思う。モンスターは向こうから襲い掛かってくるし、食うにもモンスターを食料にしなくちゃいけないし。

 そんなこと言い出したら、僕の代わりに戦う者が必要になってくる。


「じゃあ、アナが僕の代わりに戦ってくれるの?」

「ぐぅ、それは……」


 アナがそれきり黙ったので、その話はそこまでとしてオークの死体を回収することにした。

 全部は持っていけないので、腹周りの肉だけを切る。そしてアナが用意してくれた皮袋に包んだ。

 これでしばらく食い物には困らなそうだ。


 それにしても、不思議なことが一つある。

 アナは戦えないのに、『赤熱の魔女の申し子』なんて大層な称号を持っているのだ。一体どうやって手に入れたのだろう。まさか赤熱の魔女の子供みたいだったからついた、とか?

 称号が付いた経緯を本人に直接聞いてみる。


「アナも全く戦えないというわけではないのです。遥か遠距離にいる敵なら攻撃できるのです。

 そうだ、ユーヤに中級魔法を教えるついでにお見せしましょう。魔法は見て覚えるのが一番なのです」


 アナはそう言って杖を取り出し、道の遥か先に向かって構えた。


 ついでに杖の性能を確認しておこう。


≪号≫紅蓮の杖

≪種類≫インジェクションワンド++

≪製作者≫ユヒト

≪効果≫【射出】【消費魔力軽減】【攻撃魔法威力上昇】の永続術式が組み込まれた杖。

 ユヒトが作ってばらまいたアイテムの一つ。


 うん、多分かなりのレアアイテムだ。

 永続術式とやらが三つもある。これを超える杖を見つけるのはかなり難しいんじゃなかろうか。

 他にもいろいろ気になることがある。

 この杖、『紅蓮の杖』という名前なのに、白い。まぁ多分『炎獄魔法』を使ってたからそんな名前になったんだろうな。

 それと「適当に」っていう説明が抜けている。

 普通に作ったのかな……?


 僕が杖の『鑑定』をしていると、アナが詠唱を始めた。


「火よ、集いて渦巻き我が敵を焼き尽くせ【フレイムトルネード】」


 おお、かなり先に発生させたようなのに、ここからでも炎の竜巻が起こっているのが見える。規模はそこまで大きくないようだけど、二車線道路ぐらいの幅がある通路を埋めるぐらいの大きさはあるようだ。


 火炎の竜巻が収まると、アナはそれが起こっていた場所までてくてくと歩いて行った。

 僕も後を追う。

 辺りが黒く焦げていて、熱も当然残っている。

 何だか息苦しくなってきそうだが、そんなことはないようだ。

 確か、精霊魔法で起こす火は燃焼じゃないんだったっけ……。


 そんな中に二つの真っ黒い炭と化した、恐らくオークと思われる物体が転がっていた。

 アナが下から僕を覗き見る。


「ね?」


 いやいやいや、まぁ、確かに申し子の由来はわかったけど、これは問題があるだろう。


 つまり、アナは遠距離から範囲型の高火力の魔法で、敵を殲滅することしかできないのだ。

 アナは暗闇でも良く見えるみたいだから、敵に魔法を当てることは出来るんだろうが、問題はこの惨状である。

 僕はアナの脳天にチョップを軽く落とした。


「痛いのです」

「これじゃ、食べられないよね?」

「うぅ」


 炭だしね。

 やっぱりアナが戦うのは却下だ。


「大丈夫、僕が戦うよ。僕も自分が戦いに呑まれそうになっているのは自覚があるし、呑まれないためにお祈りをしているんだよ。自分の心にね」

「さっきのアレですね。ということは、ユーヤは神官様ではないのですね?」


 僕は頷いた。

 アナの言う神官が何だかいまいちよくわからないけれど、もしかしたらゲームでよくあるジョブみたいなものなのかもしれない。

 神官のジョブといえば、仲間の傷を癒したり、アンデッドを浄化したりするアレだ。

 まぁ、僕にはそんなことできない。

 僕に当て嵌まりそうなのは……なんだろ?

 やってることは前衛だけど、ステータス的には後衛向きらしいし。

 魔法格闘家か……? うん、聞いたことないぞ。


 ともかく、アナが戦えない以上僕が戦うしかない。

 ただ、笑いながら戦わないように気をつけよう。アナに嫌われたくはない。


 そんなことを考えつつ、僕とアナは連れ立って歩き始めた。

 しばらく歩いていると、前からゴブリンが二匹連れ立って歩いてくる。


「「ギガガ!」」

「「ギガガ」」


 お互い挨拶を交わしすれ違うのだが、僕はふと歩みを止めてそのまま二匹を背後からまとめて羽交い絞めにし、


「地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と聖霊の御名において」


 ゴキャッ。


「アーメン」


 首をへし折った。

 そして、笑顔でアナの方を振り返る。

 しかし、アナは僕が思っていたのとは違う反応をした。


「ニギャアアア! 何で突然襲い掛かったりしたのですか!? 鬼畜なのですか? 馬鹿なのですか? 死ぬのですか?」

「な、何言ってるんだ?! アナが進化するのに必要だって言うから、こうやって狩ったんじゃないか!」


 そう、アナがゴブリンの心臓を集めていると聞いたから、わざわざ不意打ちみたいな真似までしてゴブリンを仕留めたのだ。

 じゃなかったら、脅威でもない、旨くもないゴブリンを襲ったりしなかった。


「アナはわざわざ襲ったりしてまで心臓を食べようとは思っていなかったのです。ゴブリンなんてどうせそこいら中で死んでいるから、いくらでも集められるのです」

「はぁ!? それはアナがビビりだからじゃないか。僕が狩ればその分早く集められるんだからそれでいいじゃないか」

「さっき言ったばかりではないですか! あまり戦って欲しくないと。ユーヤはやはり戦闘狂なのではないですか?」


 確かに、戦闘狂ではない、とはっきり否定することは出来ない。

 でも、少なくとも今ゴブリンを襲ったのはアナのためだった。

 なのに、そんな言草……。

 と腹立たしく思っていると、アナはナイフを取り出してゴブリンの心臓を回収し始めた。


「なんだよ、文句言ってたくせに心臓は回収するのか?」

「当たり前なのです。それとこれとは別なのです」


 アナのその行動に余計イライラする。

 アナはそんなこと知らんとばかりに、心臓を一つ、二つと丸呑みにしていった。

 やはり味は最悪らしく、吐き気を催しているが。

 しかしその姿までが苛立たしい。僕が用意した心臓なのに。


 えずいていたアナであるが、急に耳がぴくぴくと動く。そして、風魔法で音を探り始めた。


「後方からウェアウルフが来るのです。数は二なのです。ウェアウルフは素早い魔物なのです。ここから魔法を撃っても多分避けられるのです」


 ウェアウルフか。初めて遭遇する魔物だ。


「ふん、アナは離れてて。役立たずなんだから」

「むきぃ! 言ったのですね。アナに向かって役立たずと言ったのですね。ならアナも言ってやるです。ユーヤは初級魔法しか使えない上に、行動も未熟なヒヨッコなのです。きっとアナがいなかったら三階層で死んでしまうのです。雑魚なのです。ザーコ、ザーコ」


 ぐっ、覚えていろ。緑色のちんちくりんめ。

 僕から離れて行ったアナを無理やり意識の外に追い出し、向かってくるウェアウルフに意識を集中する。

 見えた。

 二足歩行で、アスリートみたいな体型をした狼男が走ってくる。


≪名前≫なし

≪種族≫ウェアウルフ

≪年齢≫14

≪身長≫156cm

≪体重≫51kg

≪体力≫11

≪攻撃力≫12

≪耐久力≫10

≪敏捷≫13

≪知力≫6

≪魔力≫1

≪精神力≫5

≪愛≫0

≪忠誠≫50


 一匹だけ『鑑定』してみたのだけど、なかなか悪くないステータスだ。

 知力は僕が見た一番低いクラスメイト(誰だったか忘れた)と同じだし、敏捷に至っては僕より高い。

 出来れば接近される前に、一匹は確実に仕留めておきたい。


 そうだ、見ていろよアナ。

 僕が初級魔法しか使えないと馬鹿にしたな。


「火よ、集いて渦巻き我が敵を焼き尽くせ【フレイムトルネード】」


 ゴウッッッッッ。


 ウェアウルフたちに向かって、炎の竜巻が襲い掛かる。

 よし、成功だ。

 しかし、ウェアウルフは敏感にそれに気付いたらしく、二匹とも炎が身を包む前に飛び退って離脱していた。

 まだだ。

 僕は腰に差してあった杖を引き抜き、一匹に狙いを定める。


「火よ、我が敵を焼け【ファイアボール】」


 火球がウェアウルフに直撃する。

 まずは一匹。

 もう一匹に向きを変えようとした途端、風圧を感じて慌ててその場から跳んだ。

 いつの間にか肉薄していたウェアウルフが腕を振るう。

 思わず左手を上げてガードするが、その左手に鋭い痛みが走った。

 避けきれず、手甲で覆われていない部分が爪で引き裂かれたらしい。


「ユーヤ!」


 アナの切迫した声が聞こえる。

 ふん、そんな心配そうな声を出したって許してやるものか。


 再びウェアウルフが飛び掛かってきた。

 また腕を、爪を振るってくる。

 そう何度も同じ手が通じると思うなよ。

 今度は左手でしっかりとガードし、手甲で爪を受け止める。

 くそ、傷が痛む。

 しかし、歯を食いしばってそれに耐え、ウェアウルフの顎目掛けて右のフックを振るう。そして、全力でそれを振り抜いた。


「うぉらぁぁぁぁぁぁぁ!」


 顎の砕ける感触が拳に伝わってきた。

 ウェアウルフがよろめき、後退する。


「アハハハハハ! もう終わりか? 掛かって来いよ」


 そうだ、楽しくなってきたばかりじゃないか。

 もっと遊ばせろ。


 ウェアウルフの目が僕を捉えた。

 怒りに滾る目が向けられる。

 さぁ来い。


 ウェアウルフがその場に踏みとどまり、また僕に向かって突進してきた。

 所詮は獣か。

 行動がワンパターンだ。

 怒りか、ダメージのせいか、さっきより振りも大きい。

 タイミングを合わせる。

 ……今だ。


 ウェアウルフの爪を潜り抜け、僕の拳がカウンターでウェアウルフの顔面を捉えた。

 ウェアウルフが後方に転がっていく。


 ――KYAIIIIIIIIIN!


 立ち上がれないか? もう無理か?

 ウェアウルフの上に馬乗りになった。

 右手で側頭部を殴る。

 次は左手で側頭部を殴る。

 また右、次は左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左……。


「アハ、アハハハ、アハハハハハ!」


 楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい!


「やめるです、やめるのです! ユーヤ!」


 何か聞こえる。でも、今はそんなことどうでも良い。

 もっと、もっと、殴らせろ。


「風よ、我に疾風の加護を【エアジェット】」


 途端、僕に向かって突風が吹き、僕はウェアウルフともども転がされた。


「ユーヤ、しっかりするのです。もうウェアウルフは死んでいるのです」

「うっさい。わかってる、そんなこと……」

「ユーヤのおバカ!」


 僕が立ち上がると、目の前には全身を震わせて、怒っているのか何なのかよくわからないアナが仁王立ちしていた。


「ユーヤ、そんな戦い方では三階層以降は生きていけないのです。それにアナはユーヤの弱点が分かったのです」

「はいはい、そうですか、その弱点とやらを馬鹿な僕にもわかるように教えてくれますかね」

「いいでしょう、教えましょう。ユーヤは人型の魔物としか戦えないのです。ユーヤの使う格闘術は、人の弱点を突くのに特化したものだとアナは愚考します。人型が相手なら十分通用するのでしょう。しかし、それと同じように正面から他の魔物に突っ込んで行っては、ユーヤはすぐに死んでしまうのです」


 悔しいが、確かにアナの言うことも一理ある。

 奇しくも僕が今まで戦ってきた相手は人型だけしかいなかった。

 それで正面からやり合って勝ってきたのだ。

 他の、例えばヘルハウンドみたいな犬型と遭遇した時に、同じことをしないとは言い切れない。


「それに、三階層にもウェアウルフの群が一つだけ存在しますが、絶対に戦ってはいけないのです。二階層のウェアウルフとは段違いに強いですし、そこのリーダーは化物なのです。ユーヤのステータスでは絶対に勝てないのです」


 僕はギリギリと歯噛みする。

 何だか馬鹿にされているようで、非常に腹立たしいのだ。


「さぁ、わかったらさっさと怪我を治して移動するのです。腕を見せるのです」

「ふん、自分で治療できるし、薬草だってある」


 とりあえず、魔法の練習がてら手当てしようと思い、腕を見た。

 二の腕の部分の制服のシャツが破れて、血がべったりとくっついている。

 だが、肝心の傷が無い。


 ぐぅっ。


 腹の音が鳴って思い出した。

 スキル、『不死身』。

 マジか。

 凄いことなんだけど、何だか自分の体が自分のものではなくなってしまったような気がしてきた。


「さ、どうしたのです? 早く治療するのです」

「もう治った」

「え? そんなわけ……。傷が無いのです……」


 アナは呆然としていたが、すぐにかぶりを振って立ち直ったようだった。


「わ、わかったのです。とりあえず、それは置いておいて、先を急ぎましょう。ああ、やっぱりその前にちゃんとお祈りをするのです。一度しっかり落ち着くのです」


 僕は「ふん」とそっぽを向く。

 そんなの、別にアナに言われることじゃない。


「ムッカなのです。ユーヤはお子ちゃまなのです。早くここを離れないと、臭いを嗅ぎつけてウェアウルフがまた……来たのです」


 アナの視線の先を見つめる。

 どうやらそこからウェアウルフが向かってくるらしい。

 ちょうどいい。まだまだ暴れ足りなかった。


「ほら、役立たずはどっかに隠れてな」

「ムキー、わかったのです。隠れているのです。ただし今度怪我したら、指差して笑ってやるのです」


 アナが離れた後、すぐにウェアウルフが一匹現れた。

 そのウェアウルフはどういうわけか、姿を現しても遠巻きに僕を観察しているようですぐに襲い掛かって来ようとしない。

 何だろう?

 同じ種類のモンスターに大きな違いなんてないだろうと思って、今まで一度『鑑定』したモンスターをわざわざ調べ直すことはしなかった。

 でも、やはり個体差があるのだろう。

 アナもさっきそんなようなことを言っていたし。

 念のため『鑑定』を発動させようとした瞬間、アナが大声で叫んできた。


「ユーヤ、待つのです! そのウェアウルフは、ムギュウー!」

「アナ?!」


 慌てて振り返ると、アナがウェアウルフに捕まっているではないか。

 そのウェアウルフは僕と目が合うと、そのままアナを連れて走り去って行ってしまった。

 くそ、何なんだ!

 慌てて追おうとする僕の背中に衝撃が走り、僕はそのまま地面にダイブした。

 しまった、もう一匹いたのを忘れていた。

 いや、そうか、こいつは囮だったんだ。

 僕を背中から引き裂いたそのウェアウルフも、僕を仕留めずそのまま走って去って行った。


 くそ、くそ、くそ!

 このままアナを連れいかれてたまるか。

 まだケンカしているんだ。まだ謝らせていないんだ。そうだ、初めて誰かとケンカしたんだ、僕は。


「アナ……」


 僕は立ち上がった。

 よろめき、それでも足を動かし、前に進む。


「アナ、アナ、アナ……」


 背中の痛みが引いて行く。

 大丈夫だ。これなら行ける。あとを追える。


 僕は強く地面を蹴り、走り始めた。



次回は8/5(土)21時投稿予定です。

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