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エピローグ

7/12~連続投稿。ラスト。


 六階層までの旅は随分と楽でした。

 アナの仲間たちは皆様が強力な力を持っています。

 ユーヤは今や伝説の勇者ですし、ユーヤの眷属もどれも強い魔物揃いなのです。特にクロとツヴァイはそこら辺の魔物とは比べ物にならないのです。

 他にも、ジャンゴ君と名乗る見たことのない空飛ぶ魔物(魔物ではないそうですが)は、あの見た目でユーヤと同じ勇者なのです。

 ジャンゴ君と一緒に行動していたというウィズ様も、お師匠様から話を聞いたことがあるくらい高名な冒険者様です。

 あと、気に入らないのですが、ユーヤと同じ外見をしたイーターも、勇者と遜色のない強さを持っています。

 残りの面子は大したことがないですし、正直五階層を抜けられるほどの力もないのですが、これだけ他が強ければ何の問題もないのです。


 そういえば、他にも二人ほど誰かいるという話を聞いた気がするのですが、気のせいだったでしょうか。

 今いるのはアナとユーヤの他に、チカさん、スグルさん、トウドウミユ様、ジャンゴ君、ウィズ様、クロ、ツヴァイ、ゼクス、ドライ、フィアー、それと最後にイーターなのです。

 やはり気のせいでしょう。他には誰もいないのです。


 勇者が二人も揃っているという豪勢な一団に加え、五階層には魔物がほとんどいませんでした。

 あまりにも魔物がいなさ過ぎて、一日経った頃には食料の心配をしなくてはいけないほどだったのです。

 でも、ちょうどその頃には、辺りからぽつぽつと魔物の姿が見られるようになってきました。

 アナにとってはそれほど不思議なことではないのですが、ユーヤ達にはどういう理屈かわからなかったようです。

 ユーヤや他の日本人の方々は「まるでリポップしたみたいだ」何て言っていましたが、アナにはその意味はわかりません。何はともあれ、飢え死にしなくて済んだのです。


 アナたちは砂漠をただ真っ直ぐ進みました。

 途中で現れる、高ランクの冒険者様も戦わずに避けていくような厄介な魔物も、ユーヤ達の手に掛かればただの飢えを満たすためだけの獲物です。

 アナがラビコーンを狩るよりも簡単に狩ってしまいます。何せここら辺の魔物はラビコーンと違って逃げないですから。


 砂漠の道のりは初めこそ物珍しかったのですが、どこを見ても砂ばかりで三日目くらいには辟易しました。

 ジャンゴ君がずっと楽しいお話を披露してくれたり、面白い曲芸を見せてくれたりしていなければもっとつまらないものになっていたかもしれません。

 いえ、やっぱりそんなことはないのです。

 今、アナの隣にはユーヤがいてくれます。

 ユーヤと一緒に飛んだり、お話したり、触れ合ったり、ただ見つめ合ったり……。

 何もない砂漠の上でも、アナにはそれだけで宝物みたいな大切な思い出になるのです。

 それに、下世話な話ですが、アナは前まで皆様と一緒のときは遠慮していたのですが、夜の営みもこっそりするようになりました。

 皆様にバレないようにするのは、いえ、バレてはいるでしょうけど、ちょっと刺激的なのです。


 そんな風に楽しく過ごしていたからでしょうか。

 五階層の旅はあっという間に終わってしまいました。

 ついに前人未到の六階層へと向かうのです。


 六階層の入り口は大きな洞窟です。

 砂漠の上に一つだけ大きな岩があり、外から見てもわかるほど中が青白く光っているので、近付けばすぐにそれと分かりました。

 何より、近付いた瞬間に、空気が変わったのです。

 砂漠の上は灼熱のように暑かったのですが、その洞窟の周りはひんやりと涼しいのです。それどころか、近付けば近付くほど、気温はどんどんと下がっていきます。


「ここが六階層『極寒地獄』の入り口です」


 ウィズ様がいくらか緊張した面持ちでそう仰いました。

 一体何に身構えているのでしょう?

 ウィズ様は実力者、それにユーヤもジャンゴ君もいるのに、恐れるようなものは何もないと思います。


 そんな凶悪な魔物がいるのかと不安がる皆様に、ウィズさんは苦笑いしました。


「魔物が恐ろしいわけではありません。私が恐れているものがあるとすれば、それはあの性悪の神様と、その性悪の神様がちゃんと約束を守ってくれているかということだけです」


 何のことかよくわかりませんが、とりあえず何か恐ろしいことが待ち受けているというわけではないようなのです。


「あ、でも、抜けようとするとすぐにホーンドラゴンが待ち受けているので一応注意してください」


 やっぱりそうでもなさそうなのです。


「ん? ちょっと待ってください。六階層って前人未到なんじゃなかったですか?」


 ユーヤがウィズ様を振り返ります。

 確かにその通りです。

 誰も知らないはずの六階層の情報をウィズ様は知っているのです。


「いいえ、誰も入ったことが無いというわけではないですよ。現に私は入っていますし。他にも入っている人は数人いると思います。誰も公表しないだけで」


 それは不思議な話なのです。

 迷宮を進めば進むだけ、その人の功績となるはずなのです。

 それなのに、誰も公表しないというのはどういうことでしょう。


 ウィズ様はそれについては答えてくれませんでした。「説明し辛い事情があるんです」と答えにくそうにしただけなのです。

 ユーヤもそれ以上深く聞かず、とりあえず前に進むことにしたようでした。

 しかしアナやチカさんたちが心の準備をしているにも拘らず、いきなり進んで行くのはやめて欲しいのです。

 いくら最強の勇者だからといって無謀なのです。


 洞窟を進んで行くと、今までとはまた違った景色が広がってきました。

 洞窟に入ったはずなのに、そこは雪山の頂上だったのです。辺りには吹雪まで降っています。

 そしてウィズ様の言う通り、雪の降り積もっている頂上は広い広場になっていて、そこに突然全身骸骨のドラゴンが現れたのです。

 ホーンドラゴンはアナが今まで見たどんな魔物より巨大でした。

 頂上の広場全部にようやく収まると言ったサイズなのです。少なくとも全長30メートルはくだらないのです。


「ニギャーーー!!」


 あまりの大きさにアナやチカさんが絶叫している中、ユーヤ達強者組は冷静にホーンドラゴンと向き合っています。


 ユーヤはまず挨拶だと言わんばかりに、エカレスの弾丸をホーンドラゴンに向かって一気に撃ち尽くしました。

 吹雪の音さえ掻き消えそうな豪快な炸裂音が響きます。

 全弾命中。さすがユーヤなのです。

 しかしホーンドラゴンには傷一つ付いていません。ピンピンしているのです。ホーンドラゴンは骨しかないのにとても頑丈なのです。


 攻撃されたホーンドラゴンはすぐさま反撃してきました。

 アナたちを頭上から見下ろしながら大きく口を開け、そこに魔力が集中していきます。

 そして、アナたち目掛け、ブレスを発射しました。

 ブレスは発射される時に「キンッ」という甲高い音が鳴るのが特徴ですが、その音さえもホーンドラゴンは桁違いです。

 もちろんすごいのは音だけではありません。威力、範囲もアナが聞いたことのあるどんなドラゴンよりも強力でした。このままだと山頂が無くなってしまうのです。


 だけど、そんな心配は杞憂で終わりました。

 ユーヤの羽が山頂全体を守るように広がっています。

 ブレスは完全に防がれているのです。


「さすがに死んだと思ったでござる」


「永倉君って、どれだけ強いの……?」


 スグルさんとトウドウミユ様がポカンと口を開けて驚いています。

 無理もありません。

 勇者というのは人族、いえ、他のどんな生物の枠をも超えた存在なのですから。


 ユーヤが再び攻撃に転じました。

 翼を広げ、羽を放ちます。

 ユーヤが放った羽はホーンドラゴンを取り囲み、次々と青い炎の柱となって燃え上がりました。


「何度見ても凄まじい。確かにあの攻撃を撃てる勇者はいますし、破壊力だけなら上の勇者もいます。しかし、攻守共に揃っている勇者となるとなかなかいません」


「勇也君は回復のスペシャリストでもあるし」


 ウィズ様とジャンゴ君がそんなことを呟いています。

 やはりユーヤは勇者の中でも規格外のようです。

 『天魔』の種族が関係しているのかもしれませんが、アナにはわかりません。アナに言えるのは、やっぱりアナのユーヤは凄いということだけなのです。ふんすっ。


 ユーヤの攻撃が止むと、あとには何も残されていませんでした。

 あれだけ巨大で強力だったホーンドラゴンが跡形もなくなっています。そのホーンドラゴンの代わりというように、大きな宝箱が一つあるだけでした。


 でも、こうなって来ると一つの疑問が残ります。


「いくらなんでもこれはおかしくないか?」


 イーターがポツリとそう零しました。

 多分アナと同じことを思ったのだと思います。

 チカさん、スグルさん、トウドウミユ様、ユーヤの眷属たちは何のことかわかっていないようです。


「多分あの骨のドラゴン、僕でも倒すことができたか怪しい。負けることは無いかもしれないけど、勝つこともできない。結局撤退するしかなかったと思う」


「えっと、勇也君、つまりどういうこと?」


 チカさんがイーターに首を傾げて見せます。

 なんだかイラッとしたので、アナが代わりに答えることにしました。


「つまりこういうことなのです。六階層の魔物にしては強過ぎるのです」


「それだけじゃないよ。この迷宮は多分あの邪神ユヒトが作った物だと思う。だとしたら、まるでここから先には誰も通さないようにしているとしか思えないんだ」


 アナはそこまでは考えていませんでしたが、ユーヤがそうつけ加えました。

 さすがにそこまでは考え過ぎではないかと思うのですが、ユーヤは確信を持っているようでした。


「一概にもそうとは言えません。少なくとも勇者は通れるわけですし、私も通された(・・・・)わけですから」


 ウィズ様の言葉はユーヤの言葉を否定しているようで肯定しているようでもあります。

 それにどこか引っかかるような物言いは、何か裏があると言っているようなものなのです。


「ともかく、私たちは六階層に辿り着きました。約束の地に」


 ウィズ様の言っていることは訳が分かりません。

 それはもちろんユーヤ達も同じです。

 誰もが怪訝な顔でウィズ様を見つめますが、ふいにクロが顔を上げて辺りを見回し始めました。


「主様、何者かが近付いてきます!」


 皆一様に緊張します。

 クロはこう言いました。「何者か」と。それはつまり、魔物ではなく、誰か人だという意味なのです。

 もしかしたら、ベリリアの兵士がどこかに潜んでいたのかもしれません。

 ユーヤは戦いに備えますが、アナはその時、一つの嗅ぎ慣れた匂いを嗅いでいました。嗅ぎ慣れたといっても、今や懐かしい匂いなのです。


 その匂いはずっと嗅ぎたかったはずのものなのに、アナはなぜか急に嫌な予感がしました。


「ユーヤ、こっちに来るのです!」


 大急ぎでユーヤの腕を引っ張り、大きな宝箱を開けます。都合の良いことに中身は空でした。


「ア、アナ、一体何を?」


「ふんぬっ、なのです!」


 アナは宝箱の中にユーヤを押し込み、蓋を閉じました。

 同時に、足音がアナのすぐ後ろまで迫ってきたのです。

 振り返るとそこには、人族の女がいました。


 有り得ない光景なのです。ここにいるはずのない人でした。でも、間違いなく彼女なのです。

 魔術師の格好をして、人族の女性にしては背が高く、燃えるような赤い髪に赤い瞳。


「お、お師匠様!」


 アナの目の前に現れた人物、それは信じがたいことに、アナのお師匠様である赤熱の魔女イザベラ・スカーレットだったのです。


「師匠? あたしは魔族の弟子なんか……。その声、その目、アンタもしかしてアナかい?」


 訝しむようにアナを見ていたお師匠様の目が、見る見るうちに見開かれていきます。


「はい、アナなのです。信じられないかもしれませんが、アナは変異してメイジホブゴブリーナになったアナベルなのです」


「ホブに変異したところでこうはならんだろうさ。なんというか、本当に信じられんがアナベルなんだね?」


 お師匠様はアナに近づいて来て、体を眺め回します。

 そして最後に頬に手を置いて、アナの目を覗き込んできました。

 お師匠様にしては珍しく、今にも泣き出しそうな顔をしています。きっとアナをいっぱい心配してくれていたのです。


 そんなお師匠様を見ていたら、やっぱりアナは幸せ者なんだということに気付かされました。

 アナをこんなに想ってくれる人が二人もいるのですから。


「はい、アナはアナベルなのですよ」


 アナが微笑むと、ようやくお師匠様も笑ってくれました。


 なぜここにお師匠様がいるのかとか、色々不思議なことはありますが、とりあえずもう一度お師匠様に会えて良かったのです。

 あとはもう何も問題はありません。ええ、ないですとも!


「ところでアナ、その宝箱に隠しているモノは何だい?」


 お師匠様がにっこりと微笑みます。

 しかしさっきの微笑とは何かが決定的に違うのです!

 考えなくてもわかっています。

 目なのです。目が笑っていないのです!


「な、ナンノコトカワカラナイノデスヨー」


「ほう、ついにあたしに隠し事か。アナも随分成長したじゃないか。ええ?」


「ナニモカクシテイナイノデスヨー」


「目を見な!」


 お師匠様がアナの頬を鷲掴みにし、無理矢理正面を向かせました。

 だけどおかしいのです。

 お師匠様の目をちゃんと捉えることができません。まるで大地が左右にぐらぐら揺れているようなのです。


 もうこうなったら誤魔化すしかありません。


「お、お師匠様はどうしてここに?」


「宝箱に隠しているのはあたしに見られると困るモノかい? ……なるほど、肯定ってわけかい」


 おかしいのです。話が噛み合わない上に、なぜか心を読まれているのです。


「ち、地上は大変だと聞きました。お師匠様におかれましては本当によくぞご無事で……」


「あたしに渡したくない何かかい? ……ふーん、これも肯定ね」


「こ、心を読んでは駄目なのです!」


 お師匠様が手を放し、「はぁ」と深く溜息を吐きました。

 そしてアナを少し呆れたような目で見ます。どうやら少なくとももう怒ってはいないようなのです。


「アナ、あたしがアンタの物を取ったりするわけないだろう。アナは、まぁ、なんだ。……あたしの娘みたいなものなんだ」


「お、お師匠様……」


 アナが間違っていたようです。


 アナは正直に言うと、ユーヤを見たらお師匠様が怒るのではないかと考えていました。

 お師匠様はダンジョンに来る冒険者が仲の良さそうな男女だと、絡んでいくのです。普段あまり人と接しないくせに、仲の良さそうな男女にだけは絡んでいくのです。それはもう蛇蝎(グラコンダ)の如く。

 だからアナも何か言われるかもと思ってしまったのでしたが、お師匠様はアナのお母さんなのです。きっとお師匠様も喜んでくれるのです。


「すいません、アナが間違っていました」


 アナは宝箱を振り返り、「ユーヤ、出てきて欲しいのです」と声を掛けました。

 するとすぐに宝箱がガタガタと揺れ出し、蓋がぱかっと開きました。


「な、何だったの……?」


 ユーヤは不満そうな顔をしながら出てきました。いきなり閉じ込めてしまったので、無理もないのです……。


 出てきたユーヤはしばらくお師匠様をジロジロと見ていましたが、急に背筋を伸ばしてお師匠様に真っ直ぐ視線を合わせました。


「まさか、天使、かい……?」


 お師匠様は口をあんぐりと開けて、驚きを露わにしています。

 天使というのは確かに伝承や物語の中にしか登場しません。アナも相手がユーヤじゃなかったら、もっと驚いていたでしょう。

 アナにとっては驚くよりも、ユーヤに会えたことの方が何倍も嬉しかったのです。


「えっと、正確には天使じゃなくて、天魔族ということになりますが、その、元は人族でなんやかんやあってこんな姿になりました。あ、永倉勇也と申します」


 ユーヤがしどろもどろになりながら、お師匠様に挨拶しているのです。


 無口なユーヤがこうやって頑張ってしゃべっている姿は何と言うか、新鮮なのです。それにいつもはぶすっとした態度なのに、ちょっと緊張しているようです。


「天使だか天魔だか知らないけど、何でそんな御伽の世界の住人がここにいるんだい?」


「えーっと、その、僕はアナベルさんとお付き合いさせていただいていて、それで、あの、えっと、将来的には結婚して家庭を築くつもりです。それで、あの、そう、アナベルさんは僕が必ず幸せにします!」


 ああ、そういう事だったのですね、ユーヤ。

 ユーヤは目の前の人物がアナのお師匠様であることに気付いて、それであんなに緊張していたのです。

 まるで物語に出てくるような婚約者が相手の親へする挨拶みたいなのです。いえ、きっと「みたい」ではなく、ユーヤにとってはそのつもりに違いありません。

 ちょっと会話が噛み合ってないのが気になりますが、アナは幸せなのです。


 お師匠様は目を真ん丸に開けて、そのままアナの方をギギギと見てきました。

 完全に目で「どういうことだ?」と問い掛けるお師匠様に、アナは微笑み掛けます。


「ユーヤはアナの大切な人なのです」


 お師匠様の目が瞬きもせずにアナとユーヤの間を行ったり来たりします。

 そして、唐突に、


「えええええっ!!」


 大声で叫びました。

 そんなに驚かなくてもいいと思うのですが、理解はしてくれたみたいなのです。


 アナはお師匠様にユーヤと出会った経緯、それからお互い愛し合うことになったことなどを掻い摘んで説明します。

 お師匠様は終始驚きっぱなしでしたが、説明が終わるとうんうんと頷きながら「アンタも大変だったんだね」と、アナを労わってくれたのです。

 やっぱりお師匠様はアナのことを大切に想っていてくれるのです。アナが変なことを考えていたのは反省しなければなりません。


「いやぁ、よくやったよ。こんな良い男をあたしたちのために捕まえてくれるなんてさ」


 んん?

 気のせいでしょうか、今お師匠様が変なことを言った気がするのです。

 ユーヤも眉間に皺を寄せています。聞き間違いではないようなのです。


「い、今、『あたしたちのため』と仰ったように聞こえたのですよ。それはどういう……」


「はっはっは、何言ってるんだい? あたしのものはアンタのもの、アンタのものはあたしのものだろ?」


「そんなわけないのですよ!?」


 やっぱりやっぱりアナは間違っていなかったのです! お師匠様はそういう奴だったのです。

 アナが憤っている隣で、ユーヤも呆れているのです。「どこのジャイアニズム?」と呟いているのです。それが何なのかは知りませんが。


 アナたちがそんな反応をしていると、お師匠様はユーヤに手を伸ばします。

 アナはその手をすかさず払いました。

 お師匠様が驚いた顔でアナを見ています。


「おや、あたしに反抗するなんて。よっぽどこの男が気に入っているんだねぇ。それともアンタ、少し変わったかい?」


「両方なのです。ユーヤに手出しをするならお師匠様でも許さないのです」


 お師匠様がすっと目を細めてアナを見つめてきます。

 正直非常に怖いのです。しかしアナは負けません。ユーヤには指一本触れさせないのです。


 アナとお師匠様が睨み合っていると、突然人影が現れました。

 あまりにも唐突に現れたので、面喰ってしまったのです。本当に視界に現れるまで何の気配もしなかったような……。


「まぁまぁ、イザベラはん。娘の男にちょっかい掛けるなんて、あんまり褒められることとちゃいまっせ。あ、さてはアレですか。娘に先を越されて焦っとるのとちゃいます?」


 その男は今のアナと大して背が変わらないほど小さい男なのです。

 しかし、何より驚くのは、ユーヤと同じ日本人の顔なのです。いや、ユーヤは日本人というには少し彫りが深いですが。

 アナはそこで思い出しました。外の世界には日本人顔の行商人の一族がいるということを。

 見るのは初めてですが、きっとその男はそうなのでしょう。顔は日本人ですが、服装が日本人らしくないのです。


「……燃すよ?」


「ええ!? ここまで連れてきて娘に合わせた大恩人にそんな仕打ちをしはるんですか!? 俺の本は見つけてくれてもいないのに!?」


「ぐっ……」


 何でしょう、お師匠様はどうやらこの方に恩(?)があるみたいなのです。


「あ、でも、本のことはご心配なく。どこにあるかわかりましたさかい」


 男はそう言うとアナを見つめます。

 何でしょうか? 確かにアナは本をいっぱい持っています。しかしこの方が探している本なんて……。あっ。

 アナは一冊の本を思い出しました。アナがユーヤに出会う少し前に拾った一冊の本を。


「もしかしてお探しなのはこの本でしょうか?」


 ポシェットの中から一冊の本『外法・禁術大全』を取り出しました。


「ああ、それそれ。それは俺が書いてここで落とした本なんですわ。返してくれまへんか?」


「それは構わないのですが……。ん? 書いたのが貴方なのですか? でも、これを書いた方はトーマ・ラムウ・ワナギースカと言って、おそらくエルフ族だと思うのですが?」


「ん? そうそう、俺がそのトーマっていうエルフでっせ」


「「「ええ!?」」」


 アナ、ユーヤ、お師匠様が同時に叫び声を上げました。


「ま、まぁ、確かにそれも納得かもね。得体のしれない奴だとは思っていたから。でも……エルフっていうか、ただのちんちくりん」


「その、アナが物語で読んだエルフ族とはだいぶ姿形が異なるのです、スラっともしていないし、美男子でもないし、お耳も普通なのです」


「ただの童顔な関西人じゃ……」


「アンタら揃いも揃って失礼ですわ! エルフの特徴なんて日本人が想像でこの星に伝えたモンでっしゃろ。実際はこうなんだからしゃあないでしょ」


 トーマ様がプンスカと憤慨しています。こうしているとやっぱり子供にしか見えないのです。


「まぁ、でもエルフの特徴として俺らが長寿というのは合ってますね。これでも十万年以上は生きてますし。あれ? 二十万年やったかな?」


「十万……」


 思わず絶句してしまうのです。

 物語に出てくるエルフ族でもせいぜい二百年、ハイエルフでも千年なのに、桁が違い過ぎます。


「まぁ、なんせ元を正せば俺らは地球人やし……」


「ってことは、やっぱり関西人なんですか?」


 ユーヤが『関西人』というアナの聞いたことのない単語を言います。

 しかしトーマ様はかぶりを振りました。


「いやいや、ちゃいますよ。俺らが地球を出て行ったのは日本人が生まれる前、俺らは、まぁあえて言うならムー人とちゃいます?」


 ユーヤは頭に疑問符を浮かべています。

 アナも当然トーマ様の仰っていることがわからないのです。


「ま、それはそこまで大した問題とちゃいます。今はそれよりもさっさと最下層を目指しましょう。俺の助言(・・・・)通り六階層まで来てくれはったんやし」


「じゃあ、あの時僕に声を掛けたのは……」


 そう言えばユーヤに聞いたことがあるのです。この世界に来た初日、ユーヤ達を召喚した魔術師の一人が、ユーヤに六階層に向かえと呟いたと。

 どうやらそれがトーマ様だったようなのです。


 しかし、さらに下層を目指すのですか。

 アナは七階層より下がどうなっているのかなんて聞いたこともありません。

 これだけの面子が揃っていれば、早々危機に陥ることもないと思うのですが、さすがに不安なのです。最下層で何が待ち受けているのかも含めて。


 それでもアナたちはさらに人数を増やして最下層を目指すことになりました。

 新たに加わった旅の仲間は四人。お師匠様と二人のエルフ族、そしてウィズ様のお母様なのです。

 ウィズ様はお母様と出会われた時、とても安堵していたそうです。あとでジャンゴ君が教えてくれました。

 確かに、ウィズ様は今まで以上に元気そうなのです。お母様に合流できて良かったのです。アナにもその気持ちはよくわかります。ユーヤを取ろうとしたことは許しませんが。


 寒い雪山を下りて行くのですが、さらに途中で人が加わりました。

 一体この迷宮、しかも前人未到だったはずの六階層に何人の方がいらっしゃるのでしょう……。

 しかも、新たに加わった方の内、二名の方がユーヤの知り合いだったようなのです。


「あれ? 勇也さんじゃないですか? わー、香ばしい……」


 顔がやたらと白く、髪はプラチナブロンドで、目の赤い少年がユーヤに近づいて行きます。

 ユーヤはそれを鼻白んだ顔で見ています。

 香ばしいと言われたのが嫌だったようですが、同時に、ユーヤは少年に見覚えが無いようで、訝しむ表情を向けていました。


「誰ですか……?」


「あれ? 勇也さんじゃない? 顔はそっくりなんだけどなぁ」


「いや、確かに僕は勇也……」


 ユーヤがそこまで言いかけたところで、イーターとチカさんが現れました。


「君は、まさか鋼君か? すごく白いけど……」


「えっ? 勇也さんが二人いる? ますます香ばしい……」


 香ばしいと言われたイーターがユーヤと全く同じ顔をします。

 こうして見ると本当に同一人物なのだと思い知らせるのです。認めはしませんが。

 鋼様とユーヤ達が見つめ合っていると、もう一人女性が現れました。

 とても綺麗な方だとは思いますが、どこか彼女は鋼様に似ているのです。鋼様ほど異常に白くはないですが、色白で、目以外の顔の作りが似ているのです。恐らくは兄弟でしょうか。

 と思ったら、その女性が鋼様にしなだれかかりました。どうやら恋人同士だったようで、兄弟だと思ったのはアナの勘違いだったのです。


「こんな所で出会うなんて、面白い偶然ですね。勇也さんに千佳さん」


「ちょっ、人前でくっつくなよ、姉ちゃん」


 やっぱり勘違いじゃなかったのです。

 白い方の鋼様はともかく、女性の方はちょっと危ない人のようなのです。


 声を掛けられたユーヤとイーター、チカさんは、それぞれが異なる表情をしています。

 ユーヤとチカさんはキョトンとしていますが、イーターだけは驚きつつも二人に会えたことを喜んでいるようなのです。


 嬉しそうなのは鋼様も同じなのですが、鋼様にしなだれかかったままのお姉様は冷たい目でこちらを観察しています。


「そっちは赤羽で、そっちは永倉……。ああ、そういうこと」


 名乗ってすらいない二人の名前を鋼様のお姉様はなぜか言い当ててしまいました。

 そしてそれだけで何もかも納得したようなのです。

 彼女の洞察力にも驚かされますが、彼女の持っているであろうスキルはさらに驚愕的です。


 アナには彼女の持っているスキルが何なのか正確にはわかりません。

 なぜなら、『鑑定』しようとしても弾かれてしまうからです。

 それでもユーヤの姓を言い当てたスキルが何なのかは検討がつきます。

 それは恐らく、『上級鑑定』なのです。

 存在の可能性が示唆されているだけで、実際には存在しないとまで言われている伝説のスキル。それを彼女は持っているようなのです。

 彼女は一体何者なのでしょうか?


「そっちの勇也さんは私たちがわかっているみたいですけど、そちらの二人はわかっていないようなので、改めて自己紹介を。

 私は『鋼の勇者』伊佐美光、そしてこちらは『光の勇者』伊佐美鋼です。きっと貴方たちが未来で出会うはずだった……そうね、友人といったところかしら」


 何となく予感はしていました。

 こんな所に平気で来られること、何より光様は日本人なのです。きっとユーヤ達とは違い、正式に召喚された勇者様なのでしょう。


 その二人の勇者様を加え、気付けばアナたちは二十人を超す大所帯となっていました。

 これだけ多くなると、当然魔物にも目を付けられやすくなります。

 しかし、いくら魔物に襲われてもまるで脅威を感じません。

 当然なのです。

 勇者が四人もいるなんて過剰戦力もいいところなのです。お師匠様がちゃんとした人族に見えるくらいなのです。


 地獄を進んでいるはずなのに、まるでただの歩き旅のようでした。

 暑いとか寒いとかの苦労はありますが、それもエルフのお二人が持っている様々な道具によって何とでもなってしまいました。

 こうなるともうアナにできるのは、ユーヤといっぱいお話しすることだけなのです。

 ユーヤと手を繋いで歩いてお話して、一緒に寝て……。地獄にいるというはずなのに、アナにとってここは天国なのです。お師匠様が時々、否、割とちょっかいを掛けて来ることを除いて。


 そんな気楽な旅をしばらく続けていると、ついに目的地に辿り着いてしまいました。

 十階層『神の寝所』。

 ここにはどこまでも上に続いていそうな大きな岩と、アナが縦に十人は並んでも余裕がありそうなほど大きな、途轍もなく巨大な鉄の門があるだけで、他には何もありません。ただただ大きな門があるだけの階層です。


 アナには『神の寝所』という言葉にどういった意味があるのかはわかりませんが、ユーヤは「なんかそのままの意味っぽいな……」と、少し呆れたように呟いています。

 ユーヤの言う通りなら、この先には神様がいるということになります。

 恐らくはあの「ザ・プレイヤー」様でしょう。ユーヤの話によれば、ユヒト様という邪神だそうなのです。

 邪神という響きもそうですが、アナは一度お話したことがあります。

 もし本当にこの先にあの方が待ち受けているというなら、ちょっと厄介かもしれないのです。


 アナを含め、その場のほとんどの方が緊張した面持ちで扉を見つめていると、トーマ様が朗らかな声を発しました。


「そんな緊張せんでも大丈夫ですよ。ユヒト様は確かに恐ろしい方やけど、話の通じない方でもないですし、ここに連れてきた者は助けるっちゅう話やさかい。ほな、開けますよって」


 トーマ様がゆっくりと片方の扉を押していきます。


 アナはユーヤを見つめ、しっかりと手を繋ぎました。

 この先に何が待ち受けていたとしても、きっと大丈夫なのです。

 ユーヤと共にいる限り、アナが何かを恐れることなど有り得ません。

 こうしてユーヤと手を繋いで、何にでも立ち向かって行くのです。


 ユーヤがアナに微笑み掛け、アナも微笑んでそれに応えました。

 扉の先から白い光が漏れ、それが眩く辺りを照らしていきます。

 何もかも白の世界に包まれました。


 それでもアナにはわかります。

 隣にユーヤがいてくれると。




The end.











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……………………ザー……………………ザー……………………ザザ……

…………ザー……ザー……ザー……ザー……ザー……ザー…………ザザ


「できな……。……にはできない。……を殺すなんて」


…………ザー……ザー……ザー……ザー……ザー……ザー…………ザザ


「これは面白い! ……さん、貴女ならきっと……になれる!」


…………ザー……ザー……ザー……ザー……ザー……ザー…………ザザ


 深い密林の中、そこに何人も何人もの人族がいた。その数はおおよそ千人。誰もが自分たちの置かれた状況について行けず、辺りを必死に見回している。


「ここはまさか『地獄』なのか!?」


…………ザー……ザー……ザー……ザー……ザー……ザー…………ザザ


「ここで私が貴女を倒しましょう。勇者は魔王を倒すものだと相場が決まっていますのでね」


…………ザー……ザー……ザー……ザー……ザー……ザー…………ザザ


「確かにその道具は存在します。せやけど、貴女の思っているような便利なモンとはちゃいまっせ」




……

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…………ザー……ザー……ザー……ザー……ザー……ザー…………ザザ

ザー……ヤ………ザー……ユ……ザー……ユーヤ……ザー………………

ザー……ユーヤ……ザー……ユーヤ……ザー……ユーヤ……ザー………

ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

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ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ

ユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤユーヤ、ああ、愛しい、ユーヤ

ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ……ユーヤ

ザー……ヤ………ザー……ユ……ザー……ユーヤ……ザー………………

ザー……ヤ………ザー……ユ……ザー……ユーヤ……ザー………………

…………ザー……ザー……ザー……ザー……ザー……ザー…………ザザ

……………………ザー……………………ザー……………………ザザ……

……………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………

………………………………………………………………

……………………………………………………

…………………………………………

………………………………

……………………

…………

……


To be continued.

2年間短いようで、長い間でしたが、何とか書き切ることができました。

中途半端な終わり方のように見えますが、書き始めに予定していたのは黒幕の花を倒すところまでした。途中で違う展開を思い付き、それをラストにしようと考えていたのでしたが、一度ここで終わりにしようと思います。

続きはもうちょっと私の実力が上がってから書こうと思います。

「異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした」をこれまで読んで頂きありがとうございました。これからも新作を書いて行くので、宜しくお願いします。

近日活動報告を上げる予定なので、良かったらお立ち寄りください。

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