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第百九話 最後の戦い.7

7/12~連続投稿中


 武市花は幼い頃から神童と持て囃された。

 誰よりも勉強ができ、真面目で、誰にでも優しく、彼女の周りには人が絶えなかった。

 発育不良のせいで、高校ぐらいまでは男子にあまり見向きはされなかったが、代わりに同じ女子からは可愛がられ続けた。中には本気になってしまった者が現れ、心の籠ったラブレターを受け取ったことがあるほどだ。

 さらに大学まで上がれば、幼児体型ではあるが、その器量の良さから男子にも想いを寄せられるようになった。


 花はその全て(・・)を受け入れた。

 付き合った人数は軽く百を超えていたし、一度に二桁の人間と付き合っていたこともある。

 花はそれでいて、その全ての人間を完璧にコントロールしていたのだ。


 花にとって他者とは、自分を喜ばせ、楽しませてくれる玩具に過ぎなかった。

 だが、悪意があってそんな風に扱っているわけではない。自分に擦り寄って来る者は可愛がったし、何かの拍子に自殺してしまったらそれなりに悲しむ。

 もっとも、玩具が壊れたら、また新しい玩具を手に入れればいいだけだ。

 重要なのは自分が楽しいかどうかである。花にとってはそれが全てだった。


 そんな花が異世界転移に遭遇し、手に入れたスキル。それは人を騙し、操り、服従させるスキルだった。

 勇也と同じくそのスキルに戦闘力は皆無だが、それでも十分チートと呼べる代物だ。

 まず、彼女の言葉は人を自分に同調させる。本人が思ってもいないことを自分に合わさせることは出来ないが、少しでも考えていれば同調させることができた。

 それが第一段階。

 同調を繰り返し使っていくと、やがて相手は花の思う通りに動くようになる。花を言うことをあまり疑問に思わないし、命令されればほとんどの場合従ってしまう。

 その第二段階を過ぎれば、最終段階、あとは花の命じるままに動く生きた操り人形である。


 花はその能力を使ってほとんどの生徒たちを自らの傀儡にしてしまった。

 傀儡にしなかったのは、二人だけだ。

 島村夏帆と岡田秀一だけである。

 花はこの二人が自分を愛していることを知っていた。だから敢えて傀儡にしなかった。正義感の強い秀一も、そうでない夏帆も、感情を利用すれば自分の思う通りに動かせると分かっていたからだ。


 結局生徒のほとんどが花の思うがままだった。

 唯一自分の元を離れた勇也と彼に属する者たちも、花の敵ではない。

 初めは確かに配下に引き入れるつもりだったが、それは難しいと判断し、勇也と彼の愛するアナベルを引き裂くという方向に切り替えていった。

 それでも、たとえ勇也がアナベルを連れ戻しに来たとしても、自分が負けることは無いと思っていた。

 なにせ勇也の能力は非戦闘向きで、花の道具の能力は戦闘向きから便利なものまでより取り見取りなのだから。


 ゆえに、その火柱が見え、何が起きたのか確認しに来た彼女は驚愕し、茫然としてしまった。

 まず勇也が二人いる。

 花の知る彼とはどこか違い、少しだけ成長したように見える勇也。そして、最後に会ったときと同じストラを羽織ってはいるが、天使のような翼と輪っか、なぜかそれに悪魔のような尾を生やした勇也。

 それだけでも十分驚愕すべきことだが、花にとってはそれよりも彼らの足元に転がっている死体の方が問題だった。

 その能力ゆえ、絶対に死ぬことが無いと思っていた夏帆が殺され、転がされている。

 花はそれが何よりも信じられなかった。


 花が夏帆の死体から顔を上げて神父服の方の勇也を見ると、彼と目が合った。

 瞬時に彼女は判断する。

 こちらの戦力は戦闘系のスキルを持つ近藤咲良と魔物を従わせることができる斎藤優樹菜、あとはあまり役に立たない平井柚希と大石諒だ。

 手元に残しておきたいのは当然咲良と優樹菜であるが、今はそんな贅沢は言っていられない。相手はチート能力を持つ夏帆を倒した、そして恐らくここにいない生徒も皆殺しにした正真正銘の化け物なのだから。


「近藤さん、斎藤さん、二人であいつらを足止めして! 平井さんと大石君は私について来て!」


 優秀な手駒を失うのは惜しい。

 しかし、この場さえ凌げば何とかなる自信はあった。

 今はただ全力で逃げ切るだけだ。

 こうして花の逃走が始まった。




 勇也たちは一瞬のことに目を白黒させていた。

 花たちが現れるのはわかっていたが、恐ろしい判断の早さで唐突に逃げ出したのだ。しかも厄介な置き土産を残して。


 勇也は迷う。

 このまま二人の相手をしていれば、花たちを逃すかもしれない。かといってここを千佳やクロに任せるわけにいかない。

 戦力を分散させた結果、起きてしまった悲劇が凜華なのだ。

 勇也にとって何より大事なのがアナベルだったとしても、これ以上仲間を失うわけにはいかなかった。


 勇也が悩んでいる間に、咲良と優樹菜の攻撃が始まっていた。

 まずは咲良が勇也たちに向かって右手を伸ばす。

 何か魔法を放とうとしているようにも見えるが、勇也は彼女の能力を『鑑定』して、飛んでくるのが魔法よりもっと恐ろしいものであることに気付いた。


 勇也は歌うように素早く詠唱する。


「ベアトゥス ウィル クィー スッフェルト テンターティオネム【ソリッド サンクチュアリ】」


 勇也の翼が広がり、同時に羽が舞った。

 羽は勇也たちの周りを漂い、意思を持ったように同じところを周回している。


 勇也がスキルを発動させたのとほぼ同時にそれが来た。

 勇也たちの足元に極大の魔法陣が生まれる。次の瞬間、頭上から赤い光が降り注いできた。

 赤い光は勇也たちに直撃するかのように思われたが、舞っていた勇也の羽が蒼い光を放ち、勇也たちを蒼い光の中に取り囲んだことにより、それが壁となって赤い光を防いでいた。

 蒼い光の外で、赤い光が豪雨のように降り注いでいる。

 それでいて、体の中まで響くような「ブゥゥゥゥゥン」という重低音が響いていた。

 勇也の特殊なスキルが咲良の放った攻撃を防ぎ、攻撃から生まれた超高温も防いでいるが、それは正しく地獄のような光景だ。巨大な電子レンジに突っ込まれているようなものだった。


 誰もがゾッとした面持ちで耐えていると、やがて攻撃は終わった。

 周りからは湯気が立ち、勇也たちが立っていたところ以外は地面が深く消失してしまっている。


 普通なら今の攻撃は必殺となっていたはずだ。

 きっと不死身の肉体を持つ勇也でも、今の攻撃を喰らえば、跡形もなく消滅していただろう。


 誰も生き残れないはずの攻撃から、全員が生還していることに、咲良が一瞬驚いたような顔を見せた。

 それでもそれは一瞬のことで、すぐに攻撃態勢に入る。

 今度は優樹菜が連れてきた大量の魔物が攻撃に加わり、咲良が隙を突く作戦のようだ。

 二人の連携は厄介極まりない。

 大量の魔物をけしかけ、身動きできなくなったところで魔物ごと勇也たちを消滅させるつもりらしい。

 無論、『勇者』となった勇也には、それを防ぐ方法はいくらでもある。防ぎつつ攻撃する方法も、だ。


 結局のところ、チート能力を持つ生徒たちがいくら束になったところで、『勇者』の力を持つ者には敵わなかった。

 『勇者』か否かの違いで格が違い、次元が違うのだ。


 勇也の翼から再び羽が舞う。

 勇也は連続して二つの呪文を唱えた。


「ベアトゥス ウィル クィー スッフェルト テンターティオネム【ソリッド サンクチュアリ】」


 一つは先程咲良の凶悪なスキル攻撃を防いだ蒼く光り輝く防壁の魔法。


「キリエ イグニス ディヴィネ エレイソン【フェザーレイ】」


 そしてもう一つは何もかもを焼き尽くす業火の炎を生み出す魔法だった。


 勇也は自分の新たな体に徐々に馴染んで来ていた。

 何ができて何ができないのか、まだすべてを理解したわけではないが、だいたいのことは把握してきている。

 それにより、勇也は一つのことに気付いた。このまま戦い続けても、必ず花たちを追い詰めることができるということに。


 勇也の翼から放たれた羽が、宙を舞い勇也たちの周りを再び囲む。

 さらに違う羽の一群が魔物に向かって飛来していった。

 魔物に当たった羽が蒼い火柱となって燃え上がる。次々と、いくつもいくつも。

 洞窟の中が外界より明るく照らし出された。

 そして蒼い光がようやく消えた時、その場に動く者は誰もいなかった。


「誰もいない。咲良も、優樹菜も……」


 千佳が悲しげな声を出す。

 魔物は跡形もなく消え去っており、それを操っていた優樹菜も、彼女と連携して勇也たちを狙っていた咲良もまた、その場から消えていた。


「えーっと、どっちがどっちかは分かんないけど、魔物を操っていた方は僕の炎が浄化したよ。だけど、もう一人の方がわからない。僕は倒していないけど、どこかにいる気配もないし」


「ああ、ここには僕たち以外誰もいない。いや、待て。誰かいる」


 イーターが数多く持つスキルの内の一つである索敵系のスキルを使ったところ、自分たちの近くに他の誰かがいる気配を発見した。

 それは咲良でもないし、花たちでもない。全部で四つの反応だ。


「旦那、一人潜んでいる奴がいたからヤっちまったけど、良かったんだよな」


 その人物は呑気に声を掛けながら現れた。

 そこにいたのはツヴァイ、そして彼女の妹たちである。


「うん、構わないよ」


 どう殺したのかツヴァイは言わなかったが、勇也に分かった。

 妹たちの血塗れの顔を見れば一目瞭然だ。

 もちろん、勇也もそれをわざわざ説明しようとは思わない。沈痛な顔をしている千佳とイーターの表情を見れば。

 今の勇也に言えることは一つだけだった。


「あとの三人を追おう」


 アナベルも千佳もイーターもクロも頷く。

 それですべてが終わると信じて。


 ただ一人、ツヴァイは不思議そうに首を傾げていた。


「なぁ、旦那。追う必要ってあるのか? アナベルっていうのはそこの娘のことだろう? そいつを取り戻したっていうなら、もう放っといてもいいんじゃねぇか? 今の旦那に手を出せる程の(モン)を持ってるわけでもねぇだろうし」


 確かにツヴァイの言う通りだった。

 勇也はすでにアナベルを取り戻している。

 そして今更勇也をどうこうするほどの力が花たちにあるわけはない。


 だが、花たちを放置することは出来なかった。

 アナベルは自分に屈辱と絶望を与えた花を殺さなければ気が済まない。

 イーターは最大の目的である大石諒への復讐がまだ終わっていない。

 クロは凜華を殺した元凶である花を許せるわけがない。

 千佳もそれは同じだし、一度は見限ったとはいえ、クラスメイト達を好き勝手操り、仲の良かった友人たちを道具にした花を野放しには出来ない。


 勇也はクロに対して首を振った。


「僕たちはアイツを許さない。それに、たとえ僕を倒す力が無いんだとしても敵だ。いつどんな脅威になるかわからない。僕は僕の敵を潰す」


 結局勇也にとってやることは何も変わらないのだ。

 日本にいた時も、この異世界に来てからも。


「分かった、行こう」


 勇也が頷き、アナベル、千佳、イーター、クロが勇也の後に続いて頷いた。

 最後の追跡が始まる。

 勇也たちの旅に一つの区切りをつけるための追跡が。



終了まであとちょっと。

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