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第百七話 最後の戦い.5

7/12~連続投稿12日目


 勇也とイーターは洞窟内を文字通り飛んで進んでいた。

 暫く進むと魔物のひしめくエリアに到達するが、勇也はそれを容易く焼き払って行った。

 何もかもを浄化させる聖なる焔が、魔物を跡形もなく消していく。

 そうして少し進めば、今度は魔物の死骸が累々と積み重なっていた。

 どの魔物も鋭利な刃物で切断されたように、綺麗に斬り捨てられている。


「クロがこの先にいる」


 勇也にはそれがすぐに彼女の仕業だと分かった。

 刀を使っているのは凜華だが、凜華のスキルを用いた剛腕と加州清光を以ってしても、これほど美しい断面を作り出すことは出来ない。なにより、勇也はクロの存在をすぐ近くで感じ取っていた。


 少し進んだところで早速クロと再会した。

 後ろから見た彼女の足取りは重く、右足を引きずるようにして歩いている。


「クロ!」


「主様……」


 振り返ったクロは顔に苦渋を滲ませていた。

 足の痛みに耐えているのではない。彼女は自分の情けない姿を主に曝したことを恥じているのだ。さらに、今のクロの体は勇也から賜ったものでもある。


 それだけではなかった。

 クロはこの後の展開も読んでいた。

 勇也は優しい。仲間や眷属に対してはどこまでも。

 彼は自分が傷つくことなど気にもせず、自らの体を犠牲にしてクロを癒す。

 クロにはそれを拒否することが許されないのだ。


「クロ、僕を食べるんだ」


「……はい、主様」


 勇也の伸ばした左腕。クロは勇也に近づいて行き、恐る恐るといった具合でそれを手に取った。

 勇也は自分の腕が食われることにまるで恐怖を抱いていない。むしろ恐れているのはクロの方だ。


 何を思ったのか、勇也は突如自分の左腕に向かって右手を手刀にして振り下ろした。

 鮮血が飛ぶ。

 飛んだ血はクロの白い肌に掛かり、彼女の顔を赤く染めた。

 クロにはただ見つめることしかできない。自分が掴んでいる、もうその持ち主の体とは繋がっていない腕を。


「食べるんだ」


 勇也の再度の命令に促され、クロは観念したように勇也の腕を食べ始めた。


 勇也の腕は美味だった。

 今まで食べたどんな肉より豊潤で、ぎっしりと旨みが濃縮されている。

 クロは自分でも気づかない内に勇也の腕のむしゃぶりつき、あっという間に平らげてしまっていた。残ったのは骨だけで、血の一滴さえその骨に残っていないほどだ。


「見ていて気持ち良いもんじゃないけど、旨そうに見えるんだから恐ろしい」


 イーターはもう一人の自分の腕が食われる様を、そんな風に評した。


 イーターの言う通り、勇也の体は食欲を掻き立てる御馳走に見える。魔物はもちろんそうだし、人間だって腹を空かせていればそう見えてしまうのだ。

 もっとも、勇也は食われても死なないし、食べてしまえば彼の眷属にされてしまうのだが。


 クロの右足が元通りに戻り、勇也の左手も何事もなかったように戻った。


「先を急ごう」


 再び勇也とイーターが宙を進み、その後をクロが追走する。

 彼らは異常に高いステータスのおかげで、難関であるはずの洞窟を難なく進んだ。もとより、もうすでに魔物はもうほとんど残っていない。倒しながら進む必要が無いのであれば、あとはただ真っ直ぐ飛ぶだけである。魔物が飛び出してくるのを警戒する必要などなかった。

 岩を避ける必要も、そこら辺に倒れている巨大な魔物の死骸を避ける必要もない。


 勇也たちの速度は速かった。

 彼らより速いのはチェイサーぐらいのもので、勇也たちより速く進むことができる者は他にいなかった(・・・・・)だろう。

 それでも、もしもっと早く辿り着ければ、そう思わずにはいられない光景が勇也たちの前に現れた。


「は……?」


 勇也の口を突いて出た言葉はそのたった一言だけだった。

 それ以外に何も言えない。何も考えることができなくなっていた。


 勇也の目に映ったのは、まず右肩を押さえながら立ち上がろうとしている千佳だ。

 千佳は怪我をしているようだが、それ以外は無事なようだった。勇也の思考を停止させたのは彼女ではない。

 千佳よりも奥にいる者、剣で胸の間を貫かれている凜華と、相打ちになるように凜華の腕で胸を貫かれた騎士(ナイト)の姿だった。

 凜華の後ろには夏帆と夏帆に囚われたアナベルがいる。

 勇也の目には、凜華がアナベルを庇おうとして刺されたように見えた。


「リンカァァァァァ!!」


 勇也の後ろから叫び声が上がる。

 勇也が振り返れば、クロが目を見開いて前方を見ていた。

 クロの瞳に映っているのは、騎士の胸を腕で貫いたまま力なく項垂れる凜華の姿だ。


 クロの叫び声で勇也は我に返った。

 まだ間に合う。自分の体を食わせることさえできれば、凜華を救うことができると、勇也はようやく思い至った。


「大丈夫だ、僕が助ける! クロは凜華を回収してくれ!」


 勇也はクロに指示を出しつつ、自身は夏帆に向かって飛んで行った。

 夏帆の体の中にアナベルがいる。

 凜華を助けるのも重要だが、まずアナベルを助けなくてはいけない。恋い焦がれ、会いたくても会えないと思っていた彼女に、ようやく会えたのだから。


「何なの、アンタ!? まさか、永倉?」


 夏帆は叫びつつも、千佳に向かって撃った水鉄砲を勇也にも向けて撃っていた。

 だが、今更その程度の攻撃、勇也に効果はない。

 勇也は避けようともせずにそれを正面から喰らい、無傷で夏帆に迫った。

 そして一息で肉薄し、背面に回り込むと夏帆の体に手を突っ込んでアナベルを引きずり出そうとする。

 だが、なかなか引き出せない。

 勇也はさらに夏帆ごと空中に飛び上がって、無理矢理引き剥がさそうとした。


――GYIIIII!!


 アナベルが叫び声を発した。

 それは抵抗して出した声というより、苦しんで出した声のようだ。

 勇也はその声を聞いて動きを止めた。

 アナベルを上手く引き剥がすことができないことに気付いたのだ。下手をすればアナベルがバラバラになってしまうかもしれない。


「ははっ! ちょっと驚いたけど、さあ、ここからどうするつもり?」


 勇也は考える。

 確かに夏帆の『液体人間』の能力は驚くべきものだが、勇也の敵ではない。一対一で正面から戦えば、勇也の浄化の炎が夏帆を跡形もなく消すことなど造作もないだろう。

 しかし問題は今だ。

 アナベルが囚われている以上、あの技を使うわけにはいかなかった。

 そもそも夏帆を倒すのが目的なのではない。アナベルを救い出さなくてはいけないのだ。

 だというのに、勇也にはその手立てが無いのである。


「そんな姿になっても、結局私の『液体人間』の方が上ってことかしら?」


 打つ手無く、ただアナベルを掴んでいるだけの勇也を夏帆が振り返って挑発する。


 しかし、夏帆の挑発に対する答えは、別のところから聞こえてきた。


「だったら試してみるか? アンタの『液体人間』と僕の『喰ラウ者』、どっちが上か」


 夏帆は慌てて前を向く。


「え? は? 何で永倉がもう一人……?」


 イーターが大きく口を開く。

 そして夏帆の喉元に食らいついた。


「っ!!」


 夏帆が声にならない叫びを上げた。


 イーターが夏帆の喉から何かを奪い、少し離れると同時に、夏帆は目を見開いて自分の胸元を見た。

 実際に見ようとしたのはそこではない。もう少し上、自分が何をされたのか見ようとしたのだ。

 しかし、胸に広がる赤いものを見た瞬間に分かってしまった。

 味わったことのない激痛、燃えるような熱さ、だが、それは徐々になくなっていき、むしろ全身が寒くなっていく。

 夏帆はただただ目を見開き、自分の体から命が流れ出していくのを見ながら、事切れていった。


 夏帆の大きく見開かれた瞳から光が消えた。

 同時に、アナベルの体が夏帆の体からずるりと泥から抜け出るみたいに離れて行った。

 あとに残された夏帆の体は重力に従い落下していく。


 勇也はそれを見ることもなく、自分の腕の中で暴れるアナベルを抱き締めていた。


「アナ、僕だ、勇也だ!」


――GYIIIII!


 勇也は必死にアナベルに呼びかけるが、彼女が大人しくなる様子はない。

 やはりアナベルを元に戻す方法は一つしかないようだ。

 勇也は意を決し、自らの左腕をアナベルの口元に持っていった。


 アナベルはすぐさま勇也の腕に噛み付いた。

 そして一心不乱に勇也の腕を噛み千切り、食らい始めた。


「……」


 勇也は何も言葉を発しない。

 ただ痛みに耐え、アナベルが正気に戻るのを待つだけだ。


 勇也を喰らい続けていたアナベルの動きが突然止まる。

 そして彼女はそれまでよりも激しくもがき始めた。

 アナベルの体が少しだけ大きくなる。

 人の姿になり、少女となったアナベルだが、それが一層女らしく丸みを帯びてきた。

 やがて暴れることをやめぐったりとしたアナベルは、未だに少女の域を出ていないが、それでも大人の女に近づき、美しさにはより一層磨きがかかり、妖艶さも醸し出すようになっていた。


 勇也は自分の腕が回復するのと同時に、アナベルと共に地上に降り立った。

 アナベルを腕に抱いたまま、優しく彼女の頬を撫でる。

 すると、アナベルはゆっくりと目を覚ました。


「……ユーヤ、なのです? ああ、アナはきっと夢を見ているのですね。でも、もう夢でも何でも良いのです。こうやってユーヤが傍にいてくれるなら、ずっと夢から醒めたくないのです」


「アナ、これは夢じゃないよ」


 アナベルの様子に勇也が微笑み掛けると、彼女はキョトンとした顔を勇也に返した。


「そんなはずはないのです。だってユーヤが天使だし、アナも何だかお胸が大きいのです。これが夢じゃなかったら、何だというのですか? ……夢じゃないということは、そういうことなのですね。アナはきっと正気を失ったのです。ユーヤの幻を見ているのです。でも、やっぱり幻でも夢でもいいから傍にいて欲しいのです」


「いや、だから、違うって」


 勇也がどうしたものかと頭を悩ませていると、彼らの傍らにクロが現れる。腕には微動だにしない凜華を抱いて。


「主様、凜華が……」


「大丈夫、僕が助けるから」


 凜華の名前が出た途端、それまで勇也の腕で大人しくしていたアナベルが飛び起きた。


「リンカ!? 何でアナの夢の中にあの女が出てくるのですか!?」


 アナベルは険しい顔をしたまま、クロに抱かれる凜華を睨む。

 その鬼気迫る表情から何を考えているのかは明白だ。


「止すんだ、アナ。リンカを許せない気持ちはわかる。だけど、あれは事故だったし、彼女は僕たちの仲間じゃないか」


 アナベルが勇也を振り返った。

 その表情からは怒気が消え、いや、一切の表情がすっと消えている。


「やっぱりこれは悪い夢なのです。死の淵にいるお姫様を王子様が救うお話なのですか? それでアナは除け者にされて、王子様とお姫様が結ばれてめでたしめでたしなのですか? 笑えないのです。そんな話、アナが消し炭にしてやるのです。ユーヤはアナの王子様、誰にも渡さない、もう二度と誰にも近づけない!」


 アナベルが勇也から凜華に視線を移し、右掌を凜華に向けた。

 そこにはクロもいるのだが、そんなもの眼中にないと言わんばかりで、二人まとめて始末しようとしていた。


「アナ!」


 勇也は焦る。

 こうなることも考えることは出来た。だけど会えば何とかなるだろうと、何とか説得しようと考えていたのだ。

 しかし、結果は勇也の予想の斜め上だった。

 アナベルはもう煮え切っている。迷いなどとっくに捨て去り、勇也を手に入れるためなら何だってするつもりだ。


 アナベルをどう止めればいいのか、勇也は考えを巡らすが何も思い浮かばなかった。

 だが、途中で気付く。

 アナベルに狙われているクロが、何も反応しないのだ。

 そもそもクロであれば、凜華を守りながら逃げることだって容易だろう。だけど彼女はそうしない。ただ腕に抱いた凜華を見つめているだけだ。涙を流して。


「主様、リンカが呼吸をしていません。胸の鼓動も聞こえません」


「……は?」


 勇也はただ呆然とするしかなかった。

 クロの言葉を聞いたアナベルが攻撃を止め、薄く微笑んだことも気付かずに。


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