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第百六話 最後の戦い.4

7/12~連続投稿11日目


 千佳たちが進む先に魔物はほとんど残っていなかった。

 それもそのはずだ。

 生徒たちは花を囲むように円になり、魔物を殲滅しながらその縁を外側に広げていった。つまり、蒼真と出会った時点で、彼の後ろにいるのはそのほとんどが死んだ魔物だけなのである。


 千佳と凜華はそのおかげで誰よりも早く進むことができた。

 二人の第一目的はアナベルを助け出すこと。

 しかし、それには同級生たちと戦わなくてはいけないかもしれない。

 同級生の中には強力なスキルを持っている者がいたことを、千佳はあまり覚えていなかったが、凜華はしっかりと覚えていた。

 心情的に彼らと戦うことは出来る。殺すのは難しいかもしれないが、それでもアナベルを救うため、それが勇也のためとなるなら、千佳も凜華も躊躇うことは無いだろう。

 だが、そもそもの問題は彼らの方が実力は高く、二人では太刀打ちできないかもしれないということだ。

 そうなれば、無謀に突撃していくわけにはいかない。そこに何人いるのか、誰がいるのかを見極めることが重要だった。


「千佳ちゃん、いい? やばい奴は……いっぱいいるけど、大したことない能力の持ち主は山南、大石、間埼、山崎、あと騎士だけだよ」


 千佳は後ろを振り返って頷く。


 今の凜華はかつての面影が無い。

 千佳の知る沖田凜華とは、化粧の濃い頭の悪そうでうるさいギャルというイメージしかなかった。

 しかし、今の彼女は化粧をしていない美少女で、計算高い。しゃべり方だけは変わっていないが、こうして状況を整理して作戦を立案しているせいで、しゃべり方などあまり気にならなかった。


「まず、四人以上いる場合は隠れて様子を見る。今言った奴らだけだったとしても。で、三人で今言った奴らだけだった場合はウチがぶっ込んでくから、その隙に千佳ちゃんがアナベルちゃんを助けて。三人でも、中に一人でもヤバい奴が混じってたら、その時はやっぱり隠れて様子を見る。で、二人以下だった場合、ヤバい奴が一人だけだったらウチがぶっ込んで、千佳ちゃんはアナベルちゃんの救出。オッケー?」


 千佳は黙って頷いた。


 千佳は作戦を覚えるのに手いっぱいで気付いていなかった。

 凜華の立てた作戦はかなり高い確率で凜華がリスクを負うことになる。下手をすれば命を失うほどの。

 もちろん凜華とて死にたいわけではないのだが、それがギリギリのラインなのだ。アナベルを救い、自分たちも助かるには。


 しかし、そこには計算違いがあった。

 自分たちが既に見つかっているということに、凜華は気付いていなかったのである。

 自分の元恋人、田中騎士の能力を忘れていたわけではない。それも織り込み済みで行動しているつもりだった。

 だが、騎士の能力は進化していたのだ。

 洞窟の中に入った時点で、見つかっていた。そしてここまで近づけば、彼の『遠見』にはそこに何人いるのか、誰がいるのかまで丸見えだったのである。


 二人はそうとは知らず、ついに「GYIIIII」と聞いたことのある鳴き声が聞こえた時点で走ることをやめ、岩や壁に隠れながらそろりそろりと近づいて行く。

 そしていよいよ声がすぐ近くから聞こえてきたことで、身を屈め岩場の陰から様子を探り始めた。


 そこにいたのは騎士と夏帆、そしてアナベルだった。

 凜華の言葉を使うなら、大したことのないのが一人と、ヤバいのが一人。

 作戦通りならこのまま突撃することになるし、二人ともそのつもりである。あとはどういう流れで戦いに突入し、アナベルを奪い返すかなのだが、それを凜華が考える前に声が上がった。


「なぁおい、凜華だろ? 戻って来てくれたのか?」


 やけに明るい声だ。何の疑いも持たず、ただただ喜んでいるような。


 凜華と千佳は顔を見合わせ、諦めて岩場から出た。ただし凜華は千佳の耳元に口を寄せ、簡単な作戦を伝える。


「千佳ちゃんは騎士をお願い。ウチが島村をヤる」


 千佳は何も言わない。相手に気取られないために。

 それでも千佳が了解していることを、凜華は千佳の緊張した表情から読み取っていた。


「んだよ、やっぱり俺がいいんじゃないか。まぁ、わかってたけどな」


 騎士の言葉はこの場にそぐわない。

 千佳たちの緊張した様子なんてまるで気にしていないし、何より、彼はそう言いつつ、ロングソードを構えていた。


 そんな騎士の様子を、夏帆がクスクス笑う。暴れようとするアナベルを、自分の体、いや、体内で押さえつけたまま。


「面白いでしょ、こいつ。花ちゃん先生の玩具はみーんなこんな感じになるの」


 普段そんなことを言われればまず間違いなく食って掛かるはずの騎士は、まるで夏帆の言葉など聞こえていないようで、真っ直ぐ凜華を見つめていた。その目はやはり濁っており、とてもまともな理性が宿っているようには見えない。


 凜華は騎士に哀れむような目を向ける。

 かつては好きだった男。勇也を喰らい、従僕となってからは騎士に向ける愛はほとんどなくなってしまっていた。

 だが、勇也の眷属から解き放たれたことにより、凜華の中には再び騎士に向けられる想いがあった。それがたとえ勇也に向ける想いとは比べ物にならなくても。

 できれば救ってあげたいと思う。

 どうすればいいかなどはわからない。花を殺すしかないのかもしれないし、もしくは殺したところで救われないのかもしれない。


「ねぇ、騎士。アナベルちゃんを放してあげて。ウチを置いて逃げたこと、もう怒ってないからさ」


「そんな所に突っ立ってないでこっち来いって」


 凜華は騎士と会話を試みるが無駄だった。

 まるで会話は噛み合わず、おそらく騎士の耳に凜華の言葉は届いていないようである。なにより、騎士は未だにロングソードを構えたままなのだ。


 もしかしたら騎士を救う方法はあるかもしれない。しかしそれを探す方法は今ここにはなかった。

 どうすればいいのか。

 一旦退いて勇也たち、もしくはクロと合流するのを待つか、このまま何とか時間を稼いでやはり勇也かクロの到着を待つか。

 確かにどちらかと合流できれば、アナベルを無傷で奪還し、騎士を無力化することも可能かもしれない。

 だが、勇也にせよクロにせよ、邪魔する者に容赦はしないのだ。それがたとえ本人の意思ではなかったとしても。

 それに二人が先に着くとは限らなかった。先に花たちが現れる可能性だって十分にある。


 ならば、凜華に迷っている時間はない。

 せめて自分の手で花の呪縛から解き放ってやるしかなかった。

 問題はいつ突撃するか。出来れば隙を突きたいところである。


「島村、アンタは騎士と違って操られてないの?」


 突破口を探るために出した会話ではあるが、実際気になっていたことだ。


 あとは夏帆が乗って来るかどうかなのだが、彼女は特に警戒する様子もなく、凜華に目を向けた。


「私は見ての通り先生のスキルには掛かってないわよ。でも、どうかな。すべては先生の思いのままかもしれないわね。岡田の奴もスキルには掛かってなかったけど、先生に恋心を利用されて何でも言うことを聞いてたから」


「そこまでわかってんなら、何で……?」


 夏帆は微笑んだ。妖艶に。


「そんな先生も大好きだからよ」


「アンタ……狂ってるよ」


 凜華と夏帆が会話している内に騎士の腕がだらりと下がっていた。

 剣先も地面に向かっており、注意は完全に逸れているようだ。


――今しかない!


 凜華の考えは千佳にも伝わっていた。

 未だ夏帆の注意は逸れていないが、彼女は簡単に油断などしないだろう。

 それなら、せめて騎士の注意が逸れている今しかないのだ。


 凜華が何の前置きもなく、そして何の躊躇もなく駆け始める。

 同時に詠唱を唱え始め、魔法を当てる用意もしていた。

 夏帆には物理攻撃が効かない。魔法で戦うしかなかった。


 凜華が夏帆と戦い、勝てなくともアナベルから引き剥がす。

 そして千佳が騎士を制圧する。

 千佳が騎士を殺すことは無いだろう。千佳は勇也ほど煮え切ってはいない。それに殺さず無力化できるほどの実力差が二人の間にはあった。

 あとは、正気を失っているアナベルがどういう行動を取るかによるが、そこは賭けるしかなかった。少なくとも率先して千佳と凜華だけを狙うということは考え辛い。


 勝てる見込みは少ないがやるしかない。

 凜華は決意を胸に火球を夏帆に向かって放つ。

 だが、凜華はまた計算違いをしていたのだ。


 凜華は魔法で夏帆に隙を作るつもりだった。

 魔法は当たらなくてもいい。ただ避けるか何かしてくれれば、もしかしたらアナベルを放してしまうかもしれないと考えたのだ。


 しかし、夏帆は飛んできた火球を避けようとすらしなかった。

 彼女がしたのはただ腕を突き出す、それだけだった。

 彼女の腕は真っ直ぐ凜華の方ではなく、凜華に一拍遅れて駆け始めた千佳の方を向いている。

 まるで千佳を指差しているように見えるが仕草だが、少し違う。

 夏帆は人差し指を千佳に向け、親指を立てていた。

 それはまるで指で作る鉄砲の形だ。


「千佳ちゃん、危ない!」


 凜華は叫ぶが間に合わなかった。


 夏帆は人差し指の先から千佳に向かって何かを高速で射出したのだ。

 それは極小の水の塊だった。

 湊介の『ウォーターキャノン』に比べれば規模も威力も数段劣る。

 だがそれは拳銃並の威力はあり、人を殺すには十分だった。


「きゃあああああ!」


 千佳の叫びが辺りに響き渡る。


 撃たれた千佳は後ろに吹き飛び、そのまま地面に倒れてしまった。

 当たり所が悪ければ致命傷になりかねない一撃だが、幸いなことに千佳が撃たれたのは右肩だけだ。

 千佳は地面に倒れたまま、痛みに呻いていた。


「ふふ、ちょっとは楽しませてもらわないとね」


 凜華が振り返れば、無傷の夏帆がいた。

 完全に誤算だった。

 夏帆の能力が物理攻撃を無効にするだけではなく、魔法攻撃まで無効にできるとは。

 そして、凜華の誤算はもう一つあった。


 それまで大人しく黙っていた騎士がロングソードを構えている。

 その切っ先は凜華に向けられているわけでも、ましてや地面に転がる千佳に向いているわけでもない。

 彼が狙いをつけているのは夏帆だ。

 いや、違う。夏帆の体に囚われたアナベルを狙っているのだった。


「あー、仕方ないかぁ。先生の命令だもんね。どうせなら永倉の目の前でやって欲しかったけど」


 騎士が剣を振り上げる。

 同時に凜華はスキルを使った。

 狂化(ベルセルク)ではなく、獣化(ビースト)のスキルを。

 一気に距離を詰め、彼女は飛び出した。


 騎士が剣を振り下ろす。

 夏帆の体ごとアナベルを突き刺すつもりなのだ。

 だが、彼が振り下ろした切っ先は夏帆の体に届かなかった。

 彼は剣を振り下ろしたまま目を見開く。その目に徐々に理性の光が戻っていった。


「……え?」


 口を突いて出た言葉は何とも呆けた声だった。

 彼は自分の目の前の光景をすぐに受け入れることができない。

 彼の目と鼻の先には凜華がいた。

 自分が突き出した刃が胸を貫いて。


「アンタ、馬鹿だよ。今更目を覚ますなんてさ。……せめて、一緒に」


 凜華が騎士に近づく。

 剣は凜華の体をさらに奥深く貫いて行くが、彼女が止まることは無かった。


「凜華、やめろって」


 騎士は凜華を制止した。

 危険を察知してではない。ただ凜華の体が心配で。

 だが、それは致命傷だった。


 凜華は騎士とすぐ触れ合える距離まで近づくと、抜き手を放った。

 凜華の放った抜き手は騎士の胸の間を貫く。ちょうど凜華の胸を貫く剣と同じ位置だ。


 騎士が大量の血を吐く。

 目の前にいる彼の愛した、未だ愛している凜華のように。


「ごめんな、凜華」


 彼は最期にそう呟いた。

 すでに瞳から生の光を失った彼女に向かって。


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