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第百三話 最後の戦い.1

7/12~連続投稿8日目。


ここは本来なら広い洞窟であるはずなのだが、そこには所狭しと魔物がひしめいていた。

 ハイオーク、ホブゴブリン、蛇型の魔物や蝙蝠型の魔物、虫型の魔物など、種類は様々だ。

 本来であれば違う種族の魔物は捕食関係にあり、一部の魔物を除いて共闘することなど有り得ないのだが、彼らは小競り合いすることすらなく、真っ直ぐに上の階層に向かっていた。

 唯一例外は、魔物ではない存在を発見した時だ。

 魔物の大群はたまたまそこに人の群を発見し、捕食しようと集まってきているのだった。


 初めこそ彼らは窮地に立たされた。

 大量の魔物が突如発生し、群がって襲い掛かってくる。

 さらにそれだけではなく、彼らの内の一人、斎藤優樹菜が従えていた強力な魔物、仲間だったはずの魔物までもが彼らに牙を剥いたのである。


 年若い少年少女の中でも一際若く見える、しかし、実際は一番この中で年長であり、少年少女を意のままに従える花は、際限なく湧き続ける魔物の群を、その少年少女たちを使って殲滅し続けていた。

 戦い続ける過程で、なんとかお気に入りだった一体だけを取り押さえることには成功した。しかしあとは処分するより他なかった。

 勿体無いが仕方ない。

 こんな不意打ちを受けるとは夢にも思っていなかった。まさに青天の霹靂だったのであるから。


 しかし、窮地に陥ったのは一瞬だけ。

 体勢を立て直しさえすればあとはどうにでもなった。

 彼女の周りには強力なスキルを持った者が何人もいる。彼女に絶対服従の駒として。


「アナベルちゃんは大人しくしてくれた?」


「はい、先生。またさっさと奴隷にしちゃいませんか?」


 それは不思議な光景だった。

 二人の女がもつれ合っている。

 一人は地面に腹這いで組み伏せられた、蝙蝠の羽と先端がハート形の尾を持つ美少女、アナベルであり、もう一人はそのアナベルの背に座り動きを封じている島村夏帆である。

 二人は文字通り重なり合っていた。まるでどっちが前で後ろかわからない騙し絵みたいに。


――GYIIIII!!


 アナベルは見た目だけは美少女なのにも拘らず、まるで魔物のように(実際に魔物なのであるが)吠えた。

 そして力の限り暴れようとするのだが、彼女の攻撃は夏帆にまるで通じていない。

 拳を振るえば当たる。当たるのだが、振るった拳は体を貫通し、引き抜こうとしてもそのまま動かなくなってしまう。当然、夏帆にダメージはなかった。


「そうね、でもまだ後回しでいいわ。とりあえずここを片付けて、強そうで使い捨てにしても良さそうなモンスターを先にペットにしてもらった方が良いかしら」


 花は言った後で軽く溜息を吐いた。


 こんな事態に陥る前までは、全て完璧とまでは行かなくても割と順調だったのだ。

 危険で困難だが、何が待ち受けているかわからない心躍る冒険。頼もしい仲間(げぼく)とそこで生まれる恋。可愛い女子生徒の恋人に、自分に恋い焦がれるイケメン男子生徒。可愛いペットまでいる。

 本当はもう一人生徒をコレクションに加えたかったが、それは叶わなかった。


 花の能力は段階的である。

 対象者を少しずつ洗脳していき、最終的に完全な傀儡とすることができるのだ。

 初めから対象者がやりたくないと思っているようなことをさせたりは出来ない。

 だから、絶対に仲間になりたくないと思っていた勇也を仲間にすることは出来なかったのである。


 だが、それはそれで面白かった。愛する者同士を引き裂くというのは。

 それに、何もかも欲張らなくても、十分この世界を満喫できていた。

 もう残る階層も一つだけだった。

 しかし、あとはこの迷宮を脱出し、王国に取り入ってしまえば新たな楽しい物語が始まるはずだったのに、まったく予想外のこの騒ぎである。

 強力なスキルを持つ生徒たちの手に掛かればこの程度どうとでもなるとはいえ、煩わしいには違いないし、何だか水を差されたような気分だったのだ。


「偵察に行ってくれた岡田君たちはまだ戻って来てないかしら?」


 花が傍に控えていた田中騎士に聞く。

 騎士はどこか虚ろな目で暗い洞窟の先を見ていた。


「暗くてよく見えねぇけど、多分まだ戻って来てないぜ」


 騎士は『遠見』のスキルがある。

 それゆえに彼自身の戦闘力はあまり高くないが、彼は花の駒として手元に置かれていた。


 騎士のスキルで強化された目には魔物の大群のさらに先までもが見えている。

 暗闇で見えにくいとはいえ、普通の人間に比べればかなり先まで見通せていた。

 その彼の視線にふいに人影が写った。


「いや、先生。戻ってきたみたいだ。……待てよ、あれは岡田たちか? 多くねぇか?」


 偵察に出ていたのは秀一たち三人だった。

 しかし、騎士の見ている前で動いた人影は三人ではない。少なくとも四人の人影がこちらに向かってきている。


 それを聞いた花の表情が強張った。

 確かに秀一たちが戻ってきた可能性はある。一人多いのは、途中で別れてしまった生徒たち、例えば勇也たち内の逸れたのか、もしくは生き残った誰かを連れてきたということだって考えられた。

 だが、花はその可能性を捨てた。

 秀一たちが戻ってきたのなら、すぐさまこの魔物の群に斬りかかるはずだ。

 愛する花を守るため、大声で自分に注意を集め、他の二人と連携して戦い始めるだろう。

 しかしそれがない。

 魔物の大群に変化はなく、やって来た人物たちはこそこそとこちらに近づいて来ているようなのだ。

 つまりそれは秀一たちでは有り得ず、花たちに何か含むところを持った者たちということになる。

 例えば、花の能力に気付いて、アナベルを取り戻しに来た勇也たちだとか。


 こちらに向かって来ているのが秀一たちではないかもしれないと考えても、普通そこまでは考えないだろう。

 だが、花は違う。

 常に何通りもの可能性を計算しているし、その中から最も高い確率の可能性をはじき出すことだって出来る。


「田中君、あなたはそのまま向かって来る奴らを見張っていて。大石君は私と一緒に来なさい」


「先生、私は?」


「夏帆はそのままアナベルちゃんを押さえておいて。でも、もしもここに来た誰かがアナベルちゃんを奪おうとしたら、……その時は殺して構わないわ」


「そうならないことを祈るわ。アナベルちゃんも先生と同じで小さくて可愛いから」


 花は軽く微笑むとそのまま魔物を狩り続けている生徒たちの方に向かって歩き始めた。

 残った生徒たちは距離を空けて花を囲むようにして、円形になって魔物を蹴散らしている。

 花が向かったのはその内の一人、最も高火力の攻撃スキルを持つ近藤咲良だった。

 咲良は剣で魔物を斬りつけつつ、魔物が集結し始めると魔物の頭上に黒い光の柱を降らせまとめて消滅させている。近くにはもう一人、平井柚希がいて、咲良のサポートをしていた。


「近藤さん、こっちに魔物以外の誰かが向かって来ているわ。もし見つけたら優先的に攻撃してちょうだい。出来れば生け捕りにして。

 大石君は私が今言ったことを他の皆にも伝えに行って」


 咲良は攻撃の手を緩めず、ただ人形のように頷く。

 諒もまた頷くと、走って行ってしまった。


 花は去って行った諒を見てほくそ笑む。

 勇也たちが弱くないことは理解していた。

 しかし、それでも自分の可愛い手駒たちに比べれば足元にも及ばないと思っていたのだ。

 咲良の下にやって来たのは念のためだ。

 何かあっても自分だけは助かる。

 花に迷いは微塵もなかった。

 その見通しが甘いなどとは知る由もなく。




「おい、ここだけ魔物がやたら多くねぇか?」


 洞窟を走りながら赤銅色の髪の美女となったツヴァイが、同じく黒髪の美女となったクロに愚痴を零した。


「それだけここに人が集まっているということだろう。……それよりも貴様、馴れ馴れしいな」


「別にいいじゃねぇか。旦那の同じ眷属なんだ」


 ツヴァイの言葉を聞いたクロは、思わず凜華を見つめていた。


 凜華はすでに勇也の眷属ではない。

 だが、クロにとって彼女は今も妹のようなものなのだ。つい彼女を心配してしまうのも無理はなかった。

 しかし凜華はクロの視線に気付いた様子はない。

 真っ直ぐ魔物の群、そしてその先に意識を向けているようだった。


「さて、どうする? 一点突破してみるか?」


「いや、二手に分かれよう。私と凜華と千佳でアナベル……様を探してみる。貴様たちは暴れ回って気を引いておいてくれ」


「よし、任せときな。ちょうど一暴れしたい気分だったんだ。ゼクス、ドライ、フィアー、行くよ」


「くぃー」

「くぅー」

「くぇー」


 ツヴァイを先頭に、姉妹たちが離れて行く。そしてそのまま魔物の群に突っ込んでいってしまった。


「私たちはこのままこっそり魔物の群を突破しよう」


 クロの言葉に千佳が苦笑いした。


「それってすごく難しそうなんだけど」


「そんなことはない」


 それは強がりでもはったりでもなかった。

 今の自分ならこの程度の魔物の群なら簡単に蹴散らせる。クロはそう確信していたのだ。


 だが、心配が無いわけではない。


「それよりも、本当に良いのか? 私はもしも千佳と凜華のかつての仲間が襲い掛かってきても、躊躇いなく殺すぞ。たとえ操られているのだとしても」


 千佳は否定しない。

 ただ寂しそうに微笑むだけだった。


「私も、もう覚悟は出来ているから」


「ウチも大丈夫。出来れば最後に騎士と話したかったけど、この状況じゃ無理そうだし。アナベルちゃんを助けるのを優先すんよ。アナベルちゃんがウチを許してくれなかったとしても」


 二人の表情を見たクロは頷き、疾走した。

 二人の覚悟をアナベルに届けるために。



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