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第百二話 徒花

連続投稿7日目。7/12~

 勇也(イーター)は知っていた。


 男なら誰もが目を止めてしまう美貌とスタイルの持ち主、山南芽衣には、実は好きな男がいる。

 普段はそのおっとりとした容姿の割に毒舌だったり、友人の恋愛話をからかうのに余念がなかったりする彼女であるが、ずっと同じクラスの男子に恋をしていることを、彼女は誰にも黙っていた。


 芽衣が好きなのは誰か、そもそも芽衣が恋をしているということ自体、彼女の友人は誰も気付いていなかった。同性の千佳も、咲良も、優樹菜も、もちろん一学年の途中から親しくなった凜華もだ。

 それにも拘らず勇也が気付いたのは、偶然などではなく必然と言えるだろう。


 勇也(イーター)は人一倍感情に曝されてきた。悪いものも良いものも含めて。

 だから芽衣の、特定の人物にだけ少し違う接し方に気付けたのだ。

 芽衣は他の男子に話し掛ける回数よりも彼に話し掛ける回数が少ない。彼の話題を上げることも少ない。そのくせ、彼を目の端で追っていた。

 一つ一つは些細なことだ。

 それでも、その一つ一つの些細な行動に彼女の想いが隠されていた。


 しかし、勇也(イーター)はなぜ芽衣がその想いをずっと胸にしまい続けていたのかは知らない。

 一学年の時は告白どころか、一度もそんな話をしなかったし、二学年になってから勇也は二人とクラスが変わってしまったが、やはりそんな話はしなかったし聞かなかった。

 それでも勇也は知っていた。芽衣がずっとその男子生徒を想い続けていたことを。

 そして知らなかった。その男子生徒もまた、芽衣のことを想っていたことを。




「何で……?」


 それまで生気のない瞳で踊り続けていた芽衣が、後ろから大翔を抱き留める。


「俺ってさ、そんなに頭良くないからよ、自分でもわかってなかったんだなぁ」


 大翔もまた、すでに瞳に意思の光が戻っていた。

 だが、それも束の間だ。

 彼の胸には穴が穿たれ、そこから火が上がっている。

 彼の命はもう幾ばくも無い。

 そしてそれは芽衣も同じだった。

 勇也の放った弾丸は大翔を貫き、彼が庇ったはずの芽衣も貫いていたのだ。


 二人はしばし見つめ合い、そのまま燃え上った。

 彼らがどんな顔をして最期を迎えたのか、勇也にはわからない。

 すでにそこにあるのは燃え盛る炎だけである。


 イーターはそれを呆然と眺めていた。

 失ったのは自分のかつての友人だが、勇也を責める気にはなれなかった。

 一度何もかもを食い殺した自分にはその資格が無いと思っていた。

 ただ今の彼にできるのは、友人の死を悼むことだけだ。


 友人の死を見ていることしかできなかったイーターに向かって、背後から斬撃が飛んできた。

 完全に油断していた一撃だ。

 まさかこのタイミングで仕掛けてくると思わなかったのだ。イーターのよく知る彼が。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 咆哮と共に一閃が襲い掛かってくる。

 だが、その斬撃がイーターに当たることは無かった。

 秀一の振るった刀が届くより早く、飛び出してきていた勇也が秀一を殴る方が早かったのである。


「多分そこにいると思っていたよ」


 勇也が、勇也の攻撃を自分で何とかできそうなイーターをわざわざ避けて攻撃した理由がこれだった。

 わざと隙間を作って見えない敵を一か所に炙り出すためだったのである。


 立ち上がった秀一は何も言わない。

 友が死に、絶体絶命に陥ってなお、ただ剣を構え勇也たちに相対するだけだった。


「岡田、お前わかっているのか? 土方と山南が死んだんだぞ?」


 耐え切れなくなったイーターが声を出す。

 それは本人も気付かぬまま責める口調となっていた。


 イーターの言葉を聞いた秀一は、苦笑いした。

 何を言っているんだ、というように。


「お前は本当に永倉か? 俺の知っている永倉はもっと自己中心的でクラスメイトのことなんてどうとも思っていないような奴だったと思ったがな。いや、そうか。そっちが俺の知っている永倉なのか?」


 秀一はそう言って勇也を見つめる。

 勇也は何の感情も持たないかのように秀一を見つめ返していた。


「イケメン君、さっきの二人は操られていたみたいだったけど、君は正気ですね?」


 秀一が鼻で笑う。やっぱりお前が永倉か、と。


「そうだ。俺は先生に操られていない」


 それを聞いたイーターは愕然とした。

 まるでそれでは、あの教師が何をやっているかわかっていて加担しているようではないかと。

 そして、それが事実だとするなら、もっと酷い事も考えられる。イーターの知る秀一がするとは思えないようなことだ。


「まさか、お前はわかっていて、二人を使ったのか?」


 ただの戦力として、道具として使い捨てたのか、イーターは言外にそう言っていた。


 秀一もイーターが何を言いたいかわかっているようだ。

 彼はただ頷く。自嘲するように苦く笑って。


「まったく、お前は誰なんだ……。ああ、二人を死なせたのは俺の責任だ。だから永倉を責めるつもりはないさ。責任は全部俺が負う」


 秀一の表情が変わる。

 この絶望的な状況にもかかわらず、彼は諦めずに未だに二人を倒すつもりでいるのだ。


 秀一が剣を振るった。

 勇也たちからはまだ距離があり、どう考えても剣の間合いではない。

 しかし、それは破れかぶれで振り回した一撃などではなかった。

 風のうねりが巻き起こり、勇也たちに向かって鋭い斬撃が飛んでくる。

 それが秀一の能力だったのだ。


 勇也たちはそれぞれ反対方向に飛び上がると、その一撃を難なく避けて見せた。


 イーターもすでに戦う覚悟は決めている。


 イーターが秀一に向けて『ファイアボール』を放った。

 しかし、秀一はそれを剣で斬ってみせた。

 秀一のスキルによる剣技は、魔法すら斬ることができるのだ。


 一筋縄ではいかない相手である。

 ただし、勇也たちが相手でさえなければ。


 轟音が鳴り響く。


 “拳”銃と呼ぶにはあまりにも長大なエカレスが、勇也の魔力で生み出されたマグナム弾を吐き出していた。

 勇也はただ引き金を引くだけでよかった。イーターの作った隙を突いて。

 それだけで命を穿つことができた。


 カランと乾いた金属音が響いた。

 秀一の持っていた剣が転がっている。


 秀一はわかっていた。

 天使の翼と輪を持った勇也を見た時から。あれは自分では絶対に勝てない相手だと。

 それでも戦わないという選択肢はなかったのだ。

 勇也たちと出会ってしまったのはたまたまであったが、もし勇也がこのまま先に進めば、必ず花を殺すだろう。だから戦うしかなかった。


 つまりそれは、花が何をやっているかもわかっているということだった。

 アナベルを操り、生徒たちも操っている。

 秀一は操られなかったが、今となってはそれもどうかわからない。

 直接操られなかっただけに過ぎないともいえる。花は秀一の気持ちを知っていて、それを利用したと考えない方が不思議だった。


「それでも俺は、先生を愛していたんだ……」


「……馬鹿野郎」


 イーターが悔しそうに呟く。

 助けられないかもしれないとは思っていた。

 それでも再び友人を失うのが辛くないわけはなかった。


「永倉、悪かったな……」


「僕は君を責めません。もし僕が君でも、同じことをしたかもしれないから」


 それが事実かどうかはわからない。

 実際のところ勇也はアナベルと道を違えてしまっていたのだ。

 それでも、アナベルのためなら何だってする覚悟が勇也にはあった。こうやってクラスメイトを手に掛けたように。


「アナベルちゃんにも謝っておいてくれ……」


 秀一は最期にそう言って笑った。

 そして彼は炎の中に消えていった。


「地上の命は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と聖霊の御名において。アーメン」


 それはただの祈りだった。

 たとえ神の存在を信じていなくても、唯一知っている神が邪神だったとしても、勇也は自分のためではなく、彼のために祈ってあげたくなったのだ。


「何だ、それは?」


 イーターが訝しげな表情を勇也に向ける。


「お呪いだよ」


「えせ神父め」


 勇也は淡く微笑んだ。

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