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第九十九話 翼の勇者

連続投稿4日目(?)


 勇也は食われる。

 その身を灼熱のような痛みに晒されながら、それでも仲間を救うためにひたすら耐えた。

 この痛みは苦痛ではない。仲間を救うために自分の身を捧げることは、喜びでさえある。その程度で仲間を助けることができるなら。


 そして勇也は彼らを祝福した。


『ERROR:『勇者の種子』が『翼の勇者』へと変化しました。それに伴いスキルの所持者の種族が変更されますが、『天使族』はロックされています』

『ERROR:変更が解除されません。管理者による操作が必要です』


『あれぇ? お兄さんてば勇者になっちゃったの?』


 薄れゆく意識の中で、どこからともなくのほほんとした声が聞こえてくる。

 女の声とも少年の声とも区別できない声だ。


『今の時代魔王でしょ? 主人公が魔王になる方が燃える展開なんだよ? 知らないの?』


 勇也は声を発そうとするが、それは適わなかった。

 ひたすらこの声を聴き続けるしかないらしい。


『まぁ、なっちゃったもんは仕方ないよねぇ。んで、えーと、天使族の解除だね。あー、却下だな。嫌いなんだよ、天使って。それにその恰好で天使って言ってもね。羽は翼にレイアウト変えればいいけど、尻尾はどうしようもなくない? うん、そうだ、こうしよう。お兄さんの新たな種族は天使と悪魔を合わせた『天魔族』。どう? かっこいいでしょ?』


 勇也は「ちょっといいかも」などと考えてしまったのだが、それはどうやら邪神にしっかりと聞こえていたようだ。


『アハハハハハ、気に入ってくれたようでなによりだよ。

 あ、それとさ、ごめんねー。魔物を凶暴化させる魔法を発動させたんだけどさ、すっかりアナベルちゃんとかジェヴォ君とかのこと忘れてたよ。対象外にするつもりだったんだけどねぇ。いやぁ、失敗失敗』


 勇也の中で怒りが生まれる。


『わー、ごめんって。でもみんな無事だったでしょ? アナベルちゃんだって元気だよ。そうだ。代わりに何か上げるよ。うんえー側の補填ってやつさ。ほらほら、何でも言ってみて』


 勇也は一度怒りを抑えた。

 アナベルが無事であるのならばとりあえずはいい。

 それに追加で何かもらえるなら、今すぐに欲しいものがあった。


『え? そんなものでいいの? まぁ、それぐらいお安い御用だけどね。……はい、じゃ、変えておいたから。あとは自分で頑張ってねぇ』


 慌ただしく彼が言い終わると、それ以降何も勇也には聞こえてこなかった。

 しばしの静寂と暗闇が続く。

 だがそれは束の間のことで、今度は急速に勇也の意識が浮上していく。眠りから目覚める時のように、今まで自分のいた世界を置き去りにして。


 目を覚ますと、目の前には漆黒の女がいた。

 長い黒髪に黒のワンピースを着た長身の美女だ。

 勇也はその女の姿形を知らない。

 しかし、勇也はその女を知っていた。


 女は勇也の姿を認めると、彼の前に跪いた。


「クロ、だね?」


「はい、主様。主様の力でヘルハウンドからバンダースナッチへと生まれ変わりました。主様のように」


 言われて勇也は自分の肩を見た。正確には肩ではなく、その後ろから生えている羽だ。

 だがそこにあったのは最早羽ではない。蝙蝠のような黒い羽は白い白鳥のような翼へと生え変わっていた。

 邪神ユヒトの言っていたように勇也は天魔族へと生まれ変わったのだ。その証拠に、未だ悪魔の尾は抜け落ちてはいなかった。


「でも、これは要らなかったな……」


 勇也はそう言いつつ、自分の頭の上に手をやった。

 そこにあったのは天使の輪である。

 それに直接触れることは出来ないのだが、そこに手をやると何かあるのがわかり、それがどうやら輪であるらしいということまで理解できたのだ。それがなんの役に立つかまではわからないが。


 勇也に変化があったのは外見だけではない。

 勇也のステータスはそのほとんどが十倍以上に跳ね上がり、スキルも複数取得していたのだ。

 勇也は自身でも気付かない内に持っていた『勇者の種子』を開花させ、『翼の勇者』を得ていた。

 それ以前に勇也は美徳スキルである『献身』を得ている。それが『翼の勇者』を開花させるきっかけになったのだが、得たスキルはそれだけではない。他にも『熾天使ウリエル』のスキルを新たに取得していた。


「主様が進化されたこと、そして無事ご帰還なされたこと、心よりお祝い申し上げます」


「クロも僕の『天魔の眷属』として生まれ変わったんだね」


 勇也はクロを『鑑定』しながらそう呟いた。

 彼女もまたステータスが大きく伸び、『天魔の眷属』というスキルを得ていた。

 そして何より、種族が『バンダースナッチ』という種族に変わり、その姿も人型に変わっている。


 だが一方で、まったく変わっていない者もいた。


「てっきり坊主の眷属になるかと思ったんだがナ」


 クロと同様、我を失って勇也を喰らったはずのジェヴォとカトリーナもまたその場にいる。

 しかし、彼らはまったく変化している様子が無い。カトリーナはともかく、ジェヴォもクロや勇也と同じ『変異種』であるにも拘らずだ。

 それどころか、二体とも勇也の眷属になってすらいなかった。


「うん、邪神様にお願いしておいたからね」


 勇也が邪神ユヒトに頼んだこと、それは『食用人間』による眷属化を勇也の任意で選択できるようにすることである。

 勇也はこれにより、復活と同時に自らを食らった相手を眷属にするかどうか選べるようになるのだ。


 勇也は早速この機能を使い、ジェヴォとカトリーナを自らの眷属から外したのである。

 そんなことをしなくとも、この二体の魔物が自分たちにとって友好的なことを勇也はよく理解していた。


「助けてもらったことには礼を言うゾ。お前たちと馴れ合うつもりはないがナ」


「別にいいよ。どうせアナと合流したら喧嘩になりそうだしさ」


 勇也はすでに以前襲われたことなど許しているが、アナベルまでもそうだとは限らない。なにせその時の出来事がきっかけで、『憤怒』なんていうスキルを手に入れたのだから。


「なんにせよ、今はアレを片付けるのが先ダナ」


 ジェヴォの指差した先には砂漠があるはずだ。しかし、どこに砂漠があるのかわからないほどの魔物大群が押し寄せて来ていた。


「僕が片づけるよ。今の僕ならきっとそれができるから」


「ああ、そうだナ。今のお前とは戦おうとすら思えナイ」


 勇也は苦笑いすると、地面を蹴った。

 そしてそのまま天高く舞い上がっていく。


 自分がどれだけ強くなってしまったのか、この残酷な世界で苦しみもがいてきた勇也にはそれがよくわかった。

 いや、苦しみもがいてきたのはこの世界だけではない。この世界に来る前だって、いつだって勇也は苦しみもがき続けて来ていたのだ。


 ただ力を欲した。

 世界に抗う力を。自分を守るための力を。

 この世界に来ても力を求め続けた。

 自分を守るための力を求め続けていた勇也は、いつしか愛する者や仲間を守る力を求めるようになっていた。

 いくらかは強くなれたのかもしれない。それでも足りなかった。

 勇也の力では足りないことが多くて、多くのものを取りこぼしてきてしまっていた。


(それももう終わりだ)


 唐突に手に入れた勇者の力、それがたとえ望んで手に入れたものでなかったとしても、それは間違いなく勇也の力だった。勇也が抗い続けてきた結果、手に入れた力だ。


 勇也は力を振るう。

 愛する者や仲間を守るためだけに。


「キリエ イグニス ディヴィネ エレイソン【フェザーレイ】」


 勇也の翼から羽が舞い落ちる。

 それは魔物の軍勢の頭上に落ちて行った。

 勇也の翼からは次々に羽が落ちて行っているのだが、その勢いは止まらない。それどころか、やがて抜け落ちた羽は雨の如く魔物たちに降り注いだ。

 そして、羽が魔物触れると同時、それは火炎柱となって燃え上がった。

 一枚ではない。それは何枚も何枚も、魔物に降り注ぎ、焼き尽くしていく。


 地上を見れば、後には何も残されていなかった。魔物の死体も、焼け焦げた跡も、何もない。すべて消し去られてしまったというように。


 それでも魔物は後から後から魔法陣から湧いて出て来ていた。

 だが、そのいずれも勇也が焼いた跡を通ろうとはせず、そこだけ迂回していくように進軍していった。


 勇也は視線を魔物の大群から移す。

 そこには勇也を見上げる者たちがいた。

 勇也を待ち続けた者たちが。


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