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第九十七話 姉妹との再会

7/12より連続投稿中、2本目


 疾風の勇者の肩の上は予想以上に快適だった。

 音速で走っているにも拘らず、風を全く受けないのだ。

 どうやらチェイサーは風を操ることが出来るようで、勇也たちに風が直撃しないように配慮しているらしかった。

 確かにこの速度で走られたら普通の人間なら命に関わるだろう。

 尤も、この面子を普通の人間と呼べるかは甚だ疑問で、簡単には死ぬことは無いだろうが。


 チェイサーが走り始めてから数分後、変化が起き始めた。

 チェイサーにしがみついている三人は気付くことができなかったが、チェイサーがそれに気付く。


「魔物が増えましたね」


 無論チェイサーにはどうということは無い。

 この階層の魔物と戦って負けることなどありえないし、そもそも戦う必要すらないのだから。


 当然チェイサーは魔物が増えたからといって、それを相手することもなく進み続けた。

 しかし、ついに砂漠に到着したというところで、見覚えのある魔物を発見して歩みを止めた。


「あれは確か君の……」


 勇也がチェイサーの見ている方向を見ると、そこには某映画ではラプトルと呼ばれている(が実際にはディノニクスである)恐竜によく似た魔物がいた。

 それだけなら何の変哲もない魔物で、チェイサーも気付かず素通りしていたのだが、その魔物はサスペンダーとショートパンツを装着していたのだ。

 勇也もその魔物のことを当然忘れてはいない。


「ツヴァイ!」


 ツヴァイの近くにはゼクス、ドライ、フィアーの姉妹たちもいた。


「良かった、無事だったんだね」


 チェイサーの肩から下りて勇也は声を掛けるのだが、どうにも彼女たちの様子がおかしい。

 勇也をじっと見たまま動こうとしない。勇也を見たらすぐさま駆け寄って来てもいいはずなのに。

 勇也がどうしたのだろうと首を傾げた次の瞬間、彼女が声を上げた。


――Quaaaaa!


 その声は勇也のよく知るものであるはずなのに、どこか違う。

 それにツヴァイは人語が操れるはずなのに、先程からまったく声を発そうとしていない。


「何か様子がおかしくありませんか?」


「そうですわね。彼女は『変異種』のようですが、今は理性を失っているようです」


「それって、どういう……」


 勇也がマディに尋ねようとした時、それまで様子を窺っているようだったツヴァイたちが一斉に駆け出した。勇也たちに向かって。


「殺しちゃまずいのか?」


 早くも戦闘態勢になるイーターに対して勇也が怒鳴る。


「やめてくれ! 君にとっては違っても、僕にとっては大切な仲間なんだ!」


 そうこうしている内にもツヴァイと三体の魔物たちが勇也たちに向かってきていた。


 勇也は飛び上がると、そのままツヴァイの背中にしがみつき、彼女の動きを止める。


「ツヴァイ! 僕がわからないのか!?」


 ツヴァイは答えない。

 暴れ回り、勇也を背中から引き剥がそうとするばかりだ。


 他の三人もそれぞれ妹たちを押さえつけていた。


「どうするんだ? いつまでもこうしているわけにいかないぞ」


 イーターの言う通り、彼ら四人は人外のステータスを持っているとはいえ、ずっと押さえ続けているわけにもいかない。

 勇也はどうすべきか考えるのだが、なかなか考えは浮かんでこない。


 だが、その考えている時間すらもなくなってきた。


「これは、どうなっているのでしょう……?」


 チェイサーが空を見上げて呟く。

 そこにはいくつもの魔法陣が浮かんでいた。

 そして、そこからは次々に魔物が生み出されて行くのだ。

 さらにそれだけではなく、砂漠を大きな揺れが襲った。


「これは……間違いありません。神話級の魔法、『カーニバル』ですわ」


 マディはその魔法について詳しく知っているわけではない。

 彼女が魔王だからたまたまその存在のみを知っていただけなのだ。

 彼女が他に知り得るのは、この魔法が発動できるのは極大の魔力の持ち主であるということ。そう、例えば神である。


「ついに目覚めるのかもしれません。邪神、ユヒト様が」


 それは勇也にとってはさして驚くほどのことでもなかった。

 ユヒトの存在は知っていたし、彼の知る限り、ユヒトは一応起きてはいた。

 だが、マディの言っている意味も理解できた。

 ユヒトは封印されてしまったと言っていた。目覚めるというのは、その封印を解こうということなのだろう。


「まずいですね。この地響きの正体、おそらく数えきれないほどの魔物の大群がこちらに向かってきているのでしょうこのままでは……」


 もちろんこの階層の魔物など、彼らにとって脅威とはなり得ない。勇也がかつて苦戦したサンドバシリスクでさえも、勇者と魔王の手に掛かれば敵ではなかった。

 しかし、チェイサーの言いたいことは違う。

 もしこのまま襲われれば、この地竜たちを見捨てなければいけなくなると言いたいのだ。


 勇也が彼女たちを犠牲にするということは当然有り得なかった。

 勇也は彼女たちを救うために決断する。

 一番大切な存在がアナベルなのだとしても、仲間は助ける。そのために自分を犠牲にする覚悟はいくらでもあった。


「その三体を僕の方に向けて放してください」


「いいんですの?」


「何する気だ……?」


「いいから、僕を信じて」


 それ以外に道が無いというなら、勇也は躊躇わない。

 恐怖が無いわけではなかった。それでも、仲間を失う恐怖に比べれば、自分が死ぬことなど大したことではないのだ。


 三人が妹たちを一斉に放した。

 同時に、勇也もツヴァイを放し、自ら彼女の前へと回り込む。

 そうすれば当然彼女たちは勇也を襲うしかなくなる。

 何と言っても、勇也の肉は特別に旨そうに見えるのだから。


 勇也は抵抗しない。

 ただ両手を広げ、彼女たちを迎え入れた。


「おいっ!!」


 今まで散々人を食い殺し、理性を取り戻してからもボニー食ったイーターであるが、さすがに自分が食われる姿には抵抗があった。


「――っ!!」


 一方で勇也は声すら上げない。

 ひたすら耐えるだけだ。

 たとえ死んでも彼女たちを救う。いや、自らの“死”という代償を支払うことで、彼女たちを取り戻すのである。


 ツヴァイが、ゼクスが、ドライが、フィアーが、勇也の肉体を容赦なく喰らう。

 勇也は耐え続け、やがてその瞳から光を失った。


――Quaaaaa!!


 勇也が息絶えるのとほぼ同時、ツヴァイを耐え難い痛みが襲う。

 それは他の三体も同じで、まともに動くことすら敵わない。

 さらにそれと並行して勇也の肉体の再生が始まった。


 チェイサーとイーターはすでに見た光景だ。

 魔王であるマディだけが、食われた肉体が再生する場面を始めてみることになった。


 マディの瞳は驚愕に見開かれていた。

 彼女は知っている。

 生とは何か、死とは何か。

 一度死んだ者は生き返らせられない。

 そんな魔法は存在しないのだ。

 それでも勇也は一度死に、生き返った。


 生き返った勇也を見たツヴァイが首を傾けた。


「だん……な?」


 ツヴァイはちゃんと勇也を覚えていた。

 彼女は自我を失って、ただ暴れていただけだったようだ。


「良かった、みんな元に戻って」


 元通りの姿に戻った勇也が、駆け寄ってきた妹たちを抱き寄せる。

 ツヴァイは自分に何が起きたのかわからず、勇也たちにすり寄る妹たちをキョトンと見つめていた。


 ツヴァイはすぐに辺りを見回した。

 そして驚く。

 勇也と同じ顔をした男がいる。そして勇也を襲っていた強敵チェイサーまでもいた。もう一人いる女も、ツヴァイには格の違う強さを持っていることがわかった。


 ツヴァイの警戒している様子に気付いた勇也が、彼女に微笑んだ。


「大丈夫だよ。チェイサーはもう敵じゃない。あっちにいる僕みたいな姿をした女性も多分味方だ。あと、彼は、何て言えばいいかな。ま、ともかく彼も味方だよ」


「そう、なのか……」


 勇也が敵じゃないというなら、ツヴァイは従うことしかできない。

 顔がそっくりな男がいるのは気になるが、ともかく今何が起きているのか把握することの方が重要だった。


「いいかい、僕らは今上に向かっている。僕の恋人、ゴブリンのアナベルに会いに行くつもりなんだ。それと、彼の恋人、千佳にも」


 勇也がイーターの方を向く。

 ツヴァイはとりあえず頷いた。


「僕はもう逃げない。アナが望む限り、僕は彼女の傍に居続ける」


 ツヴァイは目を細めた。

 少し見ない間に勇也が大きく成長している。そのことに喜びを感じると共に、一抹の寂しさを覚えたのだ。

 しかしそれも一瞬のこと。勇也のすべきことが決まっているというなら、彼女はついて行くだけだった。たとえ地の果てまでも。


 チェイサーもまた勇也の様子を観察していた。

 一番若い勇也は、チェイサーもイーターも辿りつけなかった場所に至っているのかもしれない。

 それはチェイサーにとって可能性という名の希望だった。

 そして希望はそれだけではない。

 チェイサーの目には見えていた。

 勇也が取得した新たなスキルを。


 『勇者の種子』


 それはまだ単なる希望にしか過ぎない。

 まだ開くかわからない希望だ。

 チェイサーは敢えてそれを勇也に教えない。

 開くかどうかもわからないことだ。だが必ず開くだろうと信じて。


「行きましょう。急いだ方が良い。魔物の大群が来ますし、それにアナベルさんも魔物なのでしょう?」


「そうか。これが魔物を狂化させる魔法なら、アナだけ対象外になるとは限らない」


 その通りだった。

 この魔法にかからなかった勇也もマディも見た目はアナベルと変わらない。

 しかし、ステータスの分類で言うなら、二人と違いアナベルだけは魔物なのだ。


「ええと、それもまぁそうなのですが……」


 なぜか急にチェイサーが少し言い辛そうにする。

 勇也が首を傾げて彼を見つめると、やっと口を開いた。


「もっと早く教えてあげれば良かったのかもしれませんが、高一の時の担任、ええと、名前は忘れましたが、あの小さい女、あれはかなり危険です」


 チェイサーもマディも一度クラスメイト達には会っている。

 尤も、その時は二人ともただの死体のフリをしていたが。

 それでもチェイサーは何人かのスキルをチェックしていて、特に危なそうなものは覚えていたのだった。


「わかりました。もし僕の邪魔をするなら、即、殺します」


 チェイサーは何も言わない。

 自分も散々邪魔な人間を殺してきた。

 時には嬉々として拷問した挙句に殺してしまったこともある。


 それでもチェイサーは勇也に自分と違うものを見た気がした。

 チェイサーは殺しを“悪”と自覚して殺してきた。

 今の勇也は違う。

 今の勇也にとっては善も悪も大したことではないのだ。愛する者のために、必要があれば殺しもする。

 言葉では言い表せない。それでも確固とした信念を勇也は持っていた。


「おい、あいつは僕にとっておいてくれ。大石諒だけは」


 勇也に対し、イーターは違った。

 チェイサーにしてみればかつての自分を見ているようなものだ。


「また君は……」


 チェイサーが苦言を呈する前に勇也が割って入った。


「任せるよ。『僕』に。僕にとっても憎むべき相手かもしれないけど、仇というほどでもないし、今は殺したいわけじゃない。だけど彼の存在が千佳を脅かすというなら、結局殺すしかないんだから」

 

「勇也さんの方が大人なんじゃないですの?」


 チェイサーは何も言わなかった。

 代わりに指を差す。

 チェイサーの指差す先には人の影があった。

 まだ距離はあるが、飛ぶことのできる勇也には大した距離でもない。


「おそらくあそこにいるのは千佳たちでしょう。どうやら魔物に襲われているようです。ジャンゴ君たちがいるからどうにでもなっているでしょうが。

 そして、アナベルさんは一度も見ていないので、今通ってきた崖の横穴から続く洞窟内にいるのでしょう。さて、どうしますか?」


「そんなの決まってます。まずは千佳たちを助ける。クロを助けた方が効率が良い。彼女は鼻が利くから」


 勇也は迷わなかった。

 アナベルが一番大切で何よりも優先することに躊躇いはない。

 それでも、目の前ですぐ助けられる仲間がいるなら、見捨てるという選択肢はないのだ。


 勇也たちは彼女たちの元へと急いだ。


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