第83話 闘神と廃人たちのロンド
「これは……」
「ダンジョン、ですね……」
ダ・モラドガイアの足下にあった扉の先には、複雑に入り組んだ迷宮が広がっていた。
頭上にどこまでも続く吹き抜けがあり、その周囲に、トリックアートみたいな道々が上へ上へと重なっているのだ。
「――あ。ジンケ、もう来たよ」
「ん? ……あっ! マジだ!」
三階くらい上の道からジンケとリリィさんが顔を出し、俺たちを見下ろしていた。
「急ぐぞリリィ!」
「道は?」
「たぶんあっち!」
二人はすぐに姿を消す。
直後に、戦闘音が反響してきて、かと思うとすぐに終わった。
モンスターを超速で倒しながら突き進んでいるのだ。
「先輩! 私たちも……!」
「――いや、ちょっと待て」
視線を下に戻した瞬間、俺は違和感に襲われていた。
この空間……ロビーとでも言おうか。
何かが欠けている。
おそらく、これは経験則だ。
無意識に今までのゲーム経験を分析し、ここには何かがあるはずだと言っているのだ。
何でもない駅の一区画が、隠し通路の入口に見えてしまう、あの感覚。
俺のゲーム脳が、ここを調べろと言っている――
「…………真ん中?」
俺は四角い空間の真ん中に移動した。
「ここに何かあるんですか?」
「いや……なんていうか、真ん中が寂しい気がした」
「寂しい?」
「あるはずのものがないって感覚だよ」
ゲーム開発者は、たぶん、一度ここに『何か』を設置し、それを元に周囲の環境をデザインした。
それから『何か』をどけたのだ。
大量にゲームをやっていると、そういう雰囲気が、なんとなくわかるようになる。
俺はしゃがみ込んで、床にそっと触れた。
何の変哲もない石のタイル……。
……いや?
「…………スイッチがある」
「あっ!」
小指くらいの直径の突起が、タイルとタイルの継ぎ目に存在した。
ゲームで不自然な突起があったら、大体スイッチだ。
「ほんと先輩、こういうのよく気付きますよね……」
「経験の勝利だな。ふはは!」
ポチッとな。
躊躇いなく押した。
と。
ズズズ……!
角柱状の柱みたいなものが床の下からせり上がってくる。
柱の側面には、1本の光の線が、ぐねぐねと複雑に折れ曲がって走っていた。
何か模様を描いているようにも見えない。
というか……。
「この光の線……現在進行形で伸びてませんか?」
「おう」
チェリーの言うとおり。
こうして見ている今も、光の線は伸び続けている。
「なんだ、今の音!」
頭上から声が響いてきた。
またジンケが、吹き抜けからこちらを覗いている。
「えっ。なんか柱みたいなの出てんだけど!?」
「何か見逃してたのかな」
光の線が止まっていた。
「まあ仕方ねえ……。オレらはこのまま上行くぞ!」
光の線が伸び始める。
「……先輩。この光って……」
「ああ……俺もわかった」
伸び続ける光の線に、俺は指を沿わせた。
「この線は、ジンケたちの位置……この柱は、《シェアマップ》になってる!」
そこで。
入口の扉が開いた。
「あれっ? 二人とも?」
「もしかしてわたしたちを待っていたんですか?」
新しくダンジョンに入ってきたのは、セツナにろねりあ――多くのプレイヤーを動員する能力と、リアルタイムに情報を共有する手段を持っている配信者たち。
俺とチェリーはほぼ同時に叫んだ。
「ちょうど!」
「いいところに!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
〈マップが4つに分かれてるんじゃね〉
〈階層が大きく分けて4つあるんだと思う〉
〈今ジンケたちが走ってるのが一番下の階層のマップだろうな〉
「リアルタイムで動くからスクショ撮っても意味ないな……」
「ツールのほうのシェアマップは動きません。さすがに対策されてますね」
「なら配信に映しておけばいいね。僕がここでマップを映して情報を纏めるから、みんなはマッピングを進めてくれ!」
「「「「了解!」」」」
そうして、俺たちはにわかに動き始めた。
手分けして複雑に入り組む迷宮を走り回り、その軌跡が光の線となって、セツナの配信に映ったマップに刻まれていく。
最初は光がめちゃくちゃに走っているようにしか見えなかったのが、あっという間に地図らしくなった。
同時並行で進めるマッピングがどれだけ高効率か、俺たちは知っている。
たとえ、遅れを取ったとしても。
たとえ、プロゲーマーであろうと。
このゲームの攻略には、俺たちに一日の長がある!
『うおっ!? なんか下にいっぱい来てねーか!? どうやって祭壇突破した!?』
〈ケージが攻略法発明したらしい〉
〈体技魔法じゃなくて上昇気流に乗れば簡単らしい〉
〈他のクランも追いかけてきてるぞ! 急げ!〉
『あっ……! 上昇気流!
――っはは。ちくしょう、やるな……!』
お褒めに与りどうも。
すぐに追いついてやるから、面と向かって言ってくれ……!
〈【報告】ろねりあ組行き止まり〉
〈【報告】ストルキンです。行き止まりに行き当たりました〉
〈【報告】分かれ道、右へ@ゼタニート〉
〈【報告】隠し扉を発見しました。ジャック〉
セツナの配信に、次々と探索報告が集まってくる。
ゼタニートこいつ、ちょっと書き方古いな。
1階ロビーにある柱型のシェアマップには、プレイヤーが通った道が光の線として表示される以外には何もわからない。
だから分かれ道などに行き当たった場合は逐一報告しなければならないのだ。
この手順も、慣れていない奴ならかなりもたついたことだろう。
だが俺たちは極めてスムーズ。
何の混乱もなく、正確かつ簡潔に情報が集まり、どんどんマップが完成していく。
さらに。
〈もうすぐ着きます!〉
〈参加します! 間に合いそうですか!?〉
『ありがとう! 中に入ったら直接指示するから来て!』
セツナの配信を見て状況を知った人間が、次から次へと集まってきていた。
人望だな。
こればかりは俺には真似できない。
こうしてこの迷宮は、《第六闘神》1人と最前線組十数人による戦場と化したのだった。
〈ジンケ、中ボス到達〉
〈ジンケ中ボス!〉
〈ジンケのとこに映ってるの、これ中ボス?〉
コメントを見てセツナがすぐに動いた。
『この線がジンケさんだから――わかった!
ケージくん、チェリーさん、聞いてる!? 君たちが一番近い!!』
俺は笑う。
チェリーも笑う。
「つくづく愛されてるな、俺たちは」
「ええ。おいしいとこもってっちゃいましょう!」
〈いけええええええええええ〉
〈追い抜け!!!〉
〈メイド美少女を侍らせたらどうなるか思い知らせていけ!!!!!!〉
最後のはともかくとして、言われなくてもそのつもりだ!
俺たちは走る。
複雑怪奇に入り組んだ迷宮を、セツナの指示に従って迷いなく駆け抜けていく。
そうして、背中を見た。
1本の槍を手に、大きな石造のドラゴンと戦うジンケの背中を。
「追い――」
「――つきましたっ!!」
「げっ!?」
ぎょっとしたプロゲーマーの顔を見て、俺たちは笑う。
「《オール・キャスト》!!」
走る足を止めないままチェリーのバフを受けた。
《魔剣フレードリク》を抜き放ちながら、ジンケの頭上を飛び越える!
「第四ショートカット発動!」
全身に風を纏い、《風鳴撃》を石のドラゴンの鼻先に叩き込んだ。
ドラゴンは痛そうにいななき、半分以上減っていたHPがさらに減少。
俺は反動で跳ね返されるが、
「《エアーギ》!!」
落下する前に、チェリーが小さな風の弾丸を放った。
温泉のとき以来だな!
床を舐めるように走った風弾は、途中から突如、軌道を上に曲げた。
俺を下から押し上げるように。
〈はああああああああ!?!?〉
〈2段ジャンプwwwwwwww〉
〈なんだよそれwwww〉
空中で跳び上がった俺は、ジンケの公式配信のコメント欄が急速にスクロールするのを横目に見ながら、石のドラゴンの頭の上に着地した。
そして。
振り返り。
地上にいるジンケを見下ろして。
言う。
「横殴り失礼」
「……野郎ぉ……」
悔しさの入り交じった笑みを見て俺も笑い、足下に――すなわちドラゴンの脳天に魔剣を突き刺した。
――バシィッ!
クリティカル・ヒット。
石のドラゴンのHPが4分の1まで落ちる。
ドラゴンが暴れ回り、俺は振り落とされた。
空中で体勢を整えながら、俺は叫ぶ。
「チェリー! ラスアタ取るぞ!」
「マナー違反ですけどね!」
そうさ。
他人が戦っているボスを横から攻撃するなんてマナー違反中のマナー違反。
でも――
「上等だ」
第六闘神は面白そうに笑っていた。
「まとめてかかってきやがれ、廃人どもッ!!」
チェリーが高位魔法を乱射する。
俺の魔剣が幾度となく輝きを帯びる。
ジンケの槍がクリティカル音を連ならせる。
そして。
俺が放った《炎昇斬》が、ドラゴンのHPを消滅させた―――




