第63話 新ステージの初探索
探索していた他の面子にも鍵を見つけたことを話して、古城を出た。
再び舟に乗って湖を渡る。
目指すは洞窟の先にある神殿だ。
すでに日はだいぶ傾いていて、赤い夕焼けが鬱蒼と茂る森を横ざまに照らしている。
早いところ行かないと夜になってしまいそうだ。
日が沈むとモンスターのレベルが上がるし、何より《月の影獣》が現れ始めるから厄介だ。
そんなわけで、俺たちは急ぎ足で洞窟に向かおうとしたのだが、その前にいかつい鎧を着た連中と鉢合わせになった。
「むっ! 貴様ら……!」
「むむっ! 霧が晴れている!」
「むむむっ! あの古城は……!」
洞窟の中でも会った《聖ミミ騎士団》のメンバーである。
相変わらずエリート主義にまみれた鼻持ちならない騎士のロールプレイに余念がない。
「よもやあの城に扉の鍵が!?」
「先を越されたか……!」
「……あのー、一緒に行きますか?」
セツナが遠慮がちに声をかけると、「「「ふんっ!」」」と鼻を鳴らす音がハモってちょっと面白かった。
「敵に情けをかけられるなど騎士の名折れよ!」
「ここは譲ってやる。感謝するのだな!」
そう言って、騎士たちは前線キャンプのほうへ戻っていく。
「あいつら、騎士と武士がごっちゃになってないか?」
「同じようなものなんじゃないですか?」
「いや……色んな人に怒られそうな発言だな、それは」
「そうですかねー」
チェリーは小首を傾げた。
ともあれ、新エリアの一番乗りは譲ってくれるらしいので、遠慮なくもらっておこう。
《限りの森》の中の前線キャンプまで戻ってきた俺たちは、ダ・ミストラーク戦で消費したアイテムの補給もそこそこに、洞窟の中へと入る。
幾度かの戦闘を経てこれを突き進んでいき、かつて巨大な水たまりだった縦穴を降りて、底にある扉を抜けた。
「こんな場所、よく見つけましたね」
浅く水が張った床を見ながら、ろねりあが俺たちに言った。
「先輩が気付いたんですよ。ね?」
「いや、穴の縁に階段があるのを見つけたのはお前だろ?」
「砂が積もってるところが怪しいって言い出したのは先輩じゃないですか」
「それを吹き飛ばしたのはお前じゃん」
「もう! 素直に功績を認めてくださいよ!」
「お前もだろうが! お前がいなかったら見つけられなかったっつーの!」
「……褒め合いながら喧嘩してますね」
「してるね」
ろねりあとセツナが、なぜか生暖かい目で俺たちを見守っていた。
なんだその目は。
水をぱしゃぱしゃ蹴りながら神殿を進み、ドラゴンの巨像と壁画がある大広間も抜ける。
しばらく行けば、目的の扉はすぐだった。
「うわー、目玉みたいな模様だー」
内側の丸が塗り潰された二重丸を見て、双剣くらげが言った。
目玉か。
弓矢の的って言ったり乳首って言ったり、色んな見方があるもんだな。
「じゃあ先輩。どうぞ」
「おい。宝箱といい、なんかよくわからんもんに触るのはとりあえず俺みたいな風潮になってないか」
「そ~んなことないですよぉ~?」
「笑顔が邪悪!」
「あうっ」
おでこを指で小突いてやったら、チェリーはぷくーっとあざとく頬を膨らました。
はいはい可愛い可愛い。
「ダウトーっ!! はいイチャつきました! 完全にイチャつきました今ー!!」
「「うえっ!?」」
「こちらイチャつき警察です! えー、午後5時8分、容疑者かくほー!」
「はい、そこまでです、くらげさん。そっと見守ってあげましょうね」
「かくほかくほー!」
じたばた暴れる双剣くらげの首根っこを掴んで、ろねりあは視線で『どうもすみませんウチの子が。さあ続きをどうぞ』と言ってきた。
できるか!!
「おほん! ……扉、開けるぞ」
俺は咳払いして誤魔化しつつ(誤魔化せてない)、二重丸の扉に向かい合う。
古城の玉座の間にあった鍵を取り出し、鍵穴に挿すと、ぴったりと嵌まる感覚があった。
回す。
……カチリ。
開いた。
俺が鍵を抜くと、二重丸マークを二つに割るようにして、扉が左右に開いていった……。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「……階段か?」
扉を抜けた俺たちは、ぐーっと顔を上に向けた。
扉の先にあったのは、塔の中のような円筒状の空間だったのだ。
その壁に、螺旋階段が上までずーっと伸びている。
「見たところ階段は途切れてないし、上ってみようよ」
「だな……」
セツナの提案に頷いて、俺たちは長い螺旋階段を上り始めた。
先頭はなぜか俺。
直近の戦闘で活躍した奴をなんとなく尊重する流れはいつものことだが、これ、何かあったら真っ先に死ぬの俺なんだけど。
体よく盾にされてるんじゃないかってのは被害妄想か?
螺旋階段は何十メートルもあった。
ビルなら……何階建てだ?
ふと真ん中の吹き抜けから下を見てしまい、俺は足を竦ませる。
いやー、やっぱダメだ、高いとこ。
戦闘中はアドレナリンが出てるからか結構平気なのになあ。
感覚としては京都タワーくらいの高さ(伝わらなそう)を螺旋階段で登り切った。
そこにはドーム状の空間があり、ちょうど正面に扉がある。
今度は何のマークも描かれていない。
「なんだか……ちょっと寒くありません?」
チェリーが服の隙間から露出している白い肩をさすった。
俺は瞼の裏の簡易メニューを見ながら、
「山だしな……。まだデバフがかかるほどじゃねえみたいだけど」
気候によるデバフを防ぐためには、それ用のポーションやアクセサリー、あるいは装備が必要となる。
寒さを避けるには防寒着を着ればいいわけだ。
ただそうすると、いつも着ている装備は着ることができなくなるが。
「だいじょーぶだいじょーぶ! たとえ寒くても彼が暖めてく・れ・る・か・ら♪」
「暖めっ……え!?」
「はいはいくらげさん! ハウスです!」
「わうーん!」
双剣くらげはいつの間にか括りつけられていたリードで、ろねりあに引っ張られていく。
事あるごとにぶっ込んできやがるなアイツ。
「……ええと。……先輩、行きましょう?」
「……お、おう」
チェリーの露出した肩を見て、手で覆ってやれば多少は暖かくなるかな、なんて思ったのは内緒である。
今度の扉に、鍵はかかっていなかった。
観音開きのそれを、両手で押し開く。
赤く燃える太陽の光が網膜を刺し、俺は手で目を庇った。
夕焼けの赤い陽光に、石のブロックでできた床が染め上げられている。
整然と並んだ柱が黒い影を伸ばし、赤い床を横断歩道みたいに区切っていた。
「……ここは……」
半ば以上草に覆われた石の街道。
途中で折れた柱。
棚田状の地形にいくつも見える、風化しかかった石造の建築。
そして一番奥。
岩壁を直接掘り抜いて作られた、何十メートルもの高さのドラゴン像。
ここは――そうだ。
この場所の雰囲気を表現する言葉は、これしかない。
「――遺跡……?」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
長い螺旋階段を上った先にあったのは、遺跡エリアだった。
それも、建物は一個だけじゃない。
これは、街……いや、数からすれば集落ってとこか。
本来、ここらには人が住んだことがないって話だった。
それがあの神殿で覆されたが……。
それにしても、これは……充分すぎる文明じゃねえか。
これほどの集落を作った文明が、外部とまったく交流しなかったって言うのか……?
「これは探索のし甲斐がありそうだね……」
セツナが口元に淡く笑みを刻んで呟いた。
「みんな。ここでいったん自由行動にしよう。各自、好きに辺りを探索ってことで」
プレイヤーたちは歓喜の声をあげて、三々五々に散っていく。
何人かは前線キャンプを作ると言って、螺旋階段のあるドーム状の建物の中に戻っていった。
「わたしたちはここで大人しくしておくとするか。さすがに未知の人類圏外を歩き回るほど命知らずではない」
「えっ。先生、行かないんですか……?」
「お留守番。怖い目に遭いたくなければな」
「しょぼーん……」
ブランクとウェルダは螺旋階段の建物の前で待機するようだ。
そうしたほうがいいと思う。
「先輩、先輩! 私たちも早く行きましょう! 気になるところがいっぱいありますっ!」
「よしっ……!」
俺たちもじっとなんかしていられない。
太陽が沈む前に、できるだけ多くの場所を見て回ろう!
草に沈んだ街道を歩いていく。
あちこちに半分崩れた石の建物があるが……。
「やっぱり一番気になるのは、アレですよね」
「おう。一番奥のやつだな……」
棚田のように段々になった地形の、一番上にして一番奥。
岩壁を掘って浮き彫りにされた、高さ数十メートルのドラゴン像だ。
「なんだっけ。海外の画像でああいうの見たことある」
「磨崖仏っていうらしいですよ。岩壁を直接彫って作った仏像」
チェリーがネットブラウザを見ながら言う。
あれは仏像じゃないけどな。
さしづめ磨崖竜か?
「あんなでっかいのに、他の場所からは見えなかったよな」
「階段で結構上ってきましたし、下からは陰になってるんでしょうね……」
「下からは陰に、か……。偶然そうなったとは思えないな」
明確な意図をもって隠していたのに違いない。
この文明を築き上げた人間たちは、他の土地の人間に見つかりたくなかったんだろうか……。
「じゃ、なんとなくあの巨像を目指しつつ見て回る感じで」
「異議なしです!」
集落とは言うが、棚田状の地形に点在する建物の成れの果ては、民家にしては大きなものが多いように思う。
公民館的なものなのか、あるいは地下にあったような神殿か。
ちなみに、遺跡と呼ばれるもののうち、建物みたいに別の場所に動かすことができないものを『遺構』と呼び、土器や骨など動かすことができるものを『遺物』と呼ぶ(byウィキペディア)。
だから、あちこちにある大きな建物の痕跡は、厳密には『遺構』だ。
ちょっと坂を登って、高台にある遺構に足を踏み入れた。
残っているのは石の床と柱くらいで、屋根はほとんど崩れ落ちている。
「湖の古城はきっちり原形を保っていたのに、ここのはすっかり朽ち果ててますね……」
「言われてみればそうだな。違う時代のものなのか……?」
「あの古城で手に入れた鍵でここに来られたんですから、無関係とは思えませんけどね」
それもそうだ。
俺はあちこち見回しながら、遺構を通り抜けていく。
特に宝箱なんかはなさそうだが……。
「――うおっと!?」
不意にバランスを崩して、つんのめった。
かろうじてコケずに済んだが、チェリーが呆れたような目で見てくる。
「何してるんですか、先輩」
「洞窟で思いっきり足を滑らせた奴が言えた義理か!」
知りませーん、と言わんばかりにチェリーはそっぽを向いた。
ったく。
俺は足元に目を向ける。
「なんか足場が急にデコボコして……」
「デコボコ?」
足元を見ると、床に敷き詰められた石のブロックが、そこだけバキバキに砕けていた。
まるで何か重いものが落ちたかのような……。
「あれ……? あっちにも似たような場所がありますけど」
「え?」
チェリーが指差したほうを見ると、何メートルか先にも、同じように石材が砕けている箇所があった。
さらに視線を先にやれば、何メートルかごとに、砕けた床が点々と続いている。
俺とチェリーは顔を見合わせた。
気になる。
俺たちは砕けた床を追うようにして移動した。
程なくして遺構の端まで到達し、
「うっ」
「わっ?」
二人して呻き声を漏らす。
それは驚愕によるものであり――
同時に、戦慄によるものでもあった。
遺構の外。
剥き出しになった地面に。
巨大な足跡があったのだ。
「これ、って……」
俺にはその足跡に見覚えがあった。
とんでもなく太い三本指。
その先端には、鋭い爪の痕跡も見受けられる。
そして、踵から指先まで1メートルはあるこの大きさ……。
「先輩、これ……」
「まあ、予想はしてたよな……」
あれだけ強調されてたんだし、すでに1度戦ってもいる。
実物が、いないわけも、ない。
――ズンッ……!!
震動があった。
背後からだ!
俺とチェリーは一斉に振り返る。
他の遺構の陰から、長い首が覗いていた。
ダ・ミストラークとは違い、ずんぐりとした胴体と、太い4本の足を持つ、洋風の出で立ち。
黒ずんだ赤銅色の鱗に覆われた、小山のような巨体。
爬虫類そのものの瞳がこちらに向きそうになり、俺たちは慌てて柱の陰に隠れた。
視線が逸れた隙を見て、ロックオンして名前を表示させる。
――《呪竜 Lv110》。
ドラゴンだ……!
ダ・ミストラークに続いて、これで2匹目……。
「(どうします、先輩?)」
チェリーが耳元で囁く。
息がくすぐったい。
「(狩ればおいしいが、さすがに情報がなさすぎる。どうするにせよ、もうちょっと様子を――)」
――ズンッ……!!
え?
また震動があった。
今度も、背後からだ。
前方に《呪竜》を捉えているのに、背後から。
恐る恐る振り向くと……。
巨岩の陰からぬうっと顔を出した1体の呪竜が、俺たちをじっと見つめていた。
に……2体目?
「て……」
「て?」
「―――撤退っっっ!!!!」
即断だった。




