第62話 歴史に忘却された古城
ブランクとウェルダについていき、複雑な古城内をすいすいと動き回った。
兵士の詰め所(らしき場所)、食堂(らしき場所)、貴賓室(らしき場所)などを回っていく。
「なんというか、全体的に……」
「おう」
「争った形跡、ヤバくありません?」
「……おう」
チェリーの言うとおりだった。
行く場所行く場所すべてに争った形跡が残っている。
具体的には、錆びた剣や槍だ。
さらにはフォークやナイフ、包丁など、とにかく物騒なものがそこら中に転がっている。
「誰かに襲われたってことなのかな……」
セツナの呟きを、「いえ……」とチェリーがちょっと嫌そうに否定した。
「そこらへんに転がってる白骨死体が、どれも鎧を着てないのが気になるんですよね……」
廊下や部屋の隅などには、いくつか骸骨が転がっている。
確かにそれらは、剣を握っていることはあっても鎧は着ていなかった。
「武器庫や兵士の詰め所に鎧自体はあったんですよね……。なのに着てないってことは、着る暇もなかったか、あるいは……」
「本来は着る必要がなかったか?」
にやにや笑いながらブランクが言った。
……着る必要がない?
チェリーは少しだけ眉をひそめて続ける。
「この城の状況を想像したら、必然的にたどり着くと言いますか……。もしあの霧とドラゴンが、外敵を追い返すだけじゃなく、ブランクさんたちみたいに内部の人間を閉じこめてもいたとしたら、何が待っているのか……」
「なるほど……。食料の枯渇と、その奪い合いによる仲間割れ、ですか」
ろねりあのシリアスな声に、チェリーはうなずいた。
「……つまり、この城は自滅したってことか? 誰に攻められたわけでもなく?」
「外にいたダ・ミストラークに殺されたと言うことはできるでしょうけど」
「あの白い笛は? あの笛にもこの城の紋章が入ってたんだから、あれで出入りしてたんじゃないのか?」
「使ったら襲ってきたじゃないですか」
……確かに。
「あんな笛があったってことは、かつては確かに、あの霧を自由に出入りできてたんでしょうけどね……」
それができなくなった。
そして城の食料が尽き……やがて生き残るために、城内で殺し合いが始まった……。
「うーん……エグい」
「テキストではっきり示されないところにエグい要素を入れるの大好きですからね、NANOは」
「ははははは!!」
なぜかブランクが大笑いした。
「まあでも、エグいのを除けば……」
セツナが抜けた床や転がった木材などを見ながら言う。
「拠点として使えるかもね、ここ。前線キャンプをこっちに移してもいいんじゃないかな」
「そうですね。モンスターの襲撃を気にしなくても済みますし。湖に橋を架けてしまえば、交通の便もそこまで変わりません」
セツナの案にろねりあが同意する。
前線キャンプは俺たち人類圏外で活動する最前線組の、いわゆる補給線だ。
プレイヤーが狩りの帰りしなに余った消費アイテムを露店に売り、それを別のプレイヤーが適宜購入する――
基本的にはそうやって成り立っている。
これがモンスターに襲撃されて寸断されると、俺たちはポーションなどの消費アイテムが切れるたびにいちいち街に戻らなければならなくなる。
些細なタイムロスかもしれないが、その積み重ねが攻略速度に大きな影響を及ぼすのだ。
モンスターの襲撃を気にしなくていい場所に前線キャンプを設置できるのは、人類圏外の攻略において大きなアドバンテージだった。
「そろそろ最上階だ。玉座の間があるだけだがね」
ブランクが階段を踏み外したウェルダの腕を引っ張り上げながら言った。
階段を上りきったあとに、巨大な鉄扉が姿を現す。
俺とセツナとでそれを開けて、薄暗い空間へと足を踏み込んだ。
朽ちて破れたカーテンの隙間から、外の光が射し込んでいる。
木漏れ日めいたそれが照らす空間は、どこか静謐な空気に満ちていた。
剥き出しになった寒々しい床の各所に、骸骨がごろごろと転がっている。
なんて数だ……。
これまで見たどの部屋よりも、骸骨の数が多い。
「うえー……。なんか想像ついちゃいます」
「何が?」
「城内の食糧が尽きそうってなったときに、誰に優先的にそれが回されるかって話ですよ……。
玉座の間にいるような偉い人たちが、自分たちだけお腹いっぱい食べてるって知ったら、下っ端の兵士たちはどう思って、どんな行動を起こすか……」
「うぎえええ」
武器を手に手に詰めかける兵士たちの姿が目に浮かぶようだ。
そして、ろくな抵抗もできない貴族たちの姿も……。
「おいおい。ウェルダの前であまりエグい話はしないでくれたまえよ」
ブランクが苦笑しながら言った。
チェリーは慌てて、
「あっ、ごめんなさい! ……ウェルダちゃん、ごめんね?」
「はいー?」
きょとんと首を傾げるウェルダ。
話がよくわかっていないらしい。
さて、本題だ。
ウェルダの話では、ここに宝箱があるって話だったが……。
「およー? 宝箱なんてどこにあんのー?」
ビキニアーマーの双剣くらげが、トレードマークのツインテールを尻尾みたいに振り振りして見回す。
パッと見、宝箱は見当たらなかった。
「ふふーん!」
ウェルダが胸当てに覆われた小さな胸を得意げに張る。
「簡単には見つけられませんよー! ウェルダだって見つけるのに3日――」
「玉座じゃね?」
「玉座の後ろが怪しいですね」
「あわーっ!?」
最奥の一段高いところに鎮座している玉座の後ろをひょいっと覗き込むと、案の定、派手な柄の宝箱が置いてあった。
ウェルダが驚愕の表情で詰め寄ってくる。
「なっ、なんでわかったんですかーっ!?」
「えっ」
俺とチェリーは顔を見合わせた。
「大体こういうところに置いてあるよな……?」
「玉座の裏ってたいてい何かありますよね。隠し通路とか……」
「階段なんかもあったりしますね」
「うん。あるある」
「とりあえず見ちゃうよねー!」
「えーっ!? 皆さんすごいですーっ!」
続いて同意したろねりあ、セツナ、双剣くらげにも、ウェルダは驚愕と尊敬の眼差しを向ける。
「うっ……! 眩しいっ……!」
「わたしにもこんな頃が……」
「いや~、照れますな~」
双剣くらげ以外の二人は、小学生の無邪気な視線に浄化されかかっていた。
あのツインテビキニアーマーはまだ精神年齢が小学生に近いらしい。
「まあまあ。とりあえず開けてみたまえよ。わたしたちも中身は知らんのだ」
「そうだな……。誰かトラップ看破できるスキルかアイテム持ってるか?」
俺の質問に、顔を見合わせるばかりで誰も名乗り出ない最前線組。
いねえのかよ。
ホントにトッププレイヤーかこいつら?(人のことは言えない)
「漢開封必須かよ……。そんじゃジャンケンで誰が開けるか――」
「しょうがないですねえ……じゃあ私が開けますよ」
「えっ」
「いやいや、僕が開けるよ」
「いーやっ、あたしが開けるっ!」
「皆さんにばかり申し訳ありません。ここはわたしが……」
「じゃ……じゃあわたしも……」
「いやいやここは頑強な戦士クラスである私が」
「いいよこの流れ! 最終的に俺が開けなきゃいけなくなるやつだろ!!」
無慈悲な古参プレイヤーどもはどっと声を揃えて笑った。
テレビ見ない俺でもこれくらい知ってんだよ!
俺は仕方なく宝箱の前に片膝をつく。
体力は満タンだし、仮に罠があっても即死ってことはないだろう。
電流が走って麻痺状態になったりするのを覚悟しつつ、俺はひと思いに宝箱の蓋を開けた。
罠は……ない。
宝箱の中には、一本の鍵があった。
持ち手の部分が二重丸――霧の天気記号になった、白銀色の豪奢な鍵だ。
「案の定ですね」
俺の後ろから覗き込んだチェリーが言った。
きっとこの鍵で、あの神殿の奥の扉を開くことができるのだ。
これで先に進むことができる。
「どうしますか、先輩? このまま行きますか?」
「そうだな……。日没まではもうちょっとだけあるよな?」
「もう夕方だけどね。扉の先の様子を一通り見るくらいはできるんじゃないかな」
セツナに言われて、破れたカーテンに覆われた窓を見る。
射し込む光が、ほのかにだが赤く色づいていた。
「よし。じゃあ、夜になってモンスターのレベルが上がる前に行こうぜ」
俺は鍵を手に取って言う。
プレイヤーたちは揃ってうなずいて、入口のほうにきびすを返した。
俺もそれに続く。
「ブランクさんはどうするんですか?」
「ついでだから先のエリアの様子をわたしも見たい。君たちの傍にいれば安全だろうしね。それから恋狐亭に戻るとしよう」
なんて話をして。
完全に気を抜いていた、そのときだった。
『…………おお…………』
奈落の底から湧き上がったような、おどろおどろしい声がした。
俺たちは一斉に身構えながら振り返る。
いつの間にか、無人だったはずの玉座に誰かが座っていた。
厚手のマントを肩に掛け、剥き出しの頭蓋骨に王冠を被ったそれは……骸骨?
王様みたいな格好をした骸骨だ。
新手のアンデッドかと思ったが、違う。
ロックオンができない。
それによく見ると、その身体は半透明だ。
だとしたら……。
『……竜よ、竜よ……。我らが親愛なる友にして頼もしき守護者、竜たちよ……』
声帯なんてないはずなのに、骸骨は歯の隙間から悲哀に満ちた声を響かせる。
『もはやそなたたちは、我らと語り合うこともできなければ、我らを守ることもない……。
瞳を濁らせしそなたたちに、この悲哀がわかるだろうか……。
わかるはずもない。そのことこそが……ああ、余は何よりも悲しい……』
空っぽの眼かから涙がこぼれることはない。
それでもその骸骨は、声だけで泣いていた。
『…………もし、この悲嘆を聞く者あらば、心せよ…………』
悲哀ばかりだった声が、不意に強い意志を感じさせるものへと変わった。
『……彼の者は、生きている……。その呪いは、すでに、この―――』
言葉が言い切られることはなかった。
その前に、元より半透明だった骸骨は、すうっと空気に散るようにして、消えてしまった……。
「……彼の者?」
無人になった玉座を見ながら、俺は呟く。
何でもないはずのその言葉には、なぜか、不吉なものが感じられた……。




