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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅰ - 最強カップルと愉快な仲間たちの遠征攻略合宿

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第55話 水底の秘密


 湖畔もそうだが、この洞窟がただ《洞窟》とだけ呼ばれているのは、名前がわからないからだ。

 それも当たり前の話で、この洞窟――というか《限りの森》以降の土地には、人間は誰も寄りついていないというのだから、名前が付いているはずもない。

 サスペンドモードで1度ログアウトし、またログインし直したときにその場の地名を確認できるんだが、それにも【ナイン山脈エリア 洞窟】としか書かれていないと思う。


 これがクロニクル・クエストの――特にバージョン3に入ってからの特徴だった。

 ゲーム側から直接的に与えられる情報が、極力抑えられているのだ。


 このゲームのすべてを読み解こうと思うなら、自分の足で動き、自分の目で見て、自分の頭で考えなくてはならない。

 答え合わせがあるとも限らないし、あらゆる謎が明かされる保証もない。

 かつて、MAO開発チームの一人が、インタビューでこう語ったことがある。


『最もエキサイティングな体験は、最も行動した者に与えられなくてはならない』


 だから俺たちは、ひたすらに『行動』し続けなければならない。

 それこそが、このゲームを最も楽しむ方法なのだ。


「うおおー」


「おおー」


 洞窟に足を踏み入れるなり、俺たちは感嘆の声を上げた。

 暗くてじめじめしてそう、なんてさっきは言っていたが、ひどい早合点だった。

 むしろ明るい。

 天井からぶら下がった無数の鍾乳石が、きらきら光を放っているのだ。


「どういう理屈で光ってんだ……」


「綺麗なので良しです!」


 チェリーは用意していたカンテラをストレージに仕舞った。

 湿った岩場をゆっくりと歩いていく。

 すぐそばに、ぴちょん、と水滴が落ちた。


「明るいけど、じめじめはしてるな。足滑らせるなよ」


「まっさか~。ドジっ娘属性とは無縁ですよ私――わっ!?」


 言ったそばから足を滑らせやがったので、俺は「うおい!」と肩を抱き留める。


「先が思いやられるな……」


「え……えへへ?」


「可愛く笑って誤魔化すな」


 しっかり立たせて肩を放すと、チェリーはさすがにばつ悪げに目を逸らした。


「ウィザードは動かなくても戦えるので大丈夫です。大丈夫」


「セルフ縛りプレイじゃねえか」


「先輩が私を守ってくれますもんね?」


「ヒロインみたいな言い振りだけど俺の負担!」


 騙されんぞ!


 足元に気を付けつつ、きらきら光る洞窟の中を進んでいく。

 そうしているうちに、湿った岩場を歩くのにも慣れてきた。

 これなら戦闘もいつも通りこなせそうだ。


「モンスター、なかなか出てきませんね」


「先に来た連中が狩り尽くしたんだろ」


 最前線のダンジョンはいつもこんな感じなので、狩場には適していない。

 今のナイン坑道みたいに、一つ手前に行くのがセオリーだ。


 ときどき天井にぶら下がっている低レベルの《バッド・バット》を何度かスルーし、やがて広い空間に出た。

 天井が体育館みたいに高くなり、地面の中央には湖のような水たまりができている。

 そのほとりで、モンスターと戦っているパーティがいた。


「あの鎧は……」


 そのパーティは5人もいるのにも拘わらず、全員同じ銀色の甲冑をまとっていた。

《聖ミミ騎士団》……。

 UO姫ことミミの親衛隊クランだ。

 ファンクラブとも言う。


「そろそろクロニクル・クエストの攻略に復帰するって、そういや言ってたな」


「ここのところ、クリスマスに年末、お正月にバレンタインとイベントづくしでしたからね」


 連中のトップであるUO姫が、そういうイベントごとを外さない奴なので、必然、《騎士団》もクロニクル・クエストから姿を消すことになるのだ。


 基本、UO姫を讃え愛でることしか考えていない《騎士団》だが、その実力は本物である。

 こりゃあ今回の貢献度争いは激しいことになりそうだな。


 他人が戦っているモンスターに横から殴りかかるのはマナー違反なので、俺は剣を抜かない。

 代わりに、騎士たちが戦っているモンスターをロックオンして、キャラネームをポップアップさせた。


《エターナル・ガードナー Lv103》……。

 剣と盾と鎧を装備した骸骨である。

 いわゆるアンデッド系だ。


「……変じゃねえか?」


「先輩もそう思いました?」


 俺は頷いた。


「この辺には人類は踏み入ってないって話なのに、なんであんな人間の成れの果てみたいなモンスターが出てくるんだ? 前線キャンプにあった瓦礫といい……」


「NPCが嘘を言うとは思えないんですけどね……」


 なんだかきな臭いな。

 このエリアには何かある。

 そんな気がする。


 俺たちが首を傾げている間に、騎士たちは骸骨剣士《エターナル・ガードナー》を倒した。

 拳をぶつけ合って互いを讃え合った後、俺たちを見つけてぎょっとする。


「きっ、貴様たちは!!」

「この間、ミミ様を泣かせたバカップル!!」


 泣かせてねえしバカでもねえしカップルでもねえ。

 あの女、この間の顛末をどんな風に伝えやがったんだ?


「おのれ! 今度はクロニクル・クエストでも我らを出し抜く気か!」

「そうはさせん! そうはさせんぞ!」

「この洞窟を先に突破するのは我々だ!」

「ミミ様に栄光あれ!」

「ミミ様に栄冠あれ!」

「……おい、『栄光』だろ!」

「いや『栄冠』だろ!」


 栄光だ栄冠だと決め台詞について熱い議論を戦わせながら、騎士たちは洞窟の奥へと去っていった。

 楽しそうだなあ、あいつら。

 そういえば、今UO姫が城にいないの、知ってんのかな?

 聞いとけばよかった。


「先に突破……ってことは、まだ誰も出口を見つけてないんですね」


 騎士たちの姿が消えてから、チェリーが呟く。


「そういうことだろうな。5人掛かりで1体のモンスターを相手にしてた辺り、やっぱり敵が相当強いんだろ」


「ふむ」


 ぴちょん、と水音がした。

 遙か高くにある天井から落ちてきた水滴が、真下の水たまりに当たった音だ。

 俺はその水たまりを何気なしに覗き込む。


「天井から滴り落ちた水だけでできたのか、この水たまり?」


 底が見えない。

 水たまりと呼ぶにはあまりに大きかったし、あまりに深かった。

 いったい何年かければこんな風になるんだろう。


「んん……?」


「どうしました?」


「いや、細かいことなんだけど……この水たまりが滴り落ちた水でできたもんだとすればさ、この場所には、底が見えないくらい深い穴が元々空いてたってことにならねえか?」


「ええ? 長い年月を掛けて水滴に削られていったんじゃ……」


 と言いながら深い水たまりを覗き込んで、チェリーは首を傾げる。


「……そうだとしたら、お椀状になりそうなものですよね。でもこれは、円筒状っていうか……」


「あ、それだ、違和感の正体。この水たまり、いきなり深い(・・・・・・)んだ。浅瀬がない」


 水で満たされた超デカいコップって感じ。

 あるいは超深いプールか。

 いずれにせよ――


「人工の匂いがしますね……」


 チェリーは呟いて、水たまりの周囲に視線を走らせた。

 そして、とある一点に目を留める。


「先輩、あそこ!」


「あん?」


 水たまりの縁だった。

 その一部が、スロープのようになって、水面の下に消えていた。


 俺たちはその場所に移動する。

 スロープ状の地面の先を見通そうとするが、水面に光が反射してよくわからない。


「入ったほうが早いなこれは」


 というわけで、俺は水の中に足を踏み入れた。

 足が着く。

 スロープ状の地面は、水の下にも続いている。

 靴裏の感触を確かめながら、ゆっくりと歩を進めていった。

 すると。


「あっ」


 膝まで水に沈んだ辺りで、先の地面がなくなる。

 ……いや……?

 そろりと足を下に伸ばしていくと、また地面があった。

 段になってる。


「……階段だ」


「ビンゴ!」


 チェリーが快哉を上げた。

 階段があるってことは、これはただの水たまりじゃない。

 人の手が入った巨大な穴に水が貯まったんだ!


「やっぱり人がいたんだ、このエリアにも。ナイン山脈の奥地には誰も住まなかったっていうのは、NPCの勘違いだった……」


「行ってみましょう、先輩! この水の底に何かあるはずです!」


「おう!」


 俺たちはスペルブックを呼び出す。

《バブマリン》のページを開いて、これを詠唱した。

 そして、水の中へと勢いよく飛び込む。


 冷たさはなかった。

 息もできた。

 身体を覆う大きな泡が、水を押し退けているのだ。


 隣を見ると、同じく大きな泡に包まれたチェリーが、頷いて下を指さした。

 俺も頷きを返す。

《バブマリン》で潜水している間は、声が届かないのだ。


 頭上の泡の壁を軽く押すと、そこからぶくぶくと細かい泡が噴き出す。

 それに押されて、俺を包んだ泡は、ゆっくりと水底へ沈み始めた。


 熟練度が低いから、速度は本当に遅い。

 しかも使用中はMPを消費し続けるから、うっかりMPを切らして水中に放り出されないよう気を付けないといけない。


 深く深く沈んでいくにつれ、地上の光が届かなくなってくる。

 周囲が真っ暗になって、隣のチェリーすら見えなくなるのに、そう時間はかからなかった。


 怖いんだけど!

 と暗闇に震えていたら、隣からポッと柔らかな光が射した。

 泡の中のチェリーが、手にカンテラを持っている。


 あ、そうか。

 使えるのか。

 水中だけど、泡の中だから。


 俺もストレージからカンテラを出して、光を灯らせた。

 暗闇が遠ざかるが、ちょっと心許ないな。

 隣にいるチェリーと、壁の一部が見える程度だ。


「ん?」


 俺は足元にカンテラを向ける。

 底だ。

 水底が見えた。


 俺たちを包む泡が、ふわりと水底に着地する。

 俺はカンテラの光が照らした水底を見て、息を呑んだ。


 ……石畳だ……。


 あからさまな、文明の残滓。

 小さな水滴が途方もない時間をかけて覆い隠した、歴史の証拠。


 俺は顔を上げると、あちこちにカンテラの光を向けてみた。

 でも、光量が足りない。

 足元の石畳以外は、ほとんど何も見えなかった。


 俺はチェリーに視線を送る。


 ――どうにかならん?


 その意思が伝わったのかどうかはわからないが、チェリーはカンテラの持ち手を手首に通すと、《聖杖エンマ》を泡の中で高く掲げた。


 ――バリィッ!!


「のぉおおあ!?」


《聖杖エンマ》の先端から不意に雷光が弾けて、俺は大いにビビる。

 水の中でなんてことをしやがる!


 しかし、幸いにも泡は割れることなく――

 迸った稲光が、水中を満たしていた闇を一挙に払いのけた。


 瞬時。

 広がった光景に――

 ――俺は、息を忘れる……。


 頭上を無数の魚が泳いでいた。

 海にも川にも繋がっていないこんな場所で、彼らはいったいどこからやってきたのか。


 暗闇に閉ざされて見えなかった水面が、遙か高くで輝いていた。

 その輝きはステンドグラスを通したように色づいていて、虫でなくたって吸い寄せられそうになる。


 円筒状の壁には、階段が螺旋に走っていた。

 その途中途中に、細かい装飾が施されたアーチがあるのが、一瞬だが確かに見えた。


 ……って、しまった。

 頭上にばかり気を取られて、肝心の底のほうを見てなかった。


 俺はチェリーに『もう一回』とジェスチャーする。

 チェリーはアメリカ人みたいに大袈裟に肩を竦めてみせた。

 やれやれ仕方がないですねもう一回だけですよ、という声が聞こえてくるかのようだ。


 バリリッ! と雷光が弾けて、水底にわだかまる闇が吹き飛ぶ。

 水底には像らしきものが倒れて砂に埋もれていたり、寂しそうに佇んでいたりした。

 そして、ちょうど正面の壁に、こんもりと砂山ができあがっている。

 ……怪しい。


 俺はその方向を指さして、チェリーを促す。

 チェリーは頷いて、背後の泡壁を軽く押した。

 再び小さな泡の軌跡を引いて、俺たちは水底を水平に移動する。

 やがてカンテラの光が、うず高く積もった砂山を照らし出した。


 やっぱり怪しい。

 人が通れる程度の入口を、ちょうど覆い隠せるような高さの砂山だ。

 どうにかしてどけたいな……。


 さてどうしよう、と俺が考え始めたのとほとんど同時に、チェリーが動いた。

《聖杖エンマ》の先端を、ずぼっと泡の外に突き出したのだ。


 ゴボボッ!

 大量の泡が視界を埋め尽くす。


 風属性の魔法を使いやがった!

 砂山を吹き飛ばそうと!

 俺らも一緒に吹き飛んでるけどな!


 衝撃を受けた泡を維持するために、MPがごっそり減った。

 うぎゃあ!

 MP切れそう!

 こんな暗い水の中に放り出されるとか、絶対に嫌なんだが!?


 反対側の壁にぶつかりながら、俺は慌ててマナポーションの瓶を取り出す。

 と。

 その蓋を開けようとしたときに、俺は気が付いた。


 水が――流れ始めた。


 これは……さっきの砂山があった場所に向かって?

 いや、流れてるっていうか……。

 吸い込まれてる?


 俺はとりあえずMPを回復させて、事態を見守った。

 しばらく待っていると、頭上が明るくなってくる。

 水面が下がっているのだ。


 きらきらと輝く水面がどんどん近付いてくる。

 それはやがて、俺を包む泡に触れて――

 俺の目の高さを、通り過ぎた。


 ぱちんと泡が割れる。

 びちゃっと靴が水を踏んだ。

 何百年とかけて貯まったんだろう水は、ほんのわずかな量を底に残して、消え去ってしまった。


「チェリー!」


「いますよー」


 自分の風魔法で吹っ飛ばされたチェリーは、思ったより近くにいた。

「ふー」と息をついているそいつに、とりあえず苦言を呈しておく。


「お前、即決即断すぎない?」


「思考速度の違いですね」


「んなこと言って、自分まで吹っ飛ばされたとき絶対ビビっただろ」


「ドジっ娘属性とは無縁なのでちょっと何言ってるかわからないですね」


 俺はアメリカ人みたいに大袈裟に肩を竦めてみせた。

 チェリーはちょっとだけ『ぐぬぬ』という顔をしたあと、すべてをなかったことにして歩き出す。

 向かうのはもちろん、砂山があった場所だ。


 わずかに残った水をばしゃばしゃ蹴立てていく。

 砂山はもうなかった。

 代わりにあるのは、扉だ。

 繊細な彫刻が施された扉が、水に濡れててらてらと光っていた。


「この扉の隙間から、ゆっくり水が抜けていったんですね……」


「これがなかったら俺らも流されてたよな。結果的には大丈夫だったけど。結果的には」


 チェリーはつーんとそっぽを向く。

 まあ、いいけどさ、他に方法も思いつかなかったし。


 俺は扉に施された彫刻を、そっと指でなぞった。


「これって……ドラゴン、か?」


「の、ように見えますね」


 ドラゴンを模した彫刻……。

 前線キャンプにあった瓦礫にも、ドラゴンの存在を示唆する痕跡があった。


 俺はふと思いつき、後ろを振り返る。

 あちこちでコケを覆われていたり、倒れて砂に埋もれている像……。

 よく見ると、あれもドラゴンをかたどっているんじゃないか?


「こりゃ気合い入れてかないといけなさそうだな」


「出直します?」


「いいや」


 俺は口の端を上げる。

 間違いなく、俺たち以外の誰も、この扉を見つけていない。

 つまり、この扉の先がどうなっているか、まだ誰も知らないのだ――


「一番乗りの特権だ。先に見学しとこうぜ」


「言うと思いました」


 チェリーも笑って、観音開きの左側の取っ手を掴んだ。

 俺は右側の取っ手を掴む。


 そうして。

 俺たちは一斉に。

 何万人もいるMAOで初めて。

 そのドラゴンの扉を、開け放った―――


明日から1週間ほどお休みです。

ハイラルを救ったらまたお会いしましょう!

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