第43話 チョコレートロボ‐カカオが凝固する日‐
『さあ、そこのニンゲンたち! あたしといっしょに、あのウジ虫をやっつけるのよっ!』
魔法少女――精霊バレンタインが宣言した、その瞬間。
あちこちに散らばっていたチョコの残骸が光を放ち、一斉に浮かび上がった。
それらは磁石に引き寄せられるようにして寄り集まり、元の形を取り戻していく。
すなわち、人型。
巨大人形。
チョコゴーレム。
俺たちの前に復活したチョコゴーレムは、その場にひざまずくと、パカッとハッチのように背中を開けた。
その中には、人が一人座れる大きさの椅子がある。
「えっ? 乗るんですか、これ!?」
チェリーが『マジで?』という感じで振り返ったので、俺は鷹揚に頷いておいた。
「本当は俺が乗ってみたいが、ここはお前に譲ろう。チェリーよ、大地に立て!!」
「なんかテンション上がってません!?」
そらそうだろうよー!!
実質人型ロボットじゃん!!
ずんぐりむっくりな雑デザインも、よく見たらズゴックに見えないこともないじゃん!!
「わかりましたよ。強制イベントっぽいですし。乗ればいいんですね?」
いまいちピンと来てなさそうな顔で、チェリーはチョコゴーレムに乗り込んだ。
あいつはロボットもの通過しなかったのかなあ。
小学生の頃、日曜の夕方に主人公機がドデカいメイスで敵をどつき回すロボットアニメやってたんだけどな……。
チェリーを内部に収容したチョコゴーレムは背中のハッチを閉じ、短い足で重々しく立ち上がった。
それから、スピーカーか何かでチェリーの声が聞こえてくる。
『これ、どうやって動かし……あっ、これで歩き……パンチ、ガード……ふーん』
コマンド確認中の格ゲーキャラみたいに、チョコゴーレムはその場で意味もなくパンチやガードをする。
いいなあ。
俺も動かしてみたいなあ。
なんてことをしている間に、萎縮していたタイプ・ウイルスが再び膨張し始めていた。
魔法少女バレンタインがチョコゴーレムの前をひらりと飛んで、甲高い声で叫ぶ。
『警戒して! あいつ、また何かになるつもりだわっ!』
膨張したタイプ・ウイルスはぐにょぐにょと形を変えた。
まさしく粘土。
見えない手にこねられているみたいだ。
できあがった形は、不格好な人型だった。
雑デザインなチョコゴーレムより、さらに雑。
本当に子供が作ったような、左右のバランスすら取れていない巨大人形だった。
しかも、材料は大量の目玉が付いたコールタールのようなモノなのだから、不気味の一言。
チョコゴーレムのポップな見た目と対照的だ。
『シシシシシシシシシシ!』
生き物と機械の中間の声が笑う。
『コワス! タノシイ! コロス! タノシイ! シシシシシシシシシシッ!!』
『させやしないわっ、ウジ虫め! あんたみたいなウジ虫は、幸せと愛の力の前に屈するのよっ!』
ウジ虫ウジ虫って、あの魔法少女、可愛い見た目の割に辛辣だな。
『さあ行くのよっ! あたしが精霊魔法で動きを止めてあげる! その隙に攻撃して!』
『えっ!? 精霊魔法ってなんですか!?』
アホ!
初出の単語に気を取られてる場合か!
俺も気になるけども!
『シシシシシシシシシッ!』
人型となったタイプ・ウイルスが間合いを詰めてきた。
一歩ごとに地面が揺れる。
なぜか関節が二つある右腕を鞭のようにして振るった。
『うわっ!?』
チョコゴーレムはかろうじてガードする。
腕と腕が激突した衝撃が、ドーム状の空間そのものを揺らした。
おお……!
これが巨大ロボット同士の戦いによる衝撃……!
どっちもロボットじゃねえけど。
『えいっ!』
タイプ・ウイルスが二撃目を放とうとしたところで、バレンタインがステッキを輝かせる。
タイプ・ウイルスの動きが凍ったように硬直した。
今だ!
『えっと……パンチっ!』
チョコゴーレムの右腕が唸り、タイプ・ウイルスの胸の真ん中をしたたかに打った。
バゴゥンッ!! という効果音が弾けて、タイプ・ウイルスは3歩分ほどノックバックする。
『効いてるわよ! その調子っ!』
相変わらずタイプ・ウイルスのHPは見えないが、精霊バレンタインがちゃんと教えてくれるのか。
その上、わかりやすいくらいの隙をバレンタインが作ってくれる。
「これは……」
事前に見たネタバレの通り。
ほぼイベント戦闘だ。
負ける要素はありそうにない。
一気に畳みかけろ!
『よしっ……!』
チェリーも同じように思ったのか、今度はチョコゴーレムのほうから間合いを詰めた。
それを見て、タイプ・ウイルスも不格好な腕でガードの体勢に入ろうとするが、
『えいっ!』
バレンタインが放つ光に硬直させられる。
その隙にバゴゥン!! とチョコゴーレムのパンチが炸裂して、タイプ・ウイルスは壁際まで吹っ飛ばされた。
『すごいすごいっ! このまま一気にやっつけましょう!』
挑発するようにタイプ・ウイルスの周りをひらひらと飛ぶバレンタイン。
あっ、なんか嫌な予感する。
『……シシシ……!』
目玉だらけの巨人が起き上がりながら、呟くように言った。
『ウルサイ』
『きゃーっ!?』
真っ黒で不格好な腕が、蠅を払うように魔法少女バレンタインを叩き落とした。
『むぎゅう……』
と鳴くと、バレンタインは目をバッテンにして気絶する。
ほら言わんこっちゃない!
『ちょっ!? 何してんですか!』
『シシシシシ!』
笑いながら立ち上がる全身目玉巨人。
その動きを止められる精霊は、いつまでだか知らないが使えない。
こんな展開、俺が見たネタバレには書いてなかったぞ?
たまたま書いてなかっただけか、それともランダム発生か?
後者だとしたらマズい。
UO姫のほうでこのイベントが起こってなかった場合、どうやってもタイムが遅れることになる!
「ビビるなよ! 守勢に回れば回っただけタイムロスになる!」
『わかってますよ!』
邪魔物を黙らせたタイプ・ウイルスは、左右で長さの違う腕を使って攻勢に出た。
チョコゴーレムはなんとかそれをガードしていくが、元よりチェリーは近接戦闘を専門とはしていない。
センスがないわけじゃないが、慣れない戦闘方法にいきなり順応できるほどじゃあないはずだ。
反撃のタイミングを掴めず、じりじりと後ろに下がっていった。
そして、かろうじて続いていたガードも、やがて崩れる。
『きゃあ!?』
チェリーの短い悲鳴があった。
タイプ・ウイルスの拳が、胸の真ん中に当たったのだ。
ずんぐりむっくりしたチョコゴーレムは、その衝撃ですっ転がる。
『あーもう! 立て立て立て……!』
チェリーの声が若干イラついていた。
いや、焦っているのか。
手足が短いからか、チョコゴーレムの起き上がりモーションは、少しもたついたものだったのだ。
しかも悪いことに、その過程で敵に対して背を向ける。
搭乗者の視界がどういう風に確保されているのか知らないが、あれじゃあ敵が見えない。
起き攻めしてくださいと言っているようなものだ。
そうした諸々が重なって――
俺は、人がキレる音を聞いた。
『あああああああああ面倒くさいっ!!!』
腕立て伏せの要領で起き上がろうとするチョコゴーレムの背中。
そこが唐突に、パカッと開いた。
そして。
「《ファラゾーガ》ッ!!」
チョコゴーレムの中からデカい火の玉が飛び出した。
それは追い打ちをかけようとしていたタイプ・ウイルスの顔面に激突して大爆発を起こす。
チョコゴーレムの開いた背中から、生身のチェリーが顔を出していた。
逆ダイレクトアタック……!?
いいの、それ!?
タイプ・ウイルスは顔面から白い煙を出して、一歩、二歩と後ずさった。
効いてる!?
「なんだ、魔法も効くじゃないですか。それなら……」
そんな風に呟いて、チェリーは再びチョコゴーレムの中に戻り、ハッチを閉じた。
ちょっと待て。
あいつ、なんか変なこと考えてない?
タイプ・ウイルスが顔面大火傷に苦しんでいる隙に、チョコゴーレムは立ち上がった。
だが、タイプ・ウイルスに向かっていくことはない。
背中を向けたまま、その場に棒立ちになっていた。
『――《原初の混沌 有為の転変 終焉の奇跡》――』
は?
おいおいおい!
スピーカー越しに詠唱が聞こえてくるんだが!?
ゴーレムの中で何してんだあいつ!
『――《森羅万象は止めどなく 故に天色も極彩なり》――』
苦しみ終えたタイプ・ウイルスが、棒立ちのチョコゴーレムをぶん殴った。
ずんぐりむっくりの巨体が地面に転がされて、もたもたと起き上がろうとする。
しかし――
そうする間も、詠唱は止まらない。
『――《神よ 精霊よ 旧き父らよ》――』
一部の高位魔法は使用に呪文の詠唱を必要とする。
そうした詠唱必須魔法は、長い呪文を唱えれば唱えるほど高い威力になる。
簡便に使いたいなら一小節。
全力で使いたいなら全小節。
消費MPは変わらないのだから、当然、できれば完全詠唱で使ったほうが得だ。
それが難しいのは、なんてことはない。
詠唱時間を確保するのが難しいから、というだけのこと。
逆に言えば。
何らかの手段で、その時間を確保できるのなら――
『――《今ここに祈りを以て ひとたび天変の舵を賜わん》――』
殴られる。
倒れる。
殴られる。
倒れる。
チェリーが乗ったチョコゴーレムは、何度もそれを繰り返す。
だが――
詠唱は止まらない。
当然だ。
いくら殴ったところで、中のチェリーには1ダメージもないんだから。
あいつ……!
せっかくのロボット(的なもの)を、使い捨てのシェルターにしてやがる!
『――《響け 嘶け 叫べ 轟け!》――
――《天下に這い出せ 群成す雷》――!!』
5回目。
チョコゴーレムが殴り倒されたとき。
背中のハッチが、再びパカッと開いた。
「――――《ボルトスォーム》――――ッ!!!」
世界そのものが炸裂したかのようだった。
チョコゴーレムの内側から、紫電が迸る。
亀裂のように無秩序に広がるそれは、あたかもヤマタノオロチ――
群れ成して牙を剥く大蛇の軍勢だ。
轟音は遅れに遅れた。
衝撃はさらに後塵を拝する。
奥義級・雷属性範囲攻撃魔法《ボルトスォーム》。
その全詠唱発動。
一条につき《プチ・ゴブリン》を30匹は殺せるだろう紫電の帯が、数えるのも馬鹿らしいほどの量、タイプ・ウイルスに殺到した。
蛇に集られるウシガエル。
そんな比喩を連想した。
大量の目玉を貼りつけた真っ黒な巨人は、蛇のように伸びてきた紫電の束に、牙を突き立てられるがまま。
反撃すら許されない。
悲鳴すら轟音に没した。
全身に開いた眼すら、一つ残さず閃光に潰されている。
いっそ哀れだ。
正々堂々たる殴り合いの末に倒れるはずだったんだろうに、超無粋な無数の雷撃に蹂躙されているんだから。
閃光が治まり、轟音が抜けたあとには、焦げ臭い匂いだけが残った。
灰色の煙が、タイプ・ウイルスの全身から丸みを帯びた天井に立ち昇っている。
もともと真っ黒だった目玉だらけの巨人だが、俺の目には黒焦げているように見えた。
『……シシ、シ……』
どおうんっ! と、地面が揺れる。
タイプ・ウイルスがゆっくりと仰向けに倒れたのだ。
それは今までの被弾モーションとは明らかに違っていて、目に見えないHPバーが、今の《ボルトスォーム》で一気に消滅したんだと、感覚的に理解できた。
『――これで終わりよっ!』
あれっ。
気絶していたはずの精霊バレンタインが、いつの間にか復活している。
仰向けに倒れたタイプ・ウイルスの上を飛んで、ステッキを輝かせた。
その輝きに、まるで吹き散らされるように。
名状し難き目玉の怪物は、さらさらと朽ち果てていった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
『ありがとう……。あなたたちのおかげで、今年のバレンタインデーも無事に』
「イベントスキップ!!」
できませんよ、お嬢さん。
焦る気持ちはわかるが落ち着け。
『さあ、街に帰してあげる。今日は愛と幸せだけに溢れた年に一度の日。本番はこれからなんだから!』
魔法少女な精霊がステッキを振るうと、その先端が輝いて、俺たちの身体もまた光に包まれた。
「いえ、あの、いつ終わり!? いつ終わるんですかこのクエスト!?」
RTA中の身としては一番気になるところだったが、バレンタインが寄越したのは可愛らしいウインクだった。
『愛と幸せを司るあたしが祈ってあげる。ケージ君にチェリーちゃん、末永くお幸せに☆』
「はっ?」
「なっ……」
バレンタインは天井の向こうに消えていく。
「なんですかその特殊ゼリフ―――――っ!?」
チェリーの叫びは届くことなく、俺たちは地下ダンジョンから転移した。




