第34話 知らなかったのか? 女の子を置いて逃げてはいけない
【MAO‐チェリーVSミミ解説実況会場】
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「『from BENJAMIN』……?」
「そうだよ。そのさらに手前に『Present for 誰々』って入ると思うけどね~」
「『プレゼント』……? 『from』……?」
あっ、とセツナは声を上げた。
「ベンジャミンから誰かへのプレゼント!? だとしたら、このブレスレットの持ち主は――」
「そっ! ベンジャミンさんじゃないの!」
〈なるほど〉
〈ミスリードか〉
〈でも父親はベンジャミンのだって言ってたけど?〉
「あれ? 父親がベンジャミンのブレスレットだって言ってたらしいけど……」
「ペアルックだよ。だとしたら違いは内側に刻まれたこの文章だけ。ベンジャミンさんが着けてたのには『Present for BENJAMIN from 誰々』って刻まれてるんだろうね~♪」
UO姫はブレスレットを指先でくるくると回した。
「だから何? って思うかもしれないけどね、これってすっごい違いなんだよぉ? だって、このブレスレット、持ち主の残留思念を読み取る効果があるんだから」
「残留思念を?」
〈あああああああああ〉
〈北の丘の残留思念ってベンジャミンのじゃなかったのかよ!!〉
一部のリスナーが驚いている。
自らクエストを進めて、北の丘の残留思念とやらを読み取った者たちだ。
「このブレスレットはベンジャミンさんから誰かに贈られたものであって、ベンジャミンさんの持ち物じゃない。
当然、これで読み取れる残留思念も、ベンジャミンさんのものじゃない。
だったらぁ……。
その残留思念を手がかりに動いても、見つかるのはベンジャミンさんじゃないよね~☆」
ニコッと、UO姫は配信用カメラ《ジュゲム》に向かって輝くような笑顔を見せる。
「見てるかどうかわかんないけど~、チェリーちゃ~ん!」
どこまでも明るい声で、UO姫は言い放った。
「む・だ・あ・し、ご苦労様☆」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
【ケージ&チェリー】
「「ペアルック!?」」
牢屋に閉じ込められていた女性――アンネと言うらしい――から聞いた事実に、俺たちはひっくり返りそうになった。
「は、はい。そのブレスレットは私がベンジャミンに贈られたもので……彼も、同じデザインのものを持っています」
「つまり……これはあなたのもの……? あの残留思念もあなたの……!?」
「ちょっ、待て待て待て! 肩の怪我は!? あの残留思念の持ち主は、肩に怪我してたよな!? 血痕の位置から見て、斬られたのは男だって……!」
「父から彼のことを庇ったとき、父に肩を蹴られました。その傷が今もじんじんと痛んで……」
あああああ……!
肩の怪我が剣の傷かどうかまでは、残留思念じゃわからなかった……!!
チェリーは額を押さえてふらついた。
「ミスリード……叙述トリック……こ・しゃ・く・なああああっ……!!」
主人公たちに一矢報いられたラスボスみたいなことを言っている。
「私たち……今日、バレンタインに、お付き合いしていることを互いの両親に明かそうと決めていて……」
俺たちの衝撃なんて露知らず、ベンジャミンの恋人――アンネ嬢が台詞を読み上げた。
「それで、いつもの場所で会っていたら……私、父に後をつけられていて……」
「娘の後をつける父親なんて、すべからく死んだほうがいいですね」
「リアル年頃の娘から忌憚なき意見が」
「私も彼も、必死に説得したんですけど……全然聞いてもらえなくて……父が剣で彼に斬りかかったんです」
ここまでは北の丘で俺たちが想像した通りの展開だ。
問題はここからである。
「ベンジャミンが肩を浅く斬られて、地面に転がりました。私はとっさに身を挺して庇ったのですが、あっさり蹴り飛ばされてしまって……」
「娘を蹴るような父親も死ぬべきです」
「それは、まあ、そうだろうな」
別に死ぬべきとまでは思わんが。
「父が彼にトドメを刺そうとしたそのとき……丘に人が来たんです」
「聖伐軍の人間ですか?」
「そう……さっき、この牢屋の前にいた……」
「ああ、あの瞬殺された人」
「重要な敵役っぽいのにお前のせいで重要さが感じられないんだが」
結局名前わかんなかったし。
「父は剣を止めました。そして何を思ったのか、私と彼を大樹の裏に隠して、あの聖騎士と話し始めたのです」
「アベニウス卿と聖伐軍には何か関係があったんですか?」
「実は、その……申し上げにくいのですが、我がアベニウス家は聖伐軍のパトロンの一つだったのです。貴族の中には、聖旗教の方々に実権を握られていることを快く思わない方が多いので……その一部が、聖伐軍の残党に資金援助を行っているのです」
「ああ……無理からぬ話だなあ」
「ジェラン教の信徒も多いでしょうしね」
アンネのドレスは多少汚れているものの、破れたり乱れたりはしていない。
牢獄に入れられてはいたものの、手荒な扱いは受けていないのだ。
一応、カテゴリとしては、聖伐軍にとって彼女は味方側なんだろう。
「私は、聞いてしまいました……」
切々と語るアンネの金髪が、牢屋の中にあってさえ目映く光っている。
綺麗だよなあ、このゲームの金髪。
なんて思っていたら、チェリーが脇腹を肘でつついてきた。
はい、すいません、集中します。
「やってきた聖騎士は、翌日――バレンタインに予定している恐るべき計画のことを、父に語ったんです。父はそれを聞いて、もう援助はしないと突っぱねて……そうしたら……」
アンネは口元を押さえてはらはらと涙を落とす。
そのときのことは、残留思念で見た。
彼女の父アベニウスは、返り血が付くほどの血を流し――おそらくは、死んだ。
運営が用意したシナリオだとわかっていても、やるせない話だ……。
「それから、私はここへ連れてこられました……。口封じに殺されるものと思っていましたが、彼らはこれからも我が家を資金源にするつもりのようで……」
「あれ?」
話が一通り終わったところで、チェリーが首を傾げた。
「ベンジャミンさんは? いつの間にかフェードアウトしてますけど」
「だよな。残留思念のムービーにもいなかったし」
「彼は……」
俺たちの会話に反応してか、アンネが涙を拭って顔を上げる。
「……彼は、逃げました」
「は?」
ひえっ。
チェリーが極低温の『は?』を放った。
こわい!
「逃げたんですか? 一人で? 恋人を置いて? はあ~? 有り得ませんね。有り得ませんよそれは。
女の子を置いて自分だけで逃げるとかー!! あまつさえそれを誤魔化そうとするとかー!! 絶っっっっっ対に有り得ませんよねー!?」
わかった!
ごめん!
もう一回謝るから!
というか全然水に流されてねえ!
「あっ、あの! 彼を誤解しないであげてください!」
チェリーの言動がキーになったわけではなかろうが、アンネは慌てた様子で恋人の弁解を始めた。
「私が! 私が逃げてって言ったんです! もし聖伐軍に捕まったら、きっとひどいことになるから……」
「そりゃその辺の一般人なんて消されるに決まってますけど、別にあなただって安全だとわかってたわけじゃなくありませんか? あんなに怯えてたんですし」
確かに、残留思念でのアンネはひどく怖がっていた。
全身が強ばり、強く震えていた。
自分は安全だと思っていた人間の恐がり方じゃない。
「……『計画』に……一般人を使うと、聖騎士が言っていたんです」
「『計画』?」
「そうです。それ。聖伐軍の『計画』って、結局なんなんでしょう?」
「『精霊臨界計画』……聖騎士はそう言っていました」
「『精霊』……?」
「『臨界』……?」
なんじゃそら?
「一年に一度、必ず2月14日に、幸福をもたらしに来る精霊バレンタイン」
唐突にアンネの口調が語り部っぽいそれになった。
「精霊は、いわばエネルギーの塊……その強さは、私たち人間の信仰によって上下すると言います」
「あー。そんなん設定本に書いてあったような気がする」
「元より、毎年必ず到来を祝われるバレンタインは強い精霊……それをさらに、大量の『信仰』――つまり、供物と生贄を使って、過剰に強化したら……!」
過剰な強化。
臨界。
するとどうなる?
「爆発する……とか?」
「原発みたいですね」
「――大爆発します」
「「するの!?」」
冗談で言ったのに。
「精霊は強大なエネルギーの塊。それが暴走なんかしたら、街の一つや二つは簡単に消し飛んでしまいます……」
「戦略兵器じゃないですか」
「精霊はジェラン教の信仰対象だろ。なに兵器にしてんだ」
「聖伐軍の考えはわかりません……。もはや彼らには、聖旗教への恨みだけで、信仰なんて残っていないのかも……」
街を一つ消し飛ばそうなんて、そりゃアベニウスも縁を切ろうとするわな。
知らん間に、ジェラン聖伐軍はだいぶトンだ集団になっていたようだ。
「ちなみに、供物と生贄って、具体的になんですか?」
「供物は、精霊バレンタインに贈るのに最も適したもの――チョコレートです。すでに彼らは、大量のチョコの準備を終えているはずです。父が善意から行っていた交換会を利用して……」
俺らが用意されたチョコが利用されてんのかよ。
なんつうことしやがる。
「そして生贄は――人です。大勢の人。各地から攫ってきた人々が、エムルのあちこちにある聖伐軍の秘密拠点に集められているそうです。逃げたベンジャミンも、結局は捕まって、そのどこかに……」
なるほど。
それを助けろってことだな?
で、場所は?
「時間がありません……。計画は、精霊バレンタインの訪れと共に始まるはずです! その前に……その前に……!」
場所は?
ベンジャミンの居場所は?
ハリーハリー!
アンネは身を乗り出し、必死な声で訴えた。
「どうか、攫われた人々を――私の恋人、ベンジャミンを、助けてください! あちこちにある聖伐軍秘密拠点のどこかから」
「……どこか?」
「どこ?」
「どこかから!」
大事なことですと言わんばかりに、アンネは二度繰り返した。
「秘密拠点は全部で13ヶ所――場所はお教えしますので、そのどこかからベンジャミンと生贄たちを見つけ出してください!」
そうして、目の前に教都エムルのマップが現れた。
13個の光点がマップ全体にばらける形で輝いている。
そして、その上にポップアップしたメッセージウインドウには、こんな風に書かれていた。
【13ヶ所の秘密拠点を攻略し、ベンジャミンを探し出そう!
(※ベンジャミンの居場所はランダムです)】
「……………………」
「……………………」
ガチャの時間だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!




