第31話 ラッキースケベ(不発)
【MAO‐チェリーVSミミ解説実況会場】
【857人がsetsunaを視聴中】
「見えるかな?」
ゲーム実況配信者・セツナは、背後に浮かべた妖精型アイテム――通称《ジュゲム》に向かって言った。
〈おk〉
〈おk〉
〈人多いなー〉
「『人多い』? ああ、確かにクリスマスのときより多いかもね」
サンエリス広場は多くのプレイヤーでごった返していた。
その中心。
時計台の近くで、ひときわ目立っているのが、今日の主役とも言える4人だ。
ジュゲムが持つカメラが、その4人を捉えている。
黒緑の剣士と、紅白の巫女の二人組。
そしてチョコレート色のお姫様と、赤い鎧の巨人騎士だ。
「みんなはどっちが勝つと思う?」
〈チェリー〉
〈チェリー〉
〈UO姫〉
〈ミミ様に1票!〉
「けっこう割れてるなあ」
コメント欄の様子を見て、セツナは滑らかに喋り始める。
「今回のことって、有名プレイヤー二大美少女による人気対決みたいになりつつあるけどさ、本当にすごいっていうか、とんでもないなあって思うのはチェリーさんのほうだと思うんだよね」
〈わかる〉
〈UO姫のほうは元々ファン抱えてるのに、それと互角だからな〉
「そうそう。ミミさんって、明らかに計画的にファン作ってるでしょ? ファンの人もそれにのっかってるようなところがあるんだけど……チェリーさんの人気って、完全に天然なんだよなあ」
〈しかも男いるのに〉
「ははは! オープンベータからの知り合いとしては、あの二人がMAO公認カップルみたくなってるのには感慨があるけどね」
カップルゲーマーなんて鬱陶しがられそうなものだが、意外や意外、あの二人に関しては例外的に受け入れられている。
その理由は、きっと誰よりも楽しそうにゲームをするからだろう、とセツナは思っていた。
「まあ、僕は審判だからどっちにも肩入れできないけど、みんなは好きなほうに協力してあげてください。
僕もできるだけ追いかけるけど、できたらコメントでも4人の動向を逐次教えてくれると嬉しいです」
〈おk〉
〈了解!〉
ちょうどそのとき、時計台が午後5時を指し、大聖堂から大きな鐘の音が響いてきた――
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
【ケージ&チェリー】
大聖堂から鳴り響く午後5時の鐘。
それと同時に、二頭立ての馬車がサンエリス広場に走り込んできた。
馬車の側面にかかったタペストリーには、何やら家紋のような模様が刺繍されている。
「あれか?」
いつもバレンタインにプレゼント交換会をやるという貴族。
そいつに最高級チョコを渡すことが、おそらく《特別なクエスト》の起動条件だ。
馬車は広場の入口近くで停まる。
御者が降りて、恭しく扉を開けた。
中から姿を現したのは、黒いスーツを着た壮年の紳士だ。
頭に被ったシルクハットを取って一礼し、紳士は声を張り上げた。
「レディース・エンド・ジェントルメン! 今年もバレンタインがやってきた! 堅いことは抜きだ。精霊の加護を祈って、大いに楽しむとしようじゃないか!!」
紳士が乗ってきた馬車の後ろには、さらに二台の荷馬車が続いていた。
紳士の指が弾かれると、二台の荷馬車にかかっていた布が御者によって取り去られる。
二台のうち、片方は空っぽで、もう片方には赤いリボンの巻かれた箱が山積していた。
「この通り、私のほうの準備は充分だ! 君たちの思いに答えられるだけのものを用意した!」
貴族というよりは手品師のように、紳士はシルクハットで空の荷馬車を指した。
「ただし、豪華賞品は数量限定――早い者勝ちと知りたまえ!」
そのときだった。
目の前にウインドウが現れた。
【イベントクエスト起動!
Quest1:チョコを荷馬車に放り込め!】
わっ――!!
と。
サンエリス広場に集ったプレイヤーたちが、雪崩を打つように一斉に動いた。
早い者勝ちって!
整理する気なしかよ運営!
いくらVRだからって!
「火紹君!!」
UO姫が、取り出したチョコを巨人騎士に投げ渡した。
直後。
「――ォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
火紹は獣めいた雄叫びを上げて、馬車のほうへと突進を始めた。
前にいる他のプレイヤーを暴走トラックみたいに蹴散らしていく。
ひえええ……!!
「ビビってる場合じゃないですよ先輩! ほら!」
「は?」
特に何の説明もなく、チェリーはチョコを俺に押しつけてきた。
「先輩、ゴー!」
「犬みたいに言うな!!」
ったく仕方ねえなあ!
俺は渡されたチョコを左手にしっかり持ちながら、キーワードを詠唱する。
「第二ショートカット発動!」
《縮地》スキルのスイッチが入った。
AGIステータスが飛躍的に上昇し、俺は弾丸のように飛び出す。
しかし、バーゲン品に群がるおばちゃんのようにひしめく人垣が、行く手を塞いでいた。
これではどれだけAGIを上げても意味はない。
だったら?
決まっている。
別の道を行けばいいだけのこと―――!!
俺は前のプレイヤーの背中を蹴ってジャンプする。
そうして人垣の上空に飛び出すと、ひしめくプレイヤーたちの頭を足場にして、飛び石を渡るように前へと駆けた。
「いでっ!?」
「んぎゅっ!」
「いま蹴ったの誰っ!?」
足下から悲鳴と文句が聞こえてくるが、恨むなら密集した自分たちを恨め。
こんなにぎゅうぎゅう詰めじゃ、足場にしてくれと言わんばかりだ!
人間を石ころのように蹴散らしながら猛進する火紹の背中に、あっという間に追いつく。
確かにSTRはとんでもないが、足の速さは大したことない!
「お先!」
「…………!」
巨体の肩を蹴って前に出ると、火紹が兜の奥から俺を見上げた。
ゴールである空の荷馬車は目の前。
火紹が蹴散らしてくれたおかげで、他のプレイヤーの姿もない。
街の中じゃ他プレイヤーへの直接攻撃も不可能だ。
ここは俺の勝ちだな……!
石畳に着地し、最後の数歩を詰めようと、
「――――オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オッッッ!!!!」
背後から凄まじい咆哮が背中を叩いた。
ビリッ! という痺れが瞬間的に全身を駆け抜ける。
なん、だ……!?
ただの雄叫びじゃない。
スキル……!?
足がもつれた。
身体が前のめりに倒れていく。
背後から重々しい足音が近付いていた。
山のような大男の圧倒的質量が、背中に迫っている……!!
――まだだ!
「第四ショートカット発動!」
ピキン、と俺の身体が光って、体技魔法を発動させた。
《風鳴撃》。
重力、慣性、俺の意思さえ無視して、システムに支配された身体が、風刃と共に前へ進む!
最後の数歩が、一瞬で消えた。
荷馬車の傍まで来た俺は、すぐさまチョコを放り込み、
「うおわっ!?」
背後から突進してきた大質量にぶっ飛ばされた。
荷馬車の上を飛び越えて、石畳の上をごろごろと転がる。
だが。
【Quest1:クリア!
報酬:名前の刻まれたブレスレット】
「ぃよしっ!」
ギリギリ間に合った!
俺は跳ねるようにして起き上がる。
「先輩! どうでしたか!?」
依然、激戦区と化している荷馬車周りを大きく迂回して、チェリーが駆け寄ってきた。
俺はサムズアップしてみせる。
「数秒だけど先んじた! さっさと行くぞ!」
「はい!」
半ば乱闘と化している荷馬車周りをしり目に、俺たちはサンエリス広場を後にした。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「で、どこに行けばいいんですか?」
サンエリス広場の喧噪が聞こえなくなった辺りで足を緩めて、俺はクエストログを開いた。
「んー……次のクエストはまだ出てないな」
「自分たちで探せってことですか……」
「とりあえず、さっきチョコと引き替えにもらったアイテムを見てみるか」
俺はアイテムウインドウから《名前の刻まれたブレスレット》を選んでオブジェクト化した。
俺の手のひらに現れたそれを、チェリーが隣から覗き込んでくる。
「ブレスレット……ですね。結構上等そう」
「アイテム名は《名前の刻まれたブレスレット》だ」
「名前ですか? どこにあるんでしょう」
「火で炙ると浮かび上がってくるとかか? 昔、映画で見た」
「それ指輪じゃありませんでしたっけ」
そうだっけ?
昔すぎて記憶があやふやだ。
いったん立ち止まり、二人してブレスレットをいろんな角度から観察する。
「あっ! ありましたよ。ここ。内側に」
「おっ、マジだ。えーと……アルファベットだな」
「B、E、N、J……BENJAMIN、ですかね?」
「誰だ……?」
「調べてみましょう。確かウィキにNPCリストみたいなのがありましたよね?」
チェリーがネットブラウザを開いて検索し始める。
俺はその間もブレスレットの文字を観察していた。
……んん?
これ……『BENJAMIN』の前にも何か刻まれてないか?
「『m BENJAMIN』……?」
……ダメだ。
『m』より前は掠れて読めない。
何が書いてあったんだろう?
「見つけましたよ、先輩」
チェリーがブラウザから顔を上げて言った。
「ベンジャミンっていう名前のNPCは一人です。NPC鍛冶屋の息子さんですね」
「あー。あいつ、そんな名前だったっけ?」
バージョン2までは俺たちもこの街を拠点にしていたので、鍛冶屋には幾度となく足を運んだことがある。
確かに、鍛冶屋のおっさんの息子が、徒弟として助手をしていたような……。
「先輩、あの鍛冶屋のおじさんに怒鳴られたことありますよね。お店の中の武器に勝手に触って」
「ビビるんだぞあれ……。自動的に飛んでくるbot台詞だってわかってても」
「さっきも大声にビビってませんでした? あの巨人の人の」
「いや、アレはなんかのスキルだろ絶対!」
「どうですかね~?」
チェリーはにやにや笑う。
こいつ、わかってて言ってるだろ。
どうにか反撃する手段はないかと考えたとき、
――パンッ!
突然、近くで銃声みたいな音がして、チェリーの肩がビクッと跳ねた。
音の正体は、道の端にたむろしたプレイヤーたちが使ったクラッカーだ。
「なんですか、もう! こんな道端で!」
チェリーは誤魔化すように思ってみせる。
今度は俺がにやにや笑う番だった。
「あれ? 今ビビってなかったか? たかがクラッカーに?」
「~~~~~~っ!!」
悔しさだか怒りだか恥ずかしさだかで、チェリーは顔を赤くする。
それから、これ見よがしに頬を膨らまして、ぷいっとそっぽを向いた。
「意地悪です。性悪です。へそ曲がりです」
「ためらいなく自分を棚に上げる奴だなお前は」
「知りませんっ!」
「はいはい、拗ねんな拗ねんな」
「あうっ」
あざとく膨らんだ頬にぶすっと指を刺すと、ぷしゅっと口から空気が抜けた。
つつかれた頬を手でさすって、チェリーはなぜか非難の目で俺を見る。
「……ほんと、女子に慣れてきましたよね、先輩」
「いや、だからこれは――」
女慣れじゃなくてお前慣れだよ。
「はい? だからこれは――なんですか?」
「……いや、なんでもない」
だからも何も、口に出して言ったことはないんだった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
商店通りに軒を連ねる鍛冶屋を訪ねる。
イベント中とあって、店の軒先もバレンタイン仕様だった。
色とりどりのリボンが扉の周りに飾られている。
バレンタインとは欠片も関係なさそうなのは、店主のおっさんくらいだった。
「……確かに、こらぁセガレのもんだな。着けてんのを見たことがある」
黒く焼けた肌のおっさんは、俺が差し出したブレスレットを見ると、しかめっつらでそう言った。
「せっかく持ってきてもらって悪りぃが、セガレならここにはいねえぜ。昨日っから姿を見せやがらねえ」
「昨日から?」
「会わせてえ奴がいるとか何とか言って、それっきりだ。ったく……何をやってやがるんだか」
俺とチェリーは顔を見合わせた。
「きな臭いな……」
「事件の匂いがプンプンしますね」
チェリーは鍛冶屋のおっさんに視線を戻す。
「息子さんがどこに行かれたか、心当たりはありませんか?」
NPCには、六衣みたいに自分で考えて受け答えできるAIを実装された奴と、特定のワードに対してだけ決められた台詞を返す単なるbotとがいる。
このおっさんは後者だと思うが、ベンジャミン氏の行き先がクエストに関わるなら、この質問には意味のある答えが返ってくるはずだ。
「んん? そうさな……」
期待通り、おっさんは無精ひげの生えた顎をさすり、考える仕草をした。
「そういやぁ、最近いやに出かけることが多いと思って訊いてみたら、北の丘に行ってるとか言ってやがったな……。あんな何もねえ場所に何しに行くんだか。わからねえ奴だ」
「北の丘……」
確かに、この街の北のほうには丘がある。
大きな木が一本立っているだけで、他には特に何もない。
街の中扱いだからモンスターも出ないし、たまにプレイヤーがピクニックに使っている。
「お前ら、もしあいつを見つけたら、連れて帰ってきてくんねぇか。あんな腑抜けでも、大事な跡取りなんでな」
【Quest2:ベンジャミンを探せ!】
クエストログが更新された。
やっぱりベンジャミン氏を探す流れか。
「北の丘に行ってみましょう、先輩」
「おう!」
俺たちは鍛冶屋を飛び出した。
と、同時。
多くの人が行き交う通りの向こうから、巨人が走ってきた。
神輿を一人で肩に担いで、その上にUO姫を乗せている。
あれ逆に怖くねえか?
すれ違いざま、チェリーと一瞥を交わしただけで、UO姫は何を言うこともなかった。
神輿の上から飛び降りて、鍛冶屋の中へと入っていく。
どうやらまだ、こちらが一歩先んじているようだ。
だがまだ油断できる差じゃない。
「走ったほうが早いですかね?」
「リログの手間を考えたら大して変わらんだろ!」
ログインし直すと、直近のワープポータルからリスタートになる。
それを利用した疑似テレポートを移動手段として検討したが、すぐに打ち消した。
「最短で行くぞ!」
「ひゃえっ!?」
俺は片腕でチェリーを抱えながら、俺は再び《縮地》のスイッチを入れる。
重量限界オーバーによってAGIにペナルティがかかるが、《縮地》によるバフがそれを遙かに凌駕した。
上昇したAGIを使い、路地の壁と壁をマリオみたいに蹴って屋根の上に上がる。
そのまま屋根を走り、北の丘をまっすぐに目指した。
「あのっ! あのあのあのっ! 先輩!? 先輩ってば!」
「あん!?」
「いっ……言いにくいんですけど……そのっ……」
「なんだよ! はよ言え!」
「胸っ! 私の胸、思いっきり掴んでますっ!!」
「はえ?」
バランスを崩した。
屋根から地面に転がり落ちた。
路地の石畳に仰向けに倒れた俺を、チェリーが覗き込んでくる。
「……ちなみに訊くんですけど」
「は、はい」
「感触って、あるんですか?」
「な……ないです……」
全年齢向けなんで。
「……残念でしたね」
からかってるんだか怒ってるんだかわからない抑えた調子で、チェリーは言った。
「……ちなみに、お前のほうは感触――」
「ほら立ってくださいさっさと行きますよタイムロスです!」
「あっ、誤魔化した!」
しかし時間の余裕がないのは事実なので、俺たちは改めて北の丘を目指した。




