表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
2nd Quest - 最強カップルとバレンタイン・プリンセス
32/262

第31話 ラッキースケベ(不発)

【MAO‐チェリーVSミミ解説実況会場】

【857人がsetsunaを視聴中】



「見えるかな?」


 ゲーム実況配信者・セツナは、背後に浮かべた妖精型アイテム――通称《ジュゲム》に向かって言った。


〈おk〉

〈おk〉

〈人多いなー〉


「『人多い』? ああ、確かにクリスマスのときより多いかもね」


 サンエリス広場は多くのプレイヤーでごった返していた。

 その中心。

 時計台の近くで、ひときわ目立っているのが、今日の主役とも言える4人だ。


 ジュゲムが持つカメラが、その4人を捉えている。

 黒緑の剣士と、紅白の巫女の二人組。

 そしてチョコレート色のお姫様と、赤い鎧の巨人騎士だ。


「みんなはどっちが勝つと思う?」


〈チェリー〉

〈チェリー〉

〈UO姫〉

〈ミミ様に1票!〉


「けっこう割れてるなあ」


 コメント欄の様子を見て、セツナは滑らかに喋り始める。


「今回のことって、有名プレイヤー二大美少女による人気対決みたいになりつつあるけどさ、本当にすごいっていうか、とんでもないなあって思うのはチェリーさんのほうだと思うんだよね」


〈わかる〉

〈UO姫のほうは元々ファン抱えてるのに、それと互角だからな〉


「そうそう。ミミさんって、明らかに計画的にファン作ってるでしょ? ファンの人もそれにのっかってるようなところがあるんだけど……チェリーさんの人気って、完全に天然なんだよなあ」


〈しかも男いるのに〉


「ははは! オープンベータからの知り合いとしては、あの二人がMAO公認カップルみたくなってるのには感慨があるけどね」


 カップルゲーマーなんて鬱陶しがられそうなものだが、意外や意外、あの二人に関しては例外的に受け入れられている。

 その理由は、きっと誰よりも楽しそうにゲームをするからだろう、とセツナは思っていた。


「まあ、僕は審判だからどっちにも肩入れできないけど、みんなは好きなほうに協力してあげてください。

 僕もできるだけ追いかけるけど、できたらコメントでも4人の動向を逐次教えてくれると嬉しいです」


〈おk〉

〈了解!〉


 ちょうどそのとき、時計台が午後5時を指し、大聖堂から大きな鐘の音が響いてきた――




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【ケージ&チェリー】


 大聖堂から鳴り響く午後5時の鐘。

 それと同時に、二頭立ての馬車がサンエリス広場に走り込んできた。

 馬車の側面にかかったタペストリーには、何やら家紋のような模様が刺繍されている。

 

「あれか?」


 いつもバレンタインにプレゼント交換会をやるという貴族。

 そいつに最高級チョコを渡すことが、おそらく《特別なクエスト》の起動条件だ。


 馬車は広場の入口近くで停まる。

 御者が降りて、恭しく扉を開けた。

 中から姿を現したのは、黒いスーツを着た壮年の紳士だ。

 頭に被ったシルクハットを取って一礼し、紳士は声を張り上げた。


「レディース・エンド・ジェントルメン! 今年もバレンタインがやってきた! 堅いことは抜きだ。精霊の加護を祈って、大いに楽しむとしようじゃないか!!」


 紳士が乗ってきた馬車の後ろには、さらに二台の荷馬車が続いていた。

 紳士の指が弾かれると、二台の荷馬車にかかっていた布が御者によって取り去られる。


 二台のうち、片方は空っぽで、もう片方には赤いリボンの巻かれた箱が山積していた。


「この通り、私のほうの準備は充分だ! 君たちの思いに答えられるだけのものを用意した!」


 貴族というよりは手品師のように、紳士はシルクハットで空の荷馬車を指した。


「ただし、豪華賞品は数量限定――早い者勝ちと知りたまえ!」


 そのときだった。

 目の前にウインドウが現れた。


【イベントクエスト起動!

 Quest1:チョコを荷馬車に放り込め!】


 わっ――!!

 と。

 サンエリス広場に集ったプレイヤーたちが、雪崩を打つように一斉に動いた。


 早い者勝ちって!

 整理する気なしかよ運営!

 いくらVRだからって!


「火紹君!!」


 UO姫が、取り出したチョコを巨人騎士に投げ渡した。

 直後。


「――ォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


 火紹は獣めいた雄叫びを上げて、馬車のほうへと突進を始めた。

 前にいる他のプレイヤーを暴走トラックみたいに蹴散らしていく。

 ひえええ……!!


「ビビってる場合じゃないですよ先輩! ほら!」


「は?」


 特に何の説明もなく、チェリーはチョコを俺に押しつけてきた。


「先輩、ゴー!」


「犬みたいに言うな!!」


 ったく仕方ねえなあ!

 俺は渡されたチョコを左手にしっかり持ちながら、キーワードを詠唱する。


第二ショート(キャスト)カット発動(・ツー)!」


《縮地》スキルのスイッチが入った。

 AGIステータスが飛躍的に上昇し、俺は弾丸のように飛び出す。


 しかし、バーゲン品に群がるおばちゃんのようにひしめく人垣が、行く手を塞いでいた。

 これではどれだけAGIを上げても意味はない。

 だったら?

 決まっている。

 別の道を行けばいいだけのこと―――!!


 俺は前のプレイヤーの背中を蹴ってジャンプする。

 そうして人垣の上空に飛び出すと、ひしめくプレイヤーたちの頭を足場にして、飛び石を渡るように前へと駆けた。


「いでっ!?」

「んぎゅっ!」

「いま蹴ったの誰っ!?」


 足下から悲鳴と文句が聞こえてくるが、恨むなら密集した自分たちを恨め。

 こんなにぎゅうぎゅう詰めじゃ、足場にしてくれと言わんばかりだ!


 人間を石ころのように蹴散らしながら猛進する火紹の背中に、あっという間に追いつく。

 確かにSTRはとんでもないが、足の速さは大したことない!


「お先!」


「…………!」


 巨体の肩を蹴って前に出ると、火紹が兜の奥から俺を見上げた。

 ゴールである空の荷馬車は目の前。

 火紹が蹴散らしてくれたおかげで、他のプレイヤーの姿もない。

 街の中じゃ他プレイヤーへの直接攻撃も不可能だ。

 ここは俺の勝ちだな……!


 石畳に着地し、最後の数歩を詰めようと、


「――――オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オッッッ!!!!」


 背後から凄まじい咆哮が背中を叩いた。

 ビリッ! という痺れが瞬間的に全身を駆け抜ける。


 なん、だ……!?

 ただの雄叫びじゃない。

 スキル……!?


 足がもつれた。

 身体が前のめりに倒れていく。

 背後から重々しい足音が近付いていた。

 山のような大男の圧倒的質量が、背中に迫っている……!!


 ――まだだ!


第四ショート(キャスト)カット発動(・フォー)!」


 ピキン、と俺の身体が光って、体技魔法を発動させた。

《風鳴撃》。

 重力、慣性、俺の意思さえ無視して、システムに支配された身体が、風刃と共に前へ進む!


 最後の数歩が、一瞬で消えた。

 荷馬車の傍まで来た俺は、すぐさまチョコを放り込み、


「うおわっ!?」


 背後から突進してきた大質量にぶっ飛ばされた。

 荷馬車の上を飛び越えて、石畳の上をごろごろと転がる。

 だが。


【Quest1:クリア!

 報酬:名前の刻まれたブレスレット】


「ぃよしっ!」


 ギリギリ間に合った!

 俺は跳ねるようにして起き上がる。


「先輩! どうでしたか!?」


 依然、激戦区と化している荷馬車周りを大きく迂回して、チェリーが駆け寄ってきた。

 俺はサムズアップしてみせる。


「数秒だけど先んじた! さっさと行くぞ!」


「はい!」


 半ば乱闘と化している荷馬車周りをしり目に、俺たちはサンエリス広場を後にした。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「で、どこに行けばいいんですか?」


 サンエリス広場の喧噪が聞こえなくなった辺りで足を緩めて、俺はクエストログを開いた。


「んー……次のクエストはまだ出てないな」


「自分たちで探せってことですか……」


「とりあえず、さっきチョコと引き替えにもらったアイテムを見てみるか」


 俺はアイテムウインドウから《名前の刻まれたブレスレット》を選んでオブジェクト化した。

 俺の手のひらに現れたそれを、チェリーが隣から覗き込んでくる。


「ブレスレット……ですね。結構上等そう」


「アイテム名は《名前の刻まれたブレスレット》だ」


「名前ですか? どこにあるんでしょう」


「火で炙ると浮かび上がってくるとかか? 昔、映画で見た」


「それ指輪じゃありませんでしたっけ」


 そうだっけ?

 昔すぎて記憶があやふやだ。


 いったん立ち止まり、二人してブレスレットをいろんな角度から観察する。


「あっ! ありましたよ。ここ。内側に」


「おっ、マジだ。えーと……アルファベットだな」


「B、E、N、J……BENJAMIN(ベンジャミン)、ですかね?」


「誰だ……?」


「調べてみましょう。確かウィキにNPCリストみたいなのがありましたよね?」


 チェリーがネットブラウザを開いて検索し始める。

 俺はその間もブレスレットの文字を観察していた。


 ……んん?

 これ……『BENJAMIN』の前にも何か刻まれてないか?


「『m BENJAMIN』……?」


 ……ダメだ。

『m』より前は掠れて読めない。

 何が書いてあったんだろう?


「見つけましたよ、先輩」


 チェリーがブラウザから顔を上げて言った。


「ベンジャミンっていう名前のNPCは一人です。NPC鍛冶屋の息子さんですね」


「あー。あいつ、そんな名前だったっけ?」


 バージョン2までは俺たちもこの街を拠点にしていたので、鍛冶屋には幾度となく足を運んだことがある。

 確かに、鍛冶屋のおっさんの息子が、徒弟として助手をしていたような……。


「先輩、あの鍛冶屋のおじさんに怒鳴られたことありますよね。お店の中の武器に勝手に触って」


「ビビるんだぞあれ……。自動的に飛んでくるbot台詞だってわかってても」


「さっきも大声にビビってませんでした? あの巨人の人の」


「いや、アレはなんかのスキルだろ絶対!」


「どうですかね~?」


 チェリーはにやにや笑う。

 こいつ、わかってて言ってるだろ。

 どうにか反撃する手段はないかと考えたとき、


 ――パンッ!


 突然、近くで銃声みたいな音がして、チェリーの肩がビクッと跳ねた。

 音の正体は、道の端にたむろしたプレイヤーたちが使ったクラッカーだ。


「なんですか、もう! こんな道端で!」


 チェリーは誤魔化すように思ってみせる。

 今度は俺がにやにや笑う番だった。


「あれ? 今ビビってなかったか? たかがクラッカーに?」


「~~~~~~っ!!」


 悔しさだか怒りだか恥ずかしさだかで、チェリーは顔を赤くする。

 それから、これ見よがしに頬を膨らまして、ぷいっとそっぽを向いた。


「意地悪です。性悪です。へそ曲がりです」


「ためらいなく自分を棚に上げる奴だなお前は」


「知りませんっ!」


「はいはい、拗ねんな拗ねんな」


「あうっ」


 あざとく膨らんだ頬にぶすっと指を刺すと、ぷしゅっと口から空気が抜けた。

 つつかれた頬を手でさすって、チェリーはなぜか非難の目で俺を見る。


「……ほんと、女子に慣れてきましたよね、先輩」


「いや、だからこれは――」


 女慣れじゃなくてお前慣れだよ。


「はい? だからこれは――なんですか?」


「……いや、なんでもない」


 だからも何も、口に出して言ったことはないんだった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 商店通りに軒を連ねる鍛冶屋を訪ねる。

 イベント中とあって、店の軒先もバレンタイン仕様だった。

 色とりどりのリボンが扉の周りに飾られている。

 バレンタインとは欠片も関係なさそうなのは、店主のおっさんくらいだった。


「……確かに、こらぁセガレのもんだな。着けてんのを見たことがある」


 黒く焼けた肌のおっさんは、俺が差し出したブレスレットを見ると、しかめっつらでそう言った。


「せっかく持ってきてもらって悪りぃが、セガレならここにはいねえぜ。昨日っから姿を見せやがらねえ」


「昨日から?」


「会わせてえ奴がいるとか何とか言って、それっきりだ。ったく……何をやってやがるんだか」


 俺とチェリーは顔を見合わせた。


「きな臭いな……」


「事件の匂いがプンプンしますね」


 チェリーは鍛冶屋のおっさんに視線を戻す。


「息子さんがどこに行かれたか、心当たりはありませんか?」


 NPCには、六衣みたいに自分で考えて受け答えできるAIを実装された奴と、特定のワードに対してだけ決められた台詞を返す単なるbotとがいる。

 このおっさんは後者だと思うが、ベンジャミン氏の行き先がクエストに関わるなら、この質問には意味のある答えが返ってくるはずだ。


「んん? そうさな……」


 期待通り、おっさんは無精ひげの生えた顎をさすり、考える仕草をした。


「そういやぁ、最近いやに出かけることが多いと思って訊いてみたら、北の丘に行ってるとか言ってやがったな……。あんな何もねえ場所に何しに行くんだか。わからねえ奴だ」


「北の丘……」


 確かに、この街の北のほうには丘がある。

 大きな木が一本立っているだけで、他には特に何もない。

 街の中扱いだからモンスターも出ないし、たまにプレイヤーがピクニックに使っている。


「お前ら、もしあいつを見つけたら、連れて帰ってきてくんねぇか。あんな腑抜けでも、大事な跡取りなんでな」


【Quest2:ベンジャミンを探せ!】


 クエストログが更新された。

 やっぱりベンジャミン氏を探す流れか。


「北の丘に行ってみましょう、先輩」


「おう!」


 俺たちは鍛冶屋を飛び出した。

 と、同時。

 多くの人が行き交う通りの向こうから、巨人が走ってきた。

 神輿を一人で肩に担いで、その上にUO姫を乗せている。

 あれ逆に怖くねえか?


 すれ違いざま、チェリーと一瞥を交わしただけで、UO姫は何を言うこともなかった。

 神輿の上から飛び降りて、鍛冶屋の中へと入っていく。

 どうやらまだ、こちらが一歩先んじているようだ。

 だがまだ油断できる差じゃない。


「走ったほうが早いですかね?」


「リログの手間を考えたら大して変わらんだろ!」


 ログインし直すと、直近のワープポータルからリスタートになる。

 それを利用した疑似テレポートを移動手段として検討したが、すぐに打ち消した。


「最短で行くぞ!」


「ひゃえっ!?」


 俺は片腕でチェリーを抱えながら、俺は再び《縮地》のスイッチを入れる。

 重量限界オーバーによってAGIにペナルティがかかるが、《縮地》によるバフがそれを遙かに凌駕した。


 上昇したAGIを使い、路地の壁と壁をマリオみたいに蹴って屋根の上に上がる。

 そのまま屋根を走り、北の丘をまっすぐに目指した。


「あのっ! あのあのあのっ! 先輩!? 先輩ってば!」


「あん!?」


「いっ……言いにくいんですけど……そのっ……」


「なんだよ! はよ言え!」


「胸っ! 私の胸、思いっきり掴んでますっ!!」


「はえ?」


 バランスを崩した。

 屋根から地面に転がり落ちた。


 路地の石畳に仰向けに倒れた俺を、チェリーが覗き込んでくる。


「……ちなみに訊くんですけど」


「は、はい」


「感触って、あるんですか?」


「な……ないです……」


 全年齢向けなんで。


「……残念でしたね」


 からかってるんだか怒ってるんだかわからない抑えた調子で、チェリーは言った。


「……ちなみに、お前のほうは感触――」


「ほら立ってくださいさっさと行きますよタイムロスです!」


「あっ、誤魔化した!」


 しかし時間の余裕がないのは事実なので、俺たちは改めて北の丘を目指した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ