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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
4th Quest - 最強カップルのVR学園生活
262/262

第257話 ラインの向こう側を垣間見て


 百空学園での事件が終わり、直近でやることが何もなくなった。

 長くMAOをやっていると、こういう時期もよくやってくる。まあ、ボリュームに関しては空前絶後のものを誇るゲームだから、探せば何かしらやることはあるんだけど、燃え尽き症候群ってやつか、フッとモチベがなくなっちまう瞬間があるんだよな。

 そういうときは別のゲームをやったりするんだが――今日は、チェリーから呼び出しがあった。

 でかい案件を片付けたばっかだってのに、元気だなあアイツは――なんてジジ臭いことを考えながらログインした俺を待ち受けていたのは、


「じゃーん♪」


「……………………」


 エプロン姿のチェリーが、ドヤ顔をしていた。

 もちろん、ただのエプロン姿じゃない。

 フリルの付いた裾からは、白い太腿が伸びていた。

 肩も、鎖骨も、胸元も、エプロン以外のすべてが露わだった。


「……ありゃ? 先輩? せんぱーい? リアクションはどうしたんですかー? せっかく可愛い後輩が裸エプロンをしてあげたのにー」


 ニヤニヤと笑いながら、チェリーは軽く腰を折って俺の瞳を見上げてくる。

 その際、胸元にできた隙間が目に入って、俺は思わず顔を逸らした。


「ど……どうせ、中に水着かなんか着てんだろ? 騙されねえよ」


「え? 必要ですか?」


「は?」


「どうせ危ないところは謎の光が隠してくれるんですから、そんなの着る必要ないですよね?」


 くすっと挑発的に笑いながら、するする……とチェリーはエプロンの裾をたくし上げていく。

 白い太腿の根本が見えそうになったところで、パッと手を放して裾を元に戻した。


「ほら。見えなかったでしょう?」


 ……いや。

 謎の光の出番は、まだだった気がするけど。


「わからなかったなら、もう一回見せてあげましょうか……?」


「い、いいって……」


「遠慮しなくてもいいのに」


 くすくすと小気味良さそうに笑うチェリー。

 本当に、こいつは、相変わらず……! 探偵役をやってたときの真面目さを取り戻せよ!


「大体、なんでいきなりそんな格好してんだよ? UO姫の性癖が移ったか?」


「私をあんな淫乱と一緒にしないでくださいよ。私はただ約束を履行しただけです」


「約束……?」


「仮面舞踏会のとき、正直に言ったら好きな格好してあげますって言ったでしょう?」



 ――正直に言ってくれたら……今度、二人きりのとき、好きな服着てあげますよ?


 ――裸エプロン、なんていうのもありますね?



「……そういえば……そんなことも、あったな」


「楽しみにしてたくせに。忘れたふりが下手ですねえ」


「本当に忘れてたんだっつの!」


 ぬふふ、と意地悪く笑いながら、チェリーはひらひらとこれ見よがしにエプロンの裾を揺らした。


「どうですかどうですか? 先輩の正直な気持ちが、もう一回聞きたいな~?」


「……寒そう」


「それじゃあ、暖めてくれます?」


 ああくそ! ああ言えばこう言う!

 目を逸らすたびに、チェリーはちょこまかと動いて俺の視界に入り込んでくる。普通恥ずかしがるもんだろが。システムに守られてるからって――まあ結局、謎の光はさっぱり出てこないが。


 ……出てこなすぎじゃないか?

 いくらチェリーのガードが高いって言っても、こんなあちこち隙だらけの格好でこれだけちょこまか動いたら、少しは規制の光が現れるはずだ。

 胸元や股間はともかく、お尻に関しては後ろから丸見えなはずなんだから、少しくらいは――


 ……いや、そもそも。

 お尻って、規制対象なのかな。

 胸や股間が隠れてしまうのは、この目で見た。けど、お尻はどうだっただろう。二人で温泉に入ったとき、チェリーの裸を正面から見たことはあっても、背後から見たタイミングはなかったんじゃなかろうか?

 実際、装備の中にはお尻がほとんど出てるようなデザインのものもある。生尻が規制対象なら、そういう装備も規制対象になってしまうはず。だが、そうはなっていない。

 つまり――


「……………………」


 俺はチェリーの頭越しに、ちらっと背中側を覗き込もうとした。

 するとチェリーは、すかさずスッと距離を取って、俺の視界に背中が入らないようにした。


「……………………」


「……………………」


 今度は素早く距離を詰め、背後を取ろうとした。

 が、チェリーはさすがの反射神経で、くるりと身を翻して正面をキープする。


「…………どうした?」


「……………………」


「どうせ謎の光で何も見えないんだろ?」


 チェリーは目を逸らしながら、じりじりと俺との間合いを維持し、両手をお尻に回した。


「う……後ろは……ダメです」


「なんで」


「な、なんでも何もっ……わかってるんでしょう!?」


 わからんなあ! この目で確認せんことには!

 俺は電光石火のスピードで間合いを詰めると、チェリーの肩を捕まえた。


「んにゃあーっ! スケベっ! へんたいっ!」


「自分からそんな格好しといて何言ってんだアホ!」


 たまには痛い目を見るがいい!

 俺はチェリーの小柄な身体を胸の中に抱きすくめるようにして、今一度頭越しに背中を覗き込む。

 俺の目に飛び込んできたのは、滑らかな白い背中と、その下にあるぷりんとした――


 ――お尻を覆う、肌色のホットパンツだった。


「……くすっ♥」


 呆然と固まる俺の耳元を、甘い声がくすぐる。


「(へーんーたいっ♥)」


 完全に勝ち誇った調子のその囁きが、頭の中に響き渡った途端、むかーっと脳の血管が熱くなった。


「お、ま、え、なあっ……!!」


「ひゃっ!?」


 俺は抱きすくめたチェリーをそのまま抱え上げると、そばにあったソファーの上に押し倒す。

 チェリーは少し驚いた顔をした後、俺の顔を見上げて挑発的に薄く笑った。


「怒っちゃいました……?」


 まだ余裕ぶれるか!

 だったらこれでどうだと、俺はチェリーに覆い被さるようにして、その耳元に口を近づけた。


「(あんまり、俺を舐めるなよ)」


「……うぇへ♥」


 脅かすような低い声で言うと、チェリーはなぜかちょっと気持ち悪い笑みをこぼす。

 舐めんなって言ってんだろ!

 俺は容赦なくエプロンの下に手を入れ、そして――


「――にゃんっ! んくっ、あはは! ちょっ、せんぱっ、くすぐった――」


「思い知るがいい! いつまでも年上を舐め腐ってんじゃねえぞーっ!!」


「やんっ、ごめんなさ――んんくっ!? ほ、ホントにやめっ……あはは! あははははは! も、もう許しっ――んぁっ♥」


「色っぽい声を出せば俺が日和るとでも思ったか!」


「えへ。バレましたぁ? ――あはははは! ひっ、ひいーっふーっんくぅーっ!!」


 まるで小学生みたいな、他愛のないじゃれ合い。

 こんなことができるのも、ここがゲームの中で、システムが最後の一線を守ってくれるからなのだと――俺たちは、きっと心のどこかで、わかっているんだ。






「お兄ちゃんってさあー。サクラちゃんとゲームの中でイチャついた後、ムラムラしないの?」


 休日の真っ昼間に、そんな不躾な質問を放ってきたのは、妹のレナだった。

 俺は心から呆れつつ、


「お前さあ……普通、訊くか? 実の兄に、そんなこと……」


「普通は知らないけど、あたしは訊くね! だってゲームの中だと何にもエロいことできないんでしょー? おっぱい触っても感覚しないって言うじゃん! そんなん生殺しじゃないの? あんなに可愛い子と四六時中ベタベタしてるのにさー」


「ベタベタなんかしてねえっつの」


「ログアウトした後にさ、身体が火照ってきたりしないの? お預けにされたリビドーをリアルのサクラちゃんにぶつけたくなったりしないのー? あ、もしかしてあたしの知らないところでもうやってる!?」


「やってねえ! っつーか訊こうとすんな! 実の兄と友達のそういう話を!」


「なんでー!? 興奮するじゃん! 自分の部屋の隣で、実の兄と友達がエロいことしてるかもって思ったら!」


「変態が……」


 我が妹ながら、どんな性癖だ。親の顔が見てみたい。


「それより、今日は用があるんだろ? さっさと準備して行けよ」


「あー、可愛い妹を厄介者みたいに。いけないんだー」


 と言いながらも、レナは手元のお茶を飲み干すと、バッグを手にして立ち上がった。


「それでは行って参ります! 今日は大事なデートなのです!」


「あー、はいはい。行ってらっしゃい」


 適当に手を振ると、レナはぴゅーっと風のようにリビングを出ていった。バタン、と玄関が閉じる音。

 ちなみに、レナが『大事なデート』と言う場合、これは自分のではない。

 あいつは、他人の大事なデートをサポートしに行ったのだ。

 まったくもって……我が妹ながら、おかしな奴である。


 ……生殺し、ねぇ。

 確かに、そうかもしれねえけど。

 ムラッと来ることがないかと言ったら……まあ、俺も男だし、嘘になっちまうけど。

 それをリアルのあいつにぶつけようとか、そんな風には、思わない。

 それとこれとは別なのだ。


「……もしもし。……ああ、大丈夫だ。いま出る」


 待っていた連絡が来たので、俺はリビングから玄関に移動した。

 そして、靴を足に引っ掛けながら、扉を開ける。

 すると、


「……お邪魔しま~す……」


 そろりそろりと、注意深く家の中の様子を窺いながら――真理峰桜が、玄関の中に入ってきた。

 このところ暖かくなってきたのもあって、薄手のコートにふわりとしたロングスカートを合わせた春めいたファッションだ。詳しいことは俺にはわかんねえけど、外にも出れる部屋着、くらいのバランスに見える。

 俺は靴を脱ぎながら、


「大丈夫だって言っただろ。レナはさっき出かけたばっかだから心配ねえって」


「あの人は予想できないところがありますから……。万が一、一人で先輩のところに遊びに来てるところなんて見られたら、向こう一ヶ月は質問責めに遭いますよ」


 今日は珍しく、オフラインで遊ぶ予定の日だった。

 MAOのモチベもイマイチだし、だったらたまにはオフで非VRのゲームでも、っていうわけだ。


 真理峰は行儀よく玄関に腰掛けて靴を脱ぐと、バッグの中から袋を出して、脱いだ靴を仕舞い込む。


「靴まで隠すのかよ……」


「万が一の用心です」


 どんだけ知られたくねえんだ。こっそり遊びに来てるのを。

 それから2階にある俺の部屋に移動する。真理峰は途中、リビングを覗き込んで誰もいないのを確認していた。

 俺の部屋に入ると、真理峰はざっと見回して一言。


「今日は結構片付いてますね」


「誰かさんにうるさく言われたからな」


 真理峰が部屋に来るのは、別に初めてってわけじゃない。

 以前はボロクソに言われたものだ。こんなの人が住む場所じゃないとか何とか。


「ほれ」


 俺は用意していたクッションをポンと床に置いた。

 真理峰は「ありがとうございます」と形式的に言って、肩からバッグを下ろし、クッションの上にぺたんと女の子座りをする。

 すると、真理峰の長いスカートの裾が少しだけ上がって、白いふくらはぎがチラ見えした。今日はタイツでもニーソでもないらしい――ほっそりと細く、毛穴の一つもなくつるりとした、俺とは全然違うふくらはぎ。


 俺は意識してそこから視線を剥がしながら、モニターとゲーム機をセッティングする。

 電源を入れてコントローラーを二つ手に取ると、片方を真理峰に渡す。

 そして――二人分くらい距離を置いて、床にじかに座り込んだ。

 真理峰がこっちを見て、少し首を傾げる。


「……ちょっと遠くありません?」


「そうか? こんなもんだろ」


「そう……ですかね。そう、かもしれません」


 さっきレナに言われたことを気にしたわけではない。決してない。

 ただ……今、隣にいる真理峰は、生身なわけで。

 ゲームのシステムが、一線を守ってくれることはないわけで。

 それを思えば、MAOの中にいるときと同じ距離感でいるわけにはいかないだろうってことだ。


「そういえば、飲み物用意するの忘れたな」


「オレンジジュースってあります?」


「あったと思うけど、お前、紅茶党じゃないっけ」


「紅茶はすぐにお手洗い行きたくなっちゃいますからね。先輩の家で下着を脱ぐのは、少々身の危険を感じます」


「だったらむしろ、今のほうが危険だろ……」


「そうですか? 本当に?」


 薄く笑いながら、真理峰は問いかけるように小首を傾げた。


「トイレに行くと、お馬鹿さんな誰かさんがころっとそのことを忘れて、うっかりよろしくない場面に鉢合わせる可能性がありますけれど、同じ部屋にいる間はその危険はありませんよね? あれ? それ以外に危ないことってあります?」


「やめろやめろ煽るな。人がせっかく気を遣ってやってんのに」


「慣れないことはするもんじゃないですよ、先輩?」


「何が慣れないことだ。俺ほどお前に気を遣ってる奴はいねえよ」


「目で目は見えぬと言いますからねえ」


「自分のことはよくわかってねえってことかよ。お互い様だな」


 真理峰がくすくすと軽く肩を揺らして、このやり取りは終わった。

 これがMAOの中だったら取っ組み合いが始まっていたことだろう。そうならなかったのは、やっぱり俺もこいつも、わかっているからだと思う。

 バーチャルだから許される距離。

 リアルでは踏み込めない距離。

 こんなにつるんでいる俺たちでも、そういうものが確かにあるのだと。


 ゲーム機が立ち上がり、モニターにホーム画面が映る。

 俺は適当にカーソルを動かしてダウンロードしてあるソフトを見せていきながら、


「何やる? 特に決めてなかったけど」


「んー……協力プレイできるやつ――いえ、オフラインでまでパーティを組むっていうのも、あまり芸がないですね」


「誰に見せるわけでもねえのに、なんで芸が必要なんだよ」


「あ! これやりましょうよ! 名前知ってます!」


「二人でパーティゲームかぁ……」


「いつもは一人でやってるんですからいいじゃないですか」


「決めつけんじゃねえよ」


 そうだけどよ。

 そうして、普通四人くらいでやるパーティゲームを、CPUを入れて二人でやり始めた。

 こういう形になると相手に気を遣って、エグい攻撃とかはCPUに集中させたりするもんだが、そこは俺とこいつの仲だった。情け容赦なく相手の行動を妨害する。


「あっ! 大事に温めておいたカードなのに!」


「さっさと使わねえほうが悪いんだよ!」


「そっちがそう来るなら……! よしっ、引いた!」


「うごあっ! 馬鹿やめろそれはマズいって!」


「はい眠れ~!」


「てめえこの野郎!」


「野郎じゃないですぅ~!」


 危ない危ない。俺たちが小学生ならリアルファイトに発展していたところだ。げしげし。

 真理峰が伸ばしてくる足を防御しながらプレイすること約2時間。

 ぶっちぎりで1位の座についていたのは――俺でも真理峰でもなく、CPUだった。


「……少々、先輩の相手をしすぎましたかね」


「お前が親の仇のように俺を攻撃するからだろ!」


「あー、いやですいやです。これだからオタクは。パーティゲームでまで効率を求めようとするんですから」


「最大効率で俺を妨害してた奴が何を言う」


「ま、先輩の悲鳴をたくさん聞けたので良しとしますかー」


 ぷふふと小さく、真理峰は口元を押さえて笑う。その所作がやたらとお上品で、美少女は得だなと思わざるを得なかった。やってることは純然たる嫌がらせなんだが。


「次、何やります? もう少し時間ありますよね」


「そうだな。レナはデートについてくって言ってたし、親は晩飯くらいまで帰ってこないと思う」


 まだ夕方の浅い時間だ。あと2~3時間は余裕があるだろう。


「あ、そうだ。たまにはアナゲーもいいんじゃないですか?」


「アナログゲー?」


「私、いくつか持ってきたんですよ。小っちゃいのだけですけど」


「えーっと……」と、真理峰はいつの間にか壁際に移動しているバッグのほうに、四つん這いになって手を伸ばした。俺に蹴りを入れるのに邪魔になって除けたんだろうか――

 ――って、ぃい!?


 そのとき、俺は気付いてしまった。

 バッグに手を伸ばすため、俺のほうに向けられた、真理峰の、お尻。

 今日の真理峰は、春らしい薄手のロングスカートだ――薄手の、ロングスカートだ。

 だから。

 お尻の丸みがはっきりとわかった、どころじゃなかった。


 その丸みの上に走る、ラインが。

 真理峰の……ショーツの、輪郭が。

 はっきりと、浮き上がってしまっていたのだった。


 小振りなお尻に、V字に浮かぶ下着のライン。

 カーテンのように薄いスカートは、きっと色の相性も悪かったのだろう、よく見るとラインのみならず、その色や柄すらも薄っすらと透けさせてしまっていた。

 ゲームでのチェリーの髪のようなピンク色で……透け感のあるレースの装飾が入っていて。

 レナが風呂上がりに見せびらかしてるのとは全然違う、素人目にもちょっと高そうな――心なしか、気合いを感じるパンツ。


「……………………」


 思わず息を呑んだ。

 たぶん、普通に歩いている限りは、こんなにはっきり透けることはないのだ。そのくらい、真理峰だって自分で確認しているだろう。

 でも、この格好になったときだけ。

 四つん這いになって、ふわりとしたスカートがお尻に張りついたこのときだけ――ゲームの中では見られない、それが露わになる。

 たぶん……この世で俺しか知らないこと。


「どれがいいですかねー……」


 まずい。

 自分のお尻がどうなっているかも知らず、ごそごそとバッグを漁っている真理峰の後ろで、俺は静かに背中を丸めた。

 まずい。まずい。

 動悸がヤバい。動揺しすぎだ。いやでも、だって、だって、MAOでどんなに一緒にいても、こういうことだけはねえんだから。リアルで会ったときにしろ、真理峰はそう隙のあるタイプじゃねえんだから。

 経験値が足りない。

 だから、こんなにも簡単に、俺の中の男の部分が出てきてしまう……。


 誘うような、透け感のあるレース。

 V字に走るラインは、尻たぶを横断するような形で、たぶん布地は小さめ。

 まるで、人に見せることを想定しているかのような――

 どういうこと? どういうことだ?

 なんで俺の部屋に遊びに来るのに、そんな下着つけてくるんだよ……?

 疑問を重ねるほど、よろしくないものが膨れ上がっていって、


「あ、これなんてどうですか? せんぱ――」


「ちょっとトイレ行ってくる!」


 真理峰が振り向くと同時、俺はすっくと立ち上がっていた。

 そして背中を丸めながら足早にドアに向かう。

 俺の異常を、真理峰に悟られる前に。


「……あっ……」


 何やら真理峰が驚いた声を出した直後、俺は廊下に出てドアを閉めた。


「……ふうー……」


 長く息をついて、頭を冷やそうとする。

 でも、スカート越しに見た真理峰の下着は、頭の中から消えようとはしなかった。


「……くっそ……」


 出会った頃は、まだ子供のように思っていた。

 年下だったし、中学生だったし、ゲームについて教える立場だったのもあって、どこか妹のように感じていた部分があったと思う。

 だが、2年ほども一緒にいて、ゲームの実力差も詰まって、お互い高校生になって。

 どうしようもなく……意識する部分が、増えてしまった。

 ……ゲームの中でなら、まだそれほど、変わらないでいられるのにな。


 とにかく少し時間を置こうと、俺はトイレに籠もり、しばらく便座の上でぼーっとした。

 平静さを取り戻すと、ついでだし飲み物でも持っていくかと考える。2時間も騒ぎながらゲームをして、あいつも喉が渇いただろうし……それに、このまま手ぶらで戻ると、まともに話せなくなってしまいそうだった。


 冷蔵庫にペットボトルのオレンジジュースがあったので、それとコップを二つ、お盆に載せて、二階の部屋に戻る。

 ガチャ、とドアを開けた瞬間、ドタバタと慌ただしい音がした。


「……どうした?」


 出ていったときのまま、クッションの上に女の子座りをしていた真理峰は、なぜか少し気まずげに目を逸らした。


「い、いえ……何でもありません」


「……何でもない音じゃなかったけど」


「今の音は……ほら、あれですよ! どこかにエッチな本でも隠してないかなって家探しをしてたんです!」


「それ、前に来たときもやってなかったか?」


 今時、紙でそんなもん持ってる奴いねえよ。

 ……家探しを堂々と自白するってことは、本当はもっとヤバいことをやってたのか……?

「あはは」と誤魔化すように笑いながら、真理峰はロングスカートの中で、内腿をすり合わせた――ような気がした。

 ……いや、やめよう。これ以上考えるのは。

 俺は真理峰の前にお盆を置き、


「これ。持ってきた」


「あ、ありがとうございます……」


 ペットボトルからコップにジュースを注ぎ、真理峰に差し出す。


「ん」


 と、真理峰はコップを握る俺の手をチラチラと見た。なんだ?


「いらないのか?」


「い、いえ! ……いただきます。はい」


 なんか挙動不審だな……。

 真理峰がコップを受け取ったとき、指が少しだけ当たった。ほんの少しだけだったが、妙に力が入っていて――緊張しているような気がした。考えすぎか?

 俺も自分のコップにジュースを注ぎ、口を付ける。自分で思っていた以上に喉が渇いていたようで、一気に飲み干してしまった。

 一方で真理峰のほうは、コップを両手で包み込むように持ち、ちびちびと唇を濡らすように飲んでいた。


「……………………」


「……………………」


 なんだろう、この気まずさは。

 こいつとこんな雰囲気になることなんて、もうないと思っていたのに――それこそ、初めてこいつが俺の部屋に来たときは、こういう感じもなくはなかったんだが。


 手持ち無沙汰になって新しくジュースを注ぎながら、ちらちらと真理峰の腰回りを確認してしまう。もう下着は浮いていない。やっぱりあの態勢のときにしか、ああいう風にはならないのか――


 そのとき、真理峰の目がちらっとこっちを見た。

 最初、その視線は俺の目を向いていなかった。たぶん……真理峰のほうも、俺の腰の辺り? を見ていたように思う。


 だけど、それに気付いた俺が、目を上げて。

 それに気付いた真理峰も、目を上げて。

 完全に、目が合ってしまった。


「……………………」


「……………………」


 何を言うこともなく、どちらからともなく、さっと目を逸らす。

 ――ああくそっ! なんなんだ!

 まったくもって七面倒臭い。こういう面倒臭さがないからつるんでるようなもんなのに、なんでこんな落ち着かない気分にさせられなきゃならないんだ!

 だんだんイライラしてきた俺は、真理峰のほうに手を伸ばし、


「――なあ。やろうぜ」


「ひゃいっ!?」


 びくんっと猫のように肩を跳ねさせ、真理峰は俺から離れるように身を仰け反らせる。


「なっ、にゃっ、にゃにを……!?」


「何って……これだろ」


 俺は真理峰の横に置いてある、アナゲーの小箱を手に取った。


「やろうって言ってたじゃん。さっき」


「あ……はい、そうですね……」


「どんなゲームなんだ、これ?」


「――あっ! いやいやちょっと待ってくださいそれはその!」


 俺はアナゲーにはさほど詳しくない。

 箱の表面に書いてあるタイトルを読み上げる。


「えーっと……ラブ……レター……?」


 ラブレター。ふうーん……。カードゲームか。


「あ、あのっ……たっ、他意はないんです!」


 裏面にひっくり返して眺めていると、なぜか真理峰が妙に焦った様子で言い募った。


「二人でできるゲームで、持ち運びができて、面白いのっていう理由で選んだだけで! 先輩ならこういうカードゲーム好きかなって思っただけで!」


「ふうん。てっきり、『先輩にラブレター送っちゃったー』とか言ってからかうつもりなのかと思った」


「ひうっ。…………さ、最初はそうだったんです…………」


「最初は?」


「い、いえ、今もそうですよ? 可愛い後輩からラブレターがもらえて良かったですね、先輩!」


「いや、別にもらったわけじゃねえけど……」


 なんだ? 俺が挙動不審になるのはわかるけど、なんであっちがキョドり倒してんだ?


「まあ、じゃあ、とにかくやろうぜ。説明書入ってるか?」


「あっ、はい。入ってます……」


「つっても、結局やってみないとよくわかんねえだろうけどなー」


 箱を開け、中から出した説明書を広げながら、案の定の怒涛の説明文の嵐に首を傾げる。デジタルゲームでも、パッチノートを見ただけじゃ実際の性能はよくわかんねえもんだ。


「んー? このカードの効果って……」


「え、どれですか?」


 真理峰がずりずりと床に手を突きながら近付いてきて、横から説明書を覗き込んできた。

 その際――無意識だったんだろう。

 胡坐をかいた俺の太腿に、しなやかな手が乗った。


「――ひゃぁうわっ!?」


 瞬間、真理峰は熱湯にでも手を入れたかのように、飛び跳ねながら俺から距離を取った。

 俺はいろんな意味でドキドキしながら、


「び、ビビった……。いきなり大声出すなよ……」


「す、すいません……。つい……」


「なんなんだよ、さっきから。挙動不審だぞ。このくらいで……」


 と、言いながら。

 俺の太腿には、さっき触れた真理峰の感触が、まだ残っている。

 このくらいで。

 たかが、このくらいで。

 そう思っているのは確かなのに、……細い指の感触が、ほんの少し冷たい体温が、いつまでもいつまでも残っている。

 それを棚に上げて、なかったことにして、俺は言う。


「なんでか知らねえけど、余計なこと考えんなよ。そうやって過剰な反応されたら……なんつーか……困るだろうが」


 真理峰は女の子座りの格好で膝小僧をすり合わせながら、視線をふいっと横に逸らした。

 そして、拗ねるように呟くのだ。


「……そっちこそ……私では、エッチなこと、考えられないって……言ってたくせに」


「は?」


 確かにそんな話を……したというか、されたというか。あれは《ジ・インフィニット・フェイス》でアバターを入れ替えられた直後のことだったか。

 だけど、なんで今そんなこと――


「――あ」


 さっきから、真理峰の視線が、頻りに動いている。

 その先を何気なく追った俺は、ようやく気がついた。

 真理峰が、ちらちらと見ているのは――俺の股間なのだ。


「……………………」


 まさか……。

 さっきの、トイレ行く前のときに……。

 ……見られてた?


「……………………」


「……………………」


 気まずい沈黙が漂った。

 真理峰は赤らんだ顔で斜め下を見る。

 俺は俯いて変な汗を流す。


 ゲームじゃこんな危険性はなかったのに。

 これだからリアルってやつは……!


「…………え、と」


 真理峰は目を逸らしたまま、忙しなく手で髪を梳き始める。


「その、……どうしますか?」


「……どうって?」


「だから、ほら、この後、……レナさんとか、親御さんが帰ってくるまで……」


「……………………」


「あ、いやっ! べつに! べつに、他意はないんですよ!? でも、ほら、なんというか、先輩的には? そう、先輩的には、そういうつもりがあるの、かなぁ……? みたいな……? あはは……」


 乾いた笑みで誤魔化そうとしたらしいが、全然誤魔化せてない。

 そういう、つもりって。

 そりゃあ、人のいない家に女子を連れ込んだって、状況だけ見たら、普通はそういうつもりなのかも……しれねえけど。


「せ、先輩がね? 先輩がどうしてもって言うなら、まあ、ちょっとくらいなら? 許してあげなくもないんですけど! 一応ほら、先輩の部屋来るときは万が一を考えてちゃんとしてきて――うあっ、私なに言ってんだろ。ちょっとすみません忘れてください!」


「……ぶふっ」


 俺は耐えられなくなって、軽く噴き出した。


「お前……テンパりすぎだろ」


「せっ、先輩が何も言わないからじゃないですか! もうわけわかんなくなって……!」


「お前でもそんなにテンパること、あるんだな」


 何万人も見てる配信で、あんなに堂々と推理劇をぶちかました奴がなあ。

 自分より慌ててる人間を見ると、逆に冷静になれるという。まさにそういう感じで、俺は少しだけ頭を冷やすことができた。


「……ちゃんとしてきたところ悪いんだが、俺のほうの準備ができてない」


「うぇっ? 準備って……?」


「そりゃ、あるだろ。必要なもんが……。俺がそんなもん常備してるわけないだろ」


「あ……そ、そっか。そう……ですよね」


 真理峰のほうも少し冷静になったのか、ほうと小さく息をつく。

 それから、ずっと逸らしていた目を、遠慮深げにこちらに向けた。


「なんか……ちょっと、意外ですね」


「何が?」


「先輩……そういうの、ちゃんとするんだなあ……って」


「当たり前だろ……」


 俺は溜め息をつきながら顔を横に向け、前髪を意味もなく触る。


「俺は……なんつーかさあ……」


 言葉を選ぼうとするが、変な緊張で脳味噌が凝り固まって、口が勝手に言葉を紡いでいく。


「意外とっていうか……お前のこと……その……大事だと、思ってるから……」


「えっ……あ、ありがとうございます……」


 真理峰はまた目を逸らしながら、わけもなく胸の前で両手をさすり始めた。

 ああくそっ、恥ず! なに言ってんだ俺!


「だから、別にその、拒否ってるわけじゃなくてさ! ……なんか……そういうさ、ラインっていうの? それを一回でも越えたら……元に戻れなくなる、っていうか。今みたいに、ゲームで遊ぶ、みたいな感じじゃなくなって……そういうことばっかするようになんのかな、って、そう思ったら……なんか、嫌なんだよな……」


「そう……ですね。それは……私も、なんとなく、わかります……」


 ある意味、今この状態が証明だ。

 ゲームの中でなら、俺たちはゲームのことを考えられる。

 けど、ひとたびリアルに出れば、……今まさに、やろうとしていた『ラブレター』をそっちのけにして、こんな雰囲気になっている。

 いずれこっちがメインになって、今までの関係はサブになるか――あるいは消滅するのか。

 そんな風に思うと、それってどうなんだ、っていう気持ちが、どうしても湧いてくる……。


「だから……うまく言えねえけど……なんか、ごめん」


「い、いえ……! 私の、ただの早とちりなので……!」


 それからまた、しばらく沈黙が漂った。

 1分か、2分か、正確な時間はわからない。時計の秒針の音を、何十回も聞いたのは確かだった。

 やがて――口を開いたのは、やっぱり真理峰のほうだった。


「あの……先輩」


「……ん……?」


「ちょっとだけ……そっち、近付いてもいいですか?」


「……別に、許可取るようなことじゃないだろ」


「それでは……」


 ずりずりとクッションごと、真理峰は俺との間合いを詰める。

 胡坐をかいた俺の脛に、膝が当たりそうになるくらいまで近付いてくると、真理峰はおずおずと、しかしまっすぐに俺の顔を見つめて、


「先輩が、正直に言ってくれたので……私も少しだけ、正直になります」


「……おう」


「私はですね、先輩――もう、先輩のいない世界は考えられないんです」


「ごふっ!」


 思わず咳き込んだ。

 想像の10倍くらい直球な台詞が、鳩尾に深く抉り込んだ。


「明日も明後日も、来年も再来年も、ずーっと先輩と一緒にいるんだって、理由もなく思っちゃってるんです。……でも……少しだけ、不安になることもあって」


「不安……?」


「こんな関係、いつまでもは続かないのかも、って……あらゆることに終わりがあるのなら、私と先輩のことだって、一緒なのかも、って……」


 それは――現実的に考えれば、そうなのかもしれない。

 いずれ、MAOもサービスを終える。

 学校も別々になる。

 今の関係が終わる機会は、この先いくらでも訪れるだろう。

 だけど。


「だけど」


 俺の心の声と、真理峰の声が重なった。


「この前の、天初さんと晴屋さんの姿を見て、……少しだけ、勇気が湧きました。終わるも終わらないも、結局は、自分自身の頑張り次第なんだって……」


 ああ、そうだ。

 晴屋京は、天初百花との関係を終わらせないために、あれだけのことをした。

 あれを目の当たりにした俺たちが――進学だの就職だのサービス終了だの、その程度のことで諦めるなんて、そんなことはありえない。


「だから、先輩」


 真理峰の手が伸びた。

 俺の手を、そっと握った。


「私――少しずつ、頑張ってみようと思います」


「頑張るって……何をだよ?」


 そう訊くと、真理峰は決意と――そして羞恥心の混じった瞳で、俺の瞳を見つめた。


「わ、私を……さ、触ってください」


「……、はあ!?」


「私も……先輩のこと、触るので。……ちょっとずつ、慣れていきましょう」


 言うだけ言って、了解も取らず。

 真理峰はそうっと、俺の袖口に指を入れて、手首を撫でた。

 同時に、もう一方の手を伸ばし、首筋を撫でてくる。

 脈を測るように指を這わせ、そのまま突き出たのどぼとけに触れた。


「……硬い……」


「……当たり前だろ、骨なんだから……」


 女子は出てないから、物珍しいのかもしれない。

 真理峰はしばらく、形を確かめるように俺ののどぼとけを触っていた。

 謎の緊張感から喉が渇き、思わず唾を飲み込む。すると、


「わっ、動いた……」


 のどぼとけが上下に動き、真理峰がびっくりして手を放した。

 しばらく、不思議そうにのどぼとけをつんつんしていた真理峰だが、やがて、


「せ……先輩?」


 どこか不安そうな顔をして、真理峰は俺の目を見上げる。


「先輩からも……触ってもらわないと。私が変態みたいなんですけど……」


 どっちにしてもだろ。こんな提案をする時点で。

 でも、まあ、……もうこいつとは、一蓮托生だから。

 お前が変態になるなら――俺も、なってやるしかない、か。


「そ……それじゃあ」


「は、はい……どうぞ」


 俺は自分の手を持ち上げて、真理峰の首筋に沿わせた。

 細い……。何かの拍子に、簡単に折れてしまいそうなくらい。

 どくんどくん、と速い脈を指の腹に感じる。

 そうしながら、親指で頬を撫でると、真理峰は「んっ」とくすぐったそうに片目を閉じた。


「……先輩?」


 そうしていると、真理峰は怪訝そうな目で俺を見上げて、


「そこは……ゲームの中でも、触れるんですけど」


 ……え。

 それは……それは、あれか?

 ゲームの中じゃ触れない場所を触れ、と……?


 視線が、真理峰の顔から下に滑る。

 間近から見下ろすと、真理峰のブラウスには襟ぐりに少し余裕があって、……中を、覗くことができてしまった。


 だから、見える。見えてしまう。

 布越しに透けたそれではなく。

 MAOでのチェリーの髪のような――桜色の、ブラジャー。

 レースのフリルがあしらわれた布地が、控えめに見えて意外と自己主張のある白い膨らみを、支えているのが。


「……動いた……」


 こうも間近から喉を見られていると、息を呑んだのがすぐにバレてしまう。

 もしかすると、鼻息も荒くなっているかもしれない。全部全部、真理峰にバレてしまっているかもしれない。


 今、この時点で、こんな状態なのに。

 触れっていうのか? これに?


 俺はゆっくりと、手を持ち上げていく。

 視界の下で呼吸に合わせて動いている、真理峰の膨らみに触れるために。

 真理峰は、俺に身を預けるかのように、瞼を閉じていった。

 俺の指が、緊張に震えながら、内から持ち上がった真理峰のブラウスに――


「……は、ぁ……」


 ――触れようとした瞬間、真理峰の唇から、湿った吐息が零れた。

 途端……俺の指は、止まった。

 あと1センチでも指を伸ばせば、真理峰の胸に触れるだろう。俺の本能は、その柔らかさを知りたいと叫んでいる。

 でも、もし触れてしまったら。

 俺はもう、きっと――


「――勘弁してくれ……」


「え?」


「これ以上は……止まれなくなる」


 俺は――持ち上げた手を、膝の上に下ろした。

 これは、全然ゆっくりじゃない。

 超特急だ。

 初っ端から飛ばしすぎだ。

 ヘタレと笑わば笑え。一時の欲望でこいつを傷つけるくらいなら、俺はヘタレでいい。


 真理峰はふと、視線を下に移動させた。

 そして、俺の状態を見て、「あっ」と声を漏らす。

 それから、いつも見慣れた、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「先輩は……やっぱり、ムッツリですね」


「……知らん」 


 この状況で何ともないほうがおかしいんだ。もはや逃げ隠れる意味さえない。

 真理峰はくすくすと、密やかに肩を揺らす。


「どうしましょう、先輩」


 頬を桜色に染めながら。


「私……ちょっと、嬉しいかもです」


 ――だから。

 初っ端から飛ばしすぎだって言ってんだろ。






 結局その後、すぐにお開きになった。

 これ以上同じ部屋にいると何をするかわからんから――ではなく、レナの奴から連絡が来たのだ。デートが思ったより早く終わったから帰ってくるらしい。

 今の俺たちを見られたら、もはや誤解だと弁明することもできない。少し名残り惜しいが、早めに真理峰を帰すことにした。


「それでは先輩、また今度」


 さっきのやりとりが夢に思えるくらいけろりとした顔で、真理峰はドアノブに手を掛けた。

 俺は玄関からそれを見送りながら、


「おう。今度はアナゲーもやろうぜ」


「はい。ぜひ」


「気を付けて帰――あー、っと」


「?」


 真理峰が不思議そうに振り返る。

 ギリギリで思い出した。

 やっぱり一応、注意はしておいたほうがいい……よな?


「その、なんつーか……前かがみにならないようにして帰れよ」


「はい? どういうことですか?」


「だから……前かがみになるとさ……その……お尻が……」


「お尻?」


 怪訝そうな顔をしながら、真理峰は上半身を前に倒して、自分のお尻を触った。

 瞬間、顔が真っ赤になっていく。


「こっ、これ……! せ、先輩……まさか……っ!」


「……ごめん」


「~~~~~~~~っ!!」


 その場にうずくまり、悶絶する真理峰。

 かける言葉もなかった。


「それで……あんな風になってたんですね……。先輩の下着フェチ……」


「ふぇ、フェチとかじゃねえって……!」


「うぅふぐぐ~っ……! 見られた恥ずかしさより、油断した悔しさが込み上げてきます……!」


 真理峰はうずくまったままバシバシと自分の膝を叩いた。台パンだ。

 やがて膝から顔を上げ、


「まあ……チョイスは間違ってなかったことがわかったので、良しとしましょう……」


 そう呟くと、すっくと立ち上がり、改めてドアノブに手を掛ける。

 玄関ドアを少しだけ開き、


「先輩」


「ん?」


 顔だけ振り返り、真理峰は煽るように笑った。


「今度から、見たいときはそう言ってくださいね?」


「……は……!?」


 目を剥いて固まると、真理峰はくすっと笑う。


「見せるとは限りませんけど!」


 そう言い逃げして――真理峰桜は、玄関の外に消えた。

 ひとり取り残された俺は、呆然としたまま、バタンと閉まるドアを見つめた。

 しばらくして、俺は「はあっ!」と強く息をつく。


「……あの、負けず嫌いが……!」


 どうせ釣るなら……『見せない』って、はっきり言えよ。






 それから俺は、自分の部屋に戻り、あるものを見つけた。

 ベッドの枕に残された、やけに長い――明らかに俺のものではない、黒い髪。

 その髪の毛と、トイレから戻ってきたときの、ドタバタという慌ただしい物音が紐づいた。

 脳裏に描かれるのは、勝手に人のベッドでごろごろしている、学校一の美少女の姿。

 ……何やってんだかな、お互いに。


 溜め息をつきながら、パソコンデスクの椅子に座る。

 俺たちは、変わるのだろうか、変わらないのだろうか。

 今のように、屈託なくゲームで遊んでいられる時間は、いつまで続くのだろうか――


 そんな杞憂は。

 電源を入れたパソコンから飛び込んできた、とある一つのニュースによって、早々に吹っ飛んだ。






【マギックエイジ・オンライン>大型アップデート予告】


 Ver.3.5にて新システム《転生》登場!

 エルフやドワーフや獣人、様々な種族に生まれ変わり、最強の冒険者を目指せ!


 新システム《転生》では、人族(ヒューマン)から別の種族に生まれ変わることで、今までは全員一定に設定されていた基礎ステータスに変化が生まれます。

 転生後、キャラクターレベルは1からとなりますが、ヒューマンとして得たステータスポイントは一部受け継がれ、流派レベルや魔法・スキルの熟練度といった一部の要素も持ち越されます。また、専用の施設を利用すれば、いつでもヒューマンに戻ることができます。

 ただし、転生できる種族は一つだけ。選び直すことも可能ですが、その場合は前の種族の育成状況は完全にリセットされます。よく考えてお選びください。


 また、Ver.3.5では、南部人族諸国と北部魔族諸国との友好条約が締結に至ったため、これまで通行禁止となっていた新たな街を解放致します。

 ナインノース・エリア。峻険な山の上に築かれた、かつてのエルフの隠れ里。

 先のクロニクル・クエストで最前線となったかの街が、人魔入り混じる天空都市として新生します。


 その名を、《人魔友好都市ヴィルミクシア》。


 ムラームデウス島史上初めて、人族と魔族が共存する街。

 我々と変わらぬ営みを持つ“彼ら”を、どうか愛していただけますように。




4th Quest - 最強カップルのVR学園生活

おわり

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― 新着の感想 ―
紙城先生、どうか、ケージとチェリーのその先を… ずっと心待ちにしています、Ver.3.5のアプデよろしくお願いします!
てっきり謎解き進めるのがややこしくなって更新停止してるかと思いきや。単に次のプロットが組めなかったとかかな。後はやる気が減退してるとこに打ち切りになって意欲が完全消失した。 一番あり得るのは多忙過ぎて…
自分の好みドンピシャな作品です。 ここまで来て続きがないのは本当にもどかしいです。 無理かもしれないですけど、続き待ってます
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