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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
4th Quest - 最強カップルのVR学園生活
259/262

第254話 最終夜解決篇:完全卒業グッドラック


さて(・・)


 月天の下。

 夜の校庭に聳え立つ《ダゴラド》は、《万獣のタクト》の力によってもはや動くことはない。


「まずは皆さん、私たちにとって何が謎だったのか――この夜、私たちがどんな真実を解き明かすべきなのかを、確認しておきましょう」


 不気味に鎮座する名状しがたい邪神を背後に、チェリーはこの場にいる全員に向けて、そして配信を通じて見ている何万人もの人間に向けて、強く強く蓋がされた真実の封を、開こうとしていた。


「すべては1年前。たったひとつのキルログによって、その『杞憂』は生まれました。千鳥さん、目撃者はあなたですね?」


「え……っと。いいの?」


 名指しされた千鳥・ヒューミットは、黙して佇む天初百花や、相方の氷室白瀬の顔を窺う。

 これまでひた隠しにし、表では言及を避けてきたことに触れてもいいものかと、迷っているのだろう。

 当事者の天初が黙り込む一方で、氷室のほうは決然と、先輩である千鳥にうなずきかけた。


「いいと思います。……僕は当時、まだデビューしていませんでしたけど……隠すからこそ、おかしなことになる。気を遣うことが増えれば増えるほど、心に濁りができていく。僕は……今まで、はぐらかすことに苦心してきた先輩を見てきたので、そう思います」


「……氷室くん……」


「氷室くん?」


「あ! いや、じゃなくてムロっぺ! ……そう、だね。正直、あたしも気になってるもん。あの日に何があったのかって――気になるから、不安になる。疑問を持つ。それはあたしも、同じ……。それに、チェリーちゃんなら会長を傷つけるようなことは言わないって、わかるしね」


 ひとつうなずいて――千鳥・ヒューミットは、天初百花を見ながら、1年にわたる緘口(かんこう)を破る。


「そう。1年前、あたしがアグナポットで配信してるときに、キルログが出た。『晴屋京(はれるやみやこ)が天初百花を倒した』――って」


 ごく短い、それだけの発言で、校庭に集った聴衆にどよめきが広がる……。

 それほどまでに、タブーだったのだ。

 ゲーム内でのこととはいえ、百空学園でもトップの人気を誇る《晴天組》が、殺し合った。そしてその直後に、その片方が卒業した。『不仲』を勘繰るなというほうが難しい。

 けれど、そんな噂は誰も得しないから、……《晴天組》を愛する者ほど、固く固く、己の口に封をした……。


「その後、あたしは天初会長に頼まれて、その配信のアーカイブを消した。……事実だよ、全部ね」


「……ありがとうございます。今夜、私たちが解き明かすべき謎というのは、まさにそのキルログの真相です。

 晴屋京は、なぜ天初百花を殺したのか?

 ――お集まりの皆さんや、配信をご覧の皆さんの中には、なぜその謎を解き明かす役割が私にあるのか、おわかりになられない方もおられるでしょう。

 ですから、まず最初に結論を言います。

 四夜にわたって続いた、今回の怪盗騒ぎ――私が探偵役として宛がわれたこの事件は、すべて、この天初百花殺人事件の謎を暴くために企てられたものだったのです」


 一層のどよめきが、聴衆に走った。

 ずっとチェリーと行動を共にしていた俺には、とうにわかっていたことだ。

 虚面伯から面と向かって、『謎を暴け』と告げられたことすらある。

 だが、ほとんどの人間にとっては寝耳に水。

 学園祭に合わせて催された、イベントの一つでしかないと思っていたはずだ……。


「約1年前――事件が起こった4月26日のことを、順を追って整理していきましょう。まずは皆さんも知っている、表に出ている範囲のことから」


 チェリーはセーラー服のスカートを揺らしながら左右に歩き回り、自身に注目を集めながら、事件の概要を整理していく。


「4月26日の夜。同時刻に配信していた千鳥さんのもとにキルログが出た。これは先ほど述べた通りです。が、それだけならば何ということはありません。当時、学園では地下迷宮――《ハレルヤ迷宮》の攻略が盛んでした。ダンジョン攻略中の事故で、フレンドリーファイアが起こってしまうことは珍しくありません――ですが、この件に限っては、不審な目撃証言が複数残されています」


 チェリーは白魚のような指を一本立てる。


「まず一つ。天初百花さんと晴屋京さんが、二人きりで迷宮に潜っていくのが目撃されていること。

 ……私もこの身で体験しましたが、《ハレルヤ迷宮》はとても二人で挑むようなダンジョンではありません。数多といる学園の仲間を誰も誘うことなく、しかも配信も取らずに、ひと気の少ないダンジョンに入っていく――いかにも不審な行動です」


 さらにもう一本、指を立てて、チェリーは続ける。


「二つ目。ダンジョンに潜る前はブルー――善良なプレイヤーを意味するネームカラーだった晴屋さんが、レッドネーム――重犯罪者プレイヤーになっているのが目撃されているそうです。

 ブルーからの一発レッドというのは、そうそうあることではありません。フレンドリーファイアによる過失致死はもちろん、明確な意思を持ってのPKですら、オレンジにしかならない。

 ――殺害したのが、同じクランのメンバーでもない限り」


 チェリーはピタリと足を止め、


「以上から――」


「はい。三つ目」


 まとめようとしたチェリーを止めたのは、雨矢鳥フランだった。

 着る毛布を脱ぎ捨て、腰に日本刀を佩いたツインテールの少女は、ひらひらと挙げた手を振る。


「三つ目――ありますよ。目撃証言」


 チェリーは怪訝そうに首を傾げる。


「初耳ですけど……誰の、どんな証言ですか、雨矢鳥さん?」


「まあ、結論は変わんないと思いますけどねぇ――あたしの、百花せんぱいが殺されてるとこを見たっていう証言ですよぉ」


 天初が驚いた顔をして、雨矢鳥を見た。

 同時、ざわざわと声がさざめき立ち、視線が雨矢鳥のぼーっとした顔に集まる。

 唯一、チェリーだけは冷静に、


「なるほど――それが、虚面伯に協力した動機、というわけですか、雨矢鳥さん」


「そういうことになりますかねぇ。ついでに、チェリーさん――あなたを探偵役として呼んだ動機でもあります」


「詳しく聞かせてもらえますか?」


「そうですねー――この際、隠してもどうせ一緒でしょうし、全部言っちゃいましょう」


 今の雨矢鳥からは、ハレルヤ迷宮で俺たちに見せたような、切迫したものは感じない。

 しかし、梃子でも動きそうにない静かな覚悟だけが、その緩やかな口調に宿っていた。


「まだデビューする前のことなんですけど……あたし、《晴天組》の厄介オタクだったんですよ」


「過去形ではないと思いますが」


「だったんで、まあ……二人がこっそり迷宮に入ってくとこなんか見ちゃったら、ついていっちゃいますよね」


「……一人でですか?」


「一人でですよ?」


 ……あの迷宮を一人で?

 半端じゃねえな……。そりゃ虚面伯と二人でも余裕なわけだ。


「で、最深部でやっと二人に追いついたわけですが……そこで見ちゃったわけですね」


「PKの瞬間をですか?」


「いえ――二人が、チューしてるところです」


 にへ、と下世話な笑みを浮かべながら放たれた発言に、天初が一気に顔を赤くした。


「みっ……見てっ……!? いたの!? あのとき!」


「あー、ダメですよぉ百花せんぱぁい。そんな反応したら、本当のことだってバレちゃうじゃないですかぁ~」


「あっ……! ぅぅ~……!」


 チュー、って――晴天組は、本当にそういう関係だったのか!?

 ざわつく聴衆をよそに、チェリーは軽く顎に手を添えながら、


「……察するに、それは天初さんのほうが迫っていたのでは?」


「んー……どうですかねぇ。びっくりしすぎて、細かい立ち位置とかはあんまり覚えてなくて……。その直後に、京せんぱいがその短剣でぐさーっ! と百花せんぱいを刺しちゃいましたし」


 チェリーの手にある短剣――ダゴラドが吐き出した、晴屋京の愛用品を指差して、雨矢鳥は言う。


「それで百花せんぱいが死んじゃった後、ダゴラドの触腕が伸びてきて、京せんぱいもやられちゃいました。……あたしはその後、何が何だかわからなくなって、気付いたらログアウトしてました」


「なるほど。……ありがとうございます。当夜の様子が、より鮮明になったように思います」


「あたしはずっと、あれは一体なんだったんだろうって思ってました。デビューしてから――百花せんぱいと直接関わるようになってからも、ずっと。それとなく訊いてみたこともありますし、調べてみたこともありますけど、結局、はっきりとはわかりませんでした……。

 教えてください、チェリーさん。

 あたしが見たのは、一体なんだったんですか?」


 チェリーはひとつうなずいて、落ち着いた声で答えた。


「雨矢鳥さん――私が考えるに、あなたが目撃したのは、そのときあった二人のやり取りの、後半部分だと思われます」


「後半……?」


「あなたが迷宮最深部に到着する前、天初さんと晴屋さんの二人は何をしていたのか。それを掴む最大の手掛かりこそが、この短剣――正確には、この短剣に残された所有権ログです」


 チェリーはもう一度、短剣のステータスウインドウを呼び出した。


「最新のログにはこう残されています。【04/26 20:21 天初百花 所有】――」


「えっ……」


 それに最も強く反応を示したのは、誰あろう、天初百花だった。

 今現在、その短剣の持ち主であるにもかかわらず、誰よりも彼女が、意外そうにチェリーの顔を見つめていた。


「……天初さん。やっぱり、ご存知なかったんですね」


「うそ……わたしは、ちゃんと……!」


()()()()()()()()()()()()()?」


「っ……!」


 痛みが走ったような顔をして、天初は口を噤んだ。


「……あなたがこの短剣を、いつまでもダゴラドに保存させていたことから明白でした。あなたはこの短剣が、今でも晴屋さんのものだと思っていた。だから自分のインベントリに保存するわけにはいかなかった。所有権が自分に移行してしまいますから――しかし現実には、天初さん、これはまだあなたのものです。()()()()()()()()()()()()()


「ちょ、ちょっと待ってください……! どういうことですか? わかるように説明してください!」


 チェリーは雨矢鳥に向き直り、晴屋京の――否、今は天初百花の短剣を掲げる。


「すべては、この短剣を巡って起きた事件だということですよ。所有権ログを見ればわかる通り、事件のあった夜、この短剣の所有権は晴屋さんから天初さんに移譲されています。天初さんは片手剣と盾を使う典型的なウォーリア系のプレイヤーですから、《盗賊》クラスが使う《窃盗》スキルを持っているはずもありません――盗んだのではなく、移譲されたと見るべきでしょう」


 ハレルヤ迷宮での戦いぶりからは、天初が前衛を張ることに慣れていることが窺えた。とすればもちろん、耐久に関してはお世辞にも優秀とは言えない《盗賊》クラスではありえない。


「最大の問題は、短剣はなぜ移譲されたのか――なぜ移譲される必要があったのか、です」


「それは……京せんぱいは、卒業前でしたし……形見的なものとして百花せんぱいに預けた、とか?」


「いかにもありえそうなことですし、そういう意味合いがなかったとは思いません。ですが、それだけならば、人目を忍ぶ必要はない。むしろ配信上で行えば、いい感じにエモい空気を作り出せたはずじゃないですか」


「それは……」


「しかも危険な迷宮の最下層にまで降りているんですよ? 念の入れようは相当です――この短剣の移譲は、絶対に誰にも見られてはいけないものだったと考えられます。この短剣を、天初さんに渡さなければならなかった理由――それこそが、晴屋さんにとって最大のウィークポイントだったんです」


 ……徐々に、俺にもわかってきた。

 短剣の移譲。その行為によって何が起こるか?

 それを考えれば、自ずと答えは見えてくる。


 思えば、ヒントは出ていたんだ。

 第二夜、《万獣のタクト》で使用されたトリック。あれはおそらく、チェリーにこの謎を解かせるための伏線だった。

 アイテムをモンスターに拾わせ、一時的に保存するという手法。

 そして――偽の鍵に所有権の偽装工作を行い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 アイテムを移譲することで何が起こるか?

 明白だ。たった一つしかない。



 すなわち、所有権が移行する。

 天初百花へと移り――晴屋京から消失する。



 その事実と、すでに明らかになっている事実を組み合わせれば――あまりにも意外な……けれど、心のどこかで予想できていたような、腑に落ちる真実が、どうしようもなく浮かび上がってくるのだ。


 俺の意識は、チェリーでもなく、雨矢鳥でもなく、天初でもなく。

 この場にいる、ある人物に、注目し始めていた……。


「所有権の移行。アイテムの移譲によって起こるその現象によって、メリット、あるいはデメリットが生じることはそう多くありません」


 語りながら、チェリーは歩き始める。

 俺以外にも、勘のいい聴衆が意識を向けつつある、その人物のもとへと。


「例えば――特殊な魔法の発動条件にでもなっていない限り」


 その種明かしは、すでに行われている。

 学園に入るのに使った通行手形。

 犬飼れおなから盗み出したアイテム。

 そして――


あなた(・・・)は、この短剣に『晴屋京』の所有権を残すわけにはいかなかったんです。なぜなら、そうしなければ『晴屋京』を完全に卒業させることができなかったから。アカウントと共に死蔵させておくのも手だったんでしょうけれど、そこはやっぱり、連れ添った相方に形見を持っておいてもらいたかった、というところでしょうか」


 あなた、と。

 まるで、天初を刺し殺した人間がこの場にいるかのような物言いで、聴衆にもじわじわと理解が広がっていく。


 千鳥・ヒューミットが目を見開き、口を手で覆っていた。

 氷室白瀬が眉根を寄せて、眼鏡の位置を直していた。

 そして雨矢鳥フランが、呆然と口を開けて、チェリーが行く先にいるそいつ(・・・)を、見つめていた。


「学園祭のプログラムにあらかじめ用意されていたこの時間。この時間がある時点で、あなた(・・・)と百空学園運営の間に直通ルートでのコネクションがあるのは明らかです。何せ、協力者である雨矢鳥さんのことは、もうすでに裏切った後なんですからね。

 その謎も、シンプルに説明をつけられます。

 すなわち――あなた(・・・)もまた、百空学園の関係者だったのだ、と」


 チェリーの足が止まる。

 すでに敗北し、舞台から降りたはずの女優――

 鮮烈な赤髪に、漆黒のセーラー服を纏う怪盗――


 ――虚面伯の、目の前で。




「そうでしょう? 晴屋京さん(・・・・・)




 はっきりと、探偵は呼びかけた。

 謎に包まれていた怪盗に向かって――その、真の名を。


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[一言] やべぇ、ぞわぞわきます! 次が……といううよりすべての解答が楽しみです!
[良い点] なんかアレだな。紙城先生の原点回帰って感じがしますね。
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