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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
4th Quest - 最強カップルのVR学園生活
251/262

第246話 少女は、空に落ち(そうになってビビ)る


 ビュオウッ!! と水を切る音が耳元に響く。

 忙しなく体勢を入れ替えながらポタージュスープみたいな水を蹴り、俺はすれ違いざまに《聖杖エンマ》で半透明の巨大微生物モンスターをぶん殴っていく。


 結局、元の戦闘スタイルが抜けきらない俺だった。

 スペルブックも水の抵抗でめくるのに時間がかかるから、召喚してすらいない。せっかくチェリーのステータスが使えるってのに、ショートカットでしか魔法を使えてねえ体たらく……だが、このほうがまだしもマシに戦えるのだった。


 俺はいったん、敵モンスター群団の直上に浮上する。

 今、俺たちがいるのは、水中に沈んだ神殿のような人工物の、大きなホールだ。

 床には何らかの生き物をかたどったらしい紋様がある。が、その紋様はまだバラバラで、本来の姿を取り戻していない。

 要はパズルだった。

 床のパズルを完成させれば、次の階層に続く道が開く――そういう仕組みなのだが、


「えーとえーと……次、どうするんだっけ?」


「あっちを動かすんじゃ? ……あ、ごめんなさい違うかも!」


「早くしてください姫プ女ぁーっ!! 姫プしすぎて脳が退化したかぁーっ!!」


「かいちょーっ!! はやくぅーっ!! かいちょーっ!!」


 パズル担当のUO姫と天初百花が揃いも揃ってポンコツを発揮し、俺たちは無限湧きするモンスターの駆除に泳ぎ回っているのだった。


 ようやくUO姫たちが手順を終えると、床の紋様がピカーッと光を放った。

 それから――ズズズ、と。床が、横にスライドしていく。

 開いているのだ。

 ハッチのように。


「おい……まさか……」


 開いた大穴が、シュゴオオッと音を立てて水を飲み込み始めた。

 辺りが急速に渦を巻き、俺たちもたまらず巻き込まれて、洗濯物のように振り回される。


「うおあああーっ……!!」


「ふわわわっ!!」


 このダンジョンは、こんな階層の移り方しかねえのかあ!!

 心の中でそう叫びながら、床に開いた大穴に飲み込まれていった――






「うえーあ……目がぐるぐるする……気がする……」


 やっとの思いで岸に上がり、俺は久しぶりに空気を吸い込んだ。

 8層から降りるときといい、なんなんだ、このアトラクション要素は。

 ダンジョンのモンスターやギミックとは別のところで体力を使ってる気がするぞ……。


 辺りを見渡すと、普通の洞窟っぽい空間だった。

 天井の穴から大量の水が流れ落ち、池の中に注ぎ込んでいる。俺たちはどうやら、こうやって落ちてきたらしい。

 このダンジョンにしては普通の場所だな。

 変なところといえば……あ。鍾乳石でもない普通の岩が、なぜかつららみたいに天井からぶら下がっていた。


「はー……びっくりしましたねえ」


 濡れねずみになったチェリーが、スカートの裾をぎゅうっと絞る。

 そのせいで目に入ってしまった白い太腿は、いつもよりも心なしか肉感的だ。さすがはUO姫のアバターというか……あいつの性癖、男に寄りすぎなんだよな……。

 おかっぱの黒い髪が、あどけない丸みを帯びた頬にくっついている。セーラー服はもちろん肌に張りつき、山のような胸の曲線をしっかりと浮き立たせている。


 チェリーが俺の視線に気付き、すっとこちらを見た。

 そして、さっと顔を赤くする。

 やべ。バレたか。

 怒られる覚悟を決めた直後、


「ちょっと、先輩……! 気を付けてください!」


「え? 何が?」


 チェリーはずんずんと詰め寄ってきて、柳眉を逆立てたまま囁く。


「(服! 肌に張り付いて、ラインが出ちゃってるじゃないですか……! 恥ずかしいのは私なんですからね!?)」


「お、おお……」


 俺は自分の身体を――チェリーのアバターを見下ろした。

 言われてみれば、今の俺だって同じことだ。

 UO姫に比べれば目立たないスレンダーなボディラインが、ぴったりと浮き出ている。ホントに腰細いな、こいつ。

 すると、チェリーがさらに顔を赤くして、


「(……あ、あんまりじろじろ見ないでください……)」


「(いや、じゃあどうすりゃいいんだよ!)」


「(見なくてもどうにかなるでしょう! どうにか!)」


 無茶な要求をされているうちに、他の面子はすでに動き出していた。

 洞窟には出口らしきものがある。

 まばゆい光が射し込むそれに、UO姫が虫みたいにふらふらと引き寄せられていって、外を覗き込んだ。


「おお~……」


 上下左右を見下ろして、感嘆の声を零す。

 それからこっちに振り返り、


「ねえねえ! ケージ君! こっち~!」


「あー?」


 チェリーから逃げるのも兼ねて、俺は出口のほうに寄っていった。

 出口付近は、ちょっと変な地形だった。出口自体が腰くらいの高さの段差になってるし、天井が妙に近い。出口の上端と天井がぴったり接していた。


「見て見て! 外すごいよ~!」


 ふーん?

 ってことは、この洞窟はただの入口で、この階層の本命はこの外なのだろうか。見渡す限りの草原が広がっているとか――

 俺は雄大な景色を想像しながら、出口の段差に手を突いて、外を覗いた。


「――ふぁあっ!?」


「きゃっ!?」


 出口から下を覗き込んだ瞬間、俺は腰を抜かした。

 結果、ついてきていたチェリーを巻き込んで、硬い地面に倒れ込んだ。


「あーっ、惜しい! もうちょっとで顔面がおっぱいに突っ込んでた! ケージ君、ラッキースケベの才能ないねー?」


 膝を畳んで言ってくるUO姫を見上げながら、俺はチェリーの身体を思わず強く抱き締める。


「いやっ、おまっ、だっ……ど、どうなってんだよ!? ここは!」


「どうなってるもこうなってるも、見たまんまだよ?」


「せっ、先輩……! とりあえずいったん離れてください! く、苦しい……! 胸が潰されて……!」


 チェリーがタップしていたので、俺はどうにか落ち着いて解放する。

 それからチェリーは立ち上がると、出口から俺と同じように外を見回して、「うわっ!」と後ずさった。


「こわっ……。私でもヒュンッてしました」


「ねー。タマヒュンだよねー」


 ねえだろ、お前には。

 ……いや、今はあるのか……? 俺のアバターだから……。


 出口の外に広がっていたのは……どこまでも広がる海と、どこまでも広がる空だった。

 ただし、上下が逆。

 頭上に海が広がり、眼下に空が広がっていたのだ。


 抜けるような青空を見上げたときに、吸い込まれていきそうな気持ちになることがある。

 まさにそれを、何倍にもしたような恐怖だった――眼下に広がる空。もし、あの出口から一歩でも外に行けば、俺は本当に、果てのない空へと落ちてしまうのだ。


「ここが第10層です」


 金髪ギャルの姿の氷室白瀬が言う。


「何もかもが逆さまの山――僕たちは主に、《逆山(ニアト)》と呼んでいます」


 ハレルヤ迷宮第10層、通称《逆山(ニアト)》――

 タイプとしては迷路系。とは言うものの、道さえわかっていればほぼ素通りの単なる迷路とは少し違うらしい。

 何せ、逆さま。

 俺たちは地面ではなく、天井を歩かなければならないのだ。


「この階層では、道がまともに繋がっていません」


 でこぼこした足場を歩きながら、先導役の氷室白瀬が言う。

 足元の悪さとは反対に、天井は嫌味なくらいにツルっとしていた。本来はあちらが道なんだろう。


「単純に言えばアスレチックです。ただ進むのにもアクションが要求されます。むしろそっちがメインの階層ですね」


「あたしは好きだなー、ここ。アレみたいで……えーと、なんだっけ? ウナクール?」


「パルクールです先輩」


「そうそれー」


 話しながら、千鳥・ヒューミットはひょいひょいと悪い足場を越えていく。

 アスレチック系か――普段なら俺も得意なんだが。


「……戦闘に慣れてきたと思いきや、また厄介な階層ですね。いつもとステータスが違いますから、精密なアクションは難しいですよ」


「ああ……絶対ジャンプが届かなかったりすんぞ」


「ねえ。ミミ詰んでない? 抱っこかおんぶしてくれる人ぼしゅうー!」


 誰も手を挙げなかった。美少女アバターを失った姫なんてこんなものだった。

 しくしく泣く(真似をする)UO姫を慰めつつ、天初百花が言う。


「確か最初のほうはミスしても大丈夫だったよね? そこで練習すればいいよ」


「最初のほうはって……じゃあ最後のほうはどうなるんですか?」


「さっきの窓から見たでしょう。下を」


 氷室は地面を指差す。

 さっきの……眼下に広がる、抜けるような空。


「ひええ……」


「……こりゃ時間がかかりそうですね」


「まー言うほど難しくないから大丈夫じゃん? へーきへーきー!」


 絶対平気じゃねえよ。

 真下が無限の空の状態でアスレチックとかカイジ超えてんだよ!


「ちなみに、《ニアト》ってどういう意味なんですか、氷室さん? 単なる英語じゃないですよね」


「英語らしいですよ、元は」


「元は?」


「当時は僕もいませんでしたから、非公式wikiで読んだだけですが……元々は『Mountain(マウンテン)』を逆から読んで《Niatnuom(ニアトヌオム)》と名付けられたそうです。それが呼びにくかったので、自然と略されて《ニアト》になったようですね」


「へえー。《羊水(スープ)》といい、微妙にオシャレですよね、階層の通称」


「……京ちゃんは、教養のある子だったから」


 天初が懐かしそうに笑いながら言った。


「まあ、ただちょっと中二病入ってるだけとも言うけど」


「あー。京センパイの唯一の設定準拠ポイントね!」


「設定とか言わないの! そりゃ確かに会長のわたしより頭良かったけど!」


 俺は晴屋京の公式プロフィールを思い出す。

 確か、天真爛漫とか天然とか、そんなようなことが書かれていたような覚えがある。

 しかし実際には、天初のポンコツをフォローする立場の、聡明な少女だったということだ。


 そんなことを話している間に、アスレチックを二つ抜けた。

 足元からぶら下がる(・・・・・・・・・)鍾乳石を飛び石のように渡ったのだ。

 俺は最初、案の定AGIの変化に適応できずに、何回か落ちてしまったが、下が溶岩なんてこともなく、段差を上がってやり直すだけで済んだので、すぐに感覚を掴むことができた。

 が、チェリーとUO姫は――


「わっ!? わわわわっ!」


 片や飛び石に着地した瞬間、前に突き出した胸に引っ張られるようにバランスを崩し――


「はぶぁーっ!!」


 片やジャンプしすぎて、飛び石にかすることもなく落下していった。


「もうっ!! 千切ってきていいですか!? この無駄肉!」


「だーめーっ! ミミのチャームポイントなの!」


「こんな即物的なチャームポイントがありますか!」


「チェリーちゃんの顔と一緒じゃん!」


 がみがみ言い争う二人を見て、氷室白瀬が難しげに唸り、


「この調子だと、この先の即死ポイントを渡るのは危険ですね……。やっぱりここは大人しく、ジップラインを引いて渡りますか」


「「そんなのあるなら先に言ってください()!」」


 というわけで、そこから先は比較的スムーズに進んだ。

 ジップラインとは、宙に渡したワイヤーを滑車でシャーッと滑っていく、リアルのアスレチックにもよくあるアレ……なんだが、そうそう簡単に設置したり回収したりできるもんではないので、使える場所は限られる。

 比較的命の危険が少ない場所は自力で渡っていく必要があり、俺は久しぶりにMAOで冷や汗を掻く感覚を覚えた。


「……疲れたー。HPが大丈夫でも精神がすり減るぞ、これ……」


「ここで死んだらまた地上からなんでしょう? 何を考えてこんな階層を作ったんだか……」


「ねーねー。これ、虚面伯とフランちゃんが先行ってるんだよねぇ? あの二人、自力でこれクリアしてるの? ジップラインを設置した跡が全然ないけどぉ……」


「たぶん、テイムしたモンスターを使ってるんだと思うよ?」


 天初百花が振り返って言った。


「8層にトカゲがいたでしょ? あの子なら9層の水中でも生きられるし、この層の壁も走れちゃうの」


「壁をぉ!? ずっる~」


 なら俺たちもそのトカゲをテイムしておけば――と言いたいが、《万獣のタクト》あっての攻略法なんだろうな、おそらく。


「もう少し行ったら、休憩できるポイントがあります」


 氷室白瀬が言った。


「そこでいったん小休止を入れましょう。そろそろトイレに行きたくなってきたんじゃないですか、千鳥先輩」


「うわっ、なんで? ムロっぺ、あたしの尿意把握してんの? 生理周期把握されてんのと同じくらいキモいわ~」


「ただの経験則です」


 休憩か。


「……確かに、いつまでも女の身体に入ってんの、落ち着かねえしな。一度ログアウトして男の身体に戻っとくか」


「え~? なになに? ケージ君メス堕ち寸前? 手伝ってあげよっか~?」


「うるさいキモい近寄るな」


「ううっ! チェリーちゃんの顔と声で言われると結構傷付く……。でもちょっと興奮する……」


「うわ……」


 チェリーが静かにドン引きして、UO姫から距離を取った。

 そのやり取りを見ていた天初が、くすっとほのかに笑みをこぼす。


「自然体なのに面白いねぇ。チェリーさんたちは」


「ファンが何十万人もいる方に面白いと言われましても……私たちはただのゲーマーですよ?」


「だからいいんじゃない? だって……そっちのほうが、本物(・・)でしょ」


 ……本物……?

 その言い回しに、俺は違和感を覚えた。


「……あー」


 そしてUO姫が、誰も見ていないところでそっと嘆息していた。


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