第238話 第二夜&第三夜解決編:変貌偽装チームファイト
舞踏会を人知れず抜け出していた、天初百花。
彼女がいた部屋には、ホロウインドウを表示させる装置や、マギックメタル特有の光沢を放つラインが壁や天井に走っていた。
豪勢なものだ。きっとここからホールの様子を見たり、照明の類を遠隔操作したりできるんだろう。この多目的ホール、どれだけ金がかかっているんだか。
虚面伯は《アンフェイの仮面》を盗むために、必ず共犯者に照明を落とさせる。
チェリーのその推理は、正しかったのだ。
だが、まさか――そこにいるのが、天初だったとは。
「えっと……チェリーさんに、ケージさん?」
天初は困惑げに、突如現れた俺たちを呼ぶ。
「何の御用ですか……? 一応ここは、関係者以外立ち入り禁止なんですけど……」
確かに、多忙で姿を暗ますことが多かった天初には犯行の機会が多かった。
だが、なんでだ?
最初に盗まれた剣なんかは、天初自身の思い出の品だったっていうのに――
「すみません、天初さん。突然お呼び出しして――」
チェリーは後ろ手に扉を閉める。
これで閉じ込めた――正確にはもうひとつ、別の扉があるが、構造的に、あっちは廊下には繋がっていない。別の部屋だろう。
「――お昼にお願いしていた件、ここでできますか?」
「え? 配信のこと?」
「はい」
仮面を被ったまま、チェリーは宣言する。
「これから、解決編をやります」
「――以上が、昨日の事件の手口でした」
天初が出した《ジュゲム》――妖精型VRカメラの前で、チェリーは昼に俺とUO姫に解説した推理を繰り返した。
《万獣のタクト》は事前に盗まれ、《拾い物》スキルを持つアルタード・ラットマンの中に隠されていた。
しかし、謎がひとつだけ残っている。
鍵のかかった鳥籠から、共犯者はどのようにして《万獣のタクト》を取り出したのか――?
「問題は、鳥籠の鍵を開けた方法です。試した通り、鳥籠を破壊することはできません。開けるには鍵を使うしかない」
「だけど、その鍵はれおなちゃんが持ってログアウトしてしまった……のだろう?」
配信用の口調で天初が合いの手を入れると、チェリーはうなずいて、
「ゆえに――自然、こういうことになります。鍵は、犬飼さんがログアウトする前に盗まれていた、と」
ログアウトする、前に……?
「そんなこと可能なのかよ? 鍵のこと自体、存在を知らされたのは、犬飼がログアウトする直前なんだぞ?」
「だからわかりやすいんじゃないですか。タイミングは一度しかありません。そこを疑えば、共犯者の正体は自ずと絞られます」
「タイミングは、一度――あっ」
あった。
一度だけ、容疑者の全員が鍵に触れる機会が――
「……所有権ログを確認したときか……!」
「そうです。《奪還》スキルによる盗難を防ぐため、全員で順番に所有権ログを確認したあのとき。あのときに、共犯者は鍵を偽物にすり替えたんです」
「偽物に……? いや、ちょっと待てよ」
「はい?」
「俺たちはあのとき、所有権を確認しただろ。【犬飼れおな 所有】ってさ。見た目だけそっくりにしたって、所有権まではコピーできないはずだ。あれが偽物だったなら、共犯者の名前がログに残ってたはずだろ?」
「だから言ったじゃないですか。共犯者の正体は自ずと絞られるって」
「え?」
「順番を思い出してください。あのとき、どういう順番で所有権を確認しました?」
「えーっと……」
確か、最初に雨矢鳥フランが鍵を受け取って……。
それから、千鳥、氷室の手に渡り……。
そうだ。その後に俺とチェリー。
そして――最後に、天初百花。
「あっ……天初が最後か……!」
それなら、偽物にすり替わっても誰も気付けない!
つまり――共犯者は、天初百花以外にはありえない……!
「――と、思うじゃないですか?」
「え?」
チェリーはニヤニヤしながら、
「正確には、最後は天初さんじゃないんです。だって、鍵のプロパティ・ウインドウを消したのは犬飼さんなんですから。異常があれば、そのときに絶対気付くはずです」
「ん? ……んん?」
俺は当時の記憶をよく思い返してみた。
――OKだ。お返ししよう
――お返しされまぁす
――持ち主の手元に、鍵が戻ってくる
――犬飼はプロパティ・ウインドウを消すと、インベントリの引き出しを開けた
「あっ、そうだ……。犬飼がウインドウを消してた……」
「でしょう? 犬飼さんが容疑者に入っていない以上、ここから推察される事実はただひとつです――つまり、『所有権ログを偽装する方法がある』」
「所有権を偽装……? そんなもん聞いたこともないぞ」
「これは実証実験ができたわけではないので推測にはなりますが、おそらく虚面伯の変身スキルを利用したものです。覚えてますよね、先輩? 私に化けた虚面伯が、ネームタグまで綺麗にコピーしていたこと」
「ああ……そこが違ったらすぐに偽物だってわかるし。――って、まさか」
「そうです。犬飼さんに化けた状態で所有権を取得すると、犬飼さんの名前がログに刻まれるんじゃないでしょうか?」
なるほど……!
それならありえない話じゃない。何せネームタグというシステム的な部分まで干渉するスキルであることはこの目で見て証明されている。
「ログの偽装がいつまで続くのか――虚面伯が変身している間だけなのか、それとも永久にそのままなのか、そこは不明です。ですが、犬飼さんの所有権を偽装できるなら、あの場の誰にでも偽物へのすり替えは可能だったことになります。――ということで、ここはひとつ、視点を変えて考えてみましょう」
「視点?」
「そもそも、鍵の偽物はどうやって作ったのか。先輩、方法に心当たりはありますか?」
「うーん……イチから似せて作るとか……いや、それだと足が付きそうだな。作った鍛冶屋のほうから」
「そうですね。虚面伯が個人でできそうな手段に限定すればどうでしょう?」
「それなら――ん? この話、前にもしなかったか?」
「しましたね。天初さんもいる場所で」
「え?」
相槌を打ちながら話を聞いていた天初が小首を傾げる。
「えっと……いつのことだい?」
「一日目、虚面伯の動画を検証していたときです。私に変身していた虚面伯が元に戻るとき、装備まで変わっているのを見て――」
「――《ギメッカ》じゃないか、って話をしたよな」
《ギメッカ》。
アイテムを別の見た目に変えてしまう魔法だ。
あのときも話したが、発動条件は身体に触れていること――そして、同じ材質でできたアイテムであること。
「さて、皆さん」
ポン、とチェリーは手を打ち合わせた。
「《ギメッカ》はアイテムを別の形に変えられますが、変える先は同じ材質のアイテムでなければなりません。木製のものを鉄製に変えたりはできないわけです。では、鳥籠の鍵は何製だったでしょうか?」
「確か――竜骨製」
「そう。竜骨――つまり骨です。それを念頭に置いて、推理を進めましょう。所有権ログを偽装した犬飼さんのものだけにするには、元々あった所有権ログはリセットする必要がありますね。例えば鋳溶かして作り直すなどして――その際、鍛冶屋には必ずその情報が残ってしまいます。そこを洗われると足が付きますから、その作り直しの作業には、何か尤もらしい理由をつけて誤魔化しておかなければなりません。例えば――そう、メンテナンス、とか」
「……メンテ、ナンス……」
愕然と、天初が呻いた。
ああ……そうか。
俺も、思い出した。
そういえば、あのとき、言っていた。
――あー、気付きました? 明日に備えてメンテに
「虚面伯の共犯者は、所有権ログの確認の際に自前の偽物と鍵をすり替えました。そして、一人になった隙に鳥籠から《万獣のタクト》を盗み出し、《アルタード・ラットマン》に指令を出して、そのうちの一匹に《タクト》を拾わせます」
チェリーは話しながら、つかつかと部屋を横断していく。
「そして、手元に残った本物の鍵は、犬飼さん自身が鍵に付与した失くし物対策の魔法で犬飼さんのインベントリへ。犬飼さんのインベントリに収納された偽物の鍵は、《奪還》スキルによって回収します」
その足が向く先には、隣の部屋へと通じる、もうひとつの扉がある。
「この間、本物の鍵のログに共犯者の所有権を残さないようにするため、共犯者は鍵を一度もインベントリに入れてはいけません。普通に持ち歩いておかなければならないわけです。これを何かの拍子に見咎められると非常に危険ですが、これも《ギメッカ》が解決します。『いつも身に着けているもの』に偽装しておけば、違和感を覚えられる恐れはないのですから」
天初百花が共犯者だと思った。
だが、違う。それはチェリーのドッキリだったのだ。
本当の共犯者は――
「逆に、すり替える前の偽物の鍵は、あらかじめ《ギメッカ》によって鍵の形に変えておかなければなりません。おそらく《ギメッカ》を使えるのは虚面伯だけなのでしょう。犯行前に虚面伯と落ち合えるタイミングがあるかは不明ですから、事前に用意しておかなければ危険です。ですが、そのために共犯者は、鍵に変えてしまった『それ』を、いつものように身に着けずに私たちの前に現れなくてはならなかったのです」
――あれー? ねー、ランラン。今日アレは?
――あー、気付きました? 明日に備えてメンテに出してるんですよぉ
――メンテ!? 壊れんのアレ!?
――すごい丈夫なやつなんで心配ないんですけどぉ、念には念を入れてってやつですねぇ
――トレードマークだもんねぇ
今更のように、俺は気が付いた。
UO姫の、あの発言の理由を。
――まあケージ君にはちょっと難しいかな? 未だに誉め言葉一個も出てこないし
あのとき、チェリーもUO姫も、髪型を変えていたのだ。
ファッションを変えていたのだ。
チェリーは、隣の部屋に続く扉に手を掛けた。
「竜骨は希少ですからね。他にアテがなかったんだろうとはいえ、少々不用心だったんじゃないですか?」
俺の脳裏に浮かぶのは。
ドクロの髪飾りをした、眠そうな少女。
「――――雨矢鳥フランさん」
扉が開いた。
真っ暗な部屋の中に、雨矢鳥フランが佇んでいた。
天初百花が目を瞠る。
「フランちゃん……なんで、そこに……」
雨矢鳥フランは、俺たちの顔を順繰りに見回すと、
「えへへぇ」
と、いつも通りのふにゃりとした笑みを浮かべた。
「証拠はあるんですかぁ? ……とか、言うタイミングはなくなっちゃいましたかねぇ?」
「そうですね。証拠はそこにあります」
チェリーは雨矢鳥の髪に着けられた、ドクロの髪飾りを指差した。
「所有権ログの偽装に時間制限があるにしろ永久に続くにしろ、そこには虚面伯の名前が残っているか、もしくは犬飼さんの名前が二連続で残っているかしているはずです。本物の犬飼さんと虚面伯が化けた犬飼さんは、名前が同じなだけの別人ですからね」
「ははぁ。なるほどです。……じゃあ、観念したほうが良さそうですねぇ」
ドクロの髪飾りに軽く触れながら、雨矢鳥はあっさりと観念した。
共犯者は、雨矢鳥フラン――
俺とチェリーを呼んだ張本人である雨矢鳥が、虚面伯の共犯者?
「えーっと……」
所在なさげにきょろきょろしてから、雨矢鳥は首を傾げる。
「もしかして、自白待ちですかね? なんで虚面伯に協力したのかーとか、なんでケージさんとチェリーさんを呼んだのかーとか、その辺りの……動機? 的な奴の?」
「ええ。そこだけはわかりませんでしたから。ご自分で説明してくださると助かります」
「うーん……悪いんですけどぉ、まだ早いんじゃないですか?」
「どうしてですか?」
「そりゃあ、あたしはただの共犯者で、真犯人がまだ捕まってないからですよぉ。虚面伯でしょう? 主役は」
「とっくに捕まえてますよ」
そのとき、ホロウインドウが不意に現れた。
映っているのは、舞踏会場の様子だった。
もうすぐ舞踏会も終わるのだろう。来場者はダンスをやめて、壇上のほうに顔を向けていた。
「――あ」
雨矢鳥フランは、それを見るなり口を開けて、固まった。
なんだ?
俺には何の不審さも見て取れない。
さっきまでと同じように、赤い仮面を着けた人間がひしめいているだけ――
「先輩、天初さん、こっちを向いてください――その仮面、壊すので」
「え? ――どわっ!?」
「ひゃあっ!?」
ドウンッ! と急に目の前が爆発して、俺は尻餅をついた。
あっぶね! 《法律》でダメージは出ないとはいえ、ビビるもんはビビるんだぞ!
砕け散った仮面が、ばらばらと床に落ち、消える。
俺は仮面の赤いガラスから解放された視界に、舞踏会の様子を映した映像を入れて、
「……な……!」
口を開けた。
いや、だって……だって……!
世界が壊されたような気持ちだった。
狐に摘ままれたような、ってのはこのことか。
だって。
何せ。
ついさっきまで真っ赤だと思っていた仮面が。
全部、真っ白だったのだから。
舞踏会の来場者が着けている、《アンフェイの仮面》のレプリカ。
真っ赤なはずのそれが、全部、全部、全部――いや、ほとんど。
たった二つ。
たった二つを除いてすべてが、いつの間にか真っ白になっている!
「今日、虚面伯が使うつもりだったトリックはこうです」
自分の仮面も壊して無理やり外すと、チェリーは語り始めた。
「《アンフェイの仮面》のレプリカの白いバージョンを作り、《ギメッカ》によって赤く変えておく。それをちょうど舞踏会の終わりと同時に解除して、本物の《アンフェイの仮面》を引き当てたと偽って壇上に上がるわけです。そして仮面を外し、『虚面伯だ!』となって騒然とする会場の照明をダウンさせる。その間に本物の《アンフェイの仮面》を盗んでいくというわけです。こうすると、あらかじめ本物を見抜いていたかのように見せかけられるでしょう?」
「い、いや、ちょっと待て……。本物を偽装する? そんなの無理だろ。んなことしたら、時間と同時に二つの仮面の色が変わることに――」
「本物の色が変わる時間は、後ろにズラしてしまえばいいんですよ」
「どうやってだよ。スタッフに紛れ込むのか?」
「そんな必要はありません。何を目安に《アンフェイの仮面》のスイッチが入るのかを知っていればね」
「何を目安に――って、時間だろ? 午後8時ちょうどに――」
「先輩。変だと思いませんでした?」
「何がだよ」
「私たち、時計塔の時計を見て早めに来たつもりだったのに、思ったより時間ギリギリになっちゃいましたよね?」
「……あ」
おい。
おいおいおい。
まさか……。
「遅らせたのか……? 時計塔の時計を!」
「第一の事件で、虚面伯は一度時計塔の中に入っています。塔の中でカチカチ言っていた通りアナログ時計のようですから、ズラすことは可能でしょう。それによって午後8時の時鐘を後ろに数分遅らせてしまえば、本物の《アンフェイの仮面》の色が元に戻るのも、舞踏会の終了時刻から数分遅れてしまうわけです」
たったそれだけのために……。
「そこで私は考えました。虚面伯が赤い仮面を自前で用意して持ってくるなら、こっちも《ギメッカ》を使ってそれ以外の仮面を舞踏会の途中で白くしてしまえばいい、とね。仮面に赤いガラスが嵌まっているせいで、舞踏会の参加者は色が変わったことに気付けません。もちろん虚面伯にも。ゲームとはいえ、大量の仮面の色を全部白に塗り直すのは大変な作業だったと思いますが――氷室さんと千鳥さん、それにスタッフの皆さんが頑張ってくれました」
「あの数をこの数時間で……? うへぁ……」
感嘆ともドン引きともつかない声を、雨矢鳥が漏らす。
「かくして浮き彫りになったのは、本物の仮面と虚面伯」
チェリーは、白い仮面の中に混ざった、二つの赤い仮面を見やる。
「そして、今――本物だけが残ります」
午後9時。
舞踏会終了の時刻が来た。
それと同時に――
――すうっ、と。
二つの仮面のうち、一つが真っ白になった。
あれが――虚面伯だ。
仮面の群衆の中を素早く動く者がいた。
それは二人。
男と女。
氷室白瀬と千鳥・ヒューミットだった。
百空学園eスポーツ部――おそらくはこの学園でトップクラスの戦闘力を持つ二人が、流れるような動作で今し方仮面を白くした女を拘束する。
『おらーっ! 神妙にお縄につけーいっ!!』
千鳥の大声と共に、白い仮面が剥ぎ取られた。
それは――間違いない。
虚面伯だった。
「いかがでしょう、雨矢鳥さん?」
チェリーは振り返り、優しくも恐ろしく微笑んだ。
「自白のし時だとは思いませんか?」
……とんでもねえ。
こいつとは二年ほどの付き合いになるが、その中でもトップクラスに恐々としていた。
この女だけは敵に回したくない。
久しぶりに、心からそう思った――
「……うーん」
一方の雨矢鳥は――
「そうですねえ……」
――なぜか、変わらず、曖昧な態度を取っていた。
……なん、だ?
何か、引っかかる……。
推理じゃない。論理じゃない。
根拠のない直感が、何か――
「……フランちゃんが……」
呟きが聞こえた。
振り向くと、天初百花が、どこか焦ったような表情で、何か考え込んでいた。
「フランちゃんが……共犯者……ってことは……うそっ……!」
「天初さん……?」
チェリーも気付いて、怪訝そうに振り返る。
直後、天初は弾かれたように走り出し、雨矢鳥の肩を掴んだ。
「フランちゃん! 何も……何もしてないよね!?」
「天初さん!? どうしたんですか!?」
「ねえ! 昨日――わたしが《法律》の確認をお願いしたとき、何にもいじってないよね!?」
「――え」
チェリーが口を開けて凍る。
俺も全身が強張った。
《法律》?
この学園の?
PKや建物の破壊を禁止している?
「大丈夫ですよぉ、百花せんぱい。あたしは何にもしてません」
雨矢鳥はにへらと笑ってそう言った。
天初がほっとした顔をして、
「まあ、それ、あたしじゃないかもしれませんけどね」
「………………えっ?」
雨矢鳥フランは、虚面伯の共犯者なのだ。
他人のアバターに変身できる――虚面伯の。
『――――絆も愛も上っ面――――』
歌が、聞こえた。
舞踏会の――捕まった虚面伯を映した、ウインドウから。
『――――あなたもわたしも変わらない――――』
これは……予告文?
今夜の犯行を暗示した――
『――――誰もが仮面で自分を隠し――――』
――いや、違う!
こんなセンテンスは、予告状には――!
『――――誰もが自分を嘘で着飾る――――』
警戒センサーが全力で反応していた。
画面の中で歌う、虚面伯に……!
『――――だったら何が確かなの?――――』
俺は画面に飛びついた。
そこらのボタンをがむしゃらに押して――
『――――無数の顔に無限の真実――――』
「口を塞げ!!」
叫ぶ。
虚面伯を捕まえた、氷室と千鳥に。
「全詠唱だ!!」
『――――代えてみましょう、一夜だけ――――』
氷室の手が、千鳥の手が動く。
しかし。
不敵に笑む虚面伯の口には、ついぞ届かなかった。
『――――《ジ・インフィニット・フェイス》――――』
視界が真っ白になる。
直後、すっかり、わけがわからなくなった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「……ん……」
気付いたら、床で仰向けになっていた。
なんだ……? どうなった……?
妙に身体が重い気がする。
アバターが風邪をひくわけもないし、何かデバフでもかけられたのか……?
癖で瞼の裏の簡易メニューを確認するが、デバフアイコンは発見できず。
首を傾げながら周りを見回すと――俺はぎょっとした。
「……う~ん……」
オタク好きする黒髪のボブカットに、小学生のような小柄な体躯――そしてそれに不釣り合いな、手のひらに余るほどの巨乳。
UO姫が、すぐそばで、ゆっくりと身を起こしていたのだった。
「えっ……!? お、お前……どこから!?」
「はい?」
毎度毎度、どうしてこう神出鬼没なんだ、こいつは!
いつ、どこから入ってきた!?
場所は変わってない……多目的ホールの関係者エリアだよな!?
「え……?」
UO姫は怪訝そうに眉根を寄せて、俺を見つめる。
「なんでこんなとこに……?」
「は?」
UO姫は不意に手を伸ばしてきたかと思うと、ぺたりと俺の頬に触れた。
「うん? んん……?」
「おいっ! いきなり、なっ……ちょっ――ひうんっ!?」
んのあ!?
へ、変な声……! 変な声出なかったか、今!?
胸の辺りを、ぺたりと触られた瞬間に、思わず……!
「……鏡じゃ、ない……?」
何言ってんだ、こいつ!
俺はUO姫の肩を掴んで引き剥がし、
「このサキュバスが! 毎度毎度、見境なく発情しやがって!」
「なっ、なんですか失礼な! 一体誰が発情してるって――」
怒り顔になったUO姫は、しかし急に大人しくなって、まじまじと俺の顔を見つめる。
「……その話し方……もしかして、先輩ですか……?」
「は? 先輩? お前の先輩になった覚えはねえよ」
「はあ!? 何言ってるんですか、先輩! それはさすがにひどいですよ!」
「何がだよ! 同い年だろお前! ついに歳でまでチェリーと張り合おうとしてんのか!?」
「……え? ちょ、ちょっと待ってください……。あの、私のこと、誰だと思ってます?」
「UO姫だろ。その同人誌になることしか考えてねえようなアバターを見間違えてたまるか」
UO姫は、ゆっくりと自分の身体を見下ろした。
そこにある、大きく前に張り出した胸を見て、ぷるぷると震え出す。
「……ほんとだ……」
「どうしたんだよ、お前」
「私……チェリーです」
「は?」
「中身は、チェリーなんです」
俺は眉をひそめる。
「いや、今更引っかかるわけねえだろ、そんな手に」
「ホントなんです! 先輩も自分の身体、確認してみてくださいよ!」
「はあ?」
身体?
確かになんか重い感じがするけど……。
俺は自分の身体を見下ろし、
「ん?」
凄まじい違和感に襲われた。
なんか、ちっちゃい。
服はそのまんまだが、胸のところに妙な膨らみがある。胸ポケットに何か入っているのかと、半ば反射的に両手でそこを探り、
――むにっ。
「ん?」
「ちょっ……!」
むに、むに、むに。
なんか……柔らかい。
ひどく柔らかいものがある。
揉めばどこまでも変形して、その割に張りが合って、すぐに元の形に戻る。
「ばっ、ばかばかばかばかっ! 何やってるんですか馬鹿ぁっ!!」
「いや、なんだこれと思って……。なんか気持ちいいし……」
「お、おっぱいです……!」
UO姫は顔を真っ赤にして言う。
「そ、それは……私の、おっぱいです……。今、先輩は……私のおっぱいを、揉みしだいているんです……!」
「……はあ?」
「今の! 先輩は!」
叫びながら。
UO姫は、俺の顔をパシャリとスクショして、そのウインドウを突きつけてきた。
「私のアバターに!! 入ってるんですっっ!!!」
「……………………」
そこには。
見間違うはずもない、二年来の相方である、チェリーの顔が映っていた。
 




