第236話 学園仮面舞踏会
「こちらをお着けください」
着替えを終えて受付に向かうと、受付NPCにあるものを渡された。
真紅の仮面だった。
ガンダムのライバルの人が着けてるような、顔の上半分だけを覆う仮面。
オリエンタルといえばいいのか民族的なデザインで、目のところには赤いガラスが嵌まっていた。
同じ仮面を、受付NPCも着けている。
「こちらは装着者に幸福を与えるとされる《アンフェイの仮面》です。来場者全員に配られておりますが、そのほとんどはレプリカです――ただし、そのうちたったひとつだけ、本物が混ざっています。舞踏会が終わったとき、そのひとつだけが純白に染まり、本物であることを証明するでしょう」
恐る恐る目元に仮面を着けると、何で固定したわけでもないのにぴったりと吸いついた。
目の穴に嵌まったガラスの色で、視界が赤く染まる。
FPSで死にかけのときみたいだな。まあ透明度は高いから、物が見えなくなるってことはなさそうだけど。
「本物を着けていた方には、豪華景品をご用意してございます。なお、舞踏会の間は仮面を外せない設定となっておりますのでご注意ください」
ご注意くださいも何も、もう着けちまったんだが。
隣を見ると、チェリーももう仮面を目元に着けている。仮面も赤で、顔の色もガラスのせいで赤く見えるから、区別があんまりつかないが。
「イケメンですね、先輩」
「仮面着けてるときにそれを言うのは直球にディスってるよな?」
「ふふっ。今の先輩のことを言ったとは限りませんよ?」
「……は?」
「まあ今の先輩のことを言ったんですけど」
「喧嘩売ってんなあお前!」
受付を抜け、会場となるダンスホールに向かう。
当たり前だが、周りはみんな同じ仮面を着けた奴ばっかりだ。
なんか怖いな。秘密組織の集会みたい。
「目元って大事ですね。面積としてはそんなに隠れてないのに、誰が誰だかわからなくなりそうです」
「学園生が紛れてても気付けなそうだよな。この赤いガラスのせいで髪の色もわからんし……」
「もしかしたら踊ってるうちに誰かと入れ替わってるかもしれないですね?」
「虚面伯とか?」
「ありえそうですけれど、もっと先に心配すべきことはないんですか?」
「は?」
「私が誰とも知れない男の人と踊ることになっちゃうかもしれないですよ?」
仮面越しでもわかるドヤニヤ顔。
俺はしらっとそれを見て、
「はあ。そうだな」
「ちょっと! 反応が鈍いんですけど!」
「……何? もしかしてお前、嫉妬してほしいわけ?」
「べ……べつに、私はどっちだっていいんですよ、私は。ただそのほうが面白いってだけで……」
「ふう~ん……」
「なんですか! 先輩のくせに余裕見せて! もっと昔みたいにキョドってくださいよ!」
「懐古厨みたいなこと言うなよ」
そりゃ慣れるわ。こんだけ似たようなこと擦られたら。
チェリーは唇を尖らせる。
「……まったくもう。すっかり女慣れしちゃって。最初はあんなに可愛らしいコミュ障だったのに……」
ぶつぶつ言っているうちに、ダンスホールに入る。
大会でもやんのかって広さのホールには、移動さえ難しくなりそうな人数がひしめいていた。
こりゃ仮面がなくてもはぐれそうだな……。
「……………………」
俺はまだぶつぶつ言っているチェリーの顔を、そっと盗み見た。
そこから視線を下にずらし……赤紫のドレスの袖から伸びる、白い手を見る。
……いや、慣れたよ? 確かに慣れた。
とはいえ、生まれ持った性格っつーのはそうそう変わんないわけでさ。
ただ……そう、どうしようもないそれを、どうにかこうにか誤魔化すことを、ちょっと覚え始めたってだけで……。
俺はズボンの裾に手を擦りつける。
ゲームの世界で手汗なんか掻くわけないのに、自然とそうしていた。
それから――
素早く手を伸ばして、チェリーの手を掴む。
「えっ? ……先輩?」
「……はぐれたら困るだろ」
顔を見ずに言う。
っくそ、ちょっと言い訳くさかったかな。
「……あれ~? 先輩?」
案の定、ほんのわずかな声の上擦りを捉えて、チェリーがからかい口調になる。
「嫉妬なんかしないんじゃなかったんですか? やっぱり私が誰かに取られちゃうの、嫌なんじゃないですか~?」
「……あのな」
俺は少し低い声で言って、チェリーの顔を睨んだ。
「嫌じゃないなんて、一言も言ってねえだろうが」
「……、え?」
チェリーは数秒固まって、何か思い出すように天井を見て、
「あー……れ? そういえば……そう、ですね?」
「ほら、行くぞ。立ち止まってたら迷惑だろ」
「いやっ……ちょっ、先輩? 嫉妬してるんですよね? 他の人に取られないように手を握ったってことでいいんですよね!? はっきり言ってくれないとわかんないですよ!」
うるせえな! コミュ障な俺が良かったって言ったのはお前だろうが!
仮面舞踏会――
全参加者が顔を隠しているこのイベントほど、虚面伯が紛れ込みやすいものもない。
しかし同時に、そのターゲットである《アンフェイの仮面》は、今まででトップクラスの窃盗難易度を誇る。
何せそれは、無数のレプリカの中に混ざっていて、その所在は主催者側ですらわからないのだ。
《アンフェイの仮面》は、その効果を発動すると色が変わる。
元々は真っ白だそうだが真紅に変わるらしい。効果時間は1時間。そのスイッチを午後8時ジャスト――時計塔が鐘の音を鳴らすと共に入れて、ちょうど1時間後の午後9時に元に戻るようにしておく。それが舞踏会が終わる時刻でもある。
舞踏会の終了と同時に効果が解けて、真っ赤な仮面の中にひとつだけ、純白の仮面が現れるってわけだ。
イベントの段取りとしては、その仮面を着けていた奴がこの日一番のラッキーマンとして壇上に上がり、景品をもらえるらしい――まあ、一種のくじ引きだな。
木を隠すなら森の中。
赤くなっている《アンフェイの仮面》を、無数のレプリカの中から探し出すのは不可能に近い。
イベントに紛れ込むことはできても、結局、虚面伯としては、仮面の色が元に戻る瞬間を待つしかないってわけだ。
しかし、本物の仮面の持ち主がもし遠い位置にいたら――この人混みだ、盗みに行くのはどう頑張っても無理になるだろう……。
多目的ホールへの入場開始は、《アンフェイの仮面》のスイッチを入れる時刻でもある午後8時。
すぐ近くに建つ時計塔の鐘が鳴ると同時に列が動き出したのを、俺たちも見た。
俺たちが実際にホールに入ったのは、それから少し遅れて午後8時20分ごろだった。
早めに来たつもりだったんだが、意外と遅れちまった。着替えでゴチャゴチャやってたからだろうな。
そして、舞踏会の本格開始は、午後8時30分からである――
「(――ケージさん、チェリーさん)」
始まるのを待っていた俺たちを、後ろからこっそりと話しかける声があった。
振り返ると、赤く染まった視界に、大胆なドレスを着た女性の姿が映った。
胸元がV字にざっくりと開いた、同じ場所にいるだけで気まずくなりそうなドレスだ……。一体どれだけ自分に自信があればこんな服を着られるんだ? さぞや自信過剰な――
――ん? 今の声って……。
「えっ……? もしかして、天初さん?」
「(しーっ!)」
チェリーがぽろりと零した直後、エロいドレスの女性――天初百花は焦った感じで口の前に指を立てた。
仮面を被ってるからわからなかった――これがあの天初百花か。設定としてはお堅い生徒会長で、素としては何かにつけ自信なさげな、あの。
「(来てくれてありがとう。いつも早いのに今日は遅かったから、来ないのかと思っちゃっ――思ったよ)」
口調を直しつつ囁く天初に、チェリーは申し訳なさそうな顔をする。
「(すみません。早めに来たつもりだったんですけど――誰かさんが服に文句を付けてきたもので)」
……うるせえな。嬉しそうに言うな。
天初は「そうなんだ?」とよくわかってなさそうな調子で流して、
「(今日は大丈夫だったのかな? わたし、何も準備してないけど……)」
「(大丈夫です。虚面伯のことは、こちらにお任せください――滞りなく、すべて手配済みです)」
昼間、学園祭を回る合間に、チェリーがどこかに何か連絡していたのは知っている。
どうやら、今夜の虚面伯の犯行に関して、何らかの対策があるらしい。
当然のように俺は教えてもらえなかったわけだが――口振りから察するに、チェリーはすでに虚面伯の共犯者の正体を掴んでいる。
その解決編も、今夜やると言っていた。
おそらくは、共犯者を捕まえるための作戦が、水面下で進んでいるんじゃないか。
だとすれば、納得だ。
今のところ、舞踏会には雨矢鳥フランも、氷室白瀬も、千鳥・ヒューミットも現れていない。
仮面のせいで気付いていないだけかもしれないが――おそらくは、そのうちの一人が虚面伯の共犯者で、それ以外が捕まえる側に回っているんだろう。
ったく、俺にも教えてくれればいいのにな――おかげでどこか手持無沙汰だ。
――謎を暴け
昨夜、虚面伯が言い残した言葉がリフレインする。
……何の謎を暴けってんだ?
怪盗事件の手口? 共犯者の正体? それとも――
チェリーと天初は、こそこそ声で何か話し込み始めた。
空気から察するところ、どうやら事件関連の話じゃなさそうだ。っつーか、漏れ聞こえてくる感じ、学園祭を回った感想を話しているみたいだった。余計なこと言ってねえだろうな……。
女子の会話に混ざれるはずもなく、俺がなんとなく距離を取っていた、そのときだった。
「(――成果は出ているか)」
低く、小さく。
しかし、耳に突き刺さるような声が、すぐ近くからしたのだった。
掠れた……女の声。
俺は、この声を知っている。
「(振り向くな)」
動く前に、釘を刺された。
俺は言われた通り、前を見たまま、呼ぶ。
「(……杞憂民……)」
「(《杞憂の民》だ)」
どっちでもいいだろ。『の』があろうがなかろうが。
「(あれから、二日。進捗を、聞かせてもらおうと、思ってな)」
1年前の、天初百花殺人事件についてか……。
俺とチェリーは、校下街のラブ――個室喫茶に出入りしたことをネタにこの連中に脅され、天初百花とその元相方・晴屋京との間に起きた事件を調査するように依頼されているのだった。
「(……そんなすぐにわかるかよ。わかったことと言ったら……そうだな。その事件について、千鳥・ヒューミットに聞きに来た学園生がいるってことくらいだ)」
「(ほう……。初耳だ。誰だ?)」
「(わからない。そこは話してもらえなかった)」
「(ふむ……。おそらくは、事件後にデビューした、学園生か……)」
頭の回る。
怖えーよ。こんな奴がファンにいたら。
「(……なあ)」
「(なんだ)」
「(俺、チェリーに仲間外れにされててさ。暇だから、ちょっと調べたんだけど)」
「(ふっ。フラれたのか。ざまあみろ)」
悪意を少しは隠せ。
「(晴屋京が卒業した理由……『かねてよりの夢を叶えるため』って非公式Wikiに書いてあったんだが、それは事実か?)」
「(……………………)」
杞憂の民は黙り込んだ。
天初百花と晴屋京の間に何らかの確執があったとしたなら、それは百空学園を卒業することに他ならないだろう。
だから調べてみたんだが、少なくとも表向きには、なんてことのない理由だった。
だけどもしかしたら、今は残っていない配信アーカイブかなんかで、別の理由に繋がる発言をしていたかもしれない――そう思って訊いてみたんだが。
「(……おそらく、それは事実、だろう)」
どこか苦しむような声だった。
「(Vtuber以外に、やっていることが、あるらしい、のは……配信でも、端々に匂わせていた……。だから、それは、嘘ではない――巷で言われる、天初百花と仲違いをしたから、という説は、我々は支持していない)」
「(そうか……)」
「(――しかし)」
逆説の声は、明確な苦しみを帯びていた。
「(とある、ひとつの、食い違い……齟齬の存在を、我々は突き止めている……)」
「(齟齬?)」
「(天初百花が語ったことがあるのだ。自身のライブで、その場の限られたファンに向かって――『Vtuberになることが夢だった』と)」
俺は息を飲んだ。
Vtuberになることが――夢だった。
つまり、天初百花にとっては、『今』がゴールだった。
しかし、晴屋京にとっては――
「(なんで教えてくれなかったんだよ、そんな大事なこと)」
「(……こんなものは、ただの杞憂だ。もしかしたら、と我々が勝手に、繊細に、不安になっているだけでしかない……)」
くそ。ホントに面倒だよな、杞憂民って!
核に触れた気がする。
今までおぼろげでしかなかった《晴天組》の本当の姿――その輪郭が、ぼんやりと見えてきたような……。
「(……とにかく、急げ。もし何の成果も上がらなかったら、そのときは――)」
「(――ケージさん! じゃあわたしはこれで……!)」
チェリーと話し終えた天初が近付いてきた途端、背後の気配が消えた。
……いや、そのときはなんなんだよ! 最後まで言っていけよ!
間違いなく今、連中よりも不安になっている俺だった。




