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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
4th Quest - 最強カップルのVR学園生活
235/262

第230話 怪盗劇場・第二夜


「……さて……」


 百空学園内、犬飼れおなの魔物園に、すでに彼女は潜入していた。

 道行くプレイヤーたちは、誰も気に留めることはない。

《赤統連》は《ブラッディ・ネーム》に許された特権――他者のアバターを精巧にコピーする独占魔法が、ベンチに座る彼女の姿を完璧に風景に溶け込ませているからだ。


「――今宵は、手助けはよろしいので?」


 そんな彼女に、声をかける者がある。

 ベンチのそばで、まるで人を待つがごとくアプリウインドウをいじる、セーラー服の小柄な少女だった。

 無論、その姿は偽装に過ぎない。

 その正体は《ブラッディ・ネーム》唯一にして随一のくノ一――その名を《命部太夫(みょうぶのだゆう)》という。

 本物の忍術(・・・・・)を身に付けた彼女の本業は暗殺。近接戦において彼女に敵う者は、MAOにも片手の指ほどしかいまい。間合いに入れば、かのMAO最強の男・ケージさえ制しうるほどの実力者である。

 そんな彼女を、虚面伯はたびたび犯行のパートナーとしてきた。その技術は怪盗行為にも大いに応用が利き、また、個人主義集団である《ブラッディ・ネーム》の中でもとりわけ取っつきやすい相手だからだ。


「うん。下準備は終わった――《万獣のタクト》は、もはや手に入れたも同然だ」


「左様ですか。……それでは、小生は御役御免ですね」


「ありがとう。あとは僕たち(・・・)だけでやれる。これ以降は、君がいると少しばかりオーバーパワーだしね」


「御意。……ケージ殿と手合わせする機会がなかったのが、少々心残りですが」


「機会はあるさ。君ならね」


 命部太夫は普段、決して視線を合わせない。

 目は口程に物を言う。視線から会話の内容・相手、そのすべてが丸裸になると知っているがゆえに。

 しかし――そんな彼女が、今。

 虚面伯の目をまっすぐに見て、告げた。


「どうか、お達者で」


 言葉の直後には、すでに消えていた。

 その姿は、意識もしないうちに、雑踏の中に溶けていた。


「……ふ」


 虚面伯はかすかに笑う。

 彼女は、わかっているのだろう。今回の犯行が、虚面伯にとってどういう意味を持つのか。

 なぜなら、


「怪盗は……謎であるうちが華だからね」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「――いやぁ~、危ない危ない。ギリギリセーフ!」


「「「アウト!!」」」


 配信が開始して15分ほど経ち、ようやく姿を現した雨矢鳥フランに、天初百花を始めとする学園生たちが一斉に突っ込んだ。

 場所は管理棟の一室。

 壁にはホロウインドウが大きく広げられており、モンスターウォールに守られた《万獣のタクト》の様子を映し出している。

 共犯者の暗躍を防ぐため、今回はこのように間接的に警備をすることになったのだ。

 もちろん、何か異常があれば、すぐさま現場に急行できるよう準備している。


「何? もしかして寝てたのフランちゃん? さっきの今で?」


「違いますよぉ、百花せんぱい。ちょっと取りに行かなきゃいけないのがあってぇ」


 へらへらと笑いながら、雨矢鳥は席に着く。

 その前髪に髪飾りがあるのに、俺は気が付いた。

 ポップなドクロの髪飾りだ。雨矢鳥のトレードマークなんだろう。確か初対面のときも着けてたよな。

 さっき会ったときは……着けてたっけ? 取りに行かなきゃいけないのってのは、もしかするとアレのことなのか。


「まったく。状況がわかっているのかい? 今は誰が疑われてもおかしくないんだよ!」


「あたしは何もしてませんよぉ。さっきまでスタッフの人と一緒にいましたしぃ、《万獣のタクト》もこうして見張ってるじゃないですかぁ」


「確かにそうだけどね……!」


 天初百花のお小言を、雨矢鳥はふわふわ笑って聞き流す。どうやらいつものことらしい。

 雨矢鳥が共犯者だとしたら何とも間抜けな話だ。遅刻で失敗する怪盗がいてたまるか。


 千鳥や氷室が呆れた視線を送る中、チェリーだけは、雨矢鳥を難しげな顔で見つめていた。

 ……おそらく、さっき千鳥から聞いた話について考えているんだろう。


 ――事件のことを訊きに来た人、もう一人だけいるんだよね


 天初百花殺人事件について話を訊きに来た人物。

 それが誰であるのか……結局、千鳥・ヒューミットから聞き出すことはできなかった。

 曰く、黙っておいてくれとそいつに頼まれたらしい。嫌われたら嫌だからこれ以上は言えない、と固辞されてしまったのだ。


『――ですが、推理することはできます』


 千鳥と別れた後に、チェリーは言った。


『嫌われたら嫌だから、ということは、今も千鳥さんと交友のある人物です。そして「喋ったら共演NGにされそう」とも言っていました。まず間違いなく、学園メンバーの誰かでしょう。

 さらに、千鳥さんは「当時を知ってるメンバーの中では事件の話に触れちゃいけないような雰囲気がある」とも言っていました。裏を返せば、事件の話に触れたのは当時を知らないメンバーということ――おそらくは、事件後にデビューした人物ですね』


 学園メンバーのデビュー時期は、調べればすぐにわかる。

 今回、共犯者として容疑がかかっている人間に絞れば、天初百花殺人事件の後にデビューした人物は二人。

 氷室白瀬と、雨矢鳥フランだ。

 もちろん、天初の事件と今回の虚面伯の事件が関係しているとは限らない。しかしいずれにせよ、千鳥に話を訊きに来たというそいつは、事件について何かしら思惑を持っているはずだ――


 思考をいったん、そこで打ち切る。

 この話は、今は後回しだ。

 目の前に迫る虚面伯第二の犯行。こちらの事件に集中しなければならない。


「皆さん……モンスターウォールを突破できるとしたら、どんな方法があると思いますか?」


 氷室白瀬が振った話題に、一同はうーんと考え込む。


「《アルタード・ラットマン》を全部ぶっ飛ばせばいいんじゃん? 範囲攻撃魔法でどかーんと」


「すぐそばに目的の《万獣のタクト》がありますから難しいですよ」

 と、これはチェリー。

「1匹1匹をロックオンすることができませんから、大雑把な攻撃しかできないんです」


「あっ、そっか。学園内は照準不可なんだった」


「思ったんだが、虚面伯は他人に変身できるのだろう?」

 天初が首を捻りながら、配信口調で言った。

「学園の誰かに変身したら、ラットマンに敵意を向けられなくなるのでは?」


「それは一考の余地がある説だと思います。私に変身したときの例から、どうやらステータスまではコピーできていないように思えますが、ネームタグはちゃんと変わってましたからね……」


『そこはちょっと犬飼も自信がありません~。ネームタグまで変わっちゃう変装なんて、試したことがないので~』


 と、これは鍵を持ってログアウトし、通話で参加している犬飼れおなだ。


「その場合、問題は変身魔法の条件か……。無条件で誰にでも変身できるとは思えない」


 氷室が冷静な声音で言う。

 俺もそれは気になっていた。虚面伯はどうやって変身する相手を選んでいるのか?

 条件をクリアしたプレイヤーがリスト化されて、魔法を使うごとにその中から選んでいるのか。それとも条件をクリアした状態で魔法を発動することで自動的にそいつに変身するのか。

 チェリーもそこには今まで触れてこなかった。

 おそらく、俺と同じように、まだ見当が付いていないんだろう――


「チェリーさん、何か心当たりはないんですか?」


「あ~……」


 ――と、思いきや。

 氷室に水を向けられたチェリーは、あからさまに心当たりありげに目を逸らした。

 俺はぎょっとして、


「え? おまっ……見当付いてんの!?」


「いえ、まあ、なんというか、その~……すいません。これ、ロールプレイじゃないですからね? 本気で言いますからね?」


 妙な前置きをして――チェリーは誤魔化すように笑いながら、告げる。


「今はまだ、語るべき時ではありません」


 一瞬、場がシンと静まり返った。

 それから――


「ぶふっ!」


 と。

 真っ先に噴き出したのは、雨矢鳥フランだった。


「で、で、で、出たあ~~っ!! 探偵のやつぅ~~~っ!!!」


「確証がないんですから仕方がないじゃないですか! というか、私を探偵役みたいなポジションにしたのは雨矢鳥さんなんですけど!」


「これでチェリーさんが共犯者だったら超面白いですね」


「わかる~! ムロっぺそれ、超わかる~!!」


「うわ~……私、ちょっと感動してもうた~……!」


 チェリーのいかにもな名探偵台詞にきゃっきゃと騒ぐ学園生たち。

 う~ん。今のチェリーの台詞は、ウケ狙いだったのか、マジだったのか。どうもマジっぽいが……。


「序盤で真相に気が付いた奴って大体死ぬよなー」


「不吉なこと言わないでくださいよ先輩! まだそんなに気付いてませんから!」


「後は俺に任せとけ」


「任せられませんよ! 先輩に探偵役なんて無理ですから! 『このくらい誰にでもわかるだろ?』って顔して意味不明なこと言うんですから!」


 そりゃ自分の話だろ。


 などと雑談で間を繋いでいるうちに、時間が来る。

 虚面伯が予告した、犯行時間。

 第二の怪盗劇場が始まる――






「……きた……!」


 予告時間ちょうどに、その影は現れた。

 カツ、コツ――と闇の中をゆっくりと歩き、ネズミ人間がひしめく広場に入ってくる。

 夜風に揺れるマントと夕日のように鮮やかな赤い髪がなければ、その姿を認めることすら難しかっただろう。

 カメラ越しに息を呑む俺たちの姿が見えているかのように、虚面伯はこちらを見て悠然と微笑んだ。


『無観客とは味気ない。だが一流の俳優とは画面越しでも存在感を放つもの』


 声が響いた瞬間、画面の中が不意に舞台と化した。


『諸君、とくとご覧じたまえ。電子の世界でも色褪せぬ、奇跡の瞬間を』


 虚面伯は一礼すると、ためらいもせずに一歩踏み出した。

 アルタード・ラットマンがうじゃうじゃとひしめく、モンスターウォールの中へ。


「死ぬ気か……!?」


「変身はしていません……!」


 学園生の誰かに変身しているのなら、ラットマンたちに味方認定される可能性もあった。

 しかし、虚面伯は元の姿のまま……! 漆黒のセーラー服にマントを羽織った姿のままだ!


 1匹でさえ苦戦するだろう、強力なラットマンの群れ。

 そのすべてが一斉に、虚面伯へと殺到する。

 そのはずだ。

 そのはず――だった。


「……は……?」


『…………う、……っそぉ…………?』


 MAOの外から見ている犬飼れおなが、愕然と呻いた。

 それは、この魔物園の主である彼女でさえ、慮外の光景。


 虚面伯が広場に足を踏み入れた、その瞬間。

《万獣のタクト》を守るはずの無数のアルタード・ラットマン、そのすべてが――


 ――一斉に虚面伯に道を開け、頭を垂れたのだ。


 まるで虚面伯をこそ、自分たちの主と認めるように。


『よしよし……』


 あまつさえ、虚面伯は近場のラットマンの頭を撫でてまでみせ、悠然と歩み始める。

 広場の中央にある、《万獣のタクト》が収まった鳥カゴへ。


「先輩!」


「わかってる!」


 俺は椅子を蹴るように立つ。

 同時に、氷室白瀬、千鳥・ヒューミットのeスポーツ部コンビも立ち上がる。おそらくはこのメンバーの中で、特に戦闘力に秀でる二人だ。


 蹴破るようにしてドアを開く。

 ルートはあらかじめ決めてある。モンスターウォールの広場に最短で行けるルートは!


第二ショート(キャスト)カット発動(・ツー)……!!」


《縮地》のスイッチを入れ、廊下を駆ける。

 管理棟の裏口から外に飛び出し、金網を飛び越え、その向こうの柵内で草を食んでいた岩のキリンの背中を足場にする。

 文字通りの最短。直線距離。

 このルートなら、広場に駆けつけるのに10秒あれば充分……!


 ズザッ!! と石畳を靴で削った。

 着地したのは広場の端。

 虚面伯は――鳥カゴの前にいる!


「させるかっ……!」


 虚面伯は振り返り……ふっと薄く笑った。


「――チチィーッ!!」


 甲高い声がした。

 俺のものでも、虚面伯のものでもない。

 無数のラットマンたちが、一斉に――俺のほうを見た!


「……ッ!!」


 ぞわっ、と戦慄が背筋を撫でる。

 それに引かれるように背中を反らすと、直後、ラットマンの爪が目の前を斬り裂いた。

 タゲられてる……! 臨戦態勢になってる! これ以上近づけねえ……!


「ケージさん!」

「速すぎぃっ! もお!」


 たたらを踏んだ俺の隣に氷室と千鳥が並び、広場の中心に立つ虚面伯を見据えた。

 だが、そこまでだ。

 ラットマンたちの敵意は、氷室たちにも向いている――学園生には無抵抗なんじゃなかったのかよ!


「さて、お立ち合い――」


 ラットマンの群れの向こうで、虚面伯は大仰にマントを広げる。


「――ここに固く閉じられた鳥カゴがひとつ。中には特級レアアイテム《万獣のタクト》。鍵は異なる世界に持ち去られ、カゴを壊すことも叶いません。果たして中身を取り出すことはできるでしょうか?」


 できるわけがない。

 ここはゲームの世界。鳥カゴが『閉まっている』というステータスである限り、いかなる手段をもってしても中身を取り出すことはできない。推理小説みたいに糸を使って隙間から、なんて小細工は不可能だ。


「それでは、刮目してご覧ください――」


 虚面伯のマントが、左右に大きく広がる。

《万獣のタクト》が収まった鳥カゴが、それによって隠される。

 まさか、と戦慄した。

 まさか、と否定した。

 どちらも束の間のこと。

 鳥カゴがマントの向こうに消えたのは、……きっと、ほんの2秒程度のことだった。


「………………!!」


 声を。

 零すことすらできない。


 これがテレビ番組なら、『おおーっ!』というわざとらしい歓声が響いたのだろう。

 だが、これは現実だ。

 ゲームの世界といえども、ここにいるのは生の人間だ。

 だから……沈黙する。

 本当に驚愕したとき、人間は沈黙することしかできない。




 鳥カゴの中から、《万獣のタクト》が消えていた。


 そして、……いつの間にか、虚面伯の手に、移動していたのだ。




「……楽しんでいただけたかな?」


 薄く笑って、怪盗女優は告げる。

 鳥カゴの扉は開いていない。 

 確かに……鍵がかかったままだ。


「今宵はこれにて失礼しよう。月の兎が怒り出さないうちにね」


《万獣のタクト》を握った手を月光にかざし、


「お宝――確かに頂戴した」


 ブゥゥ――――――ッ!!!!

 無数の鳴き声が重奏し、夜気を震わせる。

 広場の周囲の檻に配置された、《ロンリー・ラビット》たちの叫び。

 犬飼れおなが持っていた《万獣のタクト》の所有権が、失われたことの証明……。


 ヒュン! と虚面伯がタクトを振った。

 その鋭い先端は、俺たちのほうを向いている。

《万獣のタクト》の所有権が虚面伯に移った今……この魔物園のモンスターは、すべて……!!


 瞬時に身構え、背中の剣に手を添えた俺を見て、虚面伯は不敵に微笑んだ。


「――謎を暴け」


「え?」


 虚を突かれた直後、甲高い叫び声が頭上から降り注いできた。

 バサッ! と空気を叩く音がする。

 月光をいくつもの翼が遮る。

 上空を警備していた《サウスドリーズ・ヴァルチャー》……!! そうか、こいつらがいた!


 ハゲワシの巨大な翼が、幾重にも重なって視界を遮った。

 虚面伯の瞳は、最後まで俺をまっすぐに見据えていた。


仕事の締め切りがヤバいことになってきたので、

5月中は休むかもしれません……!

でもしれっと来週も書いてる可能性もあります。

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[一言] ぶっちゃけ後付けでこういうスキルがあって〜って言われちゃったらお終いだから読者はトリック考えても無駄なんよなぁ。 大人しく次回楽しみに待ってます。
[一言] ご無理なさらず。 続きを楽しみにしてます。
[一言] 正体もトリックもワケワカメ 無理せず毎秒投稿してくれよな
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